第186話 同盟と婚姻

 コルネリアが悔しそうな顔をしている。


 俺の言動が原因だが、先に仕掛けてきたのはそっちだぞと言いたい。完全な逆恨みだ。だが、なんとなくではあるが強気に出たい気持ちも分かる。


 聖国は魔国と帝国に挟まれている。どこが主導で戦ったか、それは戦いが終わった後に影響する。下手をしたら聖国は帝国、もしくはクロス魔王軍――新しい魔国に飲み込まれる。コルネリアとしてはそれを絶対に避けたいはずだ。


 帝国側の使者もそれが分かっているからヴィクターの命令を無視して聖国を下に置こうとした気がする。聖国を属国的な扱いにすることで帝国の勢力を伸ばそうとしたわけだ。


 聖国も帝国も国力が低下した。聖国は教会が問題を起こしていたのがばれているし、帝国は吸血鬼にいいようにやられていた。どっちも俺のせいだけど、それはいい。どちらの国もこの戦いで存在感をアピールしなければならないと思っているのだろう。ヴィクターはそう思ってないだろうが、帝国民は違うよな。


 国を運営する立場ならはるか先まで予想しないと駄目なんだろう。もちろん、前にパンドラが言っていた通り、今をなんとかしないと未来はない。これは帝国の使者に対して言っていたことだが、それは聖国にも当てはまる。でも、聖国としてはここで主導権を握らないと、戦いに勝とうが負けようが先がないと見ている。


 聖国は国力的に帝国には敵わない。そして軍事力はクロス魔王軍に敵わない。それを考えれば、何らかの形で対等、もしくは上にならないと国として厳しい。


 聖国が教会を使って各地に信者を派遣したり、ディエスがいた頃の教会のような戦力を増やす理由も基本的にはそれだ。これまでも帝国と魔国に負けない国家を作るためにも必要だったのだと思う。


 それにヴァーミリオンを倒すと魔国を正常化というか、安全な国になってしまう可能性も視野に入れている。聖国が他国から一目置かれているのは教会という組織があるのもそうだが、魔国との防波堤という面もあるからだ。


 それがなくなると聖国の優位性がなくなり、これまでの力関係が大きく変わってきてしまう。そのためにコルネリアも必死だ。多少強引でも何かしなければ結局この戦いに勝っても国が生き残れないと踏んでいる。


 夕食にカラアゲを食べられるか心配する程度の悩みとは格が違うわけだ。それを考えるとこれ以上いじめるのはよろしくないかな。


「フヒヒ……これで分かっただろぉ、コルネリアァ? 神は人が作った上下関係なんてどうでもいいんだよぉ……マジうける」

「オリファス、コルネリア王を挑発しないように」

「はい、やめます」


 オリファスは顔を横に傾けてコルネリアに近寄り挑発していたが、俺が言ったらすぐに姿勢を直した。いいんだけど、その豹変が怖いよ。美人さんなのに性格がなぁ。


「コルネリア王」

「……なんだろうか」

「さっきのは冗談です。ヴァーミリオンは俺がやります」

「な、なんじゃと?」

「因縁があるので譲ってもらえると助かります。代わりにこちらの要望を受けて欲しいのですが」

「……要望の内容による」


 コルネリアは俺を見つめている。そりゃ、いきなり餌に食いつくような真似はしないだろうね。


「要望は二つ。一つはクロス魔王軍が聖国の下でいいので、今以上の資金援助を」

「……検討する。もう一つは?」

「この戦いが終わったら魔国と友好的な関係になってください」

「ほう?」


 資金の方は問題ないだろう。今までもオリファスたちを結構な値段で雇っているわけだし、その金額が増えるくらいなら問題ないはずだ。ただ、もう一つの魔国と友好的な関係になる、これはどうだろう。


 ヴァーミリオンを倒せそうな人材は聖国にいない。俺の要望を聞くしかないだろうが、あまりにも聖国に有利過ぎて警戒しているだろう。その上で、コルネリアの頭の中はかなりの勢いで計算しているはず。それも何十年も先まで。


 正直なところ、これはどうでもいい提案だ。俺からすればこんな話し合いで主力を聖国に集めている場合じゃないというだけ。なにか裏があると思わせて、実際には何もない。


 多分だが、コルネリアが欲しいのは聖国が帝国や魔国と対等であるという証だ。なので、こちらから友好関係をお願いして、聖国が了承したという形にすればいいはず。頼むから深読みして自爆するなよ。


 魔国は封印された魔王が復活しないかぎり平和だろう。魔王と話をしたいので、封印を解くことも視野に入れているけど、いざとなれば再度封印すればいい。メイガスさんとカガミさん、それにスキルの力を使えば魔王を再封印できそうな気がするし。


