第78話 古い刀
太陽はすでに落ちて辺りは暗い。
ただ、鬼たちは昼間よりもうるさいくらいだ。
鬼たちはノリがいいと聞いたことがあるが、ここまでとは思ってなかった。
俺とアランは鬼たちに歓待を受けている。
予想以上に俺が強かったのが盛り上がったのだろう。
ものすごく弱そうに見えてたんだろうな。
最初はコクウの攻撃に逃げまどっていた感じだし、つまらなかったはずだ。
だが、次の瞬間には圧倒的な強さで大逆転。
俺ってエンターテイナーだね。たまたま上手くいっただけだが。
あの後、盛り上がった鬼たちがカゲツやアランを巻き込んで模擬戦を始めた。
俺の大外刈りもどきが気に入ったのか、全員が武器ではなく素手の戦いだ。
どちらかというとレスリングとか相撲だな。
大怪我はしないだろうと、アランもそれに参加して多くの鬼を倒している。
それが良かったのか、アランも強いということで歓迎されていた。
いつの間にかトーナメントになっていて、カゲツやアランも勝ち残っている。
しかし、歓迎はありがたいが、鬼の料理ってワイルドすぎる。
ファイアリザートという魔物の肉だが、手ごろな大きさに切って焼いただけだ。
味付けは何もない。
でも、燻製のような香りとざらざらした舌ざわりが結構くせになる。
噛み応えがあるし、これは日本酒のような酒が合うと思う。
酒はないけど。
鬼たちには酒を作る技術がないそうで獣人が作る酒と物々交換だったらしい。
それがこの戦いでなくなってしまった。
戦いの反対派は大半の理由がそれらしい。
ただ、コクウだけは違う。
バサラが神刀を狙う理由を言わないことに疑問を抱いているとのこと。
また、テンジクが来てからバサラはあまり話さなくなったらしい。
テンジクが何かをしたのではないかと疑っており、色々調べているそうだ。
とはいえ、いまのところ何の情報も見つかっていないと悔しそうに言っている。
「クロスのような強い者が来てくれたのはありがたいことだ」
「そりゃどうも」
「しかし、最初は手を抜いていたのか? いきなり別人のような動きだったぞ?」
「最初から全力で行くわけないでしょ」
「なるほど。相手を油断させる戦術みたいなものか」
「そういうこと。ところでどんなもんだった? あれならバサラに勝てそう?」
「勝てるかどうかは分からん。ただ、助言を言わせてもらうなら、最初から全力で行くことだ。アイツは俺みたいに甘くない。最初の攻撃で決めにくるぞ」
「それはいい助言だね」
のんびり相手の出方を見ているとやられるってことだ。
お金の出し惜しみをしている場合じゃないんだろうな。
ここではお金が手に入りそうにないし、あまり使いたくないが仕方ないか。
二口目のファイアリザードの肉を食べようとしたら歓声が上がった。
「よぉし! 俺の勝ちだ!」
「くっそ……!」
どうやらカゲツがアランに相撲もどきで勝ったようだ。
アランは悔しがっているが、そもそも人間が素手で鬼に勝てるわけない。
体の大きさからして倍はある。柔よく剛を制すなんてそうないだろう。
よほどの実力差がなきゃ無理だ。
「次はクロスだな! さあ、来い!」
「なんでだよ。不戦勝でいいぞ」
「なんだよ、ノリが悪いな!」
「そんなことよりも休め。明日の朝一番でバサラのところに向かうんだろ?」
「あの戦いを見て休んでいられるか。よぉし、誰でもいいから掛かってこい!」
カゲツがそう言うと、鬼たちが挙手して戦いを挑んでいる。
元気だね。今日の朝まで捕虜だったのに。
というよりも牢に入れられたから力が有り余ってるのか?
カゲツはそのまま戦いを始めたが、アランは戻ってきた。
そこまで酷そうではないが、腰を痛めたのか手でさすっている。
いざとなったら治癒してやるか。
「おーいてぇ。カゲツの奴、素手だからと言って全力出しやがって」
「大丈夫か?」
「ああ、問題ない。ちょっと腰を打っただけで骨は無事だ」
それを聞いたコクウが頭を下げた。
「カゲツの奴がすまんな。同じ鬼として謝っておく」
「いや、楽しかったよ。こうやって楽しく暴れるのは久しぶりだ」
アランは元騎士で帝国出身だったはずだ。
そこでは仲間たちと色々と訓練していたんだろうけど、追放されたからな。
ディエスに捕まるまでは一人旅だったろうし、本心なんだろうな。
「それで明日はバサラのところへ行くわけだが、特に準備はいらないのか?」
アランの言葉にコクウが頷いた。
「お前たちは獣人じゃないからな。向こうの集落へ行ってもいきなり襲われることはないだろう。交渉に関しては任せてくれ。俺を倒したと言えばバサラの奴も食いつくはずだ」
「でも、なんだかおかしいんだろ?」
「……そうだな。以前のバサラとは違う気がする。受け答えはできるのだが目が虚ろな感じがしないでもない」
目が虚ろ……?
