第120話 世界征服よりも難しい願い

 一週間が経過した。

 その間に世界の状況が大きく変わる。


 吸血鬼、不死王ヴァーミリオンが魔王になったと宣言し侵攻を開始した。

 本人は姿を見せないが、配下の不死者たちが各方面で戦いを始めたのだ。


 それを黙ってみているだけの国はない。

 各国は自国を守るために戦力を強化しようとしている。


 そんな中、クロス魔王軍を名乗る者達が各国に現れたと噂されるようになった。




 ―― カロアティナ王国 公爵家 ――


 フラン、ルビィ、サフィア、シトリー、そしてアドニアは公爵家で令嬢と対面していた。


「おかえりなさい、フランチェスカ。助けに来てくれたのですね?」

「お嬢様、我々を雇っていただけないでしょうか」

「雇う? ええ、以前のように黒百合騎士団の――」

「いえ、我々はクロス魔王軍、闇百合近衛騎士隊。そして私はその騎士隊長のフランとして自分たちを売り込みに来ました」

「……何か事情があるのですね? ええ、所属などなんでも構いません。友人として雇いましょう。それにしても闇百合近衛騎士隊……素敵な名前です。ウチの騎士団もその名前にしましょうか?」

「い、いえ、お嬢様、それはちょっと……」

「冗談です。ですが、フランチェス――フランたちがそばにいてくれるのは本当に心強いのよ。これからよろしくお願いしますね」


 そう言って令嬢は頭を下げる。

 驚いたフランたちは頭を上げるように言ってから、逆に頭を下げるのだった。




 ―― 魔国 南の森 亜人会合 ――


 ゴブリンキングのバウルは巨大な斧を地面に叩きつけた。

 軽く振動が起きた直後、この場にいる亜人たちの族長に視線を向ける。


「クロス魔王軍に付くか、ヴァーミリオンに付くか。今この場で決めろ」

「テメェ! 帰ってくるなり何を――」

「お前は俺の敵か?」

「な、何?」

「お前が俺の敵だというならすぐに部族がいる土地へ戻り戦いの準備をしろ」

「ハッ! たかがゴブリンの分際で――」


 そこへ木の上からアラクネが降ってきた。

 バウル以外の族長たちがすぐにその力を見抜く。

 小さな体ながらもそこに蓄えられている魔力が尋常ではない。

 伝説級の魔物であるアラクネだと本能的に理解した。


「話、終わった?」

「いや、まだだ」

「ならもういい。どうせシェラって奴に怯えて服従したやつら。戦力にならない」

「そう言うな。俺たちゴブリンもシェラには負けて逃げたんだ」

「戦って負けた。戦いもせずに服従した。これ、違う。死体になって操られても困る。この場で殺しちゃおう?」

「それはボスが……それに軍師様も悲しむ。そんなことはできん」

「えー? ……あれ?」


 アラクネは不満そうに周囲を見る。

 亜人の族長たちはいつの間にか平服し、恭順の意を示していた。




 ―― 魔国 北の山岳地帯 ウォルバッグ城 ――


「東国の猛者たちか。クロスはずいぶんと強力な者達を送ってきたのう」

「私は鬼族のバサラ、こちらは娘のミナツキ。そしてカゲツ、テンジクだ。他にも東国の鬼や獣人たちを連れてきている。アギという四天王の配下も全てこちらに取り込んだのでよろしく頼む」

