第73話 巫女様
俺がいい加減な知識を披露したばかりに猫の獣人たちに囲まれている。
猫に囲まれているならともかく、猫の獣人、しかも男じゃ嬉しくもない。
女性に囲まれたらそれはそれで怖いが。
しかし、俺もいい加減に学ばないと。
前世の知識は何も言わない方がいいのだろうか。
……言わない方がいいんだろうな。
仕方ない。なんとかごまかそう。
「それでアンタ、なんで知っているのか言ってもらおうか?」
「えっと、実は俺たち、狐の獣人であるカガミさんの知り合いでして」
「狐の獣人でカガミ……? 陰陽師のカガミ様か!」
さすがは名家。有名なようだ。
このままお茶を濁して、なかったことにしてほしい。
「ならアンタらは鬼退治に来てくれた人たちってことか?」
「そんなところです。退治というよりも問題を解決できればいいと思ってます」
「問題を解決? それは無理だな」
「理由を聞いても?」
「鬼たちの目的は千輪にある神刀だ。それを奪われるわけにはいかないからな」
思いのほか新しい情報が得られた。
千輪にある神刀……なんだったかな?
確か誰かのキャラプロフィールにそんなことが書かれていたような。
……駄目だ、思い出せない。
「それにしては平和すぎませんか?」
獣人たちに囲まれていても怯まないアウロラさん。
やりあったら勝てるだろうけど、俺がいることも考慮して欲しい。
よく見たらメイガスさん達も囲まれている。
でも、余裕そうだ。囲まれているのに頼んだ料理を普通に食べている。
俺も食べたい。
「鬼たちはその神刀にしか興味がないことが分かったんだよ。だから、千輪以外は平和そのものさ。戦える奴らが千輪に集結して防衛しているってことだな」
「そういうことでしたか。ちなみに勝てそうなんですか?」
「どうすれば勝ちなのかはわからんが、少なくとも負けることはないと聞いている。千輪には巫女様がいて戦う者に祝福を与えてくださるそうだ」
「巫女様ですか?」
「ああ、なんでも巫女様がいると怪我が少なくなるそうだ」
どう考えてもガンマだ。
防御力アップのサポート系スキル持ちのガンマがいるなら怪我は減るだろう。
いきなり何かが倒れる音が聞こえた。
「その話、お姉さんにも聞かせてもらえないかしらー?」
メイガスさん達を囲んでいた獣人たちが倒れている。
攻撃したようではないけど、なんらかの魔法で動けなくしたのだろう。
いつもの細目で笑っているが、激しい威圧を感じる。
味方なのに俺も怖いよ。
驚いた獣人たちの一人がアルファやベータを見て目を見開いた。
「み、巫女様!? しかも二人も?」
どうやらガンマを見たことがあるようだけど、これで決まりだな。
千輪にいる巫女様とはガンマのことだ。
「ガンマちゃんを勝手に巫女とかにしないで欲しいわー」
「ア、アンタら一体……」
「その巫女様ってのはガンマって名前の子でね、こちらのメイガスさんの子供みたいなものなんだよ。それを取り返しに来たんだけど」
「そ、そんな馬鹿な! 巫女様は犬の獣人だと聞いているぞ!」
「犬の獣人?」
「垂れた感じの犬耳が付いていると聞いている。こう、ペタンと」
ウィッグかなにかで偽装しているのかな。
なぜかメイガスさんが目を見開いて「それもいいわね!」と言っているが聞かなかったことにしよう。
「クロス殿!」
ナイスタイミングというか、カガミさんが酒場に入ってきた。
「この方たちは私の連れだ。丁重に扱って欲しい」
「カガミ様、しかしですね……」
「この方たちを千輪に連れて行く。事情は知らぬがここは引いてほしい」
そう言われると引くしかないのだろう。
店主たちは複雑そうな顔をしながらも引いてくれた。
よかった、酒の件はうやむやになった。
二度と余計なことは言わないと誓おう。
「クロス殿、ところでなぜこんなことに?」
「え、いや、それは――」
「クロスさんがこの澄んだお酒の作り方を知っていたので囲まれました」
「なんで言っちゃうんですか?」
うやむやになりそうだったのに、アウロラさんは余計なことを言わないで欲しい。
最初に余計なことを言ったのは俺だけどさ。
「ああ、そういうことか。クロス殿は情報を調べるスキルを持っているのだ」
「カガミ様、そんなスキルがあるんですか?」
「そういう話だ。アーティファクトでも調べることができるらしい」
猫の獣人たちが驚いている。
それ、誰が言ったんだ?
