第191話 戦場の花火
砦の屋上でオリファスやアラン達と一緒に戦場を見渡す。そろそろ日が落ちる。砦やその周辺では多くのかがり火が置かれ、一部は魔法による灯りで周囲が照らされた。
前世の夜とは違って、夜は月や星の明かりくらいしかない。天気が悪ければ完全な闇になる。今日は天気がいい方だが、それでも視界は昼に比べると悪い。
そして夜は不死者の時間。月の影響を受け、強化される。一番影響を受けるのは当然吸血鬼。今日は三日月なので、そこまでではないだろうが満月になると相当な強さになる。
四天王のアギは神の残滓を持っていて、疑似的な夜と満月を作ることができた。さすがにあれには驚いたが、そのアギはヴァーミリオンに倒された。今更だが悪い奴じゃなかった気がする。ちょっと戦闘狂なだけだ。いい迷惑だが。
太陽が地平線の先に隠れた。すぐにうめき声が聞こえてくる。かなり遠くにいるはずだが、それでもここまで聞こえると言うなら相当な数なのだろう。
「ヒヒヒ……神よ、このオリファスが貴方に勝利を捧げます……テンション上がってきた……!」
「無理はしないようにね」
「はぅ……私、今、大切にされてる……!」
「仲間なんだから当然でしょ。だから本当に無理はしないように」
オリファスは見てわかるレベルで震えている。喜んでくれているならいいんだけど。
組織のトップをやりたいわけじゃないが、やっている以上、皆のモチベーションを上げるのも俺の役目。でも、これは本心だ。こういうことをするのは柄じゃないが、言わなきゃ伝わらないことってあるもんだ。
オリファスの体が帯電しているようにバチバチと音を立てる。周囲には黄色というか水色というか、雷っぽいエフェクトが出てきて、長い黒髪が孔雀の羽のように広がった。そして恍惚とした表情が現れた。
周囲からゾンビたちが接近中との声が上がる。直後にゾンビが波のように押し寄せてきた。山岳地帯の戦闘とは違って戦場が広いし暗くて奥の方が見えないから結構怖いな。
「トォルゥハンマァァァ!」
近くにいたオリファスがそう叫ぶと極大のレーザーのような魔法がゾンビの群れを貫いた。
基本的に恐怖を感じないゾンビたちだが、本能的な恐怖はあるのかもしれない。そのオリファスの魔法を見たゾンビたちはその場で止まった。
「敵陣に撃ち込め!」
この場の指揮をしているバルバロッサの声が響く。もともとの声も大きいが、拡声の魔法によりさらに戦場全体に声が届いているようで、立ち止まったゾンビたちに矢や魔法が撃ち込まれた。
さっきのオリファスの攻撃と比べたら当然弱いが、そこは量で補っているようだ。そして炎系の攻撃が多い。燃えたままこっちに突っ込んでくるゾンビもいるが、ここまでは届かずに倒れている。
これだけ見ればこっちの優位は変わらないんだろうけど、ゾンビたちは途切れることなく向かってくるらしい。しかも明け方まで続くこともあるとか。
どの戦場でもそうだけど、向こうは武力以外の攻撃も仕掛けているのだろう。三年近くこれを繰り返しているわけだから、ゾンビだけじゃ制圧できないのは分かっているはずだ。それでも愚直に攻めてきているのは、精神的に追い込もうとしているんだろう。睡眠不足や暗闇での戦闘はストレスが溜まるからそこを突いているわけだ。
「聖騎士団はやっぱり強いな」
「アランから見てもそう思えるのか?」
「不死者に対して強いのは当然だが、普通の相手にだって引けを取らないレベルだ」
アランとカガミさんは今日の戦闘に参加していない。俺と一緒に砦の屋上から戦場を見ている。そもそもついたばかりでいきなり戦闘に入っても邪魔になるだけだとアランの方から言い出したらしい。
それに最近までは戦争をしていた国の軍隊だ。どちらとも縁がある俺はともかく、聖国の人が簡単に許せるわけがない。なので今日は、聖国の戦い方を学ばせてくれとアランが聖国の隊長格に頭を下げたとか。
危なくなったら参戦することも許可を取っているようで、今日は騎士団の千人だけを配置し、二千人は野営地で寝ているそうだ。戦場に来てから数日は寝られなかったという人も多いのだが、黒翼騎士団の騎士たちは速攻で寝たとか。それはそれで頼もしいね。
「しかし、参ったな。俺たちはどちらかというと接近戦が専門だ。弓矢や魔法を使える奴もいることはいるが、そこまで多くない。それに周囲が暗すぎる。もっと光をつくれねぇかな?」
アランはそう言いながら、カガミさんや隊長格の騎士と色々話している。
黒翼騎士団は傭兵とか山賊の集まりだからな。魔法が使えるならそんなことせずとも色々なところへ就職できる。だから黒翼騎士団に魔法使いは少ないし、出来る人はカガミさんが率いている部隊にまとまっている。
聖国の聖騎士団はそもそも聖国でもエリート集団で剣も魔法も使える。直接戦ったときの勝敗は分からないが、この戦場においては聖騎士団よりも黒翼騎士団の方が弱いだろう。
「アラン、灯りに関しては私達の部隊が何とかしましょう」
「カガミの部隊が?」
「はい。東国では広範囲を明るくする魔法があるのでそれを使います」
味方がびっくりするかもしれないので、事前に情報を展開してから実施するそうだ。でも、光球の魔法じゃなくて広範囲を明るくする魔法ってなんだ?
