第77話 刀鬼

 俺、アラン、そしてカゲツの三人で東国の北東へ向かっている。

 目的地は刀鬼コクウがいる集落だ。


 カガミさんは獣人という理由で、アウロラさんは俺たちに何かあった時のために千輪で待機してもらうことになった。

 俺は魔族だし、アランは人間なので集落でも中立だと主張できるだろう。


 カゲツを逃がすことはカガミさんが責任を取ると言ったが却下した。

 ガンマをすぐに返せない以上、これくらいはさせて欲しいと言われたが、カガミさんにはずいぶんと助けてもらっている。これ以上、助けてもらうわけにはいかないと、俺とアランが勝手に連れ出したという形になった。


 ホクトさん自身はカガミさんを許すだろうけど、立場と責任が絡むと許すわけにもいかないだろう。そうなると面倒だし、今後のための対策ということだ。


 コクウがいる集落を目指す理由は一つ。

 いきなりバサラがいる場所へ行っても一対一で戦えるわけじゃない。

 カゲツがバサラに言っても可能性は低いとのこと。

 なので、こちらを支援してくれる奴を味方に引き込もうということになった。

 カゲツの提案でコクウを味方に付けようということになったわけだ。


 コクウはバサラと同じくらいの強さだが、鬼の長はバサラに譲っている。

 だが、神刀を奪うことには反対していた。

 戦いを止めさせるという目的なら協力してくれるはずとのことだ。


 カゲツとしても気持ち的には反対だったが、バサラの命令に従った。

 ただ、いざ戦いになるとつまらんと思ったらしい。

 目的が敵を倒すではなく、神刀を奪うことなので自由にやらせてもらえないらしい。それに「つまらねぇ戦いで死にたくはねぇからな!」とのことだ。


 そのあたりは魔族と違うな。

 魔族は馬鹿な戦いであったとしても戦場で散ることが名誉だと思っている。

 アウロラさんはそれを変えたいらしいが……まあ、いいか。


 コクウを説得して一緒にバサラのところまで行けばなんとかなるとカゲツは自信満々に言っている。かなり心配だが信じるしかないだろう。


 カゲツは牢から出しても暴れるようなことはなく、大人しくしている。

 おそらく「面白いこと」が好きなんだろうな。

 いるんだよね、状況とか立場よりも面白さを優先する奴が。


 そのカゲツはどうやら俺を気に入ってくれたようだ。

 俺がバサラと一対一で戦いたいと言ったかららしい。

 言ってないし、俺じゃなくてアウロラさんを出す予定だったんだけどな。

 アウロラさんなら神魔滅殺で一撃なのに。


 でも、話がそのまま進んでしまい、俺が戦うことになった。

 いまさら違うとは言えない。

 言ったらどうなるか分かったもんじゃない。


 俺の強さはお金の強さなのに。

 これはまたお金を使うことになりそうだ。

 この資金は四天王と戦う時のためにできるだけ取っておきたいんだけど。


 そんな俺の悩みなど関係ないとばかりに、カゲツはアランに話しかけている。


「アランは見た目通り強そうだな! いつか俺と戦おうぜ!」

「やってもいいけど、お前ら鬼って加減って言葉を知ってんのか?」

「そいつは難しい言葉だな!」


 アランとカゲツは結構気が合いそうだ。

 強者同士、感じるものがあるのだろう。


 ちょっと暑苦しいが、たまには男だけの移動もいいもんだ。

 普段女性ばかりで肩身が狭いからな。


 女性ばかりといえば、エルセンに残してきたヴォルトは大丈夫かな?

 そういえばグレッグさんがアマリリスさんと一緒に村へ来たって言ってたか。

 どういう心境の変化なのかは分からないけど、トラブルだけは持ち込まないで欲しいもんだ。


「おーい、クロス、置いてっちまうぞ!」

「悪い、今行くよ」


 あと20kmくらいあるって言ってたな。

 山道だから大変だけど、魔族の脚力なら問題なし。

 さあ、今日中には着くように急がないと。




 男って馬鹿だよね。


 別に競争しているわけじゃないのに、無駄に山道を競争するから疲れた。

 俺は魔法を使っていたから平気だけど、アランは肩で息をしている。

 鎧も重そうだし、辛かったろうに。


「お前ら、俺を、殺す気、か……!」

「わはは、アランは人間にしておくのがもったいないな! 鬼や魔族に付いてこられる人間なんてそうはいないと思うぞ?」


 そりゃいないだろう。

 魔族も鬼も身体能力は人間の三倍近くある。

 その俺たちに付いてくるのは普通の人間じゃ無理だ。

 そういう意味ではアランも人間として規格外だな。


 コクウがいる集落はもう目と鼻の先だ。

 ここで息を整えてから行くべきだろう。


 アランが休憩中に周囲を見る。


 この辺りが火山地帯とはいってもまだまだ低い場所だ。

 三合目とかその辺りで半分まで行ってない。


 草木はほとんどなく黒や灰色の溶岩石があたり一面を覆いつくしている。

 よくこんなところに住めるなとは思ったが、鬼は暑いくらいの方が好きらしい。

 この辺りも結構暑く、上に行くほど火口が近いので暑いそうだ。


 火山とは言っても噴火するのは稀で、最後に確認されているのは20年ほど前。

 その時は集落を捨てて下まで退避したが、獣人たちと諍いなどはなかったという。

 カゲツの話では「お互いに嫌いなわけじゃないしな!」と言っている。


 もともと取引もしていたし、お互いの領地には興味がない。

 良いとは言わないが、悪いとも言わない関係だったはずだが、今回のこれで微妙な状況になった。


 カゲツとしては酒が手に入らなくなってかなり辛いとのことだ。

 食事は出してくれたのに酒はくれなかったとちょっと不満げに言っていた。

 お前、捕虜だからな?


