第185話 上下関係

 王城から使者が来て、女王コルネリアと会えることになった。


 皆で王城へ向かっているのだが、ひと悶着あったようで、なぜか玉座の間が使えない状態になったらしい。なので、王城にある女王の個室で会うことになった。


 それはそれでだめだろうとは思ったが、色々と重要な話があるらしい。盗聴がされず、最も安全な場所ということから考えて、そこが選ばれたらしいが、他にあるだろと言いたい。


 とはいえ、色々あった上で決まった場所なので嫌というわけにもいかない。それに問題はその場にいる人達だ。女王コルネリア、元教皇オリファス、そして古代竜ウィーグラプセン。俺が普通の人なら絶対に行かない。


 ただ、クロス魔王軍のトップとして呼ばれている以上、行かないわけにもいかない。それにその場には護衛を連れて行ってもいいので、そこまで気にする必要はない。


 護衛が必要かどうかは分からないが、俺には聖剣を持ったヴォルト、オリファスにはグレッグがいる。これまた護衛なんていらないだろうが、古代竜ウィーグラプセンにはアランが護衛としている。


 コルネリアの方は誰が護衛なのかは知らないが、誰かがいるのだろう。これだけいるなら何の問題もない……はずだ。


 しかしね、ずっと思ってるんだけど、なんで俺が必要なのか。ウィーグラプセンが頭を下げれば済む話ではないだろうか。少なくともヴィクターの意向を無視すると思えないんだけど、なんでこじれているんだろう?


 それに俺がその場にいて何か解決できるのだろうか。そもそもコルネリアとは会ったことがない。一緒に戦っている以上、挨拶くらいは必要かと思うが、しなくてもいいような気がする。


 案内してくれた騎士が大きな扉の前で止まる。扉の前にも騎士が二人いて、守っている状態だ。そして「こちらになります」と案内してくれた騎士が言い、扉の前で大きく息を吸った。


「クロス様をお連れしました!」

「入ってもらえ」


 聞いたことがない女性の声が聞こえると、扉を守っていた騎士が扉を開ける。「お入りください」と言われたので、ヴォルトと共に中に入った。色々と面倒だが、王族ともなると色々手間をかけないといけないんだろう。


 中には豪華そうな丸いテーブルがあり、それを三人の女性が囲んでいる。


 向かって右側にいるのが、ぼさぼさの長く黒い髪で顔が良く見えないオリファス。それなのに俺を見る目がギラギラしていてちょっと怖い。跪きそうなオリファスをグレッグが肩を掴んで押さえ込んでいるようだ。


 そして左側にいるのは人間の姿をした古代竜ウィーグラプセン。前に見た時のままで、白い髪に白い肌、そして白いパンツルックの服、小さな翼としっぽもあるようだ。


 その背後にいる護衛のアランに挨拶しようと思ったが、ウィーグラプセンも俺に跪こうとしているらしく、肩を押さえ込んで止めさせようとしていて忙しそうだ。竜の力に逆らうってすごいな。


 そして正面に座っているのが、女王コルネリアか。アップにした金髪と赤いドレス、目つきはかなり鋭い。プロフィールに三十代後半とかあったが、もっと若そうに見える。背後に護衛が二人いるが、全身真っ白な鎧を着ていて顔は見えない。でも、強そうに見えるな。


 こういう時のマナーって良く知らないんだけど、空いている椅子に座っていいのだろうか。勧められるまでは駄目なような気もする。それに俺がコルネリアの前に座っていいのだろうか。ちょっとくらい勉強をしておくべきだったか。


「ようこそ、魔王クロス殿」

「ご招待いただきありがとうございます、コルネリア王。それと私のことはクロスと。魔王ではないので」

「フ、フヒヒ……! クロス様は魔王ではなく神……! やばい、久しぶりで心臓が痛い……!」

「そうですね、クロス様は神なので魔王程度ではありません」


 意気投合しているオリファスとウィーグラプセン、そして驚きの顔というか、呆れている感じの女王コルネリア。グレッグとアラン、そしてヴォルトはちょっと吹き出しそうになっている。変化がないのはコルネリアの護衛達くらいだ。