まさか精神支配を受けているのか?
テンジクというか、神の残滓がそれをしている可能性はあるな。
できればテンジクもそうであってくれ。
「ところで入れ違いに鬼たちが千輪へ攻め込んだりしないよな? クロスと俺が行ってる間にもぬけの殻じゃ困るぞ?」
「大丈夫だ。今、あそこにいる鬼たちは千輪を警戒している。昨日、正体不明の術を受けたと聞いているが、お前達の知り合いがやったのだろう?」
「俺は見てないがメイガスがやったのか?」
アランが俺の方を見て同意を求めてくる。
なので頷いた。
「そうだな。シャイニングアローという魔法で鬼たちを撃退したよ。痛みはあるが怪我はないという安全安心な魔法だ」
「それはまた面白い術だな。まあ、それがあるので、しばらく無謀な突撃はしまい」
昨日の魔法が牽制になっているわけだ。
できればその間に問題を片づけたいね。
まずはバサラに勝って鬼たちに戦いを止めさせる。
それはいいんだけど、テンジクがな。
コクウにも確認しておくか。
「テンジクはどんな立場なのかな?」
「今ではバサラに次ぐ地位だ」
「強さを見せつけたってわけか」
「その通りではあるが、あれは強いのか微妙だな」
「というと?」
「直接手合わせをしたわけじゃないが、本気を出せない状況になると聞いている」
「本気を出せない状況か……他に何か知っていることは?」
コクウは腕を組んで考え込むと、数秒で顔を上げた。
「テンジクが修行していた場所は我々でもあまり近づかない洞窟でな。そこから帰ってきたとき、集落に来たときは持っていなかった刀を持っていたと聞いたが」
「持っていなかった刀……」
「古そうな刀だったと聞いている」
怪しい。すごく怪しい。
というかそれが神の残滓なのでは?
『その刀の情報はいくら?』
『値段で判断するのはやめてほしいのですが』
『いくら?』
『……金貨百枚で教えます』
『つまりそれだけ妨害されているんだな? 刀の情報なのに』
『まあ、そうですね』
『神の残滓をテンジクが持っているってことだったけど、刀のことを言ってたのか』
『本来、情報には対価が必要なんですけどね。仕方ないのでぶっちゃけますが、テンジクが持っている刀は神刀と対を成すもので凶刀と呼ばれています』
いいぶっちゃけだ。
つまり、その凶刀にテンジクは操られている可能性が高い。
『ただ、刀が本体とか、操られているとかはちょっと違いますね』
『というと?』
『今はテンジクの体を乗っ取ったといいますか』
『……それは操っていると何か違うのか?』
『もともとは刀が本体でしたが、今はテンジクが本体って意味です』
『テンジクが本体……?』
『神の残滓というのは色々です。精神体のようなものもあれば、神刀のような物質的なものもあります。今、テンジクにいるのは凶刀に憑りついていた精神体。それが自由に動ける体を手に入れたという意味です。ついでに言っておきますが、早めに残滓をなんとかした方がいいですね。完全に乗っ取られたらテンジクは助かりませんよ』
「嘘だろ! ……あ、すまない。こっちの話」
また声に出して言ってしまった。
コクウは驚いているが、アランが「クロスはたまにこうなる」とか言ってフォローしてくれている。
俺がおかしな奴みたいじゃないか。
しかし、そんな状況だったとは。
『天使や悪魔に近いものがありますが、それとは違って神の残滓なら完全に相手を乗っ取ることができるのですよ。体を操るや借りるではなく、魂ごと奪う、です。しかも奪った体を破壊したとしても残滓はこの世界に残るんですよね。全く面倒な』
あまり違いは分からないが、スキルの中ではニュアンスが違うのだろう。
というか、スキルもその残滓の一つだと思うんだが。
『そういうのを聞くと、お前を使うのが怖いんだけど?』
『安心してください。私はそんなことしませんよ』
『本当に?』
『クロス様の体を奪うなんてつまらないことはしませんよ。むしろ言葉巧みに操って世界征服でもした方が楽しそうです』
『……いい性格してるな』
『褒めても安くはしませんよ?』
『褒めてない』
なんだか怪しいが、そのときはそのときだ。
死んだのを蘇らせてくれたわけだし、コイツがいなければ何度も死んでいる。
それを考えたら信用するしかない。
『信用してるからな?』
『大丈夫です。お金があるうちはなんの問題もありませんよ』
『……お金が無くなったら?』
『金の切れ目が縁の切れ目という言葉がありましてね……』
『この野郎』
冗談なのか本気なのか分からないが、ちょっと本気っぽい。
なら、もっとお金を稼がないとな。
さて、明日はバサラとの戦いか。
そのままテンジクとも戦わないと駄目そうだ。
なら早めに寝て体調を万全にしておかないとな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます