第71話 村と魔国の状況

 商業都市から三日ほどかけて、港町メフゼオにやってきた。


 この辺りはダムルド王国の領地だが、特に問題なく入れた。

 もともと商業都市方面から来る相手に関しては簡単な審査だけで入ることができるとのことだ。ただ、今回はそれだけではない。


 メリルが持つベルスキア商会紋が強い。


 東国への玄関口ということもあってここは商人の出入りが多い。

 ベルスキアはその中でも最高のお得意様だ。

 門番の兵士が異様に緊張していたほどで、周囲も驚いていた。


 そしてベルスキアが色々と準備しておいてくれたのか、泊まる宿は最高級、船は貸し切りでいつでも行ける、と至れり尽くせりの状態だった。お金の力って怖いね。


 とりあえず今日は宿に泊まり、明朝に出発することに決まった。

 それまでは自由時間ということで各自好きに過ごすことになる。

 俺としては海の幸を食べねば。


 エルセンには新鮮な魚介類がない。

 前世ではご褒美的に回転ずしに行くことはあったが、こっちに来てからはそれがない。これは食べておくしかあるまい。今日はご褒美デーだ。


「クロスさんは食事に行くのですか?」

「そうですけど、アウロラさんも行きますか?」

「お願いします」

「ちなみに生の魚を食べますけど、大丈夫ですか?」

「生の魚?」

「魔国やエルセンだとなじみがないと思いますが、新鮮な魚をちゃんと処置すれば生でも食べられるんですよ」


 詳しくは知らないが、ものすごく冷凍するとかそんな感じでいけるはず。

 ショウユがあるのは分かってるし、あとワサビがあれば完璧なんだが。


 基本的に魔国やエルセンだと川魚。それに塩をまぶして焼く。

 それも美味しいが、ご褒美と言えば刺身や寿司だ。

 ああ、腹が鳴る。


「クロスさんはそれが好きなんですか?」

「好きというか、食べてみたいなとは思ってました」

「それならご一緒させてください。私も試してみます」

「では行きましょう」


 カガミさんの話によれば東国には米がある。

 さすがに寿司はないと思うが、お刺身は食べたい。

 それに白いご飯があれば最高だ。




「生で食べるのは東国だけだよ。ここじゃそんな食べ方はしないね」

「oh……」

「残念でしたね。ですが、このたこ焼きって美味しそうですよ」


 何件か食堂を回ったのだが、寿司や刺身のように魚を生で食べることはなく、ワサビもない。なのになぜかたこ焼きがある。あとたい焼きも売ってた。魚売れよ。


「生じゃないけど、マグロのカラアゲならあるよ。ニンニクとショウユがいい仕事してるんだがどうだい?」

「カラアゲと聞いたら引き下がれない。二人前頼むよ」

「あいよ」

「タコ焼きとたい焼きもお願いします。たい焼きはカスタードチョコクリームで」

「まいどありー」


 最初からたい焼きをそれで行くとはアウロラさん上級者?

 刺身や寿司がないのは残念だが、東国にはあるらしいし、楽しみにしておこう。

 料理が来るのを待っていると、アウロラさんが俺の方を見て口を開いた。


「クロスさんはカガミさんに東国のことを聞きましたか?」

「大体の話は聞きました。鬼の件ですよね?」

「はい、今、東国は鬼と戦闘になっているとか」

「憶測ですが、ガンマを投入して鬼の攻撃を防いでいるんでしょうね」


 鬼とは東国固有の亜人。

 話せるし、お金の流通もあるが、少し前から獣人に戦いをしかけているという。


 東国は前世と同じように島国なのだが、北側三分の一が火山地帯で、鬼はそこに住んでいる。獣人たちは南の平原に住んでいるが、その土地をよこせと一方的に戦闘を仕掛けてきたらしい。原因は鬼たちの王が変わったからと言われている。


