第70話 港町へ

 商業都市ベローシャを出発する日になった。


 早めに行きたかったのだが、ベルスキアに一週間ほど止められていた。

 メリルがついてくことは早々に承諾したのだが、他にも色々あったためだ。


 その色々の一つが船だ。

 東国へ行くために船を用意しておくと言ってくれたが、最初は断った。

 こちらには空飛ぶ絨毯がある。

 とはいえ、厚意を無下にするわけにはいかないのでお願いした。


 でも、なんで俺はこの一週間、質問攻めにされたのだろうか。

 孫のメリルと楽しく過ごす時間に使うべきだと思うんだが。

 メリルよりも俺と一緒にいた時間の方が長いってどういうこと?


 メリルが所属しようとしている組織のボスだから色々と気になるのは仕方ないと思うが、実質のボスはアウロラさんだと思うんだけど。一応、俺と一緒にアウロラさんもいたけど、なぜか一緒になって俺に質問してたな。意味がわからん。


 とくに不自由はなかったんだけど、俺も皆と一緒に古代迷宮に行きたかったな。


 滞在中、ストロムさんが古代迷宮に行きたいと言って皆を連れて行った。

 別に寂しいわけじゃないが、古代迷宮での楽しそうな話を聞かされるのはつらい。


 修学旅行を俺だけ休んだ感じだ。

 皆に説明を受けたけど、なんか違うよな。

 こういうのはリアルタイムじゃないとだめだ。


 行った場所は中層エリアだったようで、俺たち以外は誰も入っていない場所だ。

 珍しいアーティファクトを見つけてきたようでストロムさんもご満悦だった。


 そしてメリルも古代迷宮に行って興奮していた。

 パンドラが行く必要があったのでメリルも一緒に行くことになったからだ。

 それと久しぶりの外でテンションが上がったのだろう。


 そのメリル、アーティファクトや価値のありそうな物に対する造詣は深く、かなり役に立ったらしい。ただ、お金に関することはかなりシビアだったとか。報酬は貢献度によってきっちり分けたみたいだ。


 財務管理という立場としてみれば頼もしいんだけど、俺のお金まで管理されたらどうしよう。お金をどこにやったんですかとか言われたら渡してしまいそうだ。スキルからは『死守してください』と言われたけど大丈夫かな、俺。


 そういえば、メリルに足を治そうかと聞いたけど不要だと言われた。

 怪我自体は治っているそうだが、精神的なトラウマで動かせないとのことだ。


 メリルは馬車の座席の下にある空間にずっと隠れていたのだが、狭いので膝を抱えた状態でずっといた。キールに対する怒りだけでずっと耐えていたのだが、それでも同じ体勢でいたことが体と精神にダメージを与えていたのだろう。


 スキルならそれすらも治すことはできるが、精神的なものは相当金がかかる。

 ベルスキアなら払えるだろうが、大金を請求すればスキルがばれる可能性もある。

 それにメリルはいつか必ず克服すると言ったので何もしないことになった。

 俺なんかよりもはるかに強い子だ。


 その流れでスキルに聞いたんだけど、人生には色々あるんだな。


『メリルのご両親を生き返らせることってできるのか?』

『できなくはありませんが、肉体が滅んでいる以上、金貨の枚数は兆を超えますよ。ベルスキアでも用意はできないでしょう』

『肉体が残っていればもっと安いってこと?』

『それでも数臆はかかります。ただ、安易に人を生き返らせるのはお勧めしません』

『理由は?』

『はるか昔、同じことをした人がいましたけどね、生き返った人を亡くなる前と同じ人だと思えなかったようです』

『間違いなく同じだったんだろ?』

『当然です。肉体も魂も同じです。ですが、願いを叶えた人はそれを信じることができず……どうなったかはご想像にお任せしますが』

『知らないほうがいいこともあるよな』

『その通りです。もし望むなら、死ぬ前に状態を保存することをお勧めします』

『死ぬ前に状態を保存?』

『状態を保持するだけなら安い方です。その後、お金が貯まったら死を回避するように願ってください。それでも死の直前なら金貨は数億はかかりますが』

『ちなみに俺ってアウロラさんに殴られて死んだのか? それとも死の手前?』

『死んでましたね。自分を偽物とか言わないでくださいよ? 殴られる前と同じ魂ですから安心してください』

『こちとら一度転生してんだぞ。そこを疑うわけないだろ』

『ああ、そうでしたね。死ぬことに慣れていましたか』

『いや、慣れてはいないからな? たった二回だけだ』

『普通は一回も経験がないんですよ』


 課金スキルって味方のような敵のようなよく分からん立ち位置だったが、最近は味方してくれることの方が多いような気がする。サービスも多くなったし。

 ……金を使ってるからかな。


「クロスさん、準備は大丈夫ですか? そろそろ出発しますが」

「はい、大丈夫です。すぐに行きます」


 アウロラさんが部屋まで呼びに来てくれたようだ。

 さて、それじゃ行きますかね。


 商業都市の東門から外に出た。


 東国へ行くメンバーは、俺、アウロラさん、メイガスさん、アルファ、ベータ、アラクネ。ここまでは予定通りだが、追加でアラン、カガミさん、メリル、パンドラだ。改めて思うがずいぶんと増えたな。


