第189話 聖国の戦場

 昨日は酒を飲み過ぎた。ちょっと頭が痛いが、これくらいなら問題はないだろう。


 今日は戦場に向かうことになるが、色々と確認をしておかないといけないことが多い。国同士のトラブルがあったとはいえ、主力がここに集まってしまった。どこに誰が行くのかというのは俺が指示を出すわけじゃなく、皆で決めるようだ。


 昨日飲み食いした孤児院のテーブルに全員が集まった。なぜかコルネリアとウィーグラプセンもいるが、特に気にしなくてもいいだろう。


「さて、クロス様、準備はよろしいですかな?」

「グレッグさん、クロスでいいですよ。様なんてつけないでください」

「私もクロス魔王軍ですので、こういう場所ではそういうわけにもいきませんな」


 グレッグさんがにこやかにそう言うと説明を始めた。


 聖国の戦場は主に三つ。聖国東側の北部、中央部、南部の三つ。北側はアマリリスさんとグレッグ、中央部はオリファス、南部は大司祭マルガットが主体で担当している。


 激戦区は中央部。ヴァーミリオン軍の幹部である鮮血のトレーディが目撃される場所でもある。俺が行くとしたらそこだ。


「中央部はオリファス以外だと誰がいるんですか?」

「バルロッサ殿とスコール殿がいます。現在はオリファス様がここにいますので、バルバロッサ殿が指揮を執っています」


 赤の騎士団長と宮廷薬師か。聖国の幹部だったが、オリファスの支持者で聖国の所属を抜けている。他にも異端審問長官ガリオがいたけど、そっちは北部にいるとか。


「俺はオリファスと一緒に中央部へ向かうけどいいかな?」

「フヒヒ……神と一緒……! テンション上がってきた……!」

「理由を聞いてもよろしいですか?」

「中央部にトレーディというヴァーミリオン軍の幹部がいるらしいので」

「なるほど……戦う気ですか?」

「実力差がどれくらいあるのか確認しておきたいのですよ。幹部を倒せないならヴァーミリオンを倒せないので」

「……それはクロス様お一人で?」

「ええ、一人で」


 一人でトレーディを倒せないようなら、また修行をする必要がある。俺の修行というよりはスキルの強化。遺跡やダンジョンを回って神の残滓や遺産を吸収しないと。


 帝国に居たのはローズマリーだったが、あれはSSRだから勝てたようなもの。トレーディはUR。同じレアリティでも強さに違いはあるが、メイガスさん並みだったら勝てないような気がする。


 一人で勝つ必要はないけど、前のように皆と戦ってもヴァーミリオンに勝てるかどうかは分からない。むしろ気にすることが多くなるので、一人の方が勝つ確率も高いような気がする。


 未来予知のスキルがなくてもヴァーミリオンは強い。そもそも未来予知は五秒先が見えるとか、そういうものではないらしいから、戦闘には使えないらしい。


 それなら別に引きこもりになるほど怯えることもないと思うが、スキルがなくなったとしても弱くなったわけじゃないということだ。それに手負いの獣は強いとかも聞くからな。安心できる要素はまったくないわけだ。


「事情は分かりました。ならばここは帝国の黒翼騎士団もそちらに向かう方がいいと思いますが、アラン殿とカガミ殿はどう思われますか?」

「邪魔にならないなら、ぜひお願いしたいね」

「私も同じです。とくにクロスさんが相手幹部と一対一で戦うと言うなら私の封印術が使えるかもしれませんから」


 カガミさんの発言に周囲がざわつく。


 なるほど。カガミさんの封印術は空間の遮断、つまり結界のようなものだと聞いている。範囲や時間制限はあるだろうが、俺とトレーディだけしかいない状況にすることもできるだろう。それにトレーディを逃がさないためにも重要だ。


「ならカガミさんは俺の方からもお願いしたいね。アランは……カガミさんと離れるわけにはいかないよな?」

「おう、もちろんだ。それに皇帝陛下から帝国の強さを見せつけてこいとも言われてる。行くなら激戦区だろ?」


 アランの言葉にウィーグラプセンもうんうんと頷いている。


 帝国も弱体化したからこの辺りで強いことを証明しておきたいのだろう。古代竜がいるとしても、広くなり過ぎた帝国を全部守れるわけじゃない。古代竜がいなくても帝国は強いと周囲にアピールしたいわけだ。


 黒翼騎士団は現在三千人くらいしかいないらしい。しかも正規の訓練を受けたのは千人くらいで残りは傭兵上がりのような騎士団だ。とはいってもアランが一人一人ぶちのめして騎士団にふさわしいか選んだとか。


 各地を放浪していたこともあって、その縁から呼び寄せた山賊まがいの奴らもいるようだが、アランの強さにほれ込んでいるようで、かなりの結束力だと聞いた。これは期待できるだろうな。


