第79話 炎鬼
コクウと戦った翌日、朝に集落を出てそろそろ昼になると言うのに、いまだにバサラがいる集落は見えない。
山道が険しいのもあるが、それにも増して魔物が多いことが原因だ。
炎を吐く鳥とか、ファイアリザードなどが主だが、多すぎではないだろうか。
多いだけで敵ではないのだけども。
メンバーは俺、アラン、カゲツ、そしてコクウの四人だ。
たとえどんな魔物でもこのメンバーに勝てるわけがない。
見ているだけでいいなんて楽だな。
「おいおい、クロスはさぼってんじゃねぇよ」
「俺はこれからバサラと戦うんだから力を温存させてくれよ」
「ああ、そうだな。それじゃバサラの後は俺と戦えよ?」
「なんでだよ」
「クロスが強いからだ!」
カゲツには困ったもんだ。
悪い奴じゃないんだが、ことあるごとに戦えと言ってくる。
課金スキルを使ってまで模擬戦なんかしたくないから却下だ。
それに超絶強化の影響による筋肉痛で目覚めたとき、ちょっと疑問に思った。
俺は何をやっているんだろう。
事情が事情だから嫌なわけではないが、東国まで来て山登りとは。
しかもビールはないし、酒はおあずけ。
寿司も刺身も食べてない。昨日の肉は美味しかったけど。
そもそもガンマを取り返すために来ただけなのに余計なことに巻き込まれ過ぎだ。
気を抜くと何をしているのか分からなくなる。
RPGでアイテムを取りに行ったら別のアイテムを持ってこいと言われた気分だ。
……いかんな。カラアゲを食べてないから思考がネガティブだ。
ポジティブになる必要はないが、やる気をなくすのはまずい。
あとで褒美があると思って頑張ろう。
絶対寿司か刺身を食う。あと、蟹と海老。ウニやいくらもいくか……!
そういえば千輪の方では色々あったらしい。
昨夜、寝る前に遠隔通話用の鏡を使ってアウロラさんと話をした。
メイガスさんはガンマとちゃんと面会できたようだ。
ただ、精神支配が強力らしく、メイガスさんでも解除できないとか。
腐っても天使というか、ディエスのせいで俺はまた金を使わなくちゃいけない。
まあ、教会の金を奪ってきたから別にいいんだけど。
あとでアマリリスさんの悪魔もスキルに食べさせておこう。
これ以上、天使や悪魔に余計ないことは起こさせない。
ガンマの方はいいとして、ホクトさんは俺やアランの行動を怒っていたそうだ。
ただ、カガミさんが猛反発したらしい。
激しい口論になったようだが、俺が教えた耳の動きから本心かそうでないかはバレバレだったようだ。
「ふがいない我々のために客人に迷惑をかけるとは何たること! ここは儂が鬼の集落に突撃して片を付けなければ! ナギナタを持てい!」
というのを遠回しというかツンデレ風に、しかも威圧的に言っていたらしい。
それは全員で止めたそうだ。
そのせいというか、カゲツを逃がしたことに関してはほぼ不問。
カガミさんもお咎めなしとなった。
千輪の方は防衛を強化しているようだし、心配は最小限でいいだろう。
心配なのは俺がバサラに勝てるかどうかだ。
そしてテンジクにも。
ここで負けたら何もかも失敗だ。
責任重大だし、戦う前にちゃんと確認しておこう。
『課金に使える資金ってどれくらいある?』
『金貨は一億枚以上ありますよ。もっと派手に使ってください』
『その金は四天王とやり合うための資金なの』
『エリクサー症候群ですか?』
『よくあっちの世界の言葉を知ってるな』
エリクサー症候群。
ゲームで希少なアイテムを使えないというアレ。
ここぞというときにもアイテムを使えなくて全滅するというのは良くある話だ。
確かに後で使うからと言って全く使わず死んでしまっても困る。
コクウは最初から全力で行けと言ってたし、ちょっとは使っておくべきだな。
『ちょっとじゃなくてたくさん使ってください』
『いつも思うんだが、なんで俺に金を使わせようとしてるわけ?』
『私がパワーアップするからです。最終的にその方がお得ですよ』
『そうなのか……?』
『パワーアップするとできることが増えるのです』
『何でも望みを叶えてくれるのにできないことがあるのか?』
『それはもちろんそうです。それにパワーアップすれば割引した料金で望みを叶えることも可能ですよ?』
それはどうなのだろうか。
無駄に願いを叶えてお金を払っても、最終的に支払ったお金と割引したお金が釣り合わない気がする。むしろ損をする可能性の方が高くないか?