 四天王もいないわけだし、アウロラさんが他国へ攻め込む理由もない。細かい問題はあるだろうが、友好的な関係になれるはずだ。


「クロス殿? 話してもよろしいか?」

「すみません、少々考え事をしていました。それで、どうでしょう? 悪い話ではないと思いますが」

「資金援助に関しては問題ない。クロス殿たちが聖国の下に付くと言うならこれまでの五倍払おう」


 五倍? ずいぶんと大きく出たな。もしかしてそんなに払ってなかったのだろうか。それにオリファスが小刻みに震えているけど怒ってんのか。長い髪の隙間から見える目がどす黒く渦巻いているんだけど。


「では、もう一つの方は?」

「友好的というような曖昧な形ではなく、同盟を結んで欲しいところじゃな」

「同盟ですか」

「うむ。細かな内容に関しては詰める必要があるが、こちらとしてはお互いの領地への不可侵、そして他国から攻撃を受けたとき、国の指揮下に入った上での軍隊による援助あたりは譲れんが」


 同盟は帝国に対する牽制といったところか。適当にしてしまった要望が明確な形になってしまった。そういうのは俺が決めていいわけじゃないんだけど、アウロラさんなら文句は言わないような気もする。でも、ここで言質を取られたら駄目だな。


「同盟となると俺に決定権がないのでなんともできませんね。そういう交渉をする場を作ることくらいしか約束できません」

「この戦いが終わればクロス殿が魔王となって魔国を治めるのでは?」

「え? ああ、いや、違いますよ。私は魔王の代理です。戦いが終わったら、魔王アウロラ様が魔国を治めますので」


 全員が俺の方を見てちょっと呆れた顔をしている。お前らがなんと言おうともそれは絶対だぞ……もしかして俺を呼んだ理由って次の魔王だからって意味だったのか?


「クロス魔王軍なのに、クロス殿は魔王にならないと?」

「組織名を変えようとしているのですが、誰も賛同してくれないのですよ」


 アウロラ魔王軍にしようと言ったら皆に却下されたからな。


 なんだ? コルネリアが考え込んだと思ったらニヤリと笑ったぞ。


「そういうことであれば、一つ提案したいことがある」

「提案とは?」

「同盟を結ぶにあたり、もっとも効果的なものをご存じであろう?」

「というと?」

「婚姻じゃ」

「婚姻?」


 確かにその通りだ。同盟を結ぶならそれが一番手っ取り早いと言うか一番効果的だろう。王族とか貴族とか、重要な立場の人を他国に嫁がせる、もしくは嫁いでもらうとかは良くある話だ。


 そもそもカロアティナ王国とエンデロア王国はそれで同盟を結んでいた。馬鹿な貴族が魔族にそそのかされてアホなことをしたから、結果的に同盟は怪しくなったけど、効果的と言えば効果的だな。


 でも、クロス魔王軍の幹部クラスで聖国の誰かと婚姻を結べそうな人っていただろうか?


「そこで提案じゃが、クロス殿を我が婿にもらいたい」

「はぁ、クロス殿をコルネリア王の婿にですか」


 クロスねぇ……俺じゃねぇか。俺がコルネリアのお婿さんになると。


 微塵も考えたことがなかったし、あり得ないな。うぬぼれがすぎるかもしれないが、それをやったらアウロラさんが聖国を攻め滅ぼすと思う。


 多分、俺が一番理解が早かったはずだ。周囲はまだ時間が止まったようになっている。目が点になるというのはこれなんだろうな。


 でも意識が戻った人もいる。


「それは宣戦布告かコラァ……! 久々に気持ち悪くなってきた……! 怒り過ぎて自分の殺気で死にそう……!」

「二万年近く生きて最高の冗談を聞きました。すぐにお酒を飲まないと、この辺り一帯を消滅させそうです」

「二人とも落ち着いて」


 何とかして立場を良くしたいのは分かるけど、コルネリアは暴走気味ではないだろうか。どう考えても二人を挑発して――ああ、それが狙いか。


「なんじゃ、我は寛大じゃぞ。お主ら二人くらいクロス殿の側室としてそばにいても構わん。どちらが側室の第一か、第二なのかは、そなた達で決めれば良いしな」


 色々と状況が不利だから逆にもっと混乱させようとしている。というか、二人ともまんざらでもない、みたいな顔をするな。だいたい、ウィーグラプセンは帝国に居なきゃだめだろうが。


 やばいね、コルネリアにこの場を支配されてる。どうしたものかな、これ。

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