第161話 ヒヒイロカネ製の武器
防御膜で溶けることはなかったし、服に血が付くようなこともなかった。嗅覚も無効化していたので平気だったが、無効化が終わったらものすごく生臭かった。
水で洗い流せばいいらしいが、こんな洞窟の中に水なんかない。それにヤマタノオロチの中からヒヒイロカネを取り出す必要がある。仕方ないので俺が解体することにした。
そもそも戦闘じゃほとんど役に立たなかったし、すでに血だらけだし、俺がやるのが一番いいだろう。ただ、解体用のナイフはあってもヤマタノオロチの外側から切れるほどの性能はない。絶対にナイフの方が折れる。
「誰か解体用のナイフ持ってないかな? できるだけ切れ味がいい奴」
「俺が作った小刀を使ってくれ。これならオロチの皮も切れるはずだ」
コクウから小刀を受け取る。雪を思わせるような白い刀身ってすごいな。これを血で汚す方がちょっと抵抗がある。
とはいえ、こんなでかいヤマタノオロチを亜空間に入れて持っていくことはできない。メイガスさんならやれそうだけど、今のメンバーじゃどう考えても無理だ。覚悟を決めて解体しよう。
オロチの体に小刀を当てる。そしてスッと動かした。
信じられないほど滑らかに皮を裂いた。これで攻撃した方がもっと早く決着がついたのではないかと思えるほどだ。それはいいとしてこれならすぐにヒヒイロカネを見つけることができるだろう。どのあたりにあるかは分からないが、さっそく解体だ。
三十分ほどでヤマタノオロチの体内からヒヒイロカネを見つけた。なんというか薄く光っている白い鉱石だ。スキルの話ではヤマタノオロチの体内でその魔力を食いながら錬成される物らしい。
このヤマタノオロチがそこそこ長生きだったので作られたヒヒイロカネも相当な量になっているとのこと。これなら神刀を安く直せるし、ヴォルトたちの依頼も達成間違いなしとのことだ。
そして金属ということもあって、スキルが取り込めば金貨換算も可能とのことだ。現時点でも金貨十億枚くらいの価値はあるとか。
ヴォルトの依頼を破棄させて取り込もうかとちょっと思ってしまったが、それはそれでヴォルトやサンディアの評判を下げることになる。まだリミットまで二年近くあるし、目先の利益に飛びつくのはよろしくない。
とりあえずここでの仕事は終わりだ。早く帰って温泉にでも入りたい。皆は何も言わないけど、俺の近くに寄ってこないし、相当匂うのだろう。
「それじゃ帰ろうか。早く風呂に入ってさっぱりしたいよ」
「おう、おつかれ。でもちょっと待ってくれ。オロチの素材はできるだけ持って帰りてぇ。牙とか結構な値段になりそうだし、肉も美味そうじゃねぇか?」
「そうだよねー、蛇って美味しいもんね!」
「妹ちゃん! 女の子は蛇なんて食べないの!」
「ええ? 何でも食べないと生きていけないよ? 好き嫌いは良くないってば」
「好き嫌いの範疇を超えてるの!」
ヴォルトとサンディアはスラム育ちだからな。多少は体にやばそうな物でも食べないと生き残れないんだから仕方ない。ワイルドすぎるけど。
食べるかどうかはともかく確かに素材としては価値がありそうだ。蛇の皮で出来たカバンとか、蛇の血は錬金術に仕えるとか色々用途はある。ならできるだけ持ち帰りたい。
「さすがにこれだけのものを持ち帰ることはできまい。村の鬼たちに頼んで回収してもらうようにしよう。急いで戻ればすぐに来てもらえるはずだ」
コクウの提案に皆が乗った。ただ、洞窟の中が熱いということで腐敗も早くなるとのことだ。つまり肉や血の部分は大半を諦めるということになった。こんなことなら解体専門と持ち運び専門の鬼を頼んでおくべきだったな。
一応お金を使えばスキルが何とかしてくれるだろうが、使用するお金と得られる利益から考えてやらない方がいいとのことだ。世知辛いね。
なんだかんだあったが、ようやく鍛冶場である「クロガネ」まで戻ってきた。
コクウの指示ですぐに鬼たちがヤマタノオロチの亡骸を回収に行った。どれだけ持ち帰ることができるかは分からないが、多少は持ち帰ることができるだろう。
そして俺はすぐさま風呂だ。
ここでも俺は皆から奇異の目で見られたが、仕方あるまい。体や服にこびりついていないとはいえ、血だらけだし。多少は飲み水や水の魔法で流したけどそれでも目立つし匂いが酷いからな。
