第76話 捕虜
虚空院の敷地にある建物の一つへ案内された。
どう見ても蔵だが、ここに鬼の捕虜がいるらしい。
入り口には守衛らしき獣人が二人いて、和風の鎧を着て槍を持っている。
耳の形からして猫か犬の獣人だろうか。
カガミさんを見て笑顔になるが、俺たちを見て目を細めた。
一緒にいるのが、俺、アウロラさん、そしてアランだからな。
情報は聞いているだろうが、こんなところに来るとは思っていなかったんだろう。
「カガミ様、おはようございます。こんなところへどうされました?」
「鬼の捕虜を捕まえていると聞いています。話をしたいのですが、入っても?」
「それはホクト様の許可を得ての話でしょうか?」
ここで許可を得ていると嘘をついて中に入るべきだろう。
そんなに長く話すわけでもないだろうし、ちょっと騙せれば問題ない。
カガミさんが怒られるけど、その辺は覚悟の上で協力してくれたはずだ。
「許可は貰ってません」
「真面目か」
「クロス殿?」
「あ、いえ、なんでもないです」
思わずツッコミを入れてしまった。
嘘をつけない人っているよね。
嘘つきよりはマシだけど、ちょっとは融通を利かせて欲しい。
とはいっても、こういうのって俺の立場から言ってるわがままだからな。
俺が嘘をつかれる立場になったらふざけんなって思うだろうし。
カガミさんは二人を説得しているようだ。
ここはむしろ、二人を気絶させてしまった方がお咎めはないか?
あまり時間をかけたくないんだけどな。
そんな風に思っていたら犬の獣人が蔵の鍵を開けた。
「カガミ様がそこまで言うなら仕方ありません。どうぞお入りください」
「こちらから頼んだことですが良いのですか?」
「構いません。咎は私で受けますので、どうぞ中へ」
信頼されている人ってのは違うね。
魔国でこんなことしたら間違いなく相手のせいにする。
もしくは金を貰う。
カガミさんは深く頭を下げると、獣人たちが困っていた。
そんなやり取りの後、蔵に入ると地下へ続く階段があった。
どうやら罪人を入れておく場所のようで、今は鬼の捕虜を入れているらしい。
ただ、今のところ捕虜は一人しかいないそうだ。
階段を下りてすぐに声が聞こえた。
「朝飯はさっきもらったばかりだが?」
地下に灯りはないが、カガミさんが松明を持っている。
その灯りを見て鬼が声を出したのだろう。
声がした牢に近づくと、鬼が胡坐をかいて座っていた。
鬼の外見は人間とあまり変わらない。
ただ、一本や二本の角が額と髪の生え際あたりから突き出ている。
立派な角になるほど美男美女扱いになるらしいが、その美意識は分からないな。
目の前にいる鬼はそれなりに立派な角だと思う。
ただ、顔もいい。ワイルド系というか。
俺の美意識からするとイケメン扱いだが、どうなんだろうな。
「こちらの問いに答えてくれたら恩赦を与えてもいい」
名乗るわけでも挨拶をするわけでもなく、カガミさんは単刀直入にそう言った。
カガミさんはアウロラさんっぽいところがあるよな。
鬼は捕虜ということで、胴体が隠れる程度の簡易な布の服しか着ていない。
なので腕や足回りの筋肉がすごいのが分かる。
前世で見たボディビルダーのようだ。
その鬼は筋肉質の大きな体をゆすりながら笑った。
「それを信じろって?」
「このカガミの名において約束しよう」
「おっと、こりゃ大物だ。虚空院でも幹部中の幹部じゃないか」
「どうだろうか。別に鬼たちの弱点を話して欲しいと言うわけじゃない。この戦いを終わらせるための情報が欲しいだけだ」
いつものクールなカガミさんが戻ってきたな。
ホクトさんが絡むと年齢よりも若いような言動になるけど。
「戦いを終わらせる情報ね。俺が本当のことを話すとでも思ってるのか?」
「仲間を逃がすために最後まで残った鬼だと聞いている。信用できると判断した」
「止めてくれ。仲間のためを思うなら最初からこんな戦いを止めるべきだろ?」
なにか訳ありってことか?
