第187話 責任
俺が聖国の女王であるコルネリアのお婿さんね。そしてオリファスとウィーグラプセンが側室。酒のつまみにもならない話だ。むしろ全力で隠す。
これが下手に出た場合の弊害か。謙遜しているというわけじゃないが、こちらとしては相手の面子を考えて提案したんだけど、それを逆手に取られている。
どうでもいいから早く終わらせたいという俺の考えを見抜かれたか。時間をかければもっと有利な条件を引き出せると思っているのかもしれない。それにクロス魔王軍と帝国の関係をオリファスたちで拗らせようとしている。
もしくは俺に対してどこまでなら許されるのかを探っているのかもしれない。さすがにこっちが聖国に怯えて下手に出ているとは思ってないよな? それとも俺なら何とかできると本気で思っているのだろうか。
そもそも魔国も聖国も帝国も俺は関係ない。俺がいる周辺が平和なら別にどこの国が何をしていようと気にしない。今回は色々あったから関わっているだけ。
ただ、俺に被害がでるようなら下手に出るつもりはない。これは相手のペースに合わせているからいちいち面倒なことになるんだろう。魔族なら魔族らしくやるか。俺には王族とか貴族とか関係ないし。
大きく息を吐いたら、オリファス、ウィーグラプセン、そしてコルネリアの三人がびくっと体をゆすった。
「そろそろ話を進めていいかな?」
「構わんぞ。ああ、言っておくが側室は何人いても構わんが――」
「ああ、そういうのはもういいので」
「む……?」
「コルネリアさん。貴方が聖国の王ということで色々と配慮したんだけど、どうもそっちは俺に配慮してくれないようなので、こっちで勝手に決めますね」
「な、なに……?」
「聖国と帝国はクロス魔王軍の下でヴァーミリオン軍と戦うこと。これで決まりで」
「ヒヒヒヒ……このオリファス、その言葉を待っておりました……!」
「帝国はそれに従います」
「戦いが終わった後のことは勝手にやってくれていいから」
「ふ、ふざけるな!」
コルネリアがいきなり立ち上がる。直後にいくつかの剣が亜空間から現れて俺を囲むように床に突き刺さった。
これがコルネリアが持つ魔剣たちか。教会が討伐した悪魔が宿っているとか。十本近くあるが、これで全部ではないだろう。でも、俺への脅しには十分だと思ったみたいだ。
「ふざけてませんよ。国の上下関係なんてどうでもいい。戦いが終わった後のことも興味ない。そのあたりは戦いが終わってから勝手にやってください」
「……上下関係はどうでもいい? 組織のトップとして無責任じゃのう?」
「なら、組織のトップをやめてもいいですよ。ヴォルト、代わりにやる?」
後ろを振り向きながらそう言うと、ヴォルトが初めて見るほどの嫌そうな顔をした。
「やなこった。それに俺じゃ誰も付いてこねぇよ」
「ならオリファスでもグレッグでもアランでもいいけど、誰かやる?」
全員が首を横に振る。
「そもそも俺は組織のトップをやりたいなんて言ったことはないんですよ。なんかそうなっただけで」
お金を稼いでもらったり、ヴァーミリオン軍と戦ってもらったりはしている。でも、それは組織のトップとして命令したわけじゃない。仲間としてお願いしただけだ。
「コルネリアさん、貴方と俺ではそもそも立場が違う。貴方は王で国の行く末に責任があるだろうけど、俺はそうじゃない。貴方から見たら無責任に見えるかもしれませんが、クロス魔王軍というのは、そういうものじゃないんですよ」
「なら、なんじゃというのじゃ?」
「俺のために力を貸してくれる仲間の集まりでしかありません。俺に責任があるとしたら、魔王アウロラを助け、ヴァーミリオンを倒す、その二つだけです」
その二つを必ず成し遂げる。それが俺の責任。
「なので、こんなところで足止めされるわけにはいかないんですよ」
「……我が足止めをしていると?」
「色々と話をこじらせようとしているのは聖国のためでしょうから、それは咎めません。ですが――」
「……ですが、なんじゃ?」
「俺の邪魔をするなら排除するまでです」
コルネリアが俺を睨む。殺気が俺にまとわりつくような感じだ。一触即発という感じではあるが、そうはならない。ここは金を使っておこう。ムダ金だなぁ。
『周囲の剣を無効化するにはいくらかかる?』
