第117話 満月の夜
白く長い髪、整った顔に血のような深紅の目、一目で分かる高級生地のシャツを胸元が開くように無造作に着て黒い革のズボンをはいている。女性はもとより男性も心を奪われるほどの中性的な見た目だが、気を許せばいつの間にか死んでいると言われるほどの吸血鬼、ヴァーミリオン。
そんな死の象徴ともいえる奴が目の前にいる。
しかも空には満月が輝き、無駄に幻想的だ。
恐ろしいものになぜか惹かれるという気持ちがよく分かる。
でも、落ち着け。
これこそがヴァーミリオンだ。一瞬でも気を抜けば死ぬ。
俺に挨拶をしたようだが、それよりも状況確認だ。
『なんで夜になった? これが神の残滓の力なのか?』
『サービスで教えますが、夜になったのはアギが神の残滓の力を使ったからです。夜とは言っても疑似的な夜であって、今は昼間ですが一時間程度はこのままでしょう』
『疑似的な夜か』
これがアギが余裕だった理由だろう。
こんなことができるなんて初めて知ったが、ヴァーミリオンは知ってたんだな。
アギがこれを使うまでヴァーミリオンはどこかに潜んでいた。
そして使った直後に殺すことを計画していたんだろう。
自分がその恩恵を受けるために。
倒れたアギを見る。
胸に穴が開いており、その血が砂漠に吸われている。
本来なら強力な再生能力で死なないが、あの時は変化の途中だった。
それに弱体化させていたし、心臓を貫かれたのなら死んだ可能性が高い。
「無視かい? 友人だとは言わないが、知らない仲でもないだろう?」
「ああ、すまん。いきなりのことで言葉を失ったよ。そっちは元気だった?」
「もちろんさ。生まれてこの方、病気をしたこともない」
吸血鬼のジョークかよ。
だが、どうしたものか。
夜にアギには勝てないし、ヴァーミリオンのこともあるから昼に戦っていた。
それなのに満月の夜にヴァーミリオンと対峙している。
詰んでるってことだ。
『分かっているなら逃げてください。残りの金を全部使えばなんとか逃げられます』
『……他の人はどうなる?』
『答えは分かっているでしょう?』
『なら俺がどうするかも分かっているよな?』
一時間あればこの場にいるヴォルトたちを含めて全員を殺せるはずだ。
でも、この状況で戦うのは……。
なんとか時間を引き延ばしつつ逃げる算段を考えないと。
皆を転移させれば何とかなるか?
「さて、クロス、こんなところまで来たのは話があるからだ」
「話?」
「魔王代理を目指すのを止めないか?」
「理由を聞かせてもらっても?」
「私はクロスと争いたくないのだよ。私の方も君が生きている限り、大人しくしていると約束しよう。どうだい?」
「ずいぶんと俺を買ってくれてるんだな? ここで殺すことも可能だろうに」
「神の残滓を持つ者をそう簡単に殺せるとは思っていないよ」
「お前……」
「しかもこの世界に残された残滓の中でも最上級に危険なもの。できれば関わりたくないね。もちろん残滓だけではなく、君自身にもね。君は影響力が大きすぎる」
この野郎。俺のことはともかく、残滓についてどこまで情報を持ってる?
「しかし、不思議だね」
「……なにが?」
「クロスとアウロラ様、二人とも辺境で静かに暮らすと思っていたのだが、まさか魔王代理の戦争に参加してくるとは」
アウロラさんが一歩前に出た。
「私が無理を言って頼みました」
「アウロラ様も久しぶりですね。貴方がクロスに頼るのは分かっていましたが、それをクロスが了承するとは思っていなかったのですよ」
「了承なんて取っていません。無理矢理巻き込んでいるんです」
「それはそうなのでしょうが、クロスに四天王と戦えるほどの力はなかったはず。クロスにそういう気持ちがあったとしても実際にはできなかった……はずなのですが、何をしたのです?」
なんだ? 俺に四天王と戦えるほどの力はない?
なんのことを言ってるんだろう?
アウロラさんも目を細めて何を言っているのか見極めようとしている。
「どうやらアウロラ様でもないようだ。となると別の介入があるのか……」
「さっきから何を言ってるんだ? 予想と外れたくらいで悩むことなのか?」
「予想? ああ、そうか、違うよクロス。私が言ってるのは完全な未来だ」
「完全な未来?」
「私の神の残滓と言えば理解できるかい? 私はね、完全な未来が見える。もちろん、見た未来を元に私が別の行動をおこせば未来も変わる。そうやって生きてきたのだが、最近、その未来が変わってしまってね」
薄々そう思っていたけど、ヴァーミリオンも神の残滓を持っているのか。
でも、なんで持っていることをばらした……?
いや、ばらしたところでどうでもいいのか。
未来が見えない者には対処のしようがない。
でも、未来が変わった?
