第75話 鬼侍

 昨夜は色々あったが、メイガスさんの魔法で鬼を追い返した。

 ただ、正体不明な鬼の攻撃でメイガスさんが意識不明な状態になった。

 とはいえ、怪我はない。衝撃で気を失ったというだけだ。


 あの後、ホクトさんが来てあーだこーだ言っていたが、意訳するとこうなる。


「助けてくれて感謝する。狭い場所だがこの屋敷で傷を癒してくれ。不便なことがあればカガミになんでも言って欲しい。だが、すまぬ、しばらく巫女様は返せない」


 これを威圧的に言うから面倒なことになるんだよな。

 虚空院のトップということで下手にでる姿は見せられないのだろう。

 それに血筋的なこともあるから余計に頭は下げられないのだろう。


 なので誤解を解いておこうと朝早くから皆に聞いてもらうことにした。

 こっちにはパンドラがいる。説得力はあるはずだ。


「ホクトさんはツンデレです。パンドラ、脳波を確認してくれたな?」

「はい、間違いありません。ツンデレの波動を感じました。ツンデレLVはMAX」

「言葉が足りないし、威圧的な態度ではありますが、悪い人じゃないんです」


 全員が呆れた顔をしているが、大丈夫だろうか。

 朝になってちゃんと目を覚ましたメイガスさんは頬に手を当てて考え込んでいる。


「病気か何かなのかしら?」

「ツンデレは病気でもないし、呪いでもありません。素直になれないだけで」

「実は私にもツンデレ機能が搭載されています。別に褒められたいわけじゃないんだからね!」

「パンドラはちょっと黙ってて」

「別にマスターだから命令を聞いてあげるわけじゃないんだからね! はい、お口にチャック」


 皆が考え込んでいるが当然だろうな。

 ツンデレって言ったって昨日初めて会った人がそうだとしても困惑するだけだ。

 不思議なのはなぜかカガミさんまで考え込んでいることだ。


「カガミさんは知らなかったんですか?」

「つんでれという概念が良く分からないのだが……厳しいことを言うのは愛情の裏返し的なことだろうか……?」

「まあ、そんな感じです」


 これもゲームの知識だけど、これくらい言っても平気だろう。

 でもスキルのおかげだと予防線を張っておく。


「俺のスキルが調べた結果だと、ホクトさんはカガミさんを大好きですね。本当の妹だと思っています。カガミさんを一人前にすることが使命だと思っているようです」

「ホクト姉さまが……!」


 カガミさんは目を潤ませて感動しているようだ。

 昨日もカガミさんを未熟者とか言ってたが「お前はまだまだ強くなれる、私以上にな!」という激励的な感じだと思う。そんなの分かるわけないけど。


 さて、とりあえずこの知識だけあればホクトさんへの不信感は薄まるだろう。

 でも、ガンマの方は鬼との戦いが終わらないとだめだな。


 それにやっかいな問題は別にある。神の残滓のことだ。


 あの鬼には俺と同じように神の残滓が宿っている。

 その残滓が同じ神の残滓でできた神刀を狙っている。

 その理由は新たな神になるためとのことだが、また面倒な。


『おそらくですが、ディエスは神刀を守るためにガンマを派遣したのでしょう』

『え? そうなのか?』

『アルファやベータを貸し出したのは教会が資金を得るためだと思いますが、ここへ送っても儲けはほとんどありません。いつか神刀を自身が吸収するために守らせようとした可能性が高いかと。これは憶測ですが』


 アルファはエンデロアの貴族クリストファに貸し出されていた。

 そしてベータはベルスキアの後継者候補だったキール。

 確かにどっちも金持ちだな。


 東国だと誰が相手でも金があるようには思えない。

 酒が欲しいわけでもないだろうし、神刀を守るためというのはしっくりくる。


『ならあの鬼のことも知っていたってことか?』

『知っていたと思います。ただ、ディエスは私のことを天使か悪魔、もしくは精霊だと思っていました。あの者のこともそんな風に思っていたんじゃないでしょうか』

『なるほどね』


 確かにディエスは俺の体に直接乗り込んできた時に初めてスキルの正体を知ったようだった。

 だが、気になることがある。


『確認したいことがあるんだが』

『なんでしょう?』

『俺ってお前たちの戦いに巻き込まれてる?』

『私達に戦いなんてありませんよ』

『じゃあ、今の状況ってなに?』

『単にクロス様の目的を邪魔する奴が神の残滓を持っていたということです。前世でなんかしたんじゃないですか?』

『普通に生きてただけなんだけどね……あ、この世界がベースになってるソシャゲには課金しなかった』

『それですね』

『うそつけ』


 しかし昨日も思ったけど、このままじゃいつかスキルを狙って俺のところに来るだろう。そうなると面倒だ。ここで倒すしかないよな。


『ディエスのときみたいに神の残滓を食べることはできるのか?』

『できますね』

『それは金をとる?』

『相手を弱らせてくれれば無料でもいいです』


 弱らせるか。アイツ、強そうだったんだよな。

 だいたい刀からレーザーを放つってなんだよ……んん?


