第190話 薬師の秘密兵器
聖都を離れて三日、聖国でも激戦区と言われている中央部の戦場にやってきた。
今はオリファスたちクロス魔王軍の幹部が駐在している砦にいる。幹部はそこそこ大きな部屋が割り当てられているが、俺はずっといるわけじゃないので、小さな部屋借りた。
この砦には他にも聖国の騎士団長や今回来た帝国の黒翼騎士団の団長であるアランもいる。現在、アランはここで指揮を執っているバルバロッサと形式的な話し合いをしているようだ。
どっちもクロス魔王軍の所属だけど、一応、聖国と帝国にも所属している感じだから必要なことなのだろう。コルネリアの秘蔵の酒を持たせたから今頃飲んでいるのかもしれないな。
俺はこの戦場の状況を教えてもらおうと作戦会議室のような場所へ向かった。中に入ると、奥のテーブルにスコールさんが見えた。俺を確認すると笑顔で手招きしている。
「クロス君、久しぶりだね。ここに来るとは何か聞きたいことが?」
「スコールさん、お久しぶりですね」
「やだな、僕もクロス魔王軍だよ、スコールと呼び捨てて欲しいね」
「年上ですよね?」
「女性に年齢に関する質問をするのはよくないよ。それはどんな機密情報よりも重要な情報だからねぇ」
相変わらずの童顔だが、たぶん、俺よりもはるかに年上。丈が長い白衣と丸いぐるぐる眼鏡がトレードマークのスコールさんだが、三年前と容姿が全く変わってないのが怖いよ。
「まずはそこの椅子に座って。慌ただしいから立っていると邪魔者扱いされるよ」
スコールさんはそう言いながらお茶を用意してくれた。独特の香りがするので、何かしら健康にいい薬草を使っているのだろう。椅子に座ってそれに口をつけてから周囲を見る。
兵士たちが慌ただしく動いているが、俺に構っている暇はなさそうだ。大規模な戦いは始まる前の準備が重要だから、それで忙しいんだろう。そろそろ夜になるし、この時間帯は毎日忙しくしているんだろうな。
目の前にいるスコールさんはそこまで忙しくはしていない。ちょっとくらいなら時間を貰えるだろう。
「事前に話は聞いているんですが、現場の人からも戦況を確認したいと思いまして」
「もちろん構わないよ。僕の仕事はもうほとんど終わっているからね」
「仕事……薬品の作成ですか?」
「まあ、そういうこと。それに今は飲み薬ではなく散布型だから色々楽になってね。そうそう、四天王だったシェラの資料を参考にさせてもらったよ。それにシェラの部下だったダークエルフたちも手伝ってくれたから効率は何倍にもなったね」
「そうでしたか」
シェラの部下だったダークエルフたちは魔国南部の森林地帯にいた。シェラを倒した俺に対して思うことはあるだろうが、不死者になりたいとも思っていないので、俺たちに協力してくれることになった。
そもそもシェラが言った「たとえ死んでも恨みっこなし」という精神が引き継がれているようで、恨みでクロス魔王軍をどうにかしようとは思ってないそうだ。
それに魔都にいるシェラの弟に対しても護衛をつけるなどのことをしたので、それには感謝しているらしい。そもそもダークエルフたちはシェラの弟の存在を知らなかったらしいけど。
シェラの奴、部下にやばい薬を渡していたり、やりたい放題だったくせに意外と慕われていたのだろうか。それともシェラを倒したから、ありがたく思った? どっちでもいいけど。
「さて、それじゃ、この辺りの戦況というか、ここ最近の出来事も教えよう。クロス君に教えられるというのは楽しくなってくるね!」
「講義とか好きそうですもんね」
「分かるかい? クロス君がいい生徒だと嬉しいんだがね?」
スコールさんはそう言うと笑顔で説明してくれた。
聖国の東側は魔国と隣接していることもあり、戦いが始まる前から砦や防衛用の壁などが建設されていた。だが、中央部は平原が多く、他と比べて戦場が広いため、防衛力が低い。
それが理由で激戦区となっているわけだが、戦場が広いというのはオリファスにとって優位になる。味方の心配をする必要がなく広範囲魔法を使うこともできるし、神の力でもある「メタトロン」で不死者たちを倒せるからだ。
この戦場であればオリファスはまさに一騎当千。比喩ではなく言葉通り千人相手にも勝てる。さすがに不死者でもいきなり千人近く倒されたらそう簡単に攻め込めない……はずだが、さすがに向こうも馬鹿じゃない。