これは当たりかもしれないな。
「私が話してもよろしいでしょうか?」
アウロラさんがそう言いながら、カガミさんの横に並んだ。
カガミさんは頷くと、一歩だけ後ろに下がる。
「私はアウロラ。魔族です」
「あぁ? 魔族だと?」
出た。アウロラさんの得意技。
話の主導権を握るために初手で衝撃を与える会話術。
効果があるのかは微妙だけど、ちょっとは相手を怯ませる効果はある。
さらに隠し事をせずに全部言うんだろうな。
「この戦いが終わらないとガンマさん――巫女様を返してもらえないのです」
「ガンマ……? 巫女というのは獣人の子供のことだな。厄介なスキルがあるとは聞いているが、返してもらうとはどういう意味だ?」
「あの子は獣人ではなく魔導生命体。訳あってここにいますが、私達はあの子を返してもらいに来たのです」
鬼の方は驚くと言うよりも、興味深そうにアウロラさんを見ている。
そして俺とアランの方へも一瞬だけ視線を向けた。
獣人でないことを確認したか?
それとも俺たちの強さを測った?
「それを信じろと言うのは無理な話だ。だが、面白い話ではあった。俺がまともに答えるかどうかはともかく、何を聞きたいのか言ってみな」
アウロラさんはそこで俺に視線を向ける。
ここからは俺の出番か。
頷いてから前に出ると、鬼の方は少し驚いたようだ。
俺よりも強そうなアランが話すと思ったんだろうな。
「テンジクって獣人の女性と鬼はどんな関係?」
いきなり睨まれた。
スキルの言う通り、あれはテンジクなのか。
スキルの勘違いを期待したのに。
『私は勘違いなんかしませんよ』
『俺のささやかな希望だっただけだよ』
だが、その希望も無くなった。
テンジクと戦うことも視野に入れないとだめだな。
問題はどう関わっているかなんだけど、目の前の鬼は答えてくれるのかね。
「鬼のトップはそのテンジク? それともバサラ?」
「やけに詳しいじゃないか。お前は人間か? それとも魔族なのか?」
「俺は魔族だよ。仲間からは情報通って思われてる」
「やけに弱そうなんだが、そういう形で地位を得ている奴か」
「弱そうで悪かったね」
これでもクロス魔王軍のボスなんだけどね。
なぜかアランから小声で「一番強い奴が何言ってんだ」とツッコミを入れられた。
金があれば強いってだけなんだけどね。おっと、それはどうでもいいな。
「で、どっちの命令で神刀を狙ってる?」
「なんともいえないな」
「答えたくないって意味?」
「いや、どっちの命令で戦いを仕掛けているのか分からないって意味だ。直接の命令はバサラの奴が出してるが、本心かどうかは分からん。かと言ってテンジクの願いを聞くような奴でもないはずなんだが」
バサラの奴、ね。ずいぶんとまた近しい人の言い方だ。
近い立場、もしくは友人ってところだが、バサラに近い立場って誰だ?
少なくともコクウじゃない。
戦いの反対派がここへ戦闘を仕掛けることはないし、俺が覚えている姿と違う。
黒髪に褐色の肌、立派な二本の角に筋骨隆々……ああ、思い出した。
「なら次の質問」
「ちゃんと答えるかどうかはともかく、なんでも聞いてくれていいぜ?」
「そりゃどうも。なら、闘鬼カゲツとしてはどうしたい?」
全員が驚いた顔をしているが、カゲツだけは目を細めて俺を見つめた。
「名乗ったことはないと思うんだがな?」
「情報通なので」
「二つ名まで知ってて情報通だと? そんなもんで済むか。まあ、それはいいとして、俺がどうしたいかなんてどうでもいいだろう?」
「さっきアウロラさんが言ったけど、この戦いを止めないとガンマを返してもらえなくてね。カゲツもこの戦いにはあまり賛成じゃなさそうだから手を組まないか?」
カゲツは俺を見つめている。
ここで目を逸らすのは駄目だろうな。
それに余裕っぽく見せないと。
「面白そうではあるが、手を組むって何をすればいいんだ?」
「止める方法があれば教えてくれ」
「そりゃ簡単だ。バサラを倒して鬼たちのトップに立てばいい。鬼たちは強い奴に無条件で従うもんだ。集団戦ではなくて一対一の戦いだがな」
「ああ、そういう方法か。なら一対一の状況を作る協力をしてほしい」
「……まさかやる気か?」
「それが一番楽そうだし」
カゲツは興味津々という顔で俺を見ている。
そして胡坐をかいたまま、右手で自分の右ひざを叩いた。
「面白れぇ! そいつは面白い! いいだろう、いくらでも手を貸してやる!」
「交渉成立だな」
「お前、弱そうなのに肝が据わってんな! そういう奴は嫌いじゃないぜ!」
「え? いや――」
「クロスさんは情報通な上に最強なので」
「なるほど、クロス殿なら勝てるでしょうね」
「頑張れよ、クロス」
俺が戦うとは一言も言ってないんだけど?
お前ら俺が嫌いなの?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます