第80話 反撃の準備

 いきなり屋敷に現れた俺たちに周囲は大騒ぎになった。

 だが、説明している時間がない。

 ありがたいのはアウロラさんがこの場にいるということだろう。


「アウロラさん! あとをお願いします!」


 アウロラさんは俺、そしてカゲツの状態を見てすぐに頷く。

 さすがだ。こんな状況でも冷静なのはアウロラさんだけだろう。


「皆さん、落ち着いてください。いきなり現れたのはクロスさんのスキルです。それと怪我人がいます。カガミさんは治療ができる人をここへ呼んでください。あと、綺麗な水、布、布団、食事、思いつくものをなんでも持ってきてもらえますか」

「わ、分かった!」

「メイガスさん達は周囲を警戒。敵が転移してくるかもしれません」

「おまかせよー」

「パンドラさんはメリルさんの護衛。なにか危険な脳波を感じたらすぐに報告を」

「マスターではありませんが命令を確認。どんとこい」


 そうか、この状況だと追ってくるという可能性もあるんだな。

 さっきの口ぶりだと別の形でまた会うって感じだったけど。

 なんで敵の言葉を信じてるんだ、俺。


 こういうところがダメだな。

 それに治療は俺がやるけど、他にも専門がいてもらった方がいいだろう。


 さて、アウロラさんが皆に指示をしている間にやるか。

 色々とばれるかもしれないが、そんなことを言ってる場合じゃない。


 すぐさま、仰向けで倒れているカゲツに近寄る。

 よく考えたら、治してから転移した方が安かったな。

 さっきから慌てすぎだ。落ち着こう。


「すぐ治すから意識を保っておけよ」

「す、すまねぇ、俺はもう――」

「そういうのは後にしろ」


 カゲツに触った。


『斬られた場所を治しました。流れた血は戻らないのでなにか食べさせてください』

『了解。そうだ、さっきの助言もありがとうな』

『いえいえ。あれはサービスですからお気になさらずに』


 あのまま手を出していれば俺の腕は斬られていただろう。

 治せるだろうがもっと金を使うところだった。

 スキルに感謝だな。


 カゲツの方も落ち着いてきたようだ。

 さっきまで苦しそうだったカゲツが仰向けのまま不思議そうな顔をしている。

 本調子ではないだろうが、痛みや血が流れる感覚はなくなったはずだ。


「治したが痛いところはないか?」

「治した? ……治しただと!?」

「騒ぐな。流した血が多いんだから安静にしてろ」


 カゲツは上半身を起こして斬られた場所を触り、傷が無くなっていることに驚いているようだ。かなり血を流していたがこれだけ動けるなら大丈夫だろう。


 ただ、驚いているのがカゲツだけじゃなくて、この場にいるほぼ全員なんだよな。

 とはいえ、皆を外に出してなんて悠長なことをしていたら危なかったはず。


「お、おい、クロス、カゲツは致命傷だったはずだぞ……?」

「その通りだ。どう考えても死の手前だった。なぜ治せる? いや、それ以前にここは千輪か? なぜ一瞬で?」


 アランとコクウが信じられないという顔で俺に聞いている。

 一番身近で見ていたから驚きも他の人の比じゃないのだろう。

 どうしたものかと思っていたら、アウロラさんが割り込んできた。


「貴方はコクウさんですね?」

「む? その通りだがなぜ俺の名を?」

「単なる推測です。昨日、クロスさんから連絡がありましたので」

「そうか、それで俺になにか――」

「クロスさんを詮索をするのは敵対行為だと思ってください。アランさんもです」


 なんか変なことを言いだしたぞ。

 俺を詮索したら敵対行為?


「私はクロス魔王軍の軍師アウロラ。今のはクロスさんが使ったスキルの力です。軍の公式発表はそこまで。それ以上を詮索するというなら、クロス魔王軍に喧嘩を売る行為になります」


 公式発表ってどっかの企業みたいなことまで言い出した。

 でも、なるほど。俺はクロス魔王軍のボスなんだから、俺の秘密を探ろうとする行為は敵対行為ということか。そうやって情報制限をすると。


 アランとコクウは顔を見合わせたあと、同時に俺の方を見てから頷いた。


「確かにその通りだな。そもそもクロスのスキルは不思議系だった」

「承知した。カゲツを救ってくれた方へ喧嘩を売るつもりはない」

「ご理解いただけて感謝します」


 アランの奴、俺のスキルを不思議系とか言いやがった。

 天然系みたいなのと一緒にされてんのか?


