第118話 本当の望み
局地型殲滅兵器バルムンク。
バルムンクは前世だとジークフリートが使ってた剣だとかそんな話があった。
だが、この世界だと古代魔法王国が作った兵器の名前。
パンドラの話ではその兵器が暴走して古代魔法王国を消滅させたとか。
今の商業都市あたりが荒野になっているのもそれが影響している。
その兵器がアウロラさん?
ヴァーミリオンがそう言っているだけだが、本当にそうなのか?
でも、こんなことで嘘をついても意味はない。
アウロラさんの動揺を誘うという意味なら分かるが……。
「私が魔王を殺す兵器……」
「てっきり知っていると思いましたが、クロスも知らなかったようですね。暴走して今の商業都市周辺を壊滅させた後、貴方は放浪していたらしいですね」
「放浪……」
「古代の技術については良く知りませんが、貴方は命令を受ける前だった。本来倒すべきバランサー……魔王様を殺すことなく、保護された形です」
「私が……?」
「記憶はないでしょうね。魔王様は『魔の力』を貴方に与えたのですが、拒絶反応で貴方は永い眠りについた。古代人が施したセキュリティと言えばいいですかね。他の兵器たちも似たようなことがあったそうで、その対策がされていたのでしょう」
冷静なアウロラさんが少し怯えた感じになった。
ヴァーミリオンは興が乗ったのか、色々なことをぺらぺらとしゃべっている。
ヴォルトたちもどうしたものか迷っている感じだな。
事実確認だけしておくか。
『ヴァーミリオンが言っていることは本当なのか?』
『本当です』
『……なんで言ってくれなかった』
『知る必要がないので』
『お前……!』
『ですが、知ってどうするんです。あの女はただの災厄。生きているだけで不幸を振りまく――』
『もういい。黙れ』
『……分かりました』
くそ。どいつもこいつもなんでこんなつまらないことをするのかね。
魔王様――いや、呼び捨てでいい。
魔王の奴もヴァーミリオンの奴もスキルの奴も余計なことばかりしやがる。
そんなことをして何が楽しいんだ。
魔王は自分を殺すアウロラさんをなんで保護して娘なんて扱いにしたんだ。
それにヴァーミリオンの奴は神になりたいとかふざけたことを抜かすし、スキルは重要なことを何も言わない。蚊帳の外とは言わないが中途半端に巻き込みやがって。
その日その日をただ楽しく平凡に生きることができないなんて馬鹿じゃないの?
「アウロラ様、貴方はできるだけ命を奪いたくないそうですね? 最初は何の冗談かと思いましたよ。過去にあれだけ命を奪っておきながら、いまさら命を奪わないようにするなんて。記憶はないでしょうが、本能がそうさせるのですかね?」
「わ、私は――」
「うるせぇよ」
全員が驚いた顔で俺を見る。
「つまらないこと言ってないで、とっとと掛かってこい。それとも未来が見えなくなったから小細工してんのか?」
「クロス、どうしたんだい? 君は――」
「自分が殺される未来を見て俺たちを追放した奴が得意げに語ってんじゃねぇよ」
「私にそんな口をきいたのは君が初めて――」
ヴァーミリオンの奴は無視。
今度はアウロラさんの方を見る。
「アウロラさんも――いや、アウロラもいちいちショックを受けんな」
「え? ク、クロスさん……?」
「お前は俺の軍師だろ? だったら自分が何者であっても冷静に構えてろ。何人殺していようとも過去は変えらえないんだからこれからどうするかだ。嘆いてる場合か」
アウロラが目を丸くしている。
普段丁寧な言葉遣いだから驚いているようだ。
でもね、もう色々と面倒くさくなった。
「魔族の奴らはどいつもこいつも俺の邪魔ばかりしやがって。なにが魔王代理だ。代理なんて言ってねぇで、なりたきゃ魔王を殺して魔王になれよ。小細工ばかりしやがって小者共が。俺はお前らと違って魔王なんかになりたくねぇんだよ!」
ヴァーミリオンに突撃した。
なるべく怪我をしないとか、そういうのはもうやめだ。
『痛覚を無効にしろ』
『何をする気ですか?』
『黙って願いを叶えろ。金は好きに使っていいから』
『……しました』
無謀な俺の突撃にヴァーミリオンは笑った。
やけになったとでも思ったか?
