第188話 スキルの有無
「最近は視察できておらんかったが、ずいぶんとガタが来ているようじゃな」
「あの、コルネリアさん、なんでここまで来てるんですか?」
「なんじゃ、秘蔵の酒を出したのに我には飲ません気か?」
聖国との話し合いが終わったので、孤児院に戻ってきたのだが、そこへコルネリアがやってきた。城に泊まってくれと言われたが、お土産もあったし、「結構です」と言って帰ってきたんだけどな。
たぶん、話し合いの結果を変えて欲しいという話ではない。クロス魔王軍が上になるが、少なくとも聖国と帝国は同等の扱いだ。そして戦後に聖国、帝国、魔国の三国で同盟を組むことも合意を得て、魔法による誓約書にもサインしている。
コルネリアとしては十分すぎる成果なはずなので、これ以上、用はないと思うのだが、なぜかやってきた。ここにはオリファスやウィーグラプセンもいるから、別のやり取りがあるのかもしれないと危険視した可能性はあるけど。
「神よ……! 言ってくださればすぐにでも排除いたします……!」
「いや、しなくていいから」
「はい、しません」
オリファスは、神って呼ぶなって言っても呼ぶんだよな。俺は神じゃないのに。それにさっきのコルネリアとの戦い――魔剣の対処を見たからなのか、さらに忠誠心が上がった感じだ。
そっちはもうどうしようもないのだが、ウィーグラプセンはどうしよう。というか、この人もなんでここにいるんだ。
「あの、帝国に帰ってもらっていいですか?」
「ここに聖国秘蔵のお酒があるのです。飲まずに帰れますか」
「お土産として貰っているでしょうに」
ウィーグラプセンがお酒の瓶を見ながら目を輝かせている。ドラゴンって酒で失敗するイメージしかないんだけど……それはドラゴンじゃなくてヤマタノオロチだったか。
困っている俺を放っておいて、ヴォルトたちはすぐさま俺がいるテーブルから離れて食事と酒を楽しんでいる。仲間っていいね、こんちくしょう。
「クロス殿、そんな顔をしないでくれ。色々と面倒をかけて申し訳ないとは思っているからこそ、秘蔵の酒を用意した。それに帝国との関係を取り持ってくれることにも感謝している。教会本部を襲撃したり、オリファスたちを引き抜いたことは、いまだに恨んでいるがな」
「そもそも私はお前の下にいたわけじゃないんだよぉ……神の力を感じられると思って教皇をしてただけで、引き抜かれてなんかないから……! それに教会本部は当然の結果だろうがぁ……私が言うことじゃないけどぉ……」
「そもそも帝国からの侵攻を止めさせたのが我が神でしょうに。それに対する感謝がないのでは?」
これは仲がいいのだろうか。お互いに言い争っている感じはするが、三人ともすごく自然体だ。世界の中でも戦力的には最上級の女性たちだからな。実力的に対等なので、話しやすいのかもしれない。俺を巻き込んでほしくないけど。
そろそろ席を移ろうと思ったら、コルネリアが俺の方を見た。
「クロス殿。曖昧にされてしまった婚姻の件じゃが、実際のところどうなんじゃ?」
「蒸し返さないでくれます?」
美味い物を食っている時にそういう話はしないで貰いたい。それにオリファスやウィーグラプセンからまた殺気が漏れている。途端に美味い酒が不味くなったよ。
「まてまて。聖国を優位にしようと、ああいう提案をさせてもらったが、実際のところクロス殿はどうなのかと思ってな。ここにいる二人から分かるようにクロス殿はモテる。戦いが終わった後、各国でクロス殿の争奪戦が始まるかもしれん。それが始まった時に指をくわえて見ているわけにはいかんのじゃ」
「俺はモテていませんよ」
「今度こそ謙遜か?」
「いえ、事実です。モテているのは俺のスキルであって、俺ではないですね」
「神の残滓と呼ばれる力か。話を聞いたときは信じられんかったが、先ほどの状況から考えても間違いないのじゃろうな。だが、スキルであって俺ではないとは?」
さっき、コルネリアの魔剣たちを動けないようにした。コルネリアは剣に封じた悪魔を操ることができるが、俺の前ではピクリとも動かせなかった。それをするために金を使ったけど、効果的であったようだ。
それはともかく、オリファスたちも俺がどうこうではなく、神の残滓を崇拝しているのであって、俺自身にそこまで関心はない。自分で言ってて悲しいが、それは間違いないだろう。
「オリファスもウィーグラプセンも、俺がスキルを持っていなかったら味方に付くことはありませんよ。俺もよほどのことがない限りは使いたくないので、この戦いが終わったらもう使わないくらいの気持ちでいます。だから争奪戦も始まりません」
なぜか三人は首を傾げている。俺、変なことを言っただろうか。
「クロス殿は自身とスキルを分けて考えておるのか?」
「そりゃそうでしょう。このスキルは努力して手に入れたものじゃない。たまたま運よく手に入れた力です。運悪く失うことだってあると思いますが」
