第173話 亜人の森
魔国の南にある森林地帯はゴブリンとかオークとか、この世界では亜人と呼ばれている者たちが住んでいる。他にも動物型の魔物が多く、ここよりも南にいる人間達がこの森に入ってくることはないに等しい。
亜人たちも人間達が住んでいる土地へ侵攻することはほとんどない。そもそも亜人たちも仲がいいわけではなく、それぞれ支配している領地を守っているため、よほどの大勢力にならない限りは攻め込む余裕がないからだ。
そんな中、魔王の命令により、ダークエルフで四天王のシェラが森林地帯の支配に乗り出した。シェラ自身は支配に興味はなかったが、薬の成分となるものが大量に採れる場所なので、時間をかけてゆっくりと多くの部族を支配していった。
支配を受け入れる者、反抗する者、逃げる者、色々いたわけだが、シェラとしてはどっちでも良く、従えば配下にして、反抗すれば滅ぼすという単純明快な対応をしていった。
ゴブリンのバウルはシェラに反抗、そして領地を奪われながらも生き残ったゴブリン達と森林地帯を放浪して人間が住む土地、エルセンの近くまで逃げた。
シェラの方も労力を使ってまでゴブリン達を全滅させるつもりはなく、見かけたら倒すくらいの気持ちだったのだろう。追手をだすこともなかったので、バウルたちは逃げることができた。
そこで俺と会ったわけだが、当時最大勢力を誇っていたゴブリン達が数十名まで減ってしまったのは、バウルとしてはつらいところだろう。俺はそんな大勢力のゴブリンとは知らずに、アルバイト感覚でダンジョンの警備に雇ってしまったわけだが。
この三年でバウルたちはそれなりの勢力まで盛り返したらしい。それに他の亜人たちからも一目置かれている。今はバウルとアラクネを中心に亜人たちが種族の垣根を越えて団結しており、ヴァーミリオンの軍を退けているそうだ。
問題というわけではないのだが、バウルとアラクネが俺をボスとして崇めているのはなんとかならないものか。アラクネは俺を父親のように慕っているだけだが、バウルは明らかに俺を王様のように扱っている。
そのせいで俺の強さに関してハードルが上がり過ぎて困る。そもそもアラクネが強すぎて、俺はその上に位置するほどの強さを持っているらしい。誰か否定してくれないと俺が否定しないといけないんだけど?
そしてたまたま今日は族長会議という亜人たちの族長が一か所に集まって話をするという日だった。なぜか俺もその場に呼ばれ、挨拶もそこそこにバウルが俺を自慢するように紹介した。
「こちらにいるクロス様が我々のボスだ」
「うん、パパはボス」
「バウルたちのボスではあるんだけど、亜人たちのボスってわけじゃないぞ」
誰も俺の話を聞いてくれない。ものすごい尊敬のまなざしで見られている。たぶん、この三年で、俺に対する評価を必要以上に上げていたんだろうな。
「俺たちがここでヴァーミリオンの奴らと戦えるのは全部、ボスのおかげです。魔族や人間の世界じゃ謙遜は美徳かもしれませんが、こっちでは舐めらちまいます。もっと威厳を持ってくだせぇ」
「俺は特に何もしてないんだけど?」
「食料供給もそうですし、最近はパンドラたちを送ってきてくれたじゃないですか。あれのおかげで俺たちはずいぶん助かってます。それに聞いてますよ、八本の首がある蛇に飲まれたのに腹を裂いて出てきたとか」
その言葉に亜人の中でも偉いはずの族長たちが感嘆の声を上げる。腹を突き破る戦い方は世界共通でロマンなのかね。やっていることは映画に出てくる寄生型異星人と同じ行為なんだけど。
「私はパパのおかげでアラクネに進化した。そんなことができるのはパパだけ」
さらに感嘆の声が上がる。間違ってはいないのだが、それはスキルのおかげだ。やられそうだったから強制的に進化させただけなんだ。しかもスキルの独断で。
『あの頃はお金がなくて大変でしたからね。ミスリルがあってよかったです』
『金貨一枚を使うかどうか悩んでいた頃が懐かしいよ』
俺の中でのインフレがすごくて、色々なことが終わった後に金銭感覚を戻すことが難しくなりそう。帝国のカラアゲが高いと思ったからまだ大丈夫か……?