『お気づきになりましたか』
『おい』
『ですが、今後のことを考えておくならできるだけ使った方がいいと思いますよ。そもそも二十年近くまともに使ってなかったんですから、その反動でバンバン使ってください』
できるだけ使いたくないんだけどな。
でも、今回くらいは出し惜しみなしで使うべきかもしれない。
危険な時に迷わないように、今の内からちゃんと心の準備をしておこう。
それから一時間ほど山道を歩き、ようやくバサラがいる集落が見えた。
どうやら山の中でも少しくぼんでいる場所らしく、こちらの方が位置的には高い。
まだそこそこ遠いのだが見下ろす形なので、多くの鬼たちがいるのが分かる。
コクウがいた集落とは違って建物がちゃんとしているようだ。
洞窟みたいなところに住んでいるのかと思ったが、そうでもないんだな。
物見の建物なのか、高い建物の上にいる鬼が俺たちを指して何かを言っている。
集落にいる鬼たちはそれに気づくと、一斉に武器を構えた。
でも、そんな状況でもお構いなしと、カゲツは鬼たちの方へと歩き出した。
「おーい、帰ったぞー」
カゲツがでかい声でそう言うと、一瞬の間があった後、歓声が上がった。
ああいう性格だから好かれているんだろう。
カゲツが近づくにつれ、歓声が大きくなる。
俺たちもカゲツの後を追うと、今度は歓声が徐々に静かになった。
コクウがいることにも驚いているようだが、角のない奴が来たことでさらに驚いたのだろう。俺やアランを見てなにかヒソヒソと言っているようだ。
「コクウはともかく、そっちの二人は俺のダチだ。襲い掛かるんじゃねぇぞ!」
鬼たちのざわつきがひどくなったが、俺ってカゲツのダチだったのか。
「それでバサラの奴はどこだ? ちっとばかり話があんだが」
カゲツの質問に鬼たちは困った顔をしている。
つい先ほどバサラがやってきて、夜に千輪へ攻め込むと言ったそうだ。
メイガスさんの魔法に関しては「関係ない」と言ったらしい。
戦いの準備を進めてはいたが、本当にやるのかと困惑していたそうだ。
そこにカゲツとコクウが来たから鬼たちは安堵した顔になっているな。
さすがに無謀な突撃をしろと言われたら嫌だよな。
あの魔法は怪我はしないけど、痛いわけだし。
「あの馬鹿が!」
カゲツはそう言うと、鬼たちをかき分けながらバサラがいるという社へ向かった。
そこで戦勝祈願をするのがいつもの習わしらしい。
俺たちもそれに続く。
鳥居をくぐると、その先には歪ながらも木で作られた社があった。
その前で一人の鬼が胡坐を組んで座っている。
背中を向けているのでどんな奴なのかは分からないが、これがバサラだろう。
「バサラ! テメェ、仲間達を何だと思っていやがる!」
「……」
「おい、聞いてんの――」
やばい!
「カゲツ!」
「あ……?」
バサラの奴、立ち上がったと思ったら振り向きざまにカゲツを斬りやがった!
