第193話 吸血鬼の女王
トレーディが去った後、砦はかなりの騒ぎになった。
メイドもいたが、ほぼ単身で朝に乗り込んできて俺に食事を振舞い、そして何事もなく去っていく。そんなことをされたら騒ぎにならないわけがない。
いつでもこんな砦攻略できるぞと証明したようなものだ。オリファスたちがいるからそう簡単にはいかないだろうが、この砦にある戦力とタメを張れるくらいだとは言える。
ただ、それはトレーディの美学に反することなのだろう。もしくは、他の吸血鬼達のやりたいようにやらせているだけなのかもしれない。そこまでこの戦いに積極的ではないのだろう。
俺のことには反応を示している。俺がいると思ったから来たという旨の発言をしていた。しかも本題に入る前に「合格だ」と言っていたからな。俺が相手として不足はないと確認した上で、宣戦布告をしたわけだ。
満月の夜に来ると言っている以上、俺を甘く見ているわけじゃなさそうだ。あの場でいきなり戦いになったとしても逃げきる自信があったのだろう。ヴァーミリオンもそうだけど、俺に目をつけないで欲しい。
それはともかく、問題はあのメイドの吸血鬼。あれ、どう見てもパトリシアだ。
UR悔恨のパトリシア。
ヴァーミリオンと同じで、生まれたときから吸血鬼だという、吸血鬼の女王。
スキルに確認はしていないけど、紫の髪に紫の瞳は間違いない。トレーディを吸血鬼にした経緯があり、ヴァーミリオンとは戦うこともなければ味方することもない完全な中立派。というよりもトレーディのこと以外に興味がない。
その正体をヴァーミリオンやトレーディは知らない。正確にはトレーディは知っていたけど、長く生き過ぎて記憶が抜け落ちているという設定だったような気がする。この辺りは曖昧だけど。
ヴァーミリオンの未来予知にも引っかからないということは、永遠にそれを言うことはなかったということか。ヴァーミリオン軍の幹部なのはトレーディだけで、パトリシアは関係ないから未来を見ていないという可能性もあるけど。
問題は俺がトレーディを倒した後だ。パトリシアは恐らく襲ってくるだろうな。たしかトレーディを愛しているとかそんな設定だったはずだ。トレーディは亡くなった妻と娘さんを今も愛していて、パトリシアの想いには応えられないとかなんとか。
二つ名の「悔恨」はトレーディを吸血鬼にしたことか、それとも人間を愛したことか。そんな内容が攻略サイトの考察で書かれていて盛り上がっていた覚えがある。
パトリシアはゲームだとメイドの姿じゃない。紫色のドレスを着た妖艶な女性だ。なんでメイドとして仕えているんだろう。
満月まで十日以上あるとはいえ、今からどうにかなるだろうか。トレーディの性格上、一対一の戦いにはなるだろうが楽に勝てるわけがない。その後にパトリシアと戦って勝てるか?