「私が介入していないのに未来が変わる。そんなことをできるのは同じように未来が見える者しかいないのだが……クロスは未来を見れないんだね?」
確かに見れないが、なんて答えるべきだ?
いや、その前に確認しないと。
『金さえ払えば未来のことも教えてくれるのか?』
『そんなことよりも早く逃げてください。クロス様だけならすぐにでも転移で砂漠から出られます』
『皆を残して逃げるわけないだろ』
『それで死ぬことになってもですか?』
『そん時はそん時だ。俺よりも皆を逃がすことを考えてくれ』
次の転生に期待だな。もうないかもしれないけど。
それよりも皆の安全だ。
一時間経てばこの夜は解除される。
その時間だけ耐えるなり逃げるなりすればヴァーミリオンも……いや、待てよ?
『この夜を解除することはできるか?』
『……金貨二千万枚ほどかかりますが』
『嫌なのか? それともしない方がいいのか?』
『ヴァーミリオンはクロス様が魔王代理を目指さないのなら生きている限り何もしないと言っています。平凡な人生を送る最後のチャンスかもしれません』
『なんでそんなことを言うんだ?』
『私はクロス様の望みを叶えるためにいます。ここでヴァーミリオンと戦ったところでクロス様の願いが叶うとは限りません』
『……それって前に言ってたことか?』
諦めも大事とかそんなことを言っていた。
苦労したところで思い通りにはならないとか。
『どうなるかは私にも分かりません。ただ、解除するなら約束してください』
『なにを?』
『やるならここでヴァーミリオンを確実に殺すことです。生かしておいていいことはなにもありません』
『アギの状況を見ると確かにその通りだな。残忍ではないが情もない。気に入らないってだけで誰でも殺しそうだ』
『いいですね? 何があろうともヴァーミリオンを殺す。約束を』
『……そのつもりだけど状況による』
『……それがクロス様ですよね。分かりました。夜を解除します。ですが、それはこちらが有利になったとき。今のヴァーミリオンに一撃でいいので聖槍による攻撃をなんとか入れてください。その後は私がやります。どうやら皆さんも集まってきたようですので、チャンスはあるはずです』
いつの間にか周囲にはヴォルトたちが集まっていた。
ただ、全員がヴァーミリオンの強さを分かるんだろう。
かなり緊張しているように見える。
「さて、クロス、未来が見えるかどうかはもういい。それよりも答えを聞こう。君が魔王代理を目指さないなら私は君が死ぬまで大人しくしている。その提案を受けるのか、それとも受けないのか、どっちだい?」
「その前に教えてくれるか?」
「なんでも聞いてくれ」
「俺が死んだあとはどうするつもりなんだ?」
「君になら分かると思うが、神の残滓を全て集める。時間はかかるだろうがね」
「残りの残滓……?」
「そう。そして私が新しい神となって新しい世界を創り直す。神の残滓にはそれをするだけの力がある」
「……ああ、そういう。意外とつまらないことをするんだな」
「短命の者にとってはそうだろう。だが、死の恐怖もなく生きる者にとってはもうその程度しかすることがないのだよ。そして、それをするために邪魔な者が三人いる」
何となくわかるが、一応確認しておくか。
「一人は俺か?」
「その通り。神の残滓を持っているので奪いたいところだが、今の時点で手を出すのはこちらの命が危ない。なので次の機会を待とうと思っているよ」
「ならもう二人は?」
「一人はもちろん魔王。君なら知っていると思うが、魔王はバランサーと呼ばれる神が遺した兵器だ。世界の秩序を守る存在だが、私がしようとすることを決して許さないだろう」
ヴァーミリオンの奴はどこまで知ってるんだ?
だが、顔に出しちゃだめだ。当然という形で話をすすめないと。
「もう一人について聞いても?」
「アウロラ様だ。唯一とは言わないが、私を殺せる人物だからね」
「私ですか」
アウロラさんは冷静な表情でヴァーミリオンを見ている。
いつでも攻撃できるように構えているようだ。
「アウロラ様一人なら私でも対処が可能だが、アウロラ様を殺せばクロスが怒る。私としてもそれは避けたい」
「私が死ぬとクロスさんが怒る?」
「少なくとも私が見た未来ではそうでしたね。そして私はクロスに殺され、未来がなくなった。それを避けるために追放という形にしたのですが、なぜかこんな形になってしまった。私が見た未来をここまで変えるとは一体何が介入したのか……それだけが不思議でなりませんね」
介入したとなれば俺が持っている課金スキルしかないはず。
『何をしたんだ?』
『何もしていません。ヴァーミリオンの勘違いでしょう。未来は知った時点で変わるものです。避けようと思って避けられるようなモノではありません』
……嘘をつくとも思えないな。
いや、待て。ヴァーミリオンの奴、未来が見えるのにここに来たということは安全だと分かっているのか?