 ようやくひと段落と思ったら、今度はカゲツが土下座している。


「本当にすまねぇ!」

「傷にさわるから大人しく寝てろ。というか血を拭け。畳が酷いことに……」

「俺のために逃げたんだろ? 本当にすまねぇ!」


 それもあるが、理由は別にある。

 そもそもバサラに勝てる要素がなかった。

 隙をついて精神支配を解除するのが精一杯。

 しかもそれをテンジクに邪魔された。


 あの状況で五分以内に勝負をつけるのは不可能だ。

 事前に金を使う覚悟をしておいてよかった。

 出し惜しみしていたら全滅していたよ。


「気付いてなかったかもしれないが、テンジクが乱入してきたんだ。さすがに二人相手には勝てないから逃げたんだよ。俺は自分の命が一番大事なの」

「でもよぉ……」

「いいから寝てろ。助けたのに傷が開いて死んだとかになったら無駄になる」

「わ、分かった……」

「早く体調を戻せ。夜に鬼たちが攻めてくる。汚名返上のチャンスが無くなるぞ」


 その言葉にカゲツは顔を上げた。


「汚名返上のチャンス?」

「攻め込んできたところで、バサラとテンジクを倒す。アランとコクウ、それにカゲツはそいつらを逃がさないようにしてくれ。できればどっちかを受け持って欲しい」

「お、おお! そういうことなら任せろ! さっきはバサラの奴に後れを取ったが、次はそうはいかねぇ!」


 体の調子が最高の状態でも危険だとは思うが、少しの時間だけでも稼いでくれたら助かる。もう一対一なんて言ってる場合じゃないからな。バサラの精神支配を解いて、テンジクに憑りついた残滓をスキルに食わせる。それで解決だ。


『ええ、私もあの残滓は食べたくなってきました』

『それは心強いね』

『お金は貰いますが』

『あ、そう』


 さっきの戦いでかなりお金を使ったわけだが、成果がほとんどないんだよな。

 くそう。これも全部テンジクに憑りついた残滓のせいだ。

 ボコボコにしないと気がすまないぞ。


「クロスさん、鬼が攻め込んでくるとはどういうことでしょう?」


 アウロラさんの質問に全員が俺の方を見た。

 少し落ち着いたし、全員に説明しておこう。


 バサラがいる集落へ行ったこと、戦いの準備をしている状態だったこと、バサラとの戦闘中にテンジクが乱入してきたこと、スキルを使って逃げたことを説明した。


 もちろん、バサラの精神支配に関しても説明したが、テンジクの神の残滓については説明していない。あれは俺と課金スキルの問題だ。


「おそらく、前回と同じように夜に襲ってくるでしょう。ホクトさんと相談しないといけませんが、千輪に入れて逃がさない方が手っ取り早いはず。ダラダラやっていても被害が増えるだけです」


 一番簡単なのは俺が乗り込んでバサラを倒すことだったんだけど、テンジクが介入してくるなら駄目だ。バサラがもう少し精神が保てていれば、まだなんとかなる可能性があったけど、あれじゃ駄目だな。