 ベルスキアとジオ、そしてストロムさんは当然一緒には来ないが、見送りに来てくれた。何やら食料なども大量にくれたのでメイガスさんが亜空間に入れている。


「クロス殿。メリルのこと、よろしくお願いする」

「パンドラが一緒にいるので大丈夫ですよ。それに危険なことはさせませんから」

「その言葉、信じますぞ。それとカロアティナ王国のエルセンに関しては商会としても可能な限り支援するので安心して欲しい。この辺りはジオに任せるつもりじゃ」

「お任せください」

「あまり派手にはやらないでくださいね。ただの観光地なので」


 村に帰ったらどっかの首都みたいになっていたら困る。

 食べ物の流通が良くなってくれればいいだけだ。コカトリスの肉とか。


 ストロムさんは本格的に古代迷宮の調査をすることになったらしい。

 アウロラさんは指輪を渡してないが、パンドラがいくつかエレベーターを動かす指輪を持っていて、それを渡している。最下層まで行ける指輪もあるが、さすがに危険なのでいつかメイガスさんと一緒に行くという話になったそうだ。


「メイガスはとっとと仕事を終わらせて迷宮探索を手伝ってよね」

「アウロラちゃんを魔王にするにはまだまだ掛かりそうなのよねー」

「もうメイガスが魔国に単身乗り込んで全員倒しちゃいなよ」

「それじゃ私が魔王になっちゃうから駄目よー」

「もうそれでいいじゃん!」


 なんだか不穏な話をしているが、まあ、大丈夫だろう。

 ベルスキアもストロムさんの支援をしてくれるみたいだし、最下層へさえ行かなければ危険はないとパンドラは言っている。古代迷宮は広さも十分あるし、中層の調査に十年はかかるからしばらくは問題ないだろう。


「それじゃ、皆行くわよー、乗って乗って」


 メイガスさんが皆を絨毯の上に招く。

 絨毯をかなり大きく広げたので全員乗っても結構余裕があった。

 たとえそうであっても、初めて乗るアランは少し怖がっているようだ。


「聞いてはいたけど、本当にこれが飛ぶのか?」

「間違いなく飛ぶ。景色は良かったぞ」

「景色が良くてもなぁ……ま、乗らないなんて話はないから覚悟は決まってるけどな。カガミはどうだ?」

「私には無理だが式神を使って空を飛ぶ陰陽師がいて乗せてもらったことはある」

「なら怖くないのか?」

「……そうは言ってない」


 カガミの髪にある狐耳がぺコンと倒れた。どうやら怖いようだ。

 パンドラはどうでもいいとして、メリルはどうだろう?


「メリルは大丈夫か?」

「これは誰にでも使えるのでしょうか? 運送コストがかなり抑えられますね。亜空間を使える人を雇えば流通に関してどこの商会にも負けない形に――」


 怖い云々の前に商人の顔が出ている。商魂たくましいというかなんというか。

 そんな風に思っていたら、パンドラが顔を覗き込んできた。


「どうした?」

「うっすらと私をどうでもいいと思いました? やんのかこら」

「いや、何言ってんの。全然そんなことないから。パンドラは大丈夫か?」

「平気です。私も一人なら飛べますので。このジェットほうきで」

「そのほうき、ジェット機能があるのか」

「はい。武器庫からかっぱらいました。退職金代わりです」

「倒れている時から持っていた気がするけど」

「あの時は借りていただけです。メイド服も枕も退職金代わりに貰います」

「数千年放っとかれたんだからいいんじゃない?」

「はい。なので私は量産型の兵器パンドラから、オンリーワンの完璧メイドパンドラに転職しました。いつでも命令するといい」

「なんで最後、偉そうなんだ?」

「完璧メイドはマスターより偉いので。下克上は受けて立つ」


 最近分かった。パンドラは俺で遊んでいる。

 意味がないことを言って会話を楽しんでいるだけだ。

 まあ、適当に付き合うのもマスターの役目か。


 さて、遊んでばかりもいられない。

 今度は東国へ行ってガンマを助けないと。

 できれば鬼侍テンジクに会いたいところだが、それは後にしよう。


「それじゃ行くわよー」

「ごーごー」「はっしーん」「うぇーい」


 メイガスの声にアルファとベータが声を出し、アラクネもそれに続いた。

 そしてなぜか三人で踊る。かわいいからいいけど。


 絨毯が浮き始め、そこそこの高度まで上がると東に向かって動き始めた。


 速度が安定すると、アウロラさんがこちらに近寄ってきた。


「今のところ順調ですね」

「順調……かなぁ。まあ、ベータは上手く助けられましたね。あとはガンマか」

「大丈夫でしょうか?」

「おそらく。それにこれだけ仲間がいればどうとでもなりますよ」

「そうですね。それにクロスさんが本気を出せばなんでもできますし」

「ハードルを上げないでください」


 今のところ金もあるしなんでもできるが、できるだけ使わない方向で行きたい。

 ここは皆に頼ろう。魔国で四天王と戦う必要もあるわけだし。


 まずは港町だ。

 美味い海の幸とかあってほしいもんだ。

 蟹とか海老とか安く売ってないもんかね。

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