第72話 猫の里

 船というのは悪くないね。

 前世では機会がなかったけど、こっちの世界で初めて船に乗った。


 潮の香りにカモメの鳴き声、それに暖かい日差し。

 これに酒とカラアゲがあれば完璧だ。

 ヴォルトに「お前、そればっかじゃねーか」と言われそうだが、穏やかな場所で好きな物を好きなだけ食べる以上の贅沢があるのかと言いたい。


 とはいえ、これは観光でもなければ遊びでもない。

 メイガスさんが造った魔導生命体ガンマを取り戻すための移動だ。

 のんびりしている場合じゃないよな。


 予定ではあと数時間で到着する。

 今のうちに色々準備しておかないと。


『ガンマはまだ千輪にいるのか?』

『いますね。クロス様のご想像通り、獣人軍のサポーターとして使われています』

『あまり変な風に使われているとメイガスさんが怒るんだが』

『それは大丈夫です。かなり丁重に扱われていますよ』

『それならよかったよ』


 メイガスさんが怒ったら鬼だろうと獣人だろうと笑顔で魔法をぶっ放すからな。

 俺たちが獣人と鬼の両方に対して喧嘩を吹っかけるかもしれなかった。


 ガンマを返してもらうことはこちらに正当性がある。

 メイガスさんは堕天使ディエスに騙されて魔力とアルファたちを奪われた。

 それを取り返すだけなんだから、こちらの方が正義だろう。


 でも、それは獣人たちには関係ないこと。

 どういう経緯なのかは分からないが、ディエスが貸したのを借りただけだ。

 向こうは向こうで正当だと言うだろう。


 力で奪い返すだけならたぶん簡単にできる。

 でも、それをやるのはまずい。


 下手をするとカガミさんやアランが敵に回る。

 カガミさんは俺に恩があっても同じ仲間を裏切るようなことはしないだろう。

 アランは微妙だが、たぶん、カガミさんの方につくだろうな。


 一番いいのは戦闘以外で獣人と鬼の戦いを解決することだろう。

 そもそも戦っている理由が分からないからな。

 下手をしたら獣人の方が悪いという可能性だってある。

 正義の味方なんてものじゃないが、より正当な方につくべきだ。

 この辺りはしっかり確認しておこう。


「カガミさん、ちょっといいかな?」

「クロス殿、なんだろうか?」


 相変わらず狐耳がピコピコしているが、なぜ髪が動くのだろうか。

 まあ、それはいい。

 聞きたいのは獣人と鬼のことだ。


「獣人と鬼ってなんで戦っているのか知ってるなら教えて欲しいんだけど」

「鬼が攻め込んできたとしか言えないんだが、その理由がよく分かっていないんだ」

「鬼は火山地帯に住んでいるんだよね? そこが嫌になったとかいう話?」

「それはないと思う。そもそも鬼たちは食べ物が我々の好みと異なる」


 鬼は火山の近くにしか生えないという花や草、それに熱いところに生息しているファイアリザードなどの肉を好んで食べているため、これまではまったく諍いがなかったとのことだ。


 それがいきなり攻め込んできたので、獣人側も最初は困惑したらしい。ただ、相手が本気なのが分かったので徹底抗戦をしている。


「私が捕まる前のことで、今はどうなっているのか分からんのだが」

「教会の地下にいたからね」

「うむ。恥ずかしながらディエスに捕まってしまったからな」


 魔王様を封印したのはカガミさんの結界術。

 それだけなら魔王様を封印なんてできないが、実際に封印した妹さんは他にも色々と譲渡されていた。その一つがメイガスさんの魔力だ。

 それでカガミさんの結界術を使えばそれはもう硬い結界になるだろう。


 しかし、カガミさんを捕らえておいて、ガンマを貸し出すってディエスは何をしたかったんだ? 単純にスキル目的なのかもしれないが、ガンマを貸し出す意味が分からん。


「実をいうと私は獣人たちの味方になってくれる人を探しに東国を出たのだ」

「なんとなくそんな風には思ってたよ」


 カガミさんが真面目な顔で俺を見つめる。


「クロス殿、力を貸してもらえないだろうか?」

「力を貸すのはいいんだけど、俺としては鬼側の事情も知りたいんだよね。戦いがなくなればガンマを穏便に返してもらえるだろうし」

「……それは獣人側に非があると言っているのか?」

「そんな風には言ってないけど、気を悪くしたらごめん。でも、今の状況だとそれも分からないんだよね。メイガスさんがいるから戦って勝つのはたぶんできると思うんだけど鬼を殲滅したいわけじゃないでしょ?」

「それは……そうだな。何かしらの理由があって、それを解決できるなら共存は可能だと思う。それに多くの獣人もそう思っているはずだ」


 すでに戦いが始まっている以上、理由があったからといって許せるわけじゃないだろうけど、それでも解決するべきだろうな。


「それで思い当たる理由はないかな?」

「何もない。あくまでも私が東国を出たときの情報でしかないが」

「なら、鬼と話はできる?」

「それなら捕虜がいるかもしれん」

「ならその捕虜に話を聞くしかないか」


 スキルに聞けば理由なんて一発で分かるだろうけど、最近、俺が知りすぎていて色々疑われているからな。慎重にならないと。


『言わなきゃいいのに言うからですよ』

『悪かったね』

『なお、今回は情報の提供に結構お金を使いますので聞かない方がいいですよ』

『え? なんでだ?』

『それを聞くのも金貨十枚はいただきます』

『たっか。情報の提供っていつも金貨一枚くらいだったろ?』

『高い理由は妨害されているからです』

『妨害?』

『はい。これ以上はお金を取りますのでご注意ください』


 妨害されている……それは課金スキルを妨害しているってことだよな?