 それなりに友好的な関係を築けていたのだが、いきなりそれがなくなった。

 ただ、鬼は鬼で困惑しているようで分裂もしているそうだ。

 鬼の王に従う、従わない、中立の三つの立場に分かれているらしい。


 多分だけど、鬼の王は「炎鬼バサラ」。

 従っていない抵抗勢力のトップは「刀鬼コクウ」だろうな。

 キャラプロフィールにそんなことが書かれていた気がする。


 問題はガンマをどうやって回収するかだ。

 千輪という都市にいる以上、獣人たちがガンマを使っている。

 そうなると、鬼との戦いを何とかしないと穏便には返してくれないだろう。


 カガミさんに事情は話してある。

 口添えはしてもらえるようだが、効果のほどは不明だと言っていた。

 獣人は獣人で種族ごとに仲が良かったり悪かったりするらしいからな。

 猫の獣人と鼠の獣人は相性が悪いし。


 なにもせずにガンマだけ回収して逃げると言う手もあるが、カガミさんの立場が悪くなるだろうし、アランもカガミさんを助けたいだろう。


 鬼たちとの戦いに勝つか、戦いそのものを止めさせると言うのが現実的か。


 ……面倒くさいな。

 まあ、いざとなったらスキルに頼ろう。


「へい、おまち。マグロのカラアゲとたこ焼き、それとたい焼きね」


 なんだろう。ものすごくミスマッチのような気がする。

 いや、それなりに合ってるのか……?

 たい焼きはジャンルが違うよな……?


「どうですか、クロスさん」

「え? 何がです?」

「このたい焼きです。そこらの餡子入りとは面構えが違うと思いませんか」

「違うのは中身だと思います。それに餡子も美味しいです」


 型は一緒で中身が違うだけだ。だから面構えも一緒。

 というか、アウロラさんはチョコが好きなのか。

 頭からがぶりといったな。普段クールなのに心なしか嬉しそうだ。


 俺はマグロのカラアゲを食べよう。

 レモンやマヨネーズがあるけど、それはあと。

 まずは素のカラアゲを食べるのが通。


 ……うん、美味い。ショウユとニンニクがいい感じだ。

 これは酒と一緒に食べないとカラアゲに対する冒涜ではないだろうか。


「ビールください」

「あいよー、ビールいっちょ―」

「こんな時間から飲んでいいんですか?」

「問題ありません。それにビールを飲みながら食べないとカラアゲに失礼」

「なるほど。私もチョコを食べたらアイスも食べないと失礼だと思っていました。アイスください」

「あいよー、アイスいっちょー」


 意外だ。アウロラさんは甘いものが好きだったんだな。

 ブラックのコーヒーとか嗜む人だと思ってた。

 まあいいや、ギャップって大事。

 俺もカラアゲを食べよう。次はマヨネーズをつけねば。




 一通り食べ終わると、アウロラさんが「報告があります」と言った。

 ビールを飲む前に聞きたかったけど、まあいいか。


「エルセンにいるフランと遠距離通話用の鏡で話を聞いたのですが……」

「何か問題がありましたか?」

「いえ、問題ではないのですが村の治療院が出来たようです」

「治療院? よくあんな辺境に人が来ましたね」


 あそこは保養地だけど辺境だ。

 治癒魔法が使える人は貴重だから、王都でも引く手あまただろうに。


「それが経営者はアマリリスさんとグレッグさんのようです」

「……教会があそこに治療院を建てたってことですか?」

「いえ、なんでもお二人は教会を辞めたとか。個人経営です」


 辞められんの?

 グレッグの方はまだ分かるけど、アマリリスさんは体内に悪魔がいるのに。

 教会の汚点を体現している人がどうやって教会を辞められるんだ?