「それでボス、今日は色々と情報共有をしたいと思っているのですが、お時間は大丈夫ですか?」
「俺もそのつもりだったから問題ないよ」
こっちの方に来るのは久しぶりというか、三年近くほったらかしだった。遠隔通信で情報共有はしていたけど、ジェラルドさんの言う通り、直接会うのも重要だろう。派遣会社の部長が現場の部下に会いに行くみたいな感じになっているが、大事と言えば大事だ。
「では、報告ですが――」
バウルの説明を聞く。
ヴァーミリオンの軍は他と同じようにこの森林地帯に攻め込んできているが、防衛に関しては上手くいっているとのことだ。これは以前から情報として聞いているが、直接会って聞けると心から安心できるな。
理由としてはこの森は結構広く、ゾンビのような本能だけで動いている相手は攻め込むことが難しいとのことだ。それにここではゾンビも走ることができず、進行速度をかなり遅くできる。
それにこの森はアラクネにとって最高の狩場。あらゆる場所に糸を張り、ゾンビたちの進軍を防いでいるらしい。ゲーム的に言えば、戦場補正でステータス100%アップってところか。
ただ、エンデロア王国が滅んでしまったためにヴァーミリオン軍の侵攻可能な場所が増えてしまい、一部は領地を放棄して撤退したという。
これは当然のことだろう。森林地帯はエンデロア王国と隣接しているが、その範囲は広い。カロアティナ王国と隣接している地域も広いが、そっちから攻めてくることはないので、守りやすいところまで引いたのは正しいと思う。
「無理に領地を取り戻そうとしないようにして。そこに住んでいた種族には申し訳ないけど、領地を広げて守る場所を増やすのは危険だから」
俺の言葉にバウル以外の族長たちも頷く。ただ、色々と質問というか気になることはあるようだ。
「ボス、これはいつまで続きますか? もう三年ですが、いまだに不死者たちの攻撃は衰えません。仲間の中には永遠にこれが続くのではないかと不安になっている奴もいまして……」
「そんな奴は俺がこの斧で不安を感じないようにしてやる」
「殺しちゃおう。いるだけ邪魔」
「バウルもアラクネもそんな怖いこと言うな――お前ら、この三年、そんな風に他の部族と付き合ってないよな?」
バウルは少し顔を逸らし、アラクネは首を傾げて「ダメなの?」と聞いている。
「お前達は精神的にも強いから分からないだろうけど、心の弱さってのは誰にもあるの。それをくみ取ってあげきゃダメだろ?」
「うーん? よく分かんないけど分かった!」
「本当かよ。まあいいや、そのあたりはおいおいな。で、いつまで続くかという話だけど、あと二年耐えて欲しい」
こういう場合は具体的な数字が欲しいもんだ。それでも長いわけだが、二年という数字に周囲がざわつき始めた。
「二年以内にアウロラさんという魔王が復活する。その後、少数精鋭でヴァーミリオンがいるところへ攻め込むつもりだ。それまでは不死者たちの侵攻を防いでほしい」
……なんだ? ざわつきが止まった?
「あの、ボス、アウロラって人はボスの軍師では? バウルがそんな風に言ってましたけど」
「……今までは。でも、復活したら俺のボスで魔王だから。今までのことは全部忘れて、アウロラさんを魔王として崇めるように」
別の意味でざわざわしている。バウルはちょっと呆れた顔をしており、アラクネはよく分かっていないようだ。というかアウロラさんが軍師ってことは知ってたのかよ。
微妙に納得していないような気がするけど、あと二年でこれを本当にするから今はこのままでいい。それに二年という数字は希望になるだろう。延々と戦うわけじゃないと分かるだけでも違うはずだ。
「えっと、他に情報共有したいことは――」
豚の頭を持つオークの族長が手をあげた。
「あの、ボスを人間に近い魔族と見込んでお願いしたいことがありまして」
「え? どういうこと?」
「エンデロアという国から森の方へ避難してきた人間が何人かいます。できれば人間の国へ返してやって欲しいのですが」
「そうなのか?」
「義理堅いのか、俺たちと戦ってくれているのですが、その、俺たちとの連携がうまくとれないので……」
「ああ、そういう状況なのか」
「たぶん、人間としては強い方だと思うんです。ですが、この森の中だと機動力が落ちますので、戦力として考えるのは難しいかと」
色々フォローしてくれているが、弱いから引き取ってという感じだろう。それは分からんでもない。この森に何年もいる亜人たちならともかく、一、二年程度でこの森を駆け回ることができる人間はいないだろう。
「分かった。この後はカロアティナ王国の方へ行くつもりだったから、その人たちも連れて行くよ」
「助かります。あ、二十人くらいいるんですけど、大丈夫でしょうか?」
「問題ないよ」
オークたちほどではなくても戦えるなら魔都まで食料を運ぶような仕事とか護衛ができるかもしれない。メリルに相談が必要だけど、本人達にも打診してみるか。
「ところでその集団にはリーダーとかいるかな? ちょっと話をしたいんだけど」
「それでしたらミリアムですね。剣を振るう勇ましい女性です」
それ、SSR放浪騎士ミリアムのことか?
なら護衛じゃなくてフランさんのところに送るしかないな。これでようやくぶっころパーティが完成する。いや、ぶっころ騎士団かな。
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