「若輩者ですが兵站部隊の四天王として頑張らせていただきます」

「俺はカゲツだ。よろしくな、じいさん!」

「テンジクでござる」

「うむ、儂はジェラルドじゃ。確認じゃが、やることは分かっておるな?」

「ジェラルド殿、それを分かっておらぬ者などおらぬ」

「うむ。だが、念のため言っておこうか。ヴァーミリオンの領地をけん制しつつ、魔都や魔王城を占領する。なんならヴァーミリオンの首をとっても構わんぞ。早い者勝ちじゃ」

「クロスよりも先にヴァーミリオンをやろうってのか。気に入ったぜ、じいさん!」

「儂らは金を稼げんからな、それくらいやって当然じゃろ?」


 ウォルバッグ城では誰がヴァーミリオンの首を取るかで大いに盛り上がった。




 ―― 聖国 クレセント城 玉座の間 ――


 玉座の間の壁が破壊された。

 あまりにも突然の出来事に、その場にいる全員が何が起きたのかと身構える。

 そこへ人が飛び込んできた。それも複数。


「こーんにーちはー!」

「な、な、な……!」

「コルネリア、ひさしぶりー……うふふ、私、今、普通……!」

「オリファス! 貴様、何しに来た!」

「困っているとおもってぇ、助けに来たのよぉ……?」

「なんじゃと……?」

「コルネリア様」

「アマリリス、それにグレッグや他の者達も……」

「私達はクロス魔王軍に所属しています」

「クロス魔王軍じゃと……?」

「ヴァーミリオンと敵対している組織と言えばいいでしょうか。どうでしょう? 私達を雇いませんか?」

「……確かにお前達がいれば……し、しかし……」


 グレッグが前に出る。


「コルネリア様、我らのボスであるクロス様はアマリリス君の体内にいた悪魔を消し去るほどの方。聖国や教会としては懇意にしておくべきだと思いますが?」


 その言葉にコルネリアは目を見開く。

 その後、アマリリスの状況を確認。

 コルネリアはアマリリスたちを高額で雇い入れるのだった。




 ―― 商業都市ベローシャ ラッキーラビリンス ――


「メイガスとアルファちゃん達が迷宮探索を手伝ってくれるなんて助かる。でもいいの? クロスさん達って今大変なんじゃない?」

「いいのよ、ストロムちゃん。戦うのにもお金が必要だし、稼がないとねー」

「ああ、そういうこと」

「それにもっともっと鍛えないとねー」

「そっちのたくさん食べてる女の子のこと? 人間を弟子に取るなんて――というか弟子って初めてじゃないの?」

「あー、そうかも。でも、鍛えるのはスカーレットちゃんだけじゃないのよー?」

「なら、アルファちゃん達も?」

「違うわよ、私よ、私。もっと強くならなくちゃ」

「アンタ、それ以上強くなる気なの?」

「そうよー? 全部の古代迷宮を制覇するくらいの気持ちでやらないとねー?」

「……それって私も連れて行くってこと?」

「素敵な友人がいてくれて助かるわー」

「……お手柔らかにね?」


 その日からストロムが経営する宿「ラッキーラビリンス」はしばらくの間、休みになった。その「しばらく」はあくまでもエルフ換算だったが。



 ―― 商業都市ベローシャ ベルスキアショッピングモール居住エリア ――


「おお、メリル、無事だったのじゃな。パンドラ殿も良く護衛をしてくれた」

「褒め讃えるがいい――ですが、まずはメリルの話を」

「おじい様、私は五年以内に金貨を百億枚を稼ぐ必要ができました」

「な、なんじゃと?」

「ベルスキア商会ならいくら金貨を用意できますか?」

「金貨での用意なのか? いくら何でもそんな枚数は用意できぬ。全資産を金に換えれば金貨一兆枚くらいの資産価値はあると思うが、そもそもの話、金貨の枚数がこの商業都市に存在せぬ。おそらくだが、どの国でも金貨で用意するのは無理じゃろう」

「なら、金貨の枚数が多い国はどこになりますか?」

「オグステン帝国じゃな。だが、あそこは今かなり危険な状態じゃ。貴族の腐敗がひどく、武力の脅しもある。まともな商人なら相手にはせん」

「なら狙い目ですね」

「なに?」

「五年以内にオグステン帝国は潰す勢力が現れます。弱体化を図るためにも、その前にできるだけお金を奪い取りましょう。パンドラさん、これからは商売の方に関しても手助けを」