 カガミさんも黒翼騎士団の副団長として百人程度の魔法兵を率いている。獣人も多いがあらゆる種族の混合部隊でもあるらしい。アランが言うにはこの部隊もかなり強いとのことだ。


「では、コルネリア様もよろしいですか?」

「構わぬ。帝国の騎士団が我が国で問題を起こせばクロス殿が対処してくれるとのことだからな」


 コルネリアはそう言うと、俺の方を見てニヤリと笑った。


 そういう契約をさせられたけど、それって必要かな……まあ、何らかの保証は必要だろうけど、帝国の騎士団が来たのは聖国のためでもあるのだが。やっぱりコルネリアの方が一枚上手か。


「では、アラン殿が率いる黒翼騎士団は中央部へお願いします」

「任されよう」

「では、ヴォルト様はどうされますか?」


 グレッグにそう言われてヴォルトは眉間にしわを寄せた。


「まず、俺に様なんていらねぇよ。昔みたいに呼んでくれ」

「ふむ。では、ヴォルト君、君は希望があるかね?」

「そうだなぁ……戦場以外でやばそうなところはないか? 俺と妹は機動力があるから遊撃みたいな感じでもいいんだけど」


 確かに犬の姿をした精霊はパンドラの空飛ぶ乗り物並みの速度が出る。ヴォルトとサンディアの二人乗りも可能なくらい大きいし、それを考えると特定の場所で戦うのはもったいない気がするな。


「未確認の情報だが、戦場を無視して吸血鬼が空から聖国に入ったという噂がある。北部での話だが、状況を確認してもらっても?」

「おう、ならそれをやらせてもらう。ウチの犬は鼻が良いからな、吸血鬼の匂いもすぐに分かるだろ。サンディアも聖剣もそれでいいだろ?」

「もちろんだよ!」

「私に掛かれば吸血鬼なんてイチコロよ!」

「わんわん!」


 サンディアも精霊も、そして聖剣もやる気のようだ。頼もしいね。


「我はどこに向かえば良い?」


 全員がそう発言したコルネリアの方を見る。俺としてはそれを期待していたけど、本人から言うとは思ってなかった。


「コルネリア様は王城では?」

「馬鹿を言うな。帝国からの侵攻がなくなった今、聖国の最高戦力である我を腐らせるつもりか」

「いや、しかし、女王なのですが」

「つまらぬことを言うな。前線にいる我が国の兵士たちのためにも我が出るのは当然であろう。聖騎士団の千人を連れて我も戦場に出る。どこにするか決めよ」

「……ならば南部で。あそこには大司祭のマルガット殿や神官騎士のオールド殿がいます。コルネリア様が向かうなら士気が向上するでしょう」

「分かった。準備に多少時間はかかるが、すぐに向かおう」


 さすがに激戦区に送るわけにはいかないよな。それにコルネリアには後継者がいない。それに最終的には一族の誰かから養子をとる的な話らしいけど、聖国では一番安全な場所を選んだのだろう。とはいえ、南部が温いと言うわけじゃないけど。


 とりあえずこれで話しは終わったな。パンドラは特にどこの戦場に行くという話はなく、各戦場にパンドラを配置しつつ、情報収集やら物資の運送やら色々やるらしい。本気で世界をメイドで埋め尽くそうとしてないよな……?


 コルネリアみたいにウィーグラプセンも戦場に出てくれればありがたいが、さすがにそれはしないようだ。大丈夫だとは思いつつも、帝国にいるヴィクターを守る必要があるのだろう。


 さて、それじゃすぐにでも戦場に向かうか。


 そう思ったら、コルネリアが「少し良いか?」と言った。


「コルネリア様、どうかされましたか?」

「実は昨日から気になっておるのだが……」


 コルネリアはそう言って、ヴォルトの方を見る。


「そのしゃべる剣……聖剣なのか?」

「そうだが、いくら魔剣好きでも欲しいとか言わないでくれよ」

「私はそんな安い女じゃないわよ! あ、でも、イケメン神官とかいる?」


 相変わらずの聖剣だが、コルネリアは何が気になるのだろう?


「……聖剣が見つかったのなら報告せんか! なんで我だけ知らんのだ!」

「私も知りませんから仲間外れじゃありませんよ」

「お主は最近まで帝国の地下にいただろうが。いや、別に仲間外れとかそういうのではなくてな……」

「ヒヒヒ……もう教会の所属じゃないのに、言うわけないだろぅ……? やばい、過去最高にウケる……!」


 オリファスとコルネリアが言い争いになったので放置しよう。


「それじゃ皆、それぞれ準備して戦場に向かおう」


 争っている二人以外は頷いてくれた。さて、俺も準備しないとな。



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