「よし、もう大丈夫だ、行こう」


 アランが復活したようだし、集落に向かおう。


 しばらく歩くと掘っ立て小屋のような家が並んでいる場所が見えた。

 道の先には門番のように鬼が立っており、こちらを見て槍を構える。

 門なんかないけど。


 その門番はカゲツを見て驚いた顔になった。


「カゲツさん! 捕まったと聞いたときは心配したんですよ!」

「おう、ありがとよ。まあ、捕虜生活は悪くなったぞ。酒は出なかったが」

「出すわけないでしょうに……脱走してきたんですか? そちらの二人は獣人ではなさそうですが……」


 訝し気に俺とアランを見ているが、敵意は感じないな。

 番人の対応から考えて、カゲツは相当信頼されているようだ。


「おう、こいつらは魔族のクロスと人間のアランだ。クロスの奴はバサラを倒して俺たちのトップになりたいんだと」

「それが目的じゃなくてな――」

「なんと!」

「だからコクウの奴に協力を仰ぎに来た。案内してくれないか」

「分かりました! こちらです!」


 なんだか嬉しそうに門番が案内してくれた。

 だが、色々と勘違いをしている。


「トップになりたいわけじゃなくて、この戦いを終わらせたいだけだぞ?」

「どっちでも一緒だろ。それに聞いたら、クロスは魔王を目指しているらしいじゃねぇか! なんでそんな面白いことに俺を呼ばねぇんだ!」

「知り合ったのが今日だろうが。というか誰に――アウロラさんしかいないな」


 大体、魔王はアウロラさんの方で俺じゃない。

 大魔王なんてさらに嫌だ。


 くそう、面倒ごとを回避したいのにどんどんドツボにハマっていく。

 まさか、これがアウロラさんの策略じゃないよな?


『どちらかと言えばクロス様が面倒ごとを引き寄せています。余計なことを言って』

『冷静な分析はやめろ』


 スキルとそんなやり取りの後、集落でもちょっと離れた場所にある掘っ立て小屋に案内された。その後、門番は頭を下げるとすぐに来た道を戻っていった。


 白髪で長髪、さらに病人のように青白くやせ細った男が膝を立てて地面に座っていた。地面には刀が置かれており、寝ているのか目をつぶって全く動かない。

 着ている服も着流しのような感じだし傘を作ってる浪人っぽい。


「おい、コクウ。面白い話を持ってきた。お前も乗らねぇか?」

「……死んだと思っていたが生きていたか」


 コクウは目をつぶったままそう答える。

 寝ていたわけじゃなくて起きてたんだな。


 でも、コクウって名前、虚空院と繋がりでもあるんだろうか。

 そのあたりの情報はキャラプロフィールにも載ってなかったけど。


「俺がそう簡単に死ぬわけないだろ?」

「そう言ってる奴ほど簡単に逝くものだ……で、面白い話とはそちらの二人と関係があるのか?」

「おうよ、魔族のクロスと人間のアランだ。クロスの奴がバサラを倒して鬼たちのトップに立ちたいんだと」

「だから違うっつってんだろ。トップになるのは戦いを止めさせるためだからな。手段であって目的じゃないんだよ」


 コクウは体をピクリと動かしたが、まだ目を開けていない。

 顔だけ俺の方へ向けた。


「馬鹿なのか?」

「何もしない奴が頭がいいっていうなら確かに馬鹿かもね」

「……なるほど。耳が痛いな」


 コクウはそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。


「バサラと一対一の戦いができるようにしてほしいということか」

「話が早いな。俺だけじゃ無理だが、お前の口添えがあれば行けるだろ?」

「どうだろうな。だが、それ以前に問題がある」

「あ? 何の問題があるんだよ?」

「クロスは強いのか? 弱い奴を連れて行っても恥をかくのは俺たちだぞ」

「確かにそれはあるな」

「おいおい、ここまで連れてきてそれはないだろ?」


 アランが俺の気持ちを代弁してくれた。

 というよりもここに来るまでアランが一番疲れただろうからな。

 そう言いたくなる気持ちも分かる。


「まあ、待て。弱い奴を連れていくことが問題なのだ。強ければ問題ない」

「ああ、そういうことか。それなら俺も文句はない」


 嫌な予感がする。

 俺は文句があるぞ。


「手合わせ願いたい。俺に勝てるようならバサラともいい勝負ができるはずだ」

「てめぇ、汚ねぇぞ! それなら俺が先にクロスとやる!」

「お前はバサラに連敗中だろう。お前に勝ったところでバサラに勝てるとは限らん」

「だったらテメェを先にぶちのめしてやるぜ」


 ここは俺のために争わないでと言うべきか?