当然のことながらオリファスの魔力が無限なわけがないので、広範囲魔法やメタトロンを連発できるわけじゃない。どこで使うか、どこで使わせるか、これがお互いの駆け引きになっているという。
一人の行動が大規模戦闘の戦況を変えるほどの強さを持つのは世界のバグとしか言えないのだが、これが昔は魔女と恐れられたオリファスなのだろう。
「この戦場の情報はこんなものだね。他にも細かいことはあるが、それはクロス君が知ったところで意味はないだろう」
「そうですね。他にも何か情報があるのですか?」
「次はここ最近のことだ。主力が聖都に行ってしまったから結構苦労したんだよ?」
オリファスは聖国にいるクロス魔王軍の幹部として聖都にいた。コルネリアが帝国と揉めているので、俺の名のもとにコルネリアを説得――というか、武力で黙らせるつもりだったらしい。
グレッグだけでよかったんじゃないかと思ったが、コルネリアは個人の戦力としては最強に近いのでオリファスが必要だったらしい。武力には武力しかないよな。
なお、アマリリスさんはグレッグが休みを取らせるために無理矢理連れて行ったとか。戦場では自分が倒れるほど治癒魔法を使って皆を助けているそうだ。
そういえば、エルセンの村長が「やることが終わったら戻ってこい」と言っていたと伝えたら、二人とも喜んでいたな。静かな余生を過ごすならあそこは最高だし。
おっと、それよりもここの状況だ。
どうやら主力がいなくとも戦況の維持はできたようだ。オリファスが出てこないことが相手には罠のように思えていたんだろう。いつもより消極的だったらしい。
慎重なのはいいことだが、慎重になりすぎて臆病になっているとスコールさんは分析している。そのあたりはヴァーミリオンの思考が反映されているのかもしれないな。アイツも色々と慎重すぎる。
「こちらとしては助かったと言ったところですかね?」
「言っておくけど、オリファス様がいないのがばれて、相手が力押しできたとしても耐えられたよ。こちらもオリファス様だけに頼る戦いはしていないからね」
「何か秘密兵器でも?」
「薬品を散布型にしたと言ったが、それは当然不死者に対して効果があるものも戦場に撒いているからね。戦場が広いから効果的とは言わないが、弱体化させるくらいは可能だよ」
なるほど。目に見えない攻撃というのはシェラと戦った時にヤバイというのは理解した。不死者の中でもゾンビとかなら匂いや痛みなどで気づかれることもない。
これは俺も貰っておくべきか。ヴァーミリオンだけじゃなく、吸血鬼の幹部をカガミさんの結界術の中に閉じ込めれば、効果的に使えるような気がする。アレって空気も遮断するのかしらないけど。
「おや、僕を見つめてどうしたのかな?」
「吸血鬼に効果的な散布型の薬品とかありますか?」
「それは薬品じゃなくて聖水がいいんじゃないかな。ちなみに戦場に撒いている物には聖水も含まれているよ」
「ああ、聖水……」
聖水は神に祈りを捧げた水とかではなく、聖なる力で作り出した水のことだ。つまり魔法で作る。不死者に聖水を掛けるのは効果的だが、上位の不死者に水を掛けるのは難しい。だが散布型ならいけそうな気がする。
「具体的には散布をどうやっているんですか?」
「魔法を使える人ならそのまま術式に落とし込むけど、普通は魔道具を使うね。魔力を通すだけで周囲に霧状の薬品が撒かれるよ」
「俺にも作ってもらえます? できれば散布量が多い物を」
「クロス君用にカスタマイズするのは面白そうだね。わかった。細かいことを決める時間は必要だが、作ってみようじゃないか」
「助かります」
「いやいや、構わないよ。それじゃ早速どんなものにするか決めよう」
スコールさんは嬉しそうに紙と羽ペンを取り出してすらすらと何かを書いてく。俺はまだ何も言ってないけど、何を書いているんだろうか。ちょっと心配だけど大丈夫だよな?
「さて、クロス君、どういうのがいいかね? 聖水に猛毒を混ぜるかい?」
「それ、俺も猛毒に侵されますよね?」
「神のスキルで防げば安全じゃないか」
「知ってるでしょ、アレはお金を使うからダメです」
「残念だ。クロス君ならどんな実験――どんな薬品でも使えると思ったんだが」
「今、実験っていいました?」
「いやいや、気のせいだよ」
かなり心配になってきた。作ってもらったら使う前にちゃんと確認しないとな。
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