心臓さえ貫かれなければいいんだ。捨て身で一撃を入れる。
ヴァーミリオンの爪が俺を迎撃、突き刺した。
だが、そんなものはお構いなしに槍を振るう。
さすがにヴァーミリオンも驚いたのか、すぐさま転移して逃げた。
だが、逃すか。
「ヴォルト! アラン!」
一瞬だけ遅れたが、すぐヴォルトとアランが転移先のヴァーミリオンを攻撃する。
ヴァーミリオンは動揺しているようでさっきまでのような受けができていない。
というよりも、ヴォルトとアランの動きが良くなったようだ。
またヴァーミリオンが転移した。
「メイガス! オリファス! 転移先に魔法をぶち込め!」
「……! お任せよー!」
「ひひひ……! 御心のままに……!」
「カゲツとテンジク、それにバルバロッサはその次だ! 用意しとけ!」
「おうよ!」
「任せるでござるよ!」
「仕方あるまいな」
「アウロラもヴァーミリオンの奴に神魔滅殺をぶち込んでやれ!」
「は、はい!」
皆は単独で動いていたが、こうやって戦う方がいいだろう。吸血鬼相手にどこまで効果があるかは分からないが、永遠に動き続けるのは不可能なはず。疲れることはないかもしれないが、体が動かなくなる時は来るはずだ。
今でも明らかにヴァーミリオンは追い込まれている。
徐々に余裕がなくなってきているようだ。
あれは演技じゃないだろうが、小細工をさせるつもりはない。
「気をつけろ! 疲れている演技かもしれないぞ!」
追い込んでいるとしても気を抜かせない。
実際に演技だったら困るし。
だが、もう飽きた。そろそろ決着をつけてやる。
『次の出現場所を予測してくれ』
『予測?』
『できないのか?』
『できますけど、お金を取ります』
『いいぞ。その場所に槍を投げる。ヴァーミリオンに当てろ』
『それは大量にお金を使いますが?』
『夜を解除できなくなるのか?』
『いえ、そこまでではないのですが――』
『ならやれ』
『分かりました。予測する情報が足りません。あと数回瞬間移動させてください』
『それは任せろ』
ヴァーミリオンは俺の目の前に瞬間移動することが減った。それだけ追い込まれているのだとは思うが、こっちもいつかは疲労で動けなくなる。その前にケリをつけないと。
ヴァーミリオンが何度かの転移の後、スキルが『予測しました』と言った。
『私が数えますので零と同時に今向いている方向へ投げてください』
『分かった。信じてるぞ』
『お任せを――三、二、一、零』
零と同時に思いきり槍を投げる。
投げた先にヴァーミリオンが瞬間移動で現れた。
「……な! ぐ! ク、クロス……!」
さすがに予想外だったのか、ヴァーミリオンの腹部に槍が刺さる。
だが、倒れないところはさすがと言うべきか。
槍を引き抜こうとしているが、力が入らないようだ。
『夜を解除します。それと槍を通してヴァーミリオンの心臓に対するプロテクトを今ので全て解除しました。それに転移も封じています。聖槍で心臓を貫いてください』
『分かった』
次の瞬間、空に太陽が戻る。
かなりまぶしいが、そんなことに構ってはいられない。
それにヴァーミリオンは太陽の光で叫び声を上げている。
太陽の下でも生きられるが、ダメージがないわけじゃない。
苦しんでいる今がチャンスだ。
ヴァーミリオンに近づき、腹部に刺さった槍を手に取る。
「さ、さすがだよ、クロス……!」
「悪いな」
槍を勢いよく引き抜いた。
改めて胸元に向けて槍を突き出す。
そして貫いた――なんだ? 感触が……?