情報が回り、バルバロッサからの許可も出た。カガミさんは部隊の全員にその魔法とやらを教えていたようで、全員が屋上でその準備をしている。
それがようやく終わったのか、カガミさんと部隊の皆が両手を敵陣の上の方に構えた。
「ファイアワークス!」
カガミさん達がそういうと、皆の手から大量の光の玉が敵陣の上空へ向かった。
え? ファイアワークス? 花火ってこと?
そう思った直後に大きな音と共に前世の花火と同じものが見えた。かなり派手なので上空も地上も結構明るい。
ゾンビの大群の奥の方までは暗くて見えなかったけど、これなら全体を見渡せる。戦いにおいて相手がどれだけいるか分からないと言うのは結構なストレスだ。これなら相手があとどれだけいるかもよく分かる。
「スターマイン!」
カガミさんが大量の護符を取り出して空中に放り投げながらそう言うと、今度は護符がいくつもの光の玉になってゾンビたちの頭上へ向かう。
スターマインって花火の種類じゃなくて、連射することをいうんだっけ?
そんなどうでもいい考えをよそに、今度は絶え間なく花火が続く。明るいというだけでも結構な価値があるが、ゾンビたちの一部は連続して破裂する花火をボーっと見上げていて、トールハンマーをくらった時のように止まった。
なんか映画で見たことがあるな。
「この機を逃すな! ありったけの攻撃を叩き込め!」
バルバロッサの大声が聞こえると、聖騎士団の攻撃が加速した。最初とは比較にならないほどの遠距離攻撃がゾンビの大群に襲い掛かる。
目に見える範囲でしかないけど、ゾンビたちが次々と倒されている。全部倒しそうな勢いなんだが。まだ戦闘が始まって三十分も経ってないぞ?
動く者がいなくなったところで、バルバロッサが攻撃の停止を命令する。
いまだにカガミさんのスターマインは続いているが、その灯りの下で動く者はいない。もしかして全滅させた?
周囲からも困惑の声が上がっているが、バルバロッサが待機を命令しつつも、警戒を怠るなと注意を促している。
「カガミィ……神の前で私の見せ場を取りやがったなぁ……怒りで吐きそう……!」
「そんなことしてませんから。そうだ、オリファス様、よろしければさっきの魔法を教えますよ?」
「婚約者がいるような陽キャの施しは受けないって生まれたときから決めてんのよぉ……」
「教わっておいた方がいいんじゃないか? オリファスの魔力ならもっと派手で長時間やれそうな気がする」
「はい、教わります」
どういう理屈なのかは分からないが、花火はゾンビに効果があるようだ。ゾンビの本能に呼びかける何かがあるのかもしれない。理屈はともかく、夜間にアイツらを足止めできるのは、これまでの戦術を大きく変えることができるだろう。
「やばい、俺の嫁が優秀すぎる」
「アラン達はまだ結婚してないだろ」
「指輪を贈ったし、四捨五入したらもう嫁なんだよ」
「あー、はいはい」
「でも、やべぇな。カガミの部隊だけで俺たちがいらない状況になりそうだ……」
「あれが効果的ならここでの戦術も変わってくると思うぞ。接近戦も視野に入れられると思うが」
「……やっぱり俺の嫁は優秀だな!」
隙あらばノロケを入れる男ってどうなんだ? 女性の方は嬉しいだろうけど、周囲の男からは反感を買うことを覚えて欲しいところだ。
それはともかく、これは他の戦場にも教えるべきだろう。ヴァーミリオン軍を追い込むためにも、やれることは何でもやらないとな。
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