『それはないですね。未来を見るなら相当な代償を払っているはず。おそらくですが、ヴァーミリオンはもう自分や私達に関する未来を見ることができないはずです』
『なぜ?』
『代償が大きすぎるのですよ。とくに私のような神の残滓が絡んでいる未来を見るなら、相応の代償が必要です』
『ならなんでここに?』
『向こうも賭けなのでしょう』
賭け。向こうも俺を――俺の神の残滓を恐れている。
なら今、一人でいるこの時がチャンスか?
「さて、そろそろ答えを聞いていいかい?」
「……お前が平和な世界を創るというなら諦めても良かったんだけどな」
「なるほど。なら魔王代理を目指すのはそのままか。平和なんていつまでも続くわけじゃない。どんなに平和な世界を創ってもすぐに争いは始まる。それはこれまでの歴史で知っているだろう?」
「そうだな。でも、俺が生きている間だけ平和じゃ死んでも死にきれないだろ?」
「短命の者の考え方はよく分からないね。死んだ後のことまで考えるとは……だが、気持ちは分かった。関わりたくなかったが、未来のためにこの場で死んでもらおう」
ヴァーミリオンの両手の爪が赤くなり伸びる。
そしてラフな恰好が禍々しい黒い貴族が着るような服に変わっていく。
魔力が増大し、赤黒いオーラが全身を包み込んだ。
次の瞬間、胸の近くにヴァーミリオンの赤い爪が刺さっていた。
それを認識してから痛みでうめき声がでる。
ほとんど偶然だが、聖槍が目の前にあって致命傷を免れたようだ。
でも、全然動きが見えなかったぞ。
コイツ、何をした?
「私に勝てると思っているのか、クロス?」
「俺に勝てると思ってなかったから避けてたんだろ?」
余裕を見せろ。
今は俺だけじゃない。皆がいる。組織のボスとして余裕を見せておかないと。
身体強化を再起動。
聖槍でヴァーミリオンを押し戻してからさらに突き刺しによる追撃。
だが、そこにヴァーミリオンはいない。
くそ、思考速度を上げているのに相手の動きが全く見えない。
『瞬間移動です。ですが、連続ではできないはず。なんとか一撃入れてください』
『そういうことか。でも、分かった、頼むぞ』
いつの間にか遠くにいたヴァーミリオン。そこにヴォルトたちが襲い掛かる。
さすがに俺とは違って戦闘技術がある皆はヴァーミリオンと戦えている。
でも、戦えているだけだ。
ヴァーミリオンは涼しい顔でその攻撃を細い爪だけで受けている。
そしてヴァーミリオンが狙っているのは俺だけ。
色々なタイミングで俺の目の前に瞬間移動して攻撃を繰り出す。
くそ、ここまで身体能力を上げてもついて行けない。
「鍛錬が足りないな。それともそう思わせる罠なのか?」
ヴァーミリオンは笑っている。
気に入らないがその通りだ。
神の残滓に頼りきりで俺自身の鍛錬はしていない。
くそ、もっと真面目に強くなっておけば……。
「クロスさんは強くなくてもいいんです」
アウロラさんの拳がヴァーミリオンを襲う。
その攻撃は転移で躱されたが、かなり遠くまで逃げた。
さすがのヴァーミリオンもアウロラさんのパンチは怖いか。
「クロスさんには手を貸してくれる人が大勢いる。それだけで貴方よりも王の器があるということです」
「私が王になりたいと言いましたか? 私は神になりたいのですよ」
「王になれない人が神になれると?」
「神は王の上位互換ではありませんよ。全くの別物です。そんなことも分からないとは、やはりただの兵器ですね」
アウロラさんの動きが止まる。
ヴァーミリオンの奴、アウロラさんのことを兵器だと言ったのか?
魔王様のことも知っていたから娘であるアウロラさんのことも知ってたわけか。
アウロラさんは大きく息を吐く。
「私は魔王の娘で兵器かもしれませんが、クロス魔王軍の軍師です」
アウロラさんがそう言うと、ヴァーミリオンは驚いた顔になった。
なんでそこで驚く?
知ってたんじゃ?
いきなりヴァーミリオンが笑い出した。
「何を言うかと思えば……貴方が魔王の娘?」
「なにを……?」
「クロスの顔を見る限り、二人とも知らないようですね。なら教えてあげましょう」
教える?
何を?
「アウロラ様、貴方は魔王の娘ではありませんよ」
アウロラさんは何も言わずに訝し気にヴァーミリオンを見ている。
「貴方の本当の名前は局地型殲滅兵器バルムンク。古代魔法王国が魔王を殺すために作った兵器です。魔力が暴走して魔王ではなく古代魔法王国を壊滅させましたがね」
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