第194話 似た者同士

 トレーディと会ってから十日とちょっと経過した。明日の夜が満月となることは分かっているので、今は今日の夜の戦いと明日の避難の準備で、いつもより慌ただしくなっている。


 初めて会った日はトレーディが言ったようにゾンビたちは襲ってこなかった。当然警戒をしつつ砦の防衛をしていたが、襲ってこなかったので、相手は敵だとしても約束を守る人物だという評価になっている。


 そのこともあって、明日襲ってくるのは間違いないと入念な準備をしている状況だ。向こうが望んでいたわけではないが、俺以外は避難していた方がいいと言っていたので、それを信じる形だ。


 俺としても余計な気をまわしたくないから避難してくれと皆に頼んだ。俺のことを知らない人の方が多いが、オリファスが俺を信用しているし、女王コルネリアからの指示もあったようで、俺の要望を聞き入れてもらえた。


 そして俺の方は色々と準備をしたが、トレーディはともかく、パトリシアの方は対策ができなかった。最終的にオリファス、バルバロッサ、アラン、カガミさんと共に戦うしかないという結論だ。スキルによる転移で皆のいる場所へ逃げ、改めて倒すしかない。


 悲しいけど仕方ないね。幹部一人を倒せたとしても、その後にヴァーミリオンと同格の相手をしろと言われてもそれは無理だ。たとえパトリシアがサポート系のキャラだとしても、そのステータスは化け物。下手をしたら一瞬で胴に穴が開く。


 できれば戦う前にトレーディに約束を取り付けたいところだ。俺がトレーディに勝ったとしても、パトリシアが俺を攻撃しないように約束させるとか。


 気になるのはトレーディがパトリシアを吸血鬼の女王だと認識しているかどうかだ。俺が言ってもいいかどうかよくわからん。ゲームだと、キャラを持っている場合にサイドストーリーで見れたはずだが、どうなるか知らないんだよな。


 さて、どうしたものかと考えていたら、いきなり騒がしくなり、若い兵士が俺の部屋に飛び込んできた。息を切らしているので急いで来たのは分かるんだけど、何があったんだろう。


「クロス様!」

「何かトラブル?」

「前にトレーディと一緒にいたメイドが一人で砦の屋上に来ています!」

「ええ?」

「トレーディからクロス様へ伝言があるので呼んで欲しいと言っていますが、どうされますか?」

「行くよ。俺は一人で行けるから、君は皆に絶対に攻撃しないように連絡して。特にオリファス」

「承知しました!」


 パトリシアが一人でここに?

 用事としてはトレーディからの伝言か。何を伝えに来たんだろう?

 まあ、行けば分かる。急いで屋上へ向かおう。


 部屋を出て階段を上り、屋上への扉を開けると、夕日に照らされたパトリシアが立っていた。


 日の光で肌から煙が出ているようだが、普通の吸血鬼のように燃えたり爛れたりはしていない。綺麗な白い肌はそのままだ。超回復をしているのだろう。


 パトリシアは俺に気付くと、両手を腹の前で合わせてから丁寧にお辞儀をした。兵士たちが遠巻きに取り囲んでいる状態だが、俺が声をかけて屋上から離れるように伝えると全員が下がった。


「お久しぶりです、クロス様」

「ええ、十日ちょっとぶりですね。トレーディから伝言があると聞いたのですが」

「はい、トレーディ様からのお言葉を伝えに参りました。明日の夜、午前零時にここで会いたいとのことです」


 明日の夜ということは予定通り満月の日の午前零時ということか、約一日後だな。

 

「それだけですか? 他にはありますか?」

「ございます。準備が必要だろうから、今日と明日は不死者たちに無粋な真似はさないので、ゆっくり休んで欲しいとのことです」

「なるほど。以上ですか?」

「はい、トレーディ様からの伝言は以上です」

「わかりました。では、私の方からは、最高のもてなしを用意しておく、とお伝えください」


 パトリシアは特に表情を変えないが、俺の方を見つめている。ただ、その目には喜びが見えた気がする。これはトレーディと何かを約束するよりも、パトリシアと話をした方がいいかもしれない。


「必ずトレーディ様に伝えます。では――」

「少しいいですか?」

「なんでしょうか?」

「話をしたいのですが、お時間はありますか?」

「話……? トレーディ様へお伝えしたいことがまだあると?」

「いえ、貴方と話がしたいのです」

「私と? ですが、私はトレーディ様に使えるメイドでしかないのですが――」

「メイドとしてではなく、吸血鬼の女王パトリシアさんと話がしたいのですが」


 俺が正体と名前を知っていたことに驚いたのだろう。毒を入れた料理やワインを飲み食いした時と同じくらい驚いた表情をしている。


「テーブルと椅子を用意します。前回もてなしてくださったお礼にいかがですか?」


 驚いてはいるようだが殺気はない。興味は引けたとは思う。これが吉とでるか凶とでるかは分からないが、このままトレーディに勝利しても危険な気がする。


 それにトレーディは俺との戦いを希望している。ここでパトリシアを怒らせたところで、俺を攻撃するようなことはしないだろう。自分よりもトレーディのことを優先するはずだ。