「言われてみればそうかもしれんが……」
そもそもスキルってなんなのってのもある。生まれ持ったものもあるが、開花するようなものもあるとか。どういう理屈なのかは分からないが、いきなり失うことだって視野に入れておくべきだと思う。
それに俺のスキルにはお金が必要だし、意思がある。金がなかったり、スキルにストライキとかされたら何の意味もなくなるからな。
『お金はともかくストライキはしませんけど?』
『アウロラさんとかサンディアを見殺しにしようと提案しただろうが』
『ああ、そうでしたね。でも、それはクロス様のことを思ってのことですから』
その「俺のため」というのが暴走した時が怖いよ……おっと、三人はいまだにピンと来ていないようだ。多分だけど、スキルが消失するようなことは歴史的に見てもあり得ない現象なんだろう。だから想像したこともない。
「動くはずの魔剣が動かなくなったとき、どう思いました?」
「……ああ、なるほどな」
「コルネリアさんは魔剣があればオリファスとも互角に戦えるでしょう。ですが、その魔剣を動かすことが出来なかったら?」
「むう……そのあたりにいる者と何も変わらん程度の強さになるじゃろうな」
「オリファスも魔法が使えなくなったらどうする?」
「……たぶん、死にます……それとも殺される……?」
「ウィーグラプセンは竜の姿に戻れないとしたら?」
「死ぬ可能性は増えますね」
「まあ、そういうこと。そして俺がこのスキルを失ったら、オリファスもウィーグラプセンも俺には興味がなくなるでしょう。それにコルネリアさんも俺に興味をなくしますよ。つまり、俺自身には興味がないということです」
そのいい例がヴァーミリオンだ。スキルの話によればヴァーミリオンは未来予知の力を失って引きこもっているいるらしいからな。スキルに頼りきりになるのは危険だというのがよく分かる例だ。
金の切れ目が縁の切れ目。スキルと金は違うけど、俺には似たようなもの。皆、俺という個人が欲しいわけじゃなく、神の力、その恩恵が欲しいだけだ。
俺が人生を楽しく生きるためだけにスキルを使う奴だったら最高の状況なんだろうけど、俺はそうでもないんだよな。前世が関係しているのか、うまい話には裏がある、という言葉が引っかかってどうも消極的だ。
いるかどうか分からないが、運命の神様はスキルを渡す奴を間違えたのかも……おっと、ちょっとポエムったか。いい酒だから酔ったかな?
「わ、私は! ク、クロスさんにスキルがなくても大丈夫ですよ!」
「うお、びっくりした。アマリリスさん?」
いつの間にか背後にアマリリスさんがいる。ちょっと涙目だけど、頬に赤みがかかっている……酔ってる?
「私はクロスさんのスキルに救われた身ですが! クロスさん自身のことも大好きです! ……あ、もちろんグレッグ様も」
「誰だ、アマリリスさんに酒を飲ませたのは――あ、自分で飲んだの?」
「俺はクロスがスキルを使う前からのダチだから安心しろよ!」
「何の安心だ」
「私なんかヴォルトが来る前からクロスに体を拭いてもらうくらいの仲だから!」
「それはお前が聖剣の力を見せるとか言ってダンジョンを壊すからだ」
「フヒヒ……神よ、確かに神の力を失ったら興味は半減しますが、私を治してくださった恩があります……我が魂はクロス様と共に……! 言っちゃった……!」
「あ、うん。怖いからその目で見つめないで」
「私も同じです。クロス様は私の呪縛を解いてくださった。神として崇めておりますが、たとえその力がなくなったとしても、感謝がなくなることはありません」
「えっと、ありがとう?」
「ご安心ください。たとえスキルがなくなっても、私がマスターのために世界をメイドで埋め尽くしますので」
「それは俺のためじゃないだろ」
なぜか周囲が盛り上がっている。アランやカガミさんも教会の地下から助けてくれたことを感謝していて、サンディアも精霊憑きを治してくれたことに感謝してますと言ってくれた。グレッグは特に何も言っていないが、俺の方を見てにこやかに酒を嗜んでいるようだ。
ありがたいことにこれまでの積み重ねがあるようだ。なんだかスキルがなくてもやっていけそうな気がしてきた。
『言っておきますけど、私はいなくなりませんからね? むしろ死ぬまで一緒です』
『死ぬまで一緒でも願いを叶えるにはお金が必要なんだろ?』
『そういうルールなので。でも、気持ち的には無料ですよ』
『気持ちだけじゃダメなんだよ』
実質無料という言葉は罠だと思う。でもまあ、皆の気持ちはありがたい。これもスキルのおかげなのだろう。今後も使い方を間違えないようにしないとな。
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