 それはともかく、俺はただの庶民で、王族でもなければ貴族でもない。余計な会話や偉い人特有の言い回しなんて知らないのだから先に言っておこう。


「コルネリア王、私は色々言われていますが、ただの庶民です。何か失礼があっても田舎者だと笑って許していただけると助かります」

「ほう? それは謙遜か?」

「まさか。こういう場所での礼儀を良く知らないのは本当です。それにこんなことで謙遜になるのですか? できればもっとすごいことで謙遜したいのですが」


 コルネリアが笑みを浮かべながら足を組みなおす。


 こういう時に目を逸らしたらアウトだな。別に交渉しているわけじゃないが、それなりに興味があるようだから、それっぽく振る舞わないと。


「いままで会ったことがないタイプじゃな。我と対面する者は最初から下になろうとするか、なんとか上に立とうとするかのどちらかじゃ。だが、魔王――いや、クロス殿はそのどちらでもない」

「問題がありますか?」

「いや、まったくない。ただ、それは我を上下関係を考えない程度の者としか思っていない証拠でもある。それは少々癪に障るな」


 コルネリアの言葉「癪に障る」にオリファスとウィーグラプセンが反応している。なにか魔法を起動しようとしてないか?


「ヒ、ヒヒ……! コルネリアァ……言葉には気をつけろよぉ……ご自慢の剣を抜く前にお前の首が飛ぶからなぁ……?」

「クロス様と我々はそもそも存在が違います。当然のことが癪に障るとは不敬ですよ」


 オリファスは分かるけど、ウィーグラプセンもなんかおかしくない? 確かの俺のことを「我が神」とか言ったけど、この数ヶ月の間に悪化しているような?


『スキルが何かしたのか?』

『そんなに暇じゃありません』

『じゃあ、なんでこんなことに?』

『アランやカガミを通して色々な話を聞いているのでは? それにクロス様のおかげで東国のお酒を飲めているようなので感謝しているのかと』

『酒好きだね。というか、ちょろすぎないか?』


 さすが初代皇帝に騙された竜。酒で身を滅ぼすタイプだ。でも、これなら話が早く済みそうな気がする。すぐにでも聖国と帝国を協力関係にさせて、戦場に向かわないと。どちらが主導権を握るなんて、どっちでもいい。


 でも、その前に座っていいのだろうか。誰も勧めてくれないから立ちっぱなしなんだけど。俺から座っていいか聞いていいのかな。別に立ったままでもいいんだけど、俺ってどういう立場なんだろう?


 そんな俺を見かねたのか、ヴォルトが後ろから小声で話しかけてきた。


「椅子に座らねぇのか?」

「座っていいのかな?」

「別にいいんじゃねぇの?」


 それもそうだな。テーブルの上にはお茶やお茶菓子が用意されているし、飲み食いしたいと思っていたところだ。なので、特に許可も取らずに座る。


 なぜかコルネリアが勝ち誇った顔になり、オリファスとウィーグラプセンが悔しそうな顔をした。何かやらかしただろうか?


「クロス殿、その席は下座に当たる場所だ。勧めたわけでもなく、許可も取らずに自ら座るというのは、無条件で私の下に付くという意味になるが、構わんのか?」


 よく分からないが王族とか貴族の独自ルールがあるのだろう。前世にも上座下座はあったけど、無許可で自分から下座に座ると下に付くというルールはなかったはずだから独自に進化したんだろうな。


 本気でそう思っているわけじゃなさそうだが、今後の話し合いを優位に進めるためにもいちゃもんをつけて俺を押さえておきたいというところかね。でもね、そんなのが通じるのは今の地位に固執している人だけだよ。


「そういう意味があったんですね。いいですよ、コルネリア王の下に付きます」

「な、なに?」

「その代わりにヴァーミリオンを倒してくださいね」


 こっちも魔族のルールを出させてもらおう。


「知っていると思いますけど、俺は魔族でしてね、俺よりも上だというなら俺よりも強いはずなのでヴァーミリオンをよろしくお願いします。良かったらそのまま魔王になってください。おすすめですよ」


 魔王をやってくれるなら本気でお願いしたいところだ。アウロラさんがなんていうか知らないが、魔王なんて誰がやってもたいして変わらないから問題ないだろ。


 ……コルネリアにめっちゃ睨まれてる。対照的にオリファスは腹を抱えて呼吸困難気味に笑っているし、ウィーグラプセンは笑みを浮かべて優雅にお茶を飲んでいるようだ。


 これは場を和ませないと駄目かな。


「そんなことよりも、この焼き菓子を貰いますね。さっきから気になってて」


 このアップルパイ、出来立てで美味しそうだ。一口噛むと、上品な甘さが口に広がる。酒には合わない感じだけどこれはこれで美味い。孤児院にお土産として持って帰りたい。


 さらに睨まれた。場を和ませるどころか火に油を注いだ感じになったけど、どうであれ、これで話が進むはずだ。聖国が主導でヴァーミリオンと戦ってもらいたいが、どうなるかね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る