第119話 昔話

「これで大丈夫です」

「ありがとう、助かったよ」

「完璧メイドにいつでも頼るといい」


 アウロラさんがSFで見るようなポッドの中で眠っている。

 パンドラはアウロラさんがバルムンクだと知って驚いていた。

 そもそも見たことがないし、秘密兵器なのでほとんど知らなかったとか。

 どちらかというとアルファたちに近いそうだが、そんな話はどうでもいいことだ。


 これでようやくアウロラさんの状態保存が終わった。

 古代人用だが、兵器であるアウロラさんにも効果はあるという。

 状況を先延ばしにしただけで危険なのは変わらない。


 これで治せるわけじゃない。

 スキルの状態保存とこの装置で五年間はこのままを維持できるだけだ。

 それを過ぎればアウロラさんは死ぬ。


 五年が過ぎる前に金貨百億枚を集めないと助けられない。

 金貨でなくてもいい。それ相応の金属やら何かでも可能だ。

 状態保存を延長することも可能らしいが、そこで金貨を使えば次は集められないほど高くなるという。実質この五年が最後のチャンスということだ。


 皆には事情を話した。

 その上で俺のスキルや神の残滓のことも説明した。

 そしてアウロラさんを助けるには金貨百億枚が必要なことも。


 俺だったら信じないだろう。

 お金さえあれば何でも望みが叶うスキル。

 そんなものが存在するわけがない。


 でも、皆はそれを信じてくれた。そして協力するとも言ってくれた。

 それは俺のためだったり、アウロラさんのためだったりするが、ありがたい話だ。


 ただ、あまり協力的でない奴もいる。それは課金スキル。


 あのオリファスさえ俺が神じゃないと分かっても協力すると言ってくれたのに、課金スキルだけはいまだにアウロラさんを諦めるように言っている。


 ヴァーミリオンとの戦いで俺やヴォルトたちは疲弊している。

 とくに俺は痛みはなくとも爪で刺された怪我が多い。

 なので一週間くらいはここで休むことになった。

 その期間を利用してスキルとじっくり話すつもりだ。


 スキルは俺が知らないことを知っている。

 神の残滓なのだからそれは当然だが、俺に関して俺より知っている感じがする。

 それを問いたださないと駄目だろう。


 医療施設の個室でベッドに横になった。

 話をするにも頭が冴えた状態の方がいいだろう。それに疲れた。

 まずは寝て、話は明日だ。




 ……なんだここ?

 森に囲まれた見たこともない一軒家が目の前にある。

 周囲は霧が出ていて遠くは見えない。


 俺は寝てたはず……夢なのか?


「クロス様」

「え? その声は……」


 まさかと思って家に入る。

 そこにはアウロラさんがいた。


 部屋は広いが、小さなテーブルと椅子が二つだけ。

 その一つに座っている。


「どうぞお座りください」

「アウロラさん……いや、お前は誰だ? それとも夢なのか?」

「私は課金スキルです。ここは私が創り出した小さな世界。そこへ招待しました」


 夢だと思っても目が覚めない。

 なら本当なのか?

 いや、疑っても意味はないか。


「分かった。それを信じる。でも、その姿はなんなんだ?」

「この方が話しやすいと思いまして。そもそも私に姿はありませんから」

「ああ、そういうことか。それで、なんで俺をここに?」

「話をしたいと思いまして」


 なるほど。

 現実で話すよりここで話をしたいのか。

 なら遠慮なく聞いてみよう。


「俺に関して何を知ってる? 俺が知らない俺のことを知ってるだろ?」

「ここに呼んだのは私ですが、本当に知りたいですか? 知ったところで気分を悪くするだけかもしれませんが」

「ああ、知りたいね」

「分かりました。では長くなりますが、順番に話しましょう」


 どうやら答えてくれるようだ。

 大きく深呼吸をしてから聞く体勢になる。


「私はとある願いを叶えようとしている最中なのです」

「願いを叶えている最中?」

「その願いは『クロスさんが望んだ人生を生きられるように』です」

「俺が望んだ人生を……?」

「その対価は、この世界のすべてと願った者の魂」

「ちょっと待ってくれ、何を言ってるんだ?」

「昔話をさせてください」

「……大事なことなんだな? なら聞かせてくれ」


 スキルは「では」と言ってから語り出した。


 昔、お金さえあればあらゆることを叶えることができる男がいた。

 その男の元に女が来て「魔王代理になって欲しい」と頼んだ。

 だが、男はその要請に応えることはなく、いつしか女も諦めた。


 何もない日々が続くが、二人は幸せだった。

 その日その日をちょっとした喜びの中だけで生きる。

 それは女が知らなかった生活で、初めて生きる喜びを感じた。


 でも、それは長く続かない。

 新たに魔王となった吸血鬼が全世界に侵攻を開始した。

 それは男と女の住む場所にまで及び、女は男をかばって死ぬ。


 嘆いた男は世界中を旅して力をつけ、単身で吸血鬼を倒した。

 そして男は新たな魔王となり、金を使って女を生き返らせた。


「その話って……」

「そこで終わればハッピーエンドかもしれませんが、そうじゃありません」

「そうじゃない……?」

「男が願いを叶えるまで百年近くかかりました」

「百年……」

「エルフの魔術により寿命を延ばし、古代迷宮の技術を使って無茶な強化や再生を繰り返しました。魔王となった吸血鬼を殺し、女を生き返らせるためだけに人生を費やした。身も心もボロボロになりながらも男は全てをやり切った。ですが……」