 ……いや、滑る未来しかないな。

 思いついても言ってはいけないことってある。


 というか、俺は戦う前提なのか。

 お金を使いたくないのに。


 カゲツとコクウで揉めていたようだが、結局コクウと戦うことになった。

 その間に門番が集落の人達を集めていた。なぜだ。

 アウェーというわけじゃないが、ギャラリーが多すぎるだろ。暇なのか。


「頑張れよ、クロス」

「他人事だと思いやがって……」

「よし、コクウなんてぶっ殺せ!」

「目的忘れてんじゃねーよ」


 アランもカゲツも役に立たないな。

 仕方ない。ここまで来てやらないってわけにはいかないだろう。

 覚悟を決めるか。


「どうやらやる気になったようだな。しかし、その武器でいいのか?」

「そこら辺の刀よりも硬いから」

「俺の刀『三途渡し』よりもか? なら受けきれずに死んでも文句は言うなよ?」

「言うに決まってんだろ」


 戦闘狂って嫌だな。友達どころか知り合いにもなりたくない。


 とはいえ、どうする?

 相手は剣豪とも言うべき刀鬼コクウ。普通にやって勝てるわけがない。

 でも、お金をかけるのも嫌だ。


 とりえあず、身体強化の魔法を起動。

 まずはどれくらい差があるか調べてみるか。


 思いきり踏み込んでからコクウへ接近する。

 軽く木刀で横なぎ。


 嘘だろ。最小限の動きで躱しやがった。

 ギリギリで躱したわけじゃなくて、余裕で攻撃を見切ったってことだ。

 やばい、反撃が来る。


 コクウは上体を逸らして俺の攻撃を躱したわけだが、その流れのまま下段から刀を振り上げている。

 駄目だ、こっちはギリギリで躱すなんて芸当はできない。


 体全体をひねるようにして後方へダイナミックに躱す。

 無様だけど腕が無くなるよりマシだ。


 体勢をかなり崩したのでそのまま地面を転がった。

 距離を取ってからやり直し――追い打ちかよ。


 倒れて転がっている俺に対して情け容赦がないね。

 仕方ないので、転がっている間に石と砂を掴んで投げる。


 うお、石を斬りやがった。

 しかも目をほとんどつぶっているから目つぶしが効かない。


 コクウはさらに俺との距離を詰めてくる。

 こっちは立ち上がってもいないんだぞ。


 木刀で足を狙う。

 だが、それも見切られて、足を上げて躱し、逆に木刀を踏まれた。

 木刀と地面に手が挟まれる前に手を離す。


 木刀から手を離すとは思っていなかったのか、コクウは追撃してこなかった。

 ようやく一息つける。


 たった十数秒でこれかよ。先が思いやられるね。

 そしてコクウの方はやや呆れ気味だ。


「その程度でバサラと戦おうと言うのか?」

「やっぱり駄目かな?」

「バサラなら最初の攻撃で腕が無くなっていたぞ」

「そりゃ困ったな」


 コクウは俺を見ていたが、刀を鞘にしまった。


「クロスの実力は分かった。これ以上やっても時間の無駄だ」

「でも、俺は斬られてないぞ?」

「斬って欲しいのか?」

「斬れんの?」

「……後悔するなよ?」


 挑発しすぎたか。

 今度は刀を正眼に構えやがった。

 素じゃ勝ていないのはよく分かった。


『五分間だけ超絶強化してくれ』

『なら金貨五枚で』

『もうすこし安くならない?』

『なりません』

『じゃあそれで』

『しました』


 通常の身体強化魔法よりもはるかに身体能力が上がる超絶強化。

 ヴォルトとの戦いでも使ったけど、翌日筋肉痛が酷いという副作用がある。

 思考の高速化もさらに上がるので、明日は頭痛も酷いだろうが、今、コクウの攻撃はスローモーションだ。


 刀を振り上げたタイミングで距離を詰める。

 そして左手でコクウの上げた両手を押さえた。

 その状態で右手で軽く腹パン。これでも痛いはず。


 コクウが前かがみになったところで、右手でコクウの襟をつかみ、柔道でいうところの大外刈り……っぽい投げ技。

 柔道は学校の授業だけでしか習ってないけど、こんな感じのはずだ。たぶん。


 コクウの背中を地面に叩きつけた後に頭を軽くチョップ。

 これで五秒。


 ……これなら一分だけでよかったな。


『返金はできません』

『分かってるよ』


 静まり返っている状況だが、全員が驚いた顔をしている。

 コクウは地面に倒れたままで、何が起きたか分かっていない顔だ。


「これならバサラといい勝負できるか?」


 俺がそう言うと、爆発的な歓声が上がった。

 カゲツが「次は俺と勝負だ!」とか言ってるけど無視しよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る