「マスターではありませんが命令を確認。がっぽり儲けましょう。それがアランさん達の助けになると思いますので」


 何を言っているのかは分からないが、孫がずいぶんと悪い顔をするようになったと、ベルスキアは少しだけ複雑な気分になった。




 ―― オグステン帝国 国境付近 ――


「アラン、そろそろ国境ですが、大丈夫ですか? 目の痛みは?」

「平気だ。それに右目の疼きなんて感じている暇はない。カガミの方は大丈夫か?」

「もちろん平気です」

「しばらく帝国領に住んでクロスを待つ。何年かかるか分からないぞ?」

「……貴方と一緒なら別に大変じゃありません」

「お、おう」

「ですが、代わりにお願いを聞いてもらっても?」

「何でも言ってくれ」

「全部終わったら、今度は東国で私と一緒に住んでください」

「……分かった。約束するよ」


 カガミの耳がピンと立つ。

 そして右手を振り上げガッツポーズをした。

 直後にアランが驚いているのを見て、顔が真っ赤になり、耳がへなへなと倒れた。




 ―― とある王国 冒険者ギルド ――


 ギルドで歓声が上がる。

 多くの死傷者を出したヒュドラを、とある兄妹が仕留めたからだ。

 討伐証明としてその牙の一部をカウンターに取り出し、ヒュドラの牙だと確認できたところでこの歓声。


 受付嬢は全く関係ないのだが、少し誇らしげだ。


「討伐お疲れさまでした、ヴォルト様、サンディア様」

「ありがとう。ヒュドラの体も亜空間に入っている。どこに持っていけばいい?」

「それでしたら解体作業場まで案内します」

「相場はいくらくらいになる?」

「ヒュドラの素材ですか? 状態にもよりますが金貨五十枚は間違いなく」


 その言葉に冒険者たちは口笛を吹く。

 だが、ヴォルトもサンディアも不満そうに顔を見合わせた。


「ヴォルト兄、こんなんじゃ全然足りないよ……たぶん、あと百倍くらい?」

「でかい割には大したことなかったな。まあいいさ、大量に狩ればいい」

「あれだね、山も積もれば……なんだっけ?」

「雪も積もればって話じゃなかったか?」

「チリだってば! 見た目も強さも完璧なのに、どうして……! よし、今日から毎日勉強教えるから!」

「えー? ヴォルト兄、私は嫌だから代わりにやっといて」

「俺も嫌だよ。精霊にやらせればいいんじゃねぇか?」

「クーン……」


 そんな会話をしながらも、討伐の報奨金と素材のお金を受け取ると、二人と一匹、そして一本の聖剣は次の魔物を探す旅に出るのだった。




 ―― 古代迷宮 医療施設 ――


『大丈夫なんだよな?』

『古代魔法王国の技術なので大丈夫ですよ』


 ポッドの中で横たわるアウロラさんを見る。

 眠っているように見えるが、あと数分で死ぬという状況で止まっているだけだ。

 助けるには金貨百億枚が必要になる。


 皆はヴァーミリオンの侵攻に抵抗しながらお金を稼いでくれている。

 もちろん俺もする必要があるが、他にもやることがある。


 それは神の残滓を全て集めること。

 可能な限りという条件が付くが、あればあるほど願いを叶えるお金が安くなる。

 そのために俺は神の残滓を見つける。そして力をつける。


 もうヴァーミリオンに負けるわけにはいかない。

 五年でお金を集めるのは必須だが、俺がどこまで強くなれるかも重要だ。

 どっちが先になるかは分からないが、ヴァーミリオンを倒して金を奪うことも視野に入れないと。


 昔の俺はやり切ったらしいが、その時はタイムリミットがなかった。

 ただ、アウロラさんを体ごと復活させたので金貨一兆枚以上が必要だったとか。

 だから百年かかった。


 それよりは安いし、今は皆もいる。

 一人で集める必要がないと思うだけでもかなり気が楽だ。


 アウロラさんをそのままにして、エレベーターを使い外へ出た。

 からっとした暑さと突き刺すような太陽の光。

 昔ならそれだけでビールを飲もうと思うほどだが、今はそんな気分じゃない。


 今はもう一人で飲み食いするなんて考えられない。

 美味いカラアゲに美味い酒、そこには気の置けない仲間達がいないと。

 それをまた味わうためにもアウロラさんには治ってもらわないとな。


『それじゃ行くか』

『はい、行きましょう。ここから北に未発見の古代迷宮があるのですが、そこに神の残滓の気配がします。まずはそれを手に入れましょう』

『分かった』


 ほとんど何もない砂だけの場所。そんな場所の古代迷宮にアウロラさんを置いていくのは正直気が引けるが、アウロラさんのそばにいても何も解決しない。やるべきことは行動だ。そして皆はもう行動している。俺も後れを取らないようにしないと。


 でも、皆か……少し気になることがある。


『聞きたいことがあるんだけど』

『なんでしょう?』

『時間を巻き戻したことは分かった』

『はい』

『俺の前世の記憶は本当にあったものなのか?』

『もちろんです。クロス様の平凡な人生を生きたいという願いは、そもそも前世の記憶から来ています』

『そうだよな。でも、なんで俺はこの世界のソシャゲをやってたんだ? おかしくないか? 前世でアウロラさん達のことをソシャゲを通して知ってたわけだし』

『確かに不思議ですが、私にも分かりません。時間を巻き戻したのはこの世界であって、クロス様の前世だった世界ではないので』

『……まあいいか。それと一つだけ言っておきたいことがあるんだけど』

『なんでしょう?』

『俺の望みをちゃんと知っておいて欲しい』

『クロス様の望み?』

『俺の望みは、皆と笑って暮らせる平凡な人生だ。叶えてくれとは言わない。これは自分で叶える。だけど知っておいてくれ』

『……世界征服よりも難しい願いですね。ならその望みが叶うように助けます。ですが、クロス様も頑張ってください。まずは近くのオアシスまで身体強化なしで走りましょう』

『まずは足腰からか……よし、やるか』


 少しでも強くなろう。

 自分の望みを自分で叶えられるように、もっともっと強くならないとな。

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