「分かりました。実をいうと私もクロス様には興味がありましたので」


 パトリシアはそう言うと先ほどの雰囲気から一変、見た目は何も変わらないのに、ひれ伏したくなるような威圧を感じる。これが吸血鬼の女王か。強大な力を持ちながら特に何をすることもなく、ただ、存在するだけの女王。同じ女王でもコルネリアとはまた違った感じだ。


 いかんいかん。それに怯えているようじゃパトリシアは話をすぐに打ち切るだろう。トレーディの時のように余裕を見せていないとすぐに飽きられる。はったりでも強気でいないと……最近、俺、こんなんばっかだな。


 亜空間から丸テーブルと椅子を取り出した。メイガスさんたちと調べたエル・ドラードで見つけた家具で、それなりに高級感はある。売ろうと思ったけど機会がなくてそのままだ。亜空間の肥やしだったが、役に立ってよかった。


 次にワインとグラスを取り出す。この酒とグラスもエル・ドラードで見つけたものだ。相当前のワインだが、状態保存の魔法が掛かっているのか、いまだに賞味期限は問題ないとのことだ。これも売ろうと思ってたけど、もったいなくて売らなかった。


「私の好きな銘柄です。しかも当たり年。まだ残っていたのですね」

「よろしければトレーディにも持っていきますか?」

「大変嬉しいご提案です。ありがたくいただきます」


 思のほか好評だ。でも、これ、古代魔法王国が健在のころに作られたものだぞ。まさかパトリシアってヴァーミリオンよりも長命なのか?


 それはともかく、一本は開けよう。ワインは飲む前に色々とあるからよく分からないんだけど、そのあたりはどうでもいいよな。空気に触れさせるとかで味が変わるらしいけど、そういう飲み方は良く知らない。


 コルクを素手で開けて、グラスに注ぐ。ルビーのような赤というか、透き通った赤のワイン。香りからして上品という感じはするが、普段ワインは飲まないから俺の気のせいかも。


 パトリシアと俺はワインが注がれたグラスを手に取った。


「何かに乾杯しましょうか?」

「では、クロス様とトレーディ様の出会いに乾杯を」

「私とパトリシアさんじゃないのですね?」

「まさか口説こうとされているのですか?」

「ヴァーミリオンを倒すのに協力してくれるなら、いくらでも口説きたいですね」


 直球過ぎるか?

 でも、パトリシアがヴァーミリオンをどう思っているのかを聞いておきたい。


「私にとってはどうでもいいことなので協力することはありません」


 完全な否定。本気でどうでもいいのだろう。トレーディがヴァーミリオン配下の幹部だとしてもパトリシアには関係ないことがこれで分かった。やっぱり、パトリシアはトレーディにしか興味がない。


「残念ですが仕方ないですね。では俺とトレーディの出会いに乾杯を」

「ええ、乾杯」


 グラスをほんの少しだけ当てて、音を鳴らす。その後、一口だけワインを飲んだ。特に何もしていない素の状態だが、それでも美味しいと感じられる。ちゃんとした人が注いだらもっと美味いんだろうな。


 パトリシアも同じ感想なのか、少しだけ微笑んだ感じになった。


「美味しいです。昔を思い出せる懐かしい味。久々に心が揺さぶられました」

「それは良かった。もてなしのお返しとしては十分ですかね?」

「もちろんです。むしろおつりが必要なくらいです」

「ならそのおつり分、話しをさせてもらっても?」

「素晴らしいお土産もいただけましたし、どんな話でもさせていただきます」


 それは良かった。でも、強者ほど気まぐれだ。傍若無人に振る舞えるのだから当然だよな。慎重に、でも大胆に聞いていく必要があるだろう。


「パトリシアさんはなぜメイドをしているのですか?」

「メイドだからです」


 パンドラみたいなこと言いだした。メイドって皆こうなのだろうか。


「言い換えます。吸血鬼の女王がなぜメイドをしているのですか?」

「メイドをしてはいけない理由があるのですか?」

「不思議には思いますね」

「なぜ?」

「力があるのにそれに見合わない行動だからです」

「それは貴方も同じでは?」

「え?」

「神に最も近い残滓を持ちながら、いままで特に何もしていなかったでしょう? 少し前までは魔族でありながら冒険者をしていたようですが」


 向こうも俺のことを知っているわけだ。どこまで知っているかは不明だが。でも、そうか、俺も同じか。


「そう言われるとそうですね。自分の場合は平凡な人生を送りたいので力を隠して生きていただけです。今回は成り行きで色々とばれましたが」

「私も似たようなものです。力が欲しかったわけでもないのに、吸血鬼の王として生まれた。力を振るうことなく普通に生きていたのですが、成り行きでこうなっただけです」


 なんだろう。かなり親近感がわいた。


「ですが、愛する人の力になれたことは感謝しています。未来は分かりませんが、今はそのために私の力があったのだと思っています」

「そうですか。いえ、事情というか状況は分かりました。その気持ちは分かります」

「どうやらクロス様と私は似た者同士のようですね」

「そのようです」

「その誼で一つ頼みたいことがあります」

「なんでしょう?」


 パトリシアはワインをもう一口飲んでから俺を見つめる。


「トレーディは死を望んでいます。私にはできないので、代わりに彼を殺してあげてください」

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