『一時間の超絶強化を!』
『金貨六十枚です』
『払う!』
『しました』
周囲が急激にスローモーションになる。
にもかかわらず、バサラの動きはそこまで遅くならない。
カゲツに追い打ちをかけるつもりなのか、刀を振り上げた。
『木刀で受けきれるか!?』
『無理です。これ以上硬くするなら金貨百枚で――』
『払う!』
『しました』
バサラの攻撃を強化された木刀で受け、それを弾く。
くそ、腕がしびれる。超絶強化しても、五分かそれ以上なのか?
でも、泣き言を言っている場合じゃない。
「カゲツに応急処置を! 俺が後で治す!」
カゲツは胸部を横に斬られた。
心臓までは達していないだろうが、流血が酷い。
後ろに放り投げたが、アラン達がなんとかしてくれるだろう。
そちらは任せてバサラを見る。
赤髪をポニーテールのように後ろで結び、額には一本の黒い角が生えている。
鎧を着ており、戦闘準備は万端のようだ。
俺が攻撃を防いだから驚くかと思ったが目が虚ろだ。
不思議そうに俺を見ているだけで生気が感じられない。
『アイツ、精神支配を受けてるのか?』
『はい。抵抗しているようですが、徐々に浸食されています。今は意識が朦朧として敵意を持つものに斬りかかるようになっています』
『いくらで治せる?』
『ディエスよりも強力な精神支配です。触っても金貨1000枚は掛かります』
『俺が触ったらすぐにやってくれ。あと、カゲツの方はどうだ?』
『あと五分以内なら金貨10000枚、それ以降は金貨一億枚です』
『五分以内にバサラに触れる。すぐに解除できるようにしておいてくれ』
『承知しました』
木刀を構えて飛び出す。
すぐにバサラと打ち合いが始まった。
くそ、やっぱり超絶強化中の俺よりも上か。
しかも攻撃が嫌らしいというか、フェイントが多い。
これじゃ触れようとした手が腕ごと斬られちまう。
体当たりをかますか?
いや、胴体が斬られるだけだ。
いかん、落ち着け。一瞬だけ隙を作ればいいんだ。
バサラの弱点はなんだ?
ゲーム知識で使えそうなものは……あった。
精神支配を受けているようだが、抵抗しているなら自我はまだあるはず。
ならこの言葉にも反応するはずだ。
「娘さんのヤケドを治してやる!」
「……な……に……?」
動きが止まったバサラへ左手を伸ばす。
『手を引いて!』
スキルの声が響き、反射的に手を引いた。
その引いた場所を刀が通る。
バサラの刀じゃない。
誰かが乱入してきた?
「勘がいいな」
「……テンジク!」
いつの間にかバサラのすぐ隣にテンジクがいる。
でも、俺が覚えている顔よりもはるかに凶悪そうな顔だ。
「怪しげな気配が来たと思ったら、まさか残滓を持つ奴とは。私は運がいい」
……ここまでだな。
『カゲツとアランとコクウを連れて転移したい。いくらかかる?』
『場所は?』
『コクウがいた集落に――いや、千輪に戻る。皆がいる屋敷へ転移してくれ』
『一人金貨100枚ですが、カゲツは怪我を負っているので倍の200枚。全員で計500枚で請け負います』
『払う』
『触れた時点で転移させます。それが終わったらクロス様を』
『わかった。頼む』
すぐさまバサラとテンジクに背中を向けた。
その行動に驚いたのか、攻撃はしてこない。
その間に、カゲツ、アラン、コクウと順番に触った。
触れた瞬間に三人は消える。
最後に振り向いてテンジクの方を見た。
テンジクはニヤニヤしながら俺を見ている。
余裕がある奴は気に入らないね。
「逃げるのか?」
「戦略的撤退だ」
「なら次に会えるのを楽しみにしている」
「……ああ、期待に応えられるように頑張るよ」
そう言ってから俺も転移した。
一瞬で千輪で世話になった屋敷の中へ視界が変わる。
テンジクの奴――というか神の残滓か。
ずいぶんと余裕そうだった。
俺なんか警戒するまでもないってか。
いや、そんなことよりもまずはカゲツの治療だ。
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