第192話 無粋
花火がゾンビに効果的ということが判明した翌日、朝から魔法が使える人達がカガミさんに教えを請いに来ているらしい。アランが嬉しいような、残念なような感じでそう説明してくれた。
ファイアワークスは東国独自の魔法らしいが、基本的に攻撃手段ではなく明るいだけの魅せ魔法で、いかに派手にするか競う為に開発されたという歴史があるとか。
昨日もアランが「灯りがもっと欲しい」と言ったことでカガミさんがやったわけだが、思いのほか不死者たちに効果的であることが判明した。
ゾンビたちは死霊魔法により操られていてる状態ではあるが、生前の本能的な部分が多くの割合を占めている。なので、大きな音や派手な灯りには反応してしまうのではないかという分析だ。
絶対ではないが、あれでかなりのゾンビたちを足止めした。生前のゾンビ映画とは違って噛まれたりしてもゾンビにはならないが、ゾンビに倒されるとゾンビになるのはこの世界のルールだ。基本的に接近戦はよほどの戦力差がないとやらないが、これならやれると考えている人も多い。
また、これらの情報はパンドラたちを通して他の戦場にも伝わっている。さらにパンドラは古代魔法王国にあったお祝い用の花火を使うことも提案して、大量生産体制に入っているという。
カガミさんは帝国にいて不死者との戦いには参加してなかったからな。魔国の山岳地帯にいるバサラたちは東国出身でも鬼だから花火を良く知らなかったみたいだし、テンジクは刀一筋でそういうのに興味がなさそうだ。
三年近くもったいないことをしてしまったかもしれないが、過ぎたことは仕方ない。足止めもそうだが、灯りとしてもかなり使えるので今後は重宝されるだろう。
問題は本能ではなく自分の意思で動ける吸血鬼たちだろう。戦場を照らす灯りがあったとしても夜は夜。弱体化するわけじゃない。ニンニクや十字架が効果的というルールもない。そっちは普通に実力で勝つしかないだろうな。
……?
はて、なんだか騒がしくないか?
そう思ったら、白い鎧を着た兵士が部屋に飛び込んできた。たしかオリファスの部下だ。
「クロス様! 吸血鬼が一人で来ています!」
「一人? 今は昼間っていうか朝だぞ?」
「現在、バルバロッサ様とオリファス様が対応しておりますが、吸血鬼はクロス様を呼んでくれと言ってるそうです!」
俺を名指しか。吸血鬼が一番弱くなる時間、それは夜明け。太陽は太陽でも吸血鬼は朝が一番弱い。舐められたものだが、こんな時間帯でも普通にでいられるなら幹部クラスか?
「吸血鬼の名前は?」
「トレーディと名乗っているそうです」
「分かった、すぐに行く。場所は?」
「屋上です! 案内します!」
「いや、場所は分かる。代わりにアランとカガミさんを屋上に連れて来てくれ」
「はい! 分かりました!」
今日は天気がいい。屋上には日陰になるような場所もないはず。それでも負けない自信があるのだろう。ならここで倒す。カガミさんの結界術で逃がさないようにしてから俺が一対一で倒すべきだろう。
急いで屋上へ移動する。
屋上への階段には兵士たちがいつでも飛び出せるようにしているようだが、俺を見て階段を登れるようにあけてくれた。
一度深呼吸してから屋上へ出る扉を開けると、一瞬目を疑った。そこには長テーブルが置かれ、多くの料理が置かれている。テーブルの先の席には男性が座っていて、優雅にワインを飲んでいた。
バルバロッサとオリファスも屋上にいるが、かなり警戒しているのか、距離を取った状態で構えている。その二人は俺を見てちょっとだけ安心したようだ。
座っている男性は俺の方を見て微笑んだ。
「君がクロスかな?」
「ええ、初めまして。貴方がトレーディ?」
「ああ、初めまして。皆からは鮮血のトレーディと言われているよ。良かったら一緒に食事でもどうかな。朝食としては重いかもしれないが、若い君なら問題あるまい」
UR鮮血のトレーディ。
ダンディなおじ様という感じの中年男性。貴族が着るような高級そうな服で身を固め、一つ一つの動きからして優雅だ。髪型は黒い髪をオールバックにしており、後ろで結んでいる。たしか生前は公爵だったとかゲームのプロフィールに書かれていた。
トレーディの後ろにはメイド服の女性が立っているが吸血鬼だろう。すました顔をしているが、太陽の光に当たり、体から少し煙が出ている。
トレーディは高熱で焼かれるような状況もまったくなく、普通にしている。ヴァーミリオンでも日光には弱いのに、それをものともしないとは、吸血鬼としてはヴァーミリオンより上なのだろうか。
長テーブルの対面に椅子があるので、そこに座った。バルバロッサが少し慌てた感じになったが、問題ないというように手をかざしてバルバロッサを止める。逆にオリファスは全く心配していないようにドヤ顔だ。
「さすがは組織のトップだ。そこの二人は警戒して椅子に座ってくれなかったよ」
「俺は朝食がまだだっただけ」
「そういう余裕があるところが組織の上に立てる人なのだろうね」
それは自己紹介かと言いたい。敵地に来て優雅に食事をしている奴は馬鹿か強者だけだ。とはいえ、本当に食事をしに来たわけでもないはずだ。でもここはいきなり要件を聞くわけにもいかないか。
「今日のおすすめは?」
「鮭のムニエルだね。それに合わせた白ワインも用意しているよ」
「朝から白ワインも悪くないね。このまま今日はいい気分に浸りたいから攻め込まないようにしてくれないかな? 良いワインを飲んだ日に戦うなんて無粋でしょ?」