 ちょっと待て。

 刀からレーザーを放つスキルを知っている。

 あれってスキル「諸行無常」か?


『正解です』

「うそだろ、おい! ……あ、すみません。独り言です」


 あまりの衝撃に普通に声を出してしまった。

 独り言って言ったけど、皆が興味津々で俺を見ている。

 そりゃそうだよね。


「あー、えっと、ちょっと思い出したことがありまして」

「それは一体どんなことでしょう?」


 アウロラさんの詰め寄りが怖い。

 ここは言うしかないな。

 ショックすぎてごまかす言葉も思いつかん。


「昨日、俺たちに攻撃してきた相手なんですが、あれを使える人を思い出しまして」

「あの攻撃ができる人ということですね? それは誰でしょう?」

「テンジクって人です」


 鬼侍テンジク。

 ストイックに強さを求めるカピバラの獣人。

 溜め系のスキルを使い、溜めたターンが多いほど威力が増す。

 十ターン溜めるとダメージが最大までいくというロマンあふれるスキルだ。


 実際にはそこまで溜めるのはほぼ不可能なんだけど、五ターンくらいでもかなりの威力になる。ゲームではお世話になった。


「クロス殿、テンジクという方はカピバラの獣人だとか……」

「その通りです」

「それは獣人が鬼側についたと?」

「状況は分かりません。それに昨日は顔を見ていないので本人かどうかも分かってなくて。単にあの技を使えるのがテンジクだったと思い出しただけなんですよ」


 カガミさんの話では前に鬼の住む場所へ修行に行った鼠の獣人がいるとか。

 あのスキルを他の人が使えるとは思えないし、テンジクである可能性が高い。

 まさかとは思うけど、テンジクが鬼を扇動しているわけじゃないよな?


 それにテンジクが神の残滓を持っている奴ってことにならないか?

 なんてこったい。


 ここは確認せねばなるまい。


『あれって本当にテンジクなのか?』

『妨害を受けているので金貨十枚は必要です』

『……ならいい』

『……仕方ありませんね。今回はサービスです。あれはテンジクです』

『マジかー』


 会いたいと思っていた相手がこんな状況だとは。

 俺が強化アイテムをつぎ込んだからじゃないよな?

 いや、神の残滓に操られている可能性もある。

 なら課金スキルが神の残滓を食べてしまえば元に戻るかもしれない。


『自分の意思でやってるかもしれませんけどね』

『余計なことを言わない。ただ、テンジクが鬼のトップじゃないよな?』

『今度は金貨十枚とりますよ』

『……いや、それは別方面から確認しよう』


 最初の予定通り、鬼から情報を引き出さないとだめだな。

 昨日は確認しなかったけど鬼の捕虜はいるのだろうか。

 いなかったら戦闘で捕まえてこないと。


「カガミさん、鬼の捕虜っていますか?」

「いるのは確認していますが、ホクト姉さまがなんと言うか……」

「そこはお姉さんにお任せよー」

「メイガスさん?」

「ホクトちゃんとのお話は終わってないからこっちから乗り込むわー。その間にクロスちゃんは捕虜の鬼と話して来たらどうかしら?」

「ホクトさんの許可を得る必要はないってことですね?」

「そうよー。ガンマちゃんにも会っておきたいし、ちょっと行ってくるわねー」

「カガミさんもそれで構いませんか?」


 カガミさんは真面目だからこういうことは駄目か?

 俺は魔族だし、メイガスさんは自由奔放だからこういうのに罪の意識はないが。


 カガミさんは耳をピコピコと動かしていたが、ピーンと伸びた。


「ガンマ殿を返せないのはこちらの事情。これくらいはさせてください」

「ありがとうございます。ホクトさんのツンデレ具合は耳でわかりますので活用してください。へにゃっとしている時は厳しいこと言ってごめんねって意味です」

「ホクト姉さま……」

「なら耳を重点的に見てくるわー」


 メイガスさんはアルファたちを連れて屋敷を出て行った。

 よし、それじゃ情報収集といきますか。

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