 つまり神の残滓に関する何かが絡んでいるってことか?

 そうでもなければスキルを妨害なんてできるわけがないんだが。


 ……また、面倒なことになりそうだな。


「クロス殿? 先ほどから難しい顔をされているようだが、どうされた?」

「あ、いや、ちょっと考え事を。あー、えっと、テンジクって獣人を知ってる?」

「テンジク……? いや、知らないが、何の獣人だろうか?」

「カピバラなんだけど」

「カピ……?」


 え? 知らないのか?

 ゲームだと普通に有名だったんだけど。

 こうストイックな感じで人気もあった……はず。


「カピバラです。大きい括りだと鼠の獣人。鬼侍とも言われてるはずなんだけど」

「カピバラ……鼠……鬼……名前は知らないが、昔、鬼の住む場所へ修行に行った鼠の獣人がいると聞いたことはあるが」

「やはりストイック……駄目じゃないですか! なんで鬼がいるところへ!?」

「いや、昔の話だし私に聞かれても分からないが」


 いかん。推しのキャラが大変な目に遭っていると思ったら興奮してしまった。

 もしかして鬼に囚われているのだろうか。それは意地でも助けないとな。


「しかし、私でも知らないような獣人をなぜクロス殿が?」

「ちょっと色々ありまして」

「そうか。なら、鼠の獣人たちに聞いてみよう。これでも東国なら顔が利く方だ」

「期待してます」


 たしかカガミさんは東国でも名家の出だ。

 陰陽師というのも血筋が関係するとか聞いたことがある。

 それなら色々なところに顔が利くだろう。

 これはテンジクさん救出も視野に入れないとだめだな。




 そこから三時間ほどで東国の港町である猫の里に着いた。

 基本的に東国の町や村は同一の獣人たちが集まっている場所でしかない。

 千輪だけは別で、あそこは多種多様な獣人も住んでいるが、それ以外はほぼ同じ種族が集まっている。


 そしてこの港町は猫の里と呼ばれ、猫の獣人が多い場所だ。


 しかし、鬼と戦っているようには見えないな。

 平和そのものというか、普通に仕事をしているだけのように思える。

 船が到着しても特に逃げたいから乗せてとも言わないし。

 もしかして戦いは終わってる?


 カガミさんも変に思ったのか、里の長に話を聞きに行った。

 アランも一緒に行ったようだから問題はないだろう。


 なら、こっちはこっちで情報収集といこうか。

 こういう時は酒場だ。

 決してお刺身とか寿司を期待しているわけじゃない。


 カガミさんとアラン以外の全員で近くにあった酒場に入る。

 姿が人間やエルフだったので店主に驚かれたが、笑顔で迎えてくれた。


 メイガスさんたちやメリルさんたちはテーブルについてメニューを見始める。

 俺とアウロラさんだけはカウンターについて店主に話しかけた。

 いかつい感じの男性だが、猫耳はそれなりに愛嬌がある。


「いらっしゃい、今日はいいサンマが入ってるよ」

「あー、サンマもいいけど、何かお刺身ってできる?」

「サンマでもいいけど、刺身ならマグロの方がいいね」

「ならそれと、それに合う酒を」

「そちらのお嬢さんも酒でいいのかい?」

「いえ、私は何か果物のジュースを」

「うちは桃のジュースくらいしかないな。それでいいかい?」

「それをお願いします」


 店主は「あいよ」と言ってから、厨房の方へ注文を伝える。その後カウンターにある酒の瓶とお猪口と取り出した。


 お猪口だ。お猪口だよ。さらに酒の見た目が水っぽい。米から作った酒では?


「これが一番合うはずだ。舌に合うかどうかは分からないけどね」


 おお、香りもいい。

 これはお土産として買っていかねば。

 できればメリルに頼んで流通させてほしい。


「ずいぶんと澄んだお酒ですね?」

「たしか作ったお酒に炭とか灰を入れるとそうなるとか。いやー、これを飲んでみたかった――あの、何か?」


 いつの間にか客だった獣人たちに囲まれていて、店主も怖い顔をしている。


「なんでそれを知ってんだ? それは東国で門外不出の技術だぞ?」

「……先にお酒を飲んでいいかな? できれば刺身も先にくれない?」


 またやっちまった。

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