……色々考えたけど無理だな。同じ吸血鬼の王でもヴァーミリオンと同等ではない。でも、強いのは間違いない。太陽の光でダメージを受けていた感じだから、昼間ならまだしも満月の夜で連戦したら確実に負ける。
いかん、詰んでる。ここはオリファスたちに頼むしかないか。さすがに二連戦はきついというか無理。上手く言いくるめて戦いは後日、もしくは永遠に戦わないという状況がベストなんだけど。
パトリシアはヴァーミリオンと友好的ではない。それはこっちに有利な話なんだけど、トレーディを倒したら確実に俺が嫌われるから不利なんだよな。
そんなことを悩んでいたら、オリファスとバルバロッサが俺を呼んでいると兵士が伝えに来てくれた。
すぐに会議室へ向かう。
俺以外はすでに揃っているようで、円卓を囲むように皆が座っている。オリファス、バルバロッサ、スコールさん、アランの四人だ。カガミさんはいない。
すぐに空いている椅子に座ると、バルバロッサが頷いた。
「クロス殿、体に問題はないか?」
「え? ああ、大丈夫ですよ。猛毒くらいじゃ死にませんから」
「……見た限り大丈夫そうだな。しかし、あの料理を本当に食べるのか?」
「ムニエルと白ワイン以外に毒は入っていませんから大丈夫ですよ」
トレーディが用意した料理はそのまま破棄すると言う話になったのだが、もったいないから俺が貰うことにした。猛毒があるのはムニエルと白ワインだけ。
もっと言うと、給仕をしたパトリシアが俺に提供する直前に毒をしこんだらしい。その前から用意されていた料理には毒は一切ないし、ワインの瓶の中にも毒はない。さすがに他の人が食べるのは抵抗あるだろうから、俺が食べる。
「ヒヒヒ、神を毒で殺せるわけがないんだよぉ……!」
「いやぁ、神をも殺せる毒を作ってみたいね! クロス君、ちょっと実験を――」
「えっと、何の会議ですか?」
オリファスとスコールさんの話は放っておいて先に進める。この二人に付き合っていると会議の時間が三倍近くかかりそうだ。
「情報の共有をしておこう。その後、今後の対策だ。オリファス様、それでいいですか?」
「あー、私の許可はいらないから、バルバロッサのやりたいようにやって……そういうのは考えただけでも死にそう……」
「分かりました」
バルバロッサはそう言って現在分かっている情報を報告していく。だれかにやらせるのではなく、自分でやるとは。オリファスが率いている軍だけど、実質的にはバルバロッサが将軍的な位置なんだけどな。
それはそれとして、昨夜の花火がゾンビたちに効果的であることが判明したので、魔法を使える者にはその術式が展開されているとのこと。
また、陰陽術で使う札は誰でも使えるということで、カガミさんが花火の魔法が込められた札を大量に作っている。とはいえ、手書きなので一日でもそこまで作れないらしいが、準備だけはしておくとのことだ。
この辺りはトレーディに会う前――夜明け前にアランにちょっと聞いたな。
「ここまではいいとして問題は今日やってきたトレーディだ。クロス殿、あの者が言っていたことは信用できるのだろうか」
「信用できると思います。印象でしかありませんが。逆にバルバロッサさんはトレーディをどう思いました?」
「余裕を感じられたな。こちらを見下しているという感じはなかったが、敵になるのはクロス殿だけという想いが透けて見えた。私やオリファス様に関してはたいして興味がなかったように思える」
「堂々と椅子に座ればまた違ったと思いますよ。あとは料理を食べれば」
「座るのはともかく、猛毒を食べたら普通に死ぬからな?」
そりゃそうだ。俺だってスキルがなければあんな堂々とした行動はとらない。安全マージンがあるから余裕を見せられるだけであって、スキルがなければ俺だって座らない……いかん、座ったのが間違いか?
「とにかく、トレーディには自分なりの美学があると思います。ただ単に倒すだけなら、この三年間で何度もチャンスがあったはず。やらなかったのは俺を待っていたんでしょう。敵になりそうな俺を試して、お眼鏡にかなったという感じですね。それらを考えると、嘘をついてまでこちらの裏をかくような真似はしないかと」
舐められていると言われたらその通りだが、つまらない戦いをしたくないと言うのが本音なのだろう。
「次の満月にクロス殿とトレーディの戦いになるのは間違いなさそうだな」
「そうなる可能性が高いですね。ちなみにその日は全員、砦から離れていた方がいいと思います」
砦がボロボロになるとは思わないけど、周囲に気を使わない状況にしてもらった方が集中できる。
「分かった。だが、勝てるか?」
「勝つしかないです。ですので、次の満月までに色々と対策をしなくてはなりません。それに手を貸してください。あと、あのメイドなんですけど――」
メイドの正体を知って皆が絶句したけど、手を貸すことには同意してくれた。
さすがにあと十日程度で強くなるのは無理がある。だが、人の知恵は頑張ればいくらでも出るはず。満月の夜という指定をしてきたのだから、こっちだって有利になるような対策はできるはずだ。パトリシアとの戦いもあるだろうから、しっかり準備しておかないとな。
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