「確かに無粋だな。分かった。明日のこの時間まで停戦ということにしよう――皆に伝えておいてくれ。後、クロスに料理とワインを」
後ろに控えているメイドにそう言ってからトレーディは微笑む。
メイドは頷いてから空に向かって腕を払うと、一匹のコウモリが飛んでいった。その後、テーブルの上で冷やされていた白ワインを俺の前にある空のグラスに注ぐ。そして亜空間からムニエルを皿ごと俺の前に出した。
その出し方はどうかと思うが美味しそうだ。
しかし、言ってみるもんだね。一日だけでもかなり休めるだろう……いかん、俺は馬鹿か。なんで信じてる。
「その目は疑っているようだね。だが、安心したまえ。こちらも昨夜は相当な被害をうけた。まさかあんな手で侵攻を止めるとは。今は吸血鬼達が対策会議中だよ」
「貴方は参加しなくても良いので?」
「私はそういうタイプではないのでね。この戦いも仕方なく参加しているだけだ。もちろん、負けるつもりはないよ。ただ、やり方が気に入らないというだけだ」
「やり方?」
「大群を使って相手に恐怖を与えるような戦い方は無粋だろう? 勝つためなら何でもするというような戦いなど醜いと言ってもいい」
コイツってこんな感じのキャラだっただろうか。俺、前世でキャラを持ってなかったし、そこまで詳しい性格は知らない。そこにいるメイドの吸血鬼のことは知ってるけど。
「そんなつまらない戦いだったが、昨夜は素晴らしかった。クロスがやったと思ったのだが、別の人物がやったそうだね?」
「ええ、まあ。俺は見てただけですね」
「予想は外れたが、砦にクロスがいたことだけは合っていたようだ。私は運がいい」
「私になにか用でしたか?」
「強者とは戦場で会う前に話をしてみたいと思うものだろう?」
「どちらかというと戦場で会う前に倒しておきたいですけど」
「共感を得られないのは残念だね。だが、君の人となりが分かるのは嬉しいよ」
トレーディはそう言って微笑む。貴族の微笑みほど信用できないものはないが、今のところ敵意は感じない。本当に俺と話がしたいだけなのだろうか。
とりあえず、料理を食べようかな。せっかく出されたものだし。
「これ、いただいても?」
「もちろんだ。そのために用意したのだから、好きなだけ食べてくれたまえ」
「それじゃいただきます。もうお腹ぺこぺこでね」
たとえ敵でもいただきますは言っておかないと。
『一応言っておきますが、その料理には猛毒が使われています』
『ええ?』
『ワインの方にも猛毒が含まれていますね。一分とかからず、あの世行きです』
『もったいないことするなぁ』
『ですが、隠ぺいはされていません。調べればすぐにわかるようになっていますね』
『つまり?』
『見抜けるかどうか試している、でしょうか』
ああ、そういうこと。これくらい見抜けということかな。こういう強者のやり取りって面倒だ。相手に見抜かせるためにわざとこういうことをするなんて、料理がもったいないと思わないのか。
『これ、毒を無効化できるか?』
『料理の毒を無効化するよりも、クロス様を毒無効状態にした方が安いです。金貨一枚で一時間、どんな毒も無効化できます。でも、本当に食べるんですか?』
『もったいないから食べるし飲むよ。それじゃよろしく』
『しました。味は分かりませんが、食べても平気ですよ』
フォークやナイフは外側から、なんてルールは俺には関係ない。適当にフォークとナイフを取ってムニエルを半分くらいに切ってから食べた。お、意外といける。ちょっと苦みがあるのが毒かな。
給仕してくれた吸血鬼のメイドが驚いた表情をしているけど、トレーディは微笑んだままだ。そのトレーディに視線を合わせたまま白ワインを飲んだ。こっちもいけるが、これも苦みがある。
トレーディは微笑んだまま俺を見つめているので、俺も微笑み返す。
「美味しいけど苦みが味の調和を邪魔しているから料理した人に伝えておいて」
「……料理長に伝えておこう。私が睨んだ通り、クロスは素晴らしいね。ヴァーミリオン様が危険視するわけだ」
「照れるからあまり褒めないで」
「いやいや、私の予想を超えた行動だ。それは賞賛に値する。気付くとは思っていたが、まさか食べて平気な上に味の指摘をするとはね」
気付いたのはスキルで俺は関係ないけど、そういうことにしておこう。
「合格だ。本題に入ろう」
「本題とは?」
「今日は宣戦布告をしにきたのだよ」
「宣戦布告?」
「そうだ。次の満月の夜、私はこの砦を攻撃する。私を止めなければ砦は跡形もなくなると思った方がいい」
「ご丁寧にどうも。その日は避難するように言っておくよ」
「賢明だ。君以外がいたとしても巻き込まれて命を落とすだけだからね」
「俺も避難するけど?」
「君はそんなことしないさ。さて、今日ほど楽しい朝食は人生で初めてだったよ。次の満月にまた会おう」
トレーディはそう言うと席から立ち上がり、宙に浮いた。そしてメイドと共に飛び去る。
カガミさんの結界術は間に合わなかったか。でも、それでよかった。あのメイドがいるのはちょっと想定外だったし。トレーディの言動から考えて、次の満月に戦うのは絶対だ。それに負けそうになって逃げるような奴にも見えない。
満月の夜に吸血鬼と戦うのは避けたいが、それまでにちゃんと準備しておけとの配慮でもあるのだろう。期待を掛けられるのは困るが、できるだけ期待に応えられるようにしないとな。
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