第74話 獣人と鬼
東国の首都、千輪。
島のほぼ中央に位置するその都市は六角形の形をしていて、壁に覆われている。
入り口の門は全部で六。東と西、北東、南東、北西、南西だ。
俺たちは西にある猫の里からやってきたので、西の門から入る。
結構遅い時間だったものの、そこはさすがのカガミさん。
門番に言うと、特例ということで入れてもらえた。
向かう先はカガミさんが陰陽師として所属している虚空院という場所だ。
たぶん、なんとか院なんとか堂みたいな建物だと思う。
ガンマもそこにいるようで、すぐさま案内してくれることになった。
ただ、期待はしないで欲しいとも言われている。
今やガンマは巫女として絶大な信頼を得ており、無理に連れ出せば獣人を敵に回す行為になるらしい。
でも、言いたい。
獣人たちは鬼だけじゃなくてメイガスさんも敵に回すことになるんだぞと。
カガミさんはそれを心配しているのだろう。
メイガスさんに対する気の使い方が半端ない。
そしてアルファやベータ、アラクネたちにもだ。
ここは俺もフォローしておこう。
「メイガスさん、短気はダメですからね?」
「クロスちゃんにそう言われたらお姉さん困っちゃうわー」
「よほどの理不尽があれば俺が暴れますから、メイガスさんが暴れるのは最後で」
「それなら、いいのかしら?」
「アルファたちも駄目だぞ」
そういうと、アルファ、ベータ、そしてアラクネは三人で上半身を左右に振ってからパンチを繰り出した。腰の入ったいいパンチだ。
「わかった。でも、けじめはつける」
「うん。それは大事」
「マスコット部隊の恐ろしさを刻み込む」
見た限りは可愛らしいんだが、アラクネだけでそこらの軍隊より強いんだよな……。
「メリル、ここは四天王として私達も何かするべきでは? 主に暴力で」
「パンドラさん、それはダメです。まず東国の流通を押さえましょう。その後、こう真綿で首を絞めるような対応をしていくのがベストかと」
「なんとそんな手段が。お主も悪よのう」
「君たちも落ち着こうね。カガミさんが怯えてるから」
メイガスさんだけじゃなくて他の皆も怖い人たちだと改めて思った。
クロス魔王軍で一番良識があるのが俺なのではないだろうか。
いや、断言しよう。俺だ。
そんな会話をしながら虚空院という場所に着いた。
予想通り、なんとか院なんとか堂の建物に似ている。
虚空院が建物を指しているのか、この辺り一帯をそう言うのかは不明だが、カガミさんは敷地内にある建物に案内してくれた。
ここは和風の屋敷って感じだな。
畳って久しぶりだけど、いい香りがする。
屋敷の一室に通されて、待つようにお願いされる。
ここで大人しく待っていて欲しいと懇願された。
なぜか俺に。
絶対に目を離さないでくれってことなんだろう。
カガミさんはすぐに別の場所へと向かった。
俺は和風の部屋に抵抗はないが他の皆はどうだろう?
靴を脱ぐことに首をひねっていたけど、問題はなさそうだな。
アルファたちは畳の上でゴロゴロ転がってるし。
お茶でも飲もうとしたらアランが近寄ってきた。
「クロス、ちょっといいか?」
「どうかしたか?」
「いや、クロス魔王軍はこの状況をどうするのかと思ってな」
「魔王軍というか俺の考えではガンマを連れ出すのは絶対だ」
俺の言葉にメイガスさんやアルファたちもうんうんと頷く。
アウロラさんはあごに手を当てて考え込んでいるようだけど。
「ただ、その方法がな。カガミさんに迷惑をかけたくはないし」
俺の言葉にアランは大きく息を吐いた。
「それを聞いて安心した。カガミにも恩があるから敵対されたら困るところだった」
「カガミさんに対する恩ってなんだ?」
「助かった皆をそれぞれの町に送った時に色々助けられただけだ。俺じゃ気付かないような配慮をしてもらったってことさ。俺は元騎士だが、見た目通りガサツだから」
「ああ、そういう」
「しかしカガミも水臭いんだぜ。鬼と争っているって話も全然聞いてなくてな。今日、初めて申し訳なさそうに助けて欲しいと頼まれたからクロス達と敵対しちまったらどうしようかと悩んでたんだよ」
「巻き込みたくなかったんだろうな。まあ、よほどのことがなければ大丈夫だと思うぞ。カガミさんの上司……なのかな? その人が話せる人なら穏便に済むはず――」
いきなり周囲が騒がしくなった。
大勢の足音が建物を取り囲んでいるような気がする。