 男は女を復活させた後、すぐに体調を崩し、動くこともできなくなった。

 そして女が生き返った数日後、男は死んだ。


「満足したのでしょう。それともすでに死んでいたのに信念だけで生きていたのか。とにかく男は死に、女が残った」

「……それで話は終わりか?」

「いえ、これからです。あまりにも理不尽な人生に男に憑りついていたモノが女に言いました。お前のせいでこの男は自分の望みを叶えることなく死んだと。お前は人を不幸にすことしかできない災厄だと、そう言いました」

「……」

「女は言いました。男を自分と同じように生き返らせてほしいと」

「それで……?」

「お金さえあれば願いを叶えてやると言いましたね」

「叶えたのか?」

「ええ、数年後、新たな魔王となった女はお金を用意して願いを叶えました。ですが、その女は馬鹿でしてね」

「何があった?」

「生き返った男を同じ者だと思えなかったのです。憑りついていたモノが作り出した全くの別人だと思った。自分の行動が男に罪悪感を与えていたことを分かっていなかったのですよ」

「罪悪感……?」

「お金のために、その女は人間の国に攻め込みました。約半分ほど征服してようやくお金が貯まったのですが、その行為でどれだけの命が奪われたのか」

「そんな……」

「男の方はそんなことはしませんでしたよ。古代迷宮にあるお宝やお金を集めていました。大好きなカラアゲも食べず、ビールも飲まず、ただ吸血鬼を倒すためだけに鍛錬を続け、多くの力を得た。そして吸血鬼――その時の魔王が持っていた財宝で女を復活させたわけです」

「……まだ話は続くんだよな?」

「はい。男は女を責めるようなことはしませんでしたし、感謝もしました。ただ、自分のためにそんなことをさせたことが辛かったのでしょう。女の方はそんな男の気持ちが分からなかった。だから別人だと思ったのでしょうね」

「……」

「数十年後、男は寿命で死にました。幸せな人生だったかどうかは分かりません」

「……女は?」

「偽物だと思っていても男が死んだのはショックだったのでしょう。全世界に宣戦布告、魔族からも恐れられるような魔王となりました。なんせ、神も殺せる兵器なのですからね」


 心臓が痛い。

 それが本当の話なのか作り話なのか分からないが、苦しいほど胸が痛い。


「最終的に世界にはその女しかいなくなりました」

「な……」

「憑りついていたモノもいましたけどね。神に見放された世界の行く末などこんなものかと思っていたのですが、女がまた願いを叶えて欲しいと言ってきました」

「……願い?」

「この世界のすべてと自分の魂を捧げるので『クロスさんが望んだ人生を生きられるようにしてほしい』と泣きながら言いました」

「そんな願いを……」

「ですが、そんな願いは叶えられません。世界のすべてを使っても叶えられない願いなので。ですが、別の形で叶える方法がありました」

「別の形とは?」

「時間を巻き戻す」

「……ならこの世界は」

「私にとっては二度目ですが、クロス様にとっては間違いなく一度目ですよ。ただ、時間を巻き戻したとしても結果は同じになる。それを変える必要があった」

「何かしたのか?」

「捧げられた魂を使って私の意識を再構築しました。そして男を助けることにした」


 捧げられた魂……?

 そうか、願いを叶えるために魂を捧げた人がいる。


「スキルに混じっている魂というのはアウロラさん……?」

「東国で凶刀に言われたことを覚えていたようですね。ええ、私には世界を滅ぼしたアウロラの魂が混じっています。一度目の私は何の助言も与えずにただ貴方の願いを叶えるだけの存在だった。ほとんど使われませんでしたがね。ですが、二度目はアウロラの魂を取り込み、こんなにも話せるようになって助言もできるようになった」

「……スキルは、アウロラさんなのか?」

「いいえ、別物です。ですが、その感情や思考はアウロラに近いかもしれません。それがいけなかったのでしょうね」

「どういうことだ?」

「世界に散らばった力――悪魔や天使、精霊や同じ神の残滓。それを集めるほどにアウロラの意識や感情が強く出てくるようになった。アウロラが持っている神魔滅殺の影響かもしれません」

「でも、最近のお前はアウロラさんを諦めるようにと――」

「アウロラの意思です。自分がいる限り、クロス様は望んだ人生を送れない。そして自分が生きていても不幸を振りまく。ならば死んでしまえばいいという思考です。もしかしたら私だけの意思なのかもしれませんが、もうどちらでもいいことですね」

「どちらでもいいって、どういうことだ?」

「これを話してもクロス様はアウロラを諦めないのでしょう?」

「ああ、諦めない」

「なら、私はそれを手助けするしかない。貴方が平凡な人生を送るにはアウロラが必須なのでしょう? なら私はそれを叶えるしかない」

「……そうか、助かるよ」

「いえ、礼はいりません。私はそのために存在するので。それにしても、今まで憑りついた中でもっとも面倒な人ですね」

「謝った方がいいか?」

「冗談です。では体の調子が戻ったらすぐにお金を集めますよ。前回と違って今は一人じゃない。皆と一緒ならお金を稼ぐのも楽なはずです」

「ああ、そうだな」

「……ずいぶん話してしまいましたね。話はここまでにしましょうか」

「そうだな、今日はもう寝るよ」

「はい、おやすみなさい」

「おやすみ」


 意識が遠くなる。

 これは夢なのかそれとも現実なのか。

 それにこの話は本当なのか嘘なのか。


 ……どっちでもいいか。


 俺は金を稼ぐしかないんだ。

 話が本当ならアウロラさんは厄介な人だとは思うが、見捨てられるわけがない。

 また皆で楽しく飲み食いしたいからな。

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