『刺さったままにするなら、一本一時間金貨十枚で。全部ですと百二十枚ですね』
『高い。でも、やっておくか。動かないようにしておいて』
『しました』
これでいきなり斬り殺されることはないだろう。他にも剣を持っているかもしれないから安心はできないけど、余裕を見せておかないとな。
睨まれている状況で食べるのもアレだが、挑発がてらアップルパイをもう一個貰っておこう。お前なんかこわくないぞと見せておくのは重要な気がする。下手に出ても駄目なら、上から押さえつけないと。
アップルパイを手に取って口へ運ぶ。美味い。甘いものはそんなに好きじゃないが、これはいくらでも食べられそうだ。
「排除すると言っておきながら、ずいぶんと余裕じゃな?」
「何か問題でも?」
「お主の周囲にある剣が見えぬか? この状況なら一秒もかからずにお主の首をはねることが可能じゃぞ?」
「できるならどうぞ。ただ、できなかったら聖国はクロス魔王軍の命令に従ってもらいますけど」
「できぬと思っておるのか……!」
コルネリアの殺気が膨れあがる。でも、それだけだ。俺の周囲にある剣は全く動かない。というか、俺を殺そうとしたのか。王族って怖いね。
「な、なんじゃと……!?」
「聖国はクロス魔王軍の下ということでいいね?」
コルネリアは改めて右手を開き、剣の方へ突き出すようにしたが、剣は全く動かない。
「馬鹿な……!」
「剣の中にいる悪魔も俺を怖がっているんでしょうね」
そんなわけないけど、ここは力を見せつけておいた方がいいだろう。
『剣の一本を破壊できるか? 一番安く済むやつ』
『安い物でも金貨百枚からですね』
『痛い。痛いが、もう時間を掛けたくないから払う。一本だけ破壊してくれ』
『中にいる悪魔を食ってもいいですか?』
『ああ、そうだね、食べちゃって。いくら?』
『それは無料でやれます』
『じゃあ、よろしく』
俺がスキルにそう言うと、いきなり背後の剣がぽっきりと半分に折れた。そして折れた剣から黒い靄のようなものが噴き出す。
「な……! いかん、悪魔が――!」
コルネリアがそう言うと、その背後にいた白い鎧の護衛が飛び出す――が、その護衛が黒い靄に斬りかかる前に、俺がそれを吸収した。
『この程度の悪魔じゃ、吸収してもたいして意味がないですね』
『吸収が無料だとそんなもんか』
吸収の値段が高いほどスキルが強くなって無料でやれることが増えるんだけどな。
おっと、皆が見ている。事情を説明しておくか。
「悪いけど、あの剣の中にいた悪魔を俺が吸収したよ。本気はどうかはともかく俺を殺そうとしたんだからそれくらいはいいよね?」
「な、なな、なん……?」
コルネリアは状況を飲み込めていないようだ。オリファスやウィーグラプセンは目をキラキラさせているけど、そっちの目の方が怖いよ。それはともかく追い込みどころだな。
「それともここにある剣を全部壊して悪魔を吸収してもいいかな。俺としてはそっちの方がありがたいんだけど」
「……いや、止めてくれ」
コルネリアはそれだけ言うと、椅子に座って背もたれに体重を預けた。そして天井を見上げつつ、大きく息を吐く。
「我の負けだ……聖国はクロス魔王軍の命令に従う」
「ありがとう。悪いようにはしないから安心して。その前にお願いがあるんだけど」
「お願い……?」
「このアップルパイをお土産に包んでくれない? 孤児院の子達にもっていきたい」
コルネリアが変な物を見るような目をしている。
「あとは王族が飲むような酒があったら一瓶欲しいかな」
なぜか俺以外の皆も要求を始めたけど、ちょっとは遠慮しろ。
そんな状況にコルネリアが笑い出した。
「最初に最高の酒を送っておけば、もっといい形で交渉出来たかのう?」
「そこにカラアゲがあれば、なんでも言うことを聞いてあげたね」
「初手から間違っていたようじゃな。誠に残念じゃ」
コルネリアは笑いながらそう言うと、部屋の外から人を呼び、アップルパイとお酒の土産を用意するように指示してくれた。
魔族なんだから最初からこうしておくべきだったな。とにかく、これでようやく帝国の軍隊をヴァーミリオンの軍に当てられる。明日にでも戦場に向かおう。
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