 教会の力は地に落ちたから教皇の権力はほとんどないだろうけど聖国は健在だ。

 女王がそれを認めるとは思わないんだけど。


「他にも教会所属だった人が何人か一緒に村へやってきて冒険者になったとか」

「教会で何が起きてるんだ……?」

「村長さんは若い人が増えて喜んでいるそうです」

「でしょうね」

「住める家を増やそうとヴォルトさんに大工的な仕事を任せていると言ってました」

「勇者なのになぁ……」


 屋根の修理とかよくやってたけど、とうとう大工になったのか。

 個人的なことを言えば、ヴォルトはそういうことをしている方がいいように思えるけどな。俺も普通に生きたいもんだ。


 待てよ?

 そもそもヴォルトは教会が嫌いなはずだ。

 元とはいえ教会の人たちがいても大丈夫なのだろうか?


「ヴォルトと教会の人達で揉め事はなかったんですか?」

「ヴォルトさんやサンディアさんの胸中は分かりませんが、揉め事はないようですね。教会の人達に村で揉め事を起こしたら追い出すとフランが釘を刺したそうですから。なので、ヴォルトさんたちも自分から何かをしようとはしないのでしょう」

「あの村の最強はフランさんかー」

「それと元教皇も来ているようで揉め事を起こさないように言っているようです」

「え? なんで教皇が? というか、元?」

「はい。教皇を辞めたとか。しかもクロスさんに会いたいと言っているそうです」

「ええ……?」

「どういうことでしょう?」

「知りません。あと顔が近いです」


 別の意味でドキドキする。

 甘酸っぱい感じはなく、命の危険を感じるドキドキだ。


 しかし、なんでそんなことに。

 アマリリスさん達が教会を辞めるのもそうだけど、教皇って辞められんのか?

 絶対に女王が認めないはずなんだけどな?


 でも、これじゃ教会はもうだめか。

 教皇オリファスはダウナー系だがアマリリスさん並みの治癒魔法が使えたはず。

 そういうのがあったから教会も威厳を保てていた。

 アマリリスさんも抜けた以上、教会に残っている人たちはほぼ普通の人だろう。


 聖国の重鎮が派遣されている可能性はある。

 でも、オリファスやアマリリスさん以上の人はいないはずだ。

 色々とボロボロだけど俺のせいじゃないと思いたい。


 まさか復讐に来たわけじゃないよな?

 なんか帰りたくなくなってきた。


「エルセンの方は以上ですね。次は魔国の方ですが」

「え? あ、はい。なにかありましたか?」

「ジェラルド様から四天王アギとの戦いが小規模ながらあったと報告がありました」

「とうとう始まりましたか」

「はい、とはいっても小競り合い程度でお互いに死傷者はいないようです」

「死者なし? アギの部隊と戦って?」

「威力偵察ではないかとおっしゃってました」

「……アギがそんなことをしたんですか?」

「やはり気になりますよね?」


 四天王アギはライカンスロープ。つまり狼男だ。

 基本的に戦術など考えず、力で押し切るタイプで撤退なんかしないはず。

 そのアギに従っている奴らが威力偵察?


「私のような軍師がいるのではないかともおっしゃってましたね」

「軍師か……でも、アギがその軍師の言うことを聞くとは思えないんですが」

「いままでが演技だったのかもしれません」

「ただの戦闘狂が四天王になれるわけがないということですか」


 ということは、最初からその軍師の指示だったのかもしれないな。

 しかし、軍師ね。


 おそらく獣人の軍師だろう。それ以外がアギのそばにいるわけがない。

 となると「死神テデム」か「賭博師ワンナ」あたりだろうか。

 どっちも獣人系のキャラで軍師っぽい名称のスキルを持っていた気がする。


 これまた面倒だな。

 ……ここはジェラルドさんに期待しよう。なんとか倒してもらいたい。


 ヴァーミリオンとシェラの領地についても聞いたが、特に動きはないという。


 あまり時間をかけると相手側も強くなる。

 ガンマを救出したら、本格的に四天王を倒すことも視野に入れよう。

 どこを狙うべきかな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る