「や、やはり、し、心臓を狙ってきたね……!」
「お前……!」
「わ、私はね、自分が殺される未来を、な、何度も見たんだ……!」
『クロス様! すぐに離れて!』
スキルの声が聞こえた。
ヴァーミリオンの十の赤い爪が俺の方を向いている。
俺が動く前にそれがこちらに勢いよく伸び始めた。
まずい! あれは俺の心臓を狙ってる! 思考速度が上がっても体が……!
「クロスさん!」
アウロラさんの声が聞こえたと思ったら地面を勢いよく転がっていた。
突き飛ばされたのか?
慌てて立ち上がり周囲を見る。
「そんな……」
俺の目にはヴァーミリオンの十本の爪が刺さったアウロラさんが映っている。
あの刺さり方は……。
「し、神魔……滅殺……!」
爪に刺されたままのアウロラさんがヴァーミリオンに神魔滅殺を放った。
ヴァーミリオンはまともに神魔滅殺をくらい、勢いよく地面を転がる。
その後、アウロラさんはその場に膝をつくと、そのままうつぶせに倒れた。
「アウロラさん!」
『彼女は助かりません。それよりもヴァーミリオンにとどめを』
『何を言ってる!』
『彼女はここで死なせてあげた方がいい。それが彼女のためです』
『ふざけんな! すべての金を使ってアウロラさんを助けろ!』
『足りません』
『なんだと!?』
『彼女は心臓を貫かれました。助けるなら百億以上のお金が必要です。それよりも今のヴァーミリオンは神魔滅殺で瀕死です。あらゆる防御魔法が消え去り、今あるお金でも充分にとどめを刺せます。そちらに使ってください』
『そんなことよりもアウロラさんを助けろ!』
アウロラさんに近寄って抱きかかえる。
大丈夫、まだ息はある。
「アウロラさん!」
「よ、呼び捨てで、い、いいですよ……」
「しゃべるな! 今、治癒魔法を――オリファス! 治癒魔法をアウロラさんに!」
慌ててオリファスが近寄り治癒魔法を使う。
だが、すぐに顔をしかめた。
「神よ、これはもう……」
「いいからかけ続けろ!」
「は、はいぃ……!」
改めてスキルに命令する。
『アウロラさんを助けろ!』
『クロス様、アウロラを助けるかヴァーミリオンを殺すか、どちらかに――』
『アウロラさんを助けろ――いや、助けてくれ。お願いだ』
『……やはりこうなりましたか。切り捨てれば平凡な人生が送れたのに』
『何を言ってる?』
『貴方は前にも同じことをしました。自分の人生を犠牲にしてアウロラを助けた』
『だから何を言って……』
『まず言っておきますが、今あるお金では治せません』
『そんな……』
『ですが、以前言ったことを覚えていますか? 今の状態を保存することができます。まだ死んでいないアウロラを数年くらいならこのままの状態で保存することは可能です――いえ、実際には聖槍をお金に変える必要もありますが』
『ならそれをしてくれ!』
『それはヴァーミリオンを逃すという意味です。きちんと状況を把握してください』
ヴァーミリオンの方を見る。
ヴォルトやメイガスさん達の攻撃を受けているが、苦しそうにしながらも倒せるような感じではない。むしろ徐々に回復しているように思える。心臓を貫いたのに何で動けるんだ?