温泉を使うときも番頭さんに嫌そうな顔をされたが、コクウがとりなしてくれた。それにヤマタノオロチを解体した結果という理由が分かると貸し切り状態にしてくれたほどだ。
そんなわけで念入りに体を洗った。服は洗濯中だが、魔法で乾燥させることができるから上がればすぐに着ることができるだろう。後はゆっくりお湯につかろう。
エルセンの温泉もいいが、ここの露天風呂もいいね。近くに火山があるからなのか、それを水で薄めつつ風呂にしているとか。江戸っ子じゃないが、熱い風呂は結構好きだ。魔族だから熱さに耐性でもあるのかね。
「クロス、こんなときになんだが、本当にヒヒイロカネで神刀が直せるのか?」
「コクウが心配なのは分かるけど俺のスキルは教えたろ。金さえあればなんでもできるんだよ」
同じように風呂に入っているコクウはそれを聞いても少し心配そうだ。ホクトさんが絡んでいることでもあるから余計に心配なのだろう。だが、俺にはスキルがある。
正確には刀を元に戻してからそこにスキルが神の残滓を注入するそうだ。そのままだとまた聖剣に折られる可能性があるので、対処はするらしいが、何をするのかは分かっていない。
残滓を注入することでスキルの力が減るのかという問いに関しては「そんなことはありません」だった。残滓の量的なエネルギーは減るが、それと願いを叶える力はまた別物らしい。
『簡単に言えば、天使や悪魔の力を神刀の力に変換するだけです。私の総量は減りますが、神刀くらいなら微々たるものですよ』
詳しくは分からないが、大丈夫なのだろう。そのあたりの仕組みを一応聞いたが、よく分からなかった。まあ、風呂からあがったら対応するつもりだ。
今は余計なことを考えずに風呂につかりたい。オロチの中に飲み込まれるとかお金惜しさにやったけど二度とやりたくない。あの感触を忘れるためにも風呂の気持ちよさで上書きしないと。
「ところで神刀が直ったらクロスはどうするんだ?」
「今のところ俺に来て欲しいって連絡はないから、俺の方から色々行ってみるつもりだよ。それに俺自身がもっと強くならないといけないから、武者修行の旅、かな」
お金の面に関しては問題ないと思う。メリルやメイガスさん達、それにヴォルト達が稼いでくれるだろう。なので、アウロラさんを助けた後のことも考えて、今の内から各地の戦況を確認しておきたい。俺に遠慮して問題ないようにしている可能性もあるからな。それに各地にある神の残滓とかも吸収しておきたい。
「ならクロス、魔国の北、バサラたちがいる場所へ行ってくれないか?」
「それは構わないけど何かあるのか?」
「俺が作った武器を届けて欲しい。アイツらは扱いが雑だからすぐ壊すんだ」
扱いが雑か。簡単に想像できるのがアレだな。だが、すぐに壊れるか……。
「コクウはヒヒイロカネを扱えるか?」
「何?」
「いや、ヒヒイロカネ製の武器ならそう簡単には壊れないだろ? さすがに全員にはいきわたらないが、バサラとかカゲツとか幹部クラスがそういう武器を持っているといいかなと思ったんだが」
ゲームでも専用装備とかあったからな。ヒヒイロカネ製の専用装備って誰かが使えたはずなんだけど思い出せん。それはそれとして、前線で戦うような奴らが強い武器を持っていると周りの士気も上がるはずだ。
金貨十億枚分の金属なので正直惜しいが、お金のあてはある。なら、ここいらで前線で戦っている皆に何かしてやりたい。
コクウは風呂の水面を見ながら考えこんでいたようだが、顔を上げると真剣な目で俺を見た。
「ヒヒイロカネを扱ったことはない」
「……そうだった。伝説の金属だもんな」
「だが、必ず扱えるようになって見せる。なのでしばらく東国に滞在してくれ。作った武器をバサラたちに渡して欲しい」
「それはいいけど、無理はするなよ?」
「大丈夫だ。一週間くらい寝なければ何とかなる」
「それは大丈夫じゃない」
ブラック企業よりも真っ黒だよ。しかもそれで何とかなるのかよ。でも、なんとなく気持ちは分かるかも。たぶん、コクウは親父さんを超えたいとかそんな考えがあるんだろう。
ここはその熱意に期待してみるか。とはいえ、一週間寝ないは駄目だ。この辺りはホクトさんに言いつけよう。
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