……隣ですまし顔をしているアウロラさんか。
アウロラさんは俺がもっと色々できることを知っている。
商業都市でも色々やったし、情報操作的なことをしてくれたんだろう。
でも、本人に言っておいて欲しいんだけど。
「私はとある場所に捕まっていたのだが、クロス殿のおかげで帰ってこれた」
「そ、そうなんですかい?」
「うむ。なので私の恩人でもあるのだ。門外不出の技術ではあるが、クロス殿なら教えてもいいほどの恩を受けている。スキルでばれてしまったようだが、ここは私に免じて不問にしてもらいたい」
「え、ええ、そういうことでしたら問題ありません。ただ……」
「もちろん分かっている。クロス殿、その技術に関しては広めないと約束してもらえないだろうか。職人たちの試行錯誤の結果だし、重要な資金源でもあるのだ」
資金源……このお酒を輸出しているんだろうな。しかもそれなりに高価で。
閉鎖的な国ではあっても、完全な自給自足ができるわけじゃない。
酒と交換に何らかの資源を手に入れているんだろう。
「もちろん誰にも言わないよ。そもそも酒の作り方を知らないし」
お酒に灰とか炭を入れると綺麗になるかもって程度のいい加減な知識しかない。
それに本体となる酒の作り方なんて知らない。
俺の言葉が意外だったのか全員が驚いているようだ。
信じるべきかどうか迷ってるみたいだけど、本当に知らないんだけどな。
色々あったが、最終的にはカガミさんの恩人ということで不問になった。
人助けはしておくもんだね。
「では、クロス殿、すぐに千輪へ向かってもいいだろうか。なにやら不穏な動きがあると聞いたので急ぎたいのだが」
その言葉に周囲の獣人がざわついている。
さっき聞いた話だと意外と平気そうな話だったんだけどな?
「なにかありました?」
「う……む、その、それが……」
カガミさんが言い淀んでいる。
そしてメイガスさんをチラチラ見ている。
そういうことか。
「ガンマが巫女様になっているって話なら聞きましたけど」
「そ、そうか。なら、そのガンマ殿が鬼たちに狙われていて危ないという話も――」
「カガミちゃん? その話、お姉さんに詳しく教えてくれるかしら?」
さっきよりもさらに威圧を放つメイガスさんがカガミさんを問い詰めている。
カガミさんの狐耳がへにゃりとしてしまった。
これはお酒とお刺身はお預けだな。
「話は移動しながらにしよう。ここから千輪までどれくらい?」
「あ、ああ、空を飛べば二日は掛からないと思うが」
「ならすぐに行きましょう。メイガスさんも落ち着いて」
「クロスちゃんの言うとおりね、ならめちゃめちゃ魔力を使って飛ばすわよー」
安全運転でお願いしたいところだけど、そんなことを言っている場合じゃないな。
すぐに猫の里を出て、空飛ぶ絨毯に乗り、首都の千輪を目指す。
メイガスさんの言った通り、相当な速さだ。
これなら今日の夜には着くとカガミさんは言っている。
今のうちに事情を確認しておこう。
「カガミさん、状況を教えてもらえるかな?」
「うむ。まず、ガンマ殿は巫女様という形で千輪にいる」
「それは聞いたね。なんでも犬耳が付いているとか」
「どこの誰とも知らない者より獣人の方が巫女として説得力があるからだろうな」
それはそうだろう。
だからと言って犬耳をつけるだけでばれないものなのだろうか。
「それと鬼たちの目的は千輪にある神刀であることが分かった」
「それも聞きました。なので千輪に戦力を集結しているとか」
「その通りだ。だが、それで問題が起きた」
「問題?」
「明らかに強くなっている獣人に鬼たちは不思議に思ったらしい。そしてその理由がガンマ殿にあるということがばれたそうだ」
おう、会話には参加してないけど、メイガスさんからの威圧がすごい。
それにアルファやベータ、アラクネもちょっとご立腹だ。
カガミさんは慌てて否定する。
「その、理由はばれているが、獣人たちが死守しているから安全だ。ただ、最近、徐々にガンマ殿の近くまで攻め込まれることが多いので危険かも、という話になっていてだな……本当にすまない」
おそらくスキルの影響範囲が関係しているんだろう。
最前線とは言わずとも戦場の近くにはいないと効果がないはずだ。
頑丈な建物の中にいては意味がないから外にいる。
その近くまで鬼が迫っていると。
さて、どうしたものかね。
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