 それに千輪まで戻ってきたのには理由がある。

 俺が勝つには超絶強化だけじゃだめだ。

 それ以上が必要になる。


「メイガスさん、ガンマはどこに?」


 いきなり話を振られたメイガスさんはちょっと驚いている。


「いきなりどうしたのかしら?」

「相手が思っていたよりも強かったので、対策をしないといけないんですよね」

「それがガンマちゃんとなんの……あ、そういうことねー」


 思い出してくれたようだ。

 アルファ、ベータ、そしてガンマ。

 三人そろって踊ると使えるスキル「オメガブースト」。

 超絶強化中にそれを乗せる。

 それならなんとかやれるはずだ。たぶんだけど。


『神刀も食べておきましょう』

『……そうしたいけどホクトさんに怒られるから』

『なら少し間だけ借りるというのはどうでしょう?』

『借りるか。それなら交渉の余地があるか……?』


 もしかすると聖剣みたいに俺を強化してくれるかもしれない。

 そうすれば勝てる可能性も増えるだろう。


 そんなことを考えていたら、大きな足音が聞こえてきた。

 そして勢いよくふすまが開く。


「お主らは何をやっておるのだ! カガミの結界の中で大人しくしておれ!」


 耳が立っている。本心だな。


「まったく面倒なことを! これ以上邪魔するというなら船に乗せて帰らせるぞ!」


 耳がぺたんとしている。嘘だな。

 すくなくとも邪魔とは思っていないし、強制的に帰らせるつもりもなさそうだ。

 ただ、困った奴らだとは思っているだろう。


 ホクトは血が付いたままのカゲツの方へ視線を動かした。


「鬼の怪我なんぞ唾でもつけておけば十分だが、ここで死なれても困る! 治癒の術で治してやれ!」


 右耳だけがぺたんとなってるな。唾をつけておけばってところが嘘か。

 そもそも連れてきている獣人たちが多すぎる。あと、大量の水と料理もあるし。

 もう傷は大丈夫だけど、色々と診てもらった方がいいだろう。


「……なんで儂の耳を見ておるのだ?」

「いえ、なんでもないです。ちょうどよかった、ホクトさんに相談があったんです」

「儂に相談?」

「巫女様――ガンマの精神支配を解きます」

「なんだと? そんなことはそこのメイガスもできんと――」

「あと、神刀を貸してください」

「……あれは使い手を選ぶ。陰陽師として厳しい修行を積んだものだけがようやく扱えるものじゃ。カガミでも持つのがやっとじゃろう。お主に扱えるとは思えん」


 遠回しにカガミさん以上の陰陽師はいないと言ってないか?

 しかも両耳がピンとしているし、この人、カガミさん大好きだな。

 とはいえ、俺なら問題ないはずだ。


『神刀を持つならどれくらいかかる?』

『一日でいいなら金貨一枚で』

『安く感じるのは金銭感覚がずれてきたのかな』

『良いことです』

『明らかに良くない』


 人が一生で稼げる金ってのは決まってるんだ。

 それをどう使うがが人生で重要になる。

 これ以上金が入ってこない可能性だってあるんだ。節約していかないと。


「なら俺が扱えたら借りてもいいですか?」

「それは構わんが――いや、そもそも何を言っておる。なぜお主が神刀を?」

「バサラとテンジクを倒すためにです」

「なんだと?」

「夜に鬼たちが攻め込んでくるはずなので防衛の準備をしてください。今回は俺たちも最初から参戦するので」

「な、な、なん……」

「カガミさん、ホクトさんのことは任せます」

「はい……? え、いえ、分かりました! ホクト姉さま! 軍議を開きましょう! クロスさん達の邪魔をしない布陣を考えなくては!」

「何を言っておる! これ以上、客人に迷惑をかけるなど――」

「巫女様の件でこれ以上ないくらい迷惑をかけているのです! さあ、早く!」


 カガミさん、ちょっと強くなったな。

 ホクトさんを引っ張っていったぞ。

 耳の動きを教えたからかもしれない。


「よし、それじゃ俺たちも軍議を。アウロラさん、任せていいですか?」

「軍師なので当然です。クロスさんは自由にやってください。私達はそれをサポートしますので」

「……アウロラさんが前線に出て決着をつけてくれてもいいんですけど?」

「軍師なので」

「あ、はい」


 下手に神魔滅殺で殺しちゃっても困るから俺がやるしかないよな。

 よし、それじゃまずはガンマの精神支配を解こうか。


「メイガスさん、ガンマのところへ行きましょう」

「うふふ、楽しみね。この子達の踊りにどんな効果があるのかしら?」

「アラクネも踊る。華麗なステップで魅了する」


 アラクネのアピールが激しいな。

 どちらかと言えばアラクネは前線に出て欲しいけど、まあいいか。

 よし、まだ時間はあるけど急ごう。

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