その後、廊下を大きな足音が聞こえた。それが近づいてくる。
それを咎めるようなカガミさんの声も聞こえた。
直後にふすまが勢いよく開く。
「ホクト姉さま! 私の恩人に失礼ではありませんか!」
「未熟者は黙っておれ!」
金髪で狐の耳がある女性が俺たちを見た。
「お主たちが巫女様の保護者か?」
ホクト姉さま……なるほど、国色天香のホクトか。確かに美人だね。
しかしヤバイ。
この人がガンマの管理者というか、カガミさんの上司なのか。
国を傾けるほどの美しさを持つという狐の獣人ホクト。
カガミさんは銀色の髪だが、ホクトは金髪。
服装はカガミさんと同じ狩衣でスクエア型の眼鏡をかけている。
これはカガミさんが真似をしているって設定だ。
血縁関係はないが、カガミさんは姉と慕っている。
そこまではいい。
問題は極度のツンデレであるということだ。
そのホクトが鋭い目つきでこちらを見る。
「鬼との戦いが終わるまで巫女様は丁重に預かる。戦いが終わればカガミに送らせるのでお主たちは国へ帰るといい」
絶対に傷を負わせたりしない。ここは危険だからお前たちは逃げろって言ってるんだよな。たぶん。
ここは俺が間に入ってなんとかするしかない。
「えっと、ちょっと待ちましょう――」
「あらあら。でも、なんで貴方の指示に従わなくてはいけないのかしらー?」
「メイガスさん、落ち着いて――」
「ここでは私の方が偉いからだ」
「ええと、ホクトさん、言葉をですね――なんだ?」
いきなり法螺貝の音が聞こえた。
戦国時代かよ。
「鬼どもが来たか! カガミよ! 結界を張ってこやつらを一歩も外に出すな!」
「ホクト姉さま!」
「巫女様のお休み中に来るとは鬼どもめ! 迎え撃つぞ! ナギナタを持てい!」
「ホクト姉さまは偉いんですから最前線に出ちゃダメなんですよ! 式神を――」
「だからカガミは未熟者なのだ! トップが最前線に出ずにどうする!」
カガミさんの言葉など聞く耳もたんという感じだ。
そしてホクトさんは廊下をまた大きな足音を立てながら出て行ってしまった。
嵐みたいな人だな。
悪い人じゃない。悪い人じゃないんだ。
でも、言葉が足りず、態度が圧倒的なだけな人なんだ。
しばらくすると、カガミさんは畳の上に膝をついて頭を下げた。
「ホクト姉さまが申し訳ない! 決して皆を侮辱しているわけではないのだ!」
俺は知ってるんだけど、メイガスさんがね。もうキレる寸前だよね。
「ホクトちゃんとはまだお話し中なのよねー。ちょっと鬼を倒してきちゃうわー」
「メ、メイガス殿!?」
「大丈夫よー。追っ払うだけだから。アルファちゃんもベータちゃんも一緒に来てね。もちろんアラクネちゃんも」
三人とも元気よく「おー」と言っている。
これはどうしようもないな。少し暴れてもらった方がすっきりするはずだ。
「鬼とは和解も視野に入れてますので可能な限り殺さないで貰えますか?」
「クロスちゃんはそればっかりねー。でも、分かったわー」
「クロス殿!?」
「ここは下手に止めるよりもやらせた方が被害は少ないはずです」
「しかし……」
「それにガンマが危険な目に遭ったら困りますので」
「それは……そのとおりだな。分かった。ですが、無理はなさらずに」
どうやら納得してくれたようだ。
ただ、危険な目に遭わせられない人もいる。
メリルはパンドラと一緒にここで待機。
そしてカガミさんにはここで結界を張っておいてもらおう。
アランはカガミさんの護衛だ。ここまで鬼が来ないとも限らないし。
「アウロラさんは俺と一緒に戦場へ。戦闘に参加するんじゃなくて偵察です」
「承知しました」
さて、どんな状況か確認させてもらうか。
空飛ぶ絨毯で空から戦場を見る。
夜なので暗いが、多くのかがり火があるのでかなり明るい。
それに魔族のスペックのおかげで良く見える。
こういうのは魔族に転生してよかったって思えるね。
千輪の北側、北東と北西の門辺りに鬼たちは集結しているようだ。
今は壁の上から矢や魔法を放っているが、効果は低そうだな。
鬼は魔力が低いが身体能力は高い。
普通の攻撃では傷すらつかないだろう。
鬼たちは門に対して巨大な石の柱をぶつけている。
何度か破られたことがあるのか、西の門と比べてずいぶんと貧相だ。
そして門の内側には多くの獣人たちが集まっていた。