『詳細は分かりませんが、自分が死ぬのを何度も見たと言ったので、色々と対策していたのでしょう。それはともかく、今あるお金、そして槍を使えばヴァーミリオンにとどめをさせる。ヴァーミリオンを殺すか、それともアウロラを助けるか。改めて聞きますが、どちらにしますか?』
『……俺の願いは分かっているだろ? あのままなら俺の方が死んでたんだ。それをアウロラさんが助けてくれたんだぞ。見捨てるわけにはいかない』
『クロス様をこの戦いに巻き込んでいるのはアウロラです。いいですか、アウロラの状態を保持しても数年で百億を稼がなければ死にます。状態維持を延長することもできますが、消費するお金が増えていきます。結局目標額を稼げずにアウロラを死なせることになるかもしれません。それでもいいのですね?』
『ああ、やってくれ。絶対に稼いでみせる』
『……分かりました。ですが、残念です。これで貴方はもう平凡な人生を送れない。私は貴方の本当の望みを叶えることができない……』
『そんなことはない。今、俺が一番望んでいるのはアウロラさんの命だ』
『……しました。すぐにアウロラを医療施設の古代迷宮に運び、パンドラに頼んで冷凍保存の処置を行ってください。治ることはありませんが、少しでも状態維持を伸ばすためにやっておくべきでしょう。それなら五年は今のまま持つはずです』
『五年か……その間に治癒魔法で治せないのか?』
『心臓が止まる寸前です。あと数分で死ぬ状態から治す術は古代技術や魔法でもありません。神の力を使う以外は助けられないと思ってください』
『分かった。ありがとう』
アウロラさんを地面に寝かせてから皆の方へ近づく。
今のヴァーミリオンに勝てる術はない。
はったりをかますしかないな。
「ヴァーミリオン、見逃してやってもいいがどうする?」
「おい、クロス!」
ヴォルトの言葉を手をかざして遮る。
ヴァーミリオンも攻撃を止めて俺を見た。
「アウロラ様は死んだのかな?」
「よかったな。アウロラさんが死んでたらお前も死んでた」
「どう助けたのかは知らないが、どうやら残滓の力のようだね……でも完全には治せていないから時間が欲しいということかな?」
ヴァーミリオンはしばらく考えていたが、笑顔で頷いた。
「分かった。見逃してもらおう」
向こうもアウロラさんの神魔滅殺で瀕死なのだろう。
こっちに決め手はないが増援を恐れている?
いや、俺が怖いのか。
金がないから神の残滓は使えないが、ヴァーミリオンには分からないのだろう。
今回は引き分け……いや、ここまでされてこのまま帰すわけにはいかないな。
見逃すとは言ったがタダでとは言ってない。
『ヴァーミリオンやアイツの残滓は弱っているな?』
『はい、それは間違いなく。ですが、殺すことはできません』
『いや、殺すつもりはない。だから、次の願いをサービスしてくれ』
『……?』
「ヴァーミリオン」
「なんだい?」
「本当に俺が魔王代理を諦めてたら大人しくしてくれるのか?」
ヴァーミリオンは考え込んだ。
「アウロラ様が死にそうになって考えが変わったかな?」
「それもあるが、お前を殺すのが面倒になった。こんな疲れる戦いはもう御免だ」
「それは建前で本音はアウロラ様の治療に専念したいといったところかな?」
ヴァーミリオンに対して無防備に近づく。
そして右手を出した。
「どうする?」
警戒しているようだが、ヴァーミリオンは笑顔で俺の手をとり握手した。
『コイツの残滓を食ってくれ』
『そういうことでしたか。なるほど、神魔滅殺で本人はもとより残滓もかなり弱っています。無料は無理ですが、残りのお金を全て使って食べます。かなり痛いですよ』
激しい頭痛がした。だけどこんな痛みどうってことない。
俺が眉間にしわを寄せているのが不思議なのだろう。
ヴァーミリオンは俺を見て不思議そうな顔をしている。
その後、痛みが治まった。
『終わりました。意思のない残滓なので楽ですね』
『おつかれ』
ヴァーミリオンの手を振り払った。
「なにを……?」
「悪いな。お前の神の残滓は俺が食った」
「なに!?」
「気が変わったよ。お前は殺す。でも今じゃない。今回はこれで見逃してやるが、お前が見た未来なんかよりももっとひどい状況にしてやると約束するよ」
余裕そうだったヴァーミリオンが初めて怒りの表情で俺を見た。
「クロス、君は……!」
「お前みたいな小者が神なんてだれも望んでない。命の危険がないから神になるくらいしかすることがない? 安心しろ、必ず殺してやる。命を大事さを思い出せ――ああ、お前、吸血鬼だったか」
怒りで襲ってくるか?
……いや、そんなことはしないな。こいつは強いくせに安全第一だ。
ヴァーミリオンがゆっくりと宙に浮かぶ。
そして空中から俺を睨んだが、特に何も言わずに西の方へ飛んで行った。
さあ、あんなのは放っておいてすぐに医療施設へ戻ろう。
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