その先頭にはホクトさんがいる。
北西の門を担当しているのだろう。
「うろたえるな! こちらには巫女様がいる! いつも通り撃退するぞ!」
ホクトさんの声が響くと獣人たちも声を上げてテンションを上げているようだ。
「メイガス様、あそこにガンマちゃんがいる」
アルファが指を刺した方向には輿の上で正座している女の子がいた。
ご丁寧に巫女風の服を着て、情報通り犬の耳が付いていた。
眠いのか、頭がカクンカクンと動き、今にも寝落ちしそうだ。
精神支配されていても食事や睡眠は必要だ。
寝てしまうとサポート系スキルは反応しないという話もある。
鬼たちもそれが分かっているから夜に襲ってきたんだろうな。
「あら、本当ね。でも、すごく眠そう。すぐに回収して逃げようかしらー?」
「冗談ですよね?」
「半分は本気よー。でも、カガミちゃんのこともあるし、それは駄目よねー」
ホクトさんの言動には怒っていても冷静な部分もあるようだ。
ならまずはこの戦いを終わらせてからじっくりと話し合いだな。
「メイガスさん、もうやっちゃってください」
「お姉さんにお任せよー」
空飛ぶ絨毯の上でメイガスさんが立ち上がると、空に向けて両手を広げた。
すると巨大な光の玉、おそらく直径十メートルくらいの輝く玉が作られた。
その輝きに獣人も鬼も戦いを止めて見上げている。
「シャイニングアロー」
ちょっと間延びしたような言い方だが、それとは裏腹に光の玉から光線がいくつも発射される。それが壁の向こう側にいる鬼たちへ襲い掛かった。
「すごく痛いけど死なないから安全よー」
痛いけど安全とは。
それはともかく、鬼たちの方から声が上がった。
法螺貝がまた鳴った。すると鬼たちが撤退を始める。
死者は出ていないはずだが、初めて見る攻撃だからだろう。
無謀な戦いをするようなタイプじゃないんだな。
ん? なんだ? 一人だけ残っている鬼がいる?
武士風の鎧を着ていて顔の口部分を隠す面頬をつけている。
その鬼がこちらに顔を向けながら刀を肩に乗せて腰を落とした。
『やばいですよ。攻撃が来ます』
『え? あそこから?』
ゆうに1km以上の距離はあるぞ。
そもそもこっちは空にいるんだが。
そんなことを考えていたら鬼の持つ刀が光り始めた。
『なんとなくやばそうだな。防いでくれ』
『金貨十枚です』
『たっか!』
鬼が刀を振るうと、レーザーのような攻撃が放たれた。
高いなんて言ってる場合じゃない!
『払う!』
『防ぎます』
身体強化の魔法を起動させた。
メイガスさんの服を後ろへ引っ張るようにして入れ替わるように俺が前に出る。
ギリギリのタイミングでレーザーが俺に当たったが、衝撃の威力までは殺せていない。そのせいか、空飛ぶ絨毯の制御が失われて急降下を始めた。
「メイガス様!」
アルファの声で振り向くとメイガスさんが倒れていた。攻撃の衝撃で意識が朦朧としているようだ。だから絨毯の制御が失われたのか。
大丈夫、慌てなくていい。ゆっくりと対処するんだ。
『絨毯の制御を俺に。魔力も込めてくれ』
『サービスしておきます』
直後に絨毯はいつもの浮力を取り戻した。
今は俺が動かせるけど下手に動かすのはまずい。このまま降りよう。
ゆっくりと絨毯を地面に着地させる。
すぐにアウロラさんがメイガスさんの介抱を始めた。
アルファたちも心配そうにメイガスさんを見ているが、怪我はないはずだ。
それにしてもあの鬼は一体……?
『どうやらさっきの者も神の残滓を持っているようですね』
『嘘だろ?』
『本当です。攻撃を受けて分かりました。その残滓が神刀を求めているのでしょう』
『……理由を聞いてもいいか?』
『神刀も神の残滓です。取り込んで力を得ようとしているのでしょうね』
『マジか』
『マジです。先に私が神刀を取り込むという手もありますよ?』
『……それは保留で』
『残念です』
『でも、なんで取り込もうとしてるんだ?』
『残滓が残滓を求めるのは神になろうとする以外ないかと』
『……お前もそうなの?』
『そんな面倒なことはしませんよ。神ってつまらなそうじゃないですか』
その価値観は分からないが、どうやらガンマを連れ帰るだけじゃダメのようだ。
放っておくといつか俺が狙われるんじゃないかな、これ。
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