第177話 パンドラボックス

 課金スキルから衝撃的な話を聞いた翌日、俺とミリアムは冒険者ギルドの前でパンドラを待っている。


 衝撃的とはいっても、昨日は普通に眠れた。スキルが言っていた通り、別に困った話じゃないし、悩むような内容でもない。単にアウロラさんが異世界転生した人というだけだ。


 二番目の神も、聖剣も、初代勇者も異世界からの転生者らしいが、俺は前世で友達がいたわけじゃない。知り合いでもなければ世話になっていた人というわけでもないだろう。


 前に聖剣が言っていた通り、お互い転生者だとしても「同郷だから嬉しい」という程度の関係でしかないんだ。つまり、ショックを受けるようなことは何もない。


 アウロラさんは前世の記憶を忘れているとのことだが、別にいいんじゃないかと思う。覚えていたところで特に役に立つようなことはない。何人かの転生者は前世の記憶のおかげでそこそこいい人生を送れたらしいが、それだけだ。


 それを考えたらアウロラさんの記憶を取り戻すとか、スキルから魂を返してもらうとか、そんなことはしなくていい。それに後から聞いた話だと、スキルからアウロラさんの魂を取り出すと、スキルの感情がなくなる可能性が高いと言っていた。


 それはそれでちょっと寂しい。昔の機械的な対応をされてもあまり嬉しくないので、アウロラさんの魂はそのままでいいような気がする。


 ただ、転生者が多すぎる。念のため、俺の今の知り合いに転生者がいるのか聞いてみたが、いないと回答してくれた。ヴァーミリオンとか魔王が転生者だったらどうしようかと思ったよ。


 しかし、スキルにも困ったもんだ。こんな大事なことを今になって言うとは。別に隠していたわけではなく、大事だと思っていなかったから言わなかっただけだ。今後は俺も色々と確認することにしよう。


「クロス殿、その、空を飛ぶ乗り物とやらはまだ来ないのだろうか?」

「時間的にはそろそろなので、もう少し待ってください」


 ミリアムさんがソワソワしている。すぐにでも公爵領にいる仲間達に会いたいというのが体全体から伝わってくるな。


 昨日の送別会とやらはそこそこ派手にやったようだ。村長さんたちも村に来るお客さんがいないから、歓迎の意味も込めて村ぐるみで盛大にやったらしい。それなら俺も呼べとは思ったが、村長はダンジョンの場所を知らないよな。


 あと、ギルドとダンジョンに駐在するパンドラたちは、村長に挨拶しにいったら歓迎されたとか言っていた。馬鹿正直に「自分たちは人間じゃありません」と言ったら、村長は「構わんぞ」とあっさり許可がだしたとか。


 村長、強いな。経験から来る余裕か。そんなわけでパンドラたちも村に受け入れられたようだから色々な意味で村は大丈夫だろう。


 これであとはあのパンドラが来てくれれば――あれか。


 魔族の視力だから見えるのだが、結構な速さで飛んでいる箱型の車っぽいなにかが、こちらに向かってくる。俺が以前乗った時よりも速いし、なにか見知らぬ装備が増えているんだけど、大丈夫だろうか。


 ミリアムさんは騎士にあるまじきぽかんとした表情でそれを見ている。口を開けてぼーっと見ているけど、騎士としても、女性としても大丈夫だろうか。


 以前、パンドラが言っていた名前だと「メイド号」だったかな。それがスピードを落としてゆっくりと空から降りてきた。


 運転席にはパンドラが乗っているが、風が目に入らないようにするためか、目をしっかりと覆うゴーグルをつけている。それを両手で頭の方へずらすと、パンドラがニヒルに笑った。


「乗りな。金は要らねぇが、命を賭けてもらうぜ……!」

「性格が変わったのか?」

「それっぽいことを言っただけです。こういうのは形から」


 いつものパンドラで安心した。でも、それはやばいタイプの人だ。何の形から入ったんだろう?


 さっそく乗ろうとしたが、パンドラは「乗って待っていてください」と言って、冒険者ギルドの建物に入っていった。その後、一分もかからずに出てくる。


「どうしたんだ?」

「少しですが物資を持ってきたのでここにいるパンドラに渡しました。それと商業都市からここを経由して森林地帯、魔都、山岳地帯へのルートに関する情報も共有しました。データベースを過信しすぎないこの対応……さすが完璧メイド」

「メリルの指示か?」

「ネタバレは良くない。ところでもう大丈夫ですか? 出発したら飛ばしますよ。今日、私は一陣の風になる。もしくは春一番」

「悪いんだが、初対面のミリアムさんがいるから、もう少し抑えてくれるか?」

「飛ばし過ぎましたね……空飛ぶ乗り物だけに!」


 ミリアムさんが面喰っている。というよりも、情報が追い付いていないのかもしれない。


「すみません、ミリアムさん、諦めてめて受け入れてください」

「は、はぁ……」

「初めまして。パンドラです。ベルスキア商会の傘下のメイド派遣業者『パンドラボックスエージェンシー』のメイド兼代表取締役です」

「あ、はい、ご丁寧にありがとうございます。今はなきエンデロア王国で騎士をしていたミリアムです」


 お互いが乗り物の椅子に座った状態で頭を下げる。これで挨拶はおわったからもういいだろう。スルーできない言葉が聞こえたんだ。


「メイド派遣業者ってなんだ?」

「メイドを派遣する業者です。資本金はメリルに出してもらいました」

「そうじゃなくてな、なんでそんな業者をやってるんだ?」

「私の同型のパンドラをたくさん見つけたので、これはやるしかないな、と」


 自由過ぎる。駄目とは言わないが、俺に相談とかないのか。相談されても困るけど。それに、そのパンドラボックスに希望は入っていない気がする。


「クロス様の心配は分かります。安心してください。無茶なことをいう雇い主には鉄拳を食らわせます」

「武力的な心配はしてない。各地にパンドラを送ったのって、このためか?」

「はい。宣伝も兼ねてます。平和な世界になったら、お金を稼ぐつもりです。メイド服を揃えたら資金がなくなりましたので、あとでメリルに返さないと。今はまだ投資の時……!」


 未来を見据えて今の内から頑張るのはいいけどさ、なんかイラっとするのはどうしてだろう。俺よりも先を見ているからだろうか。というか、お金は必要なんだから使うなよ。


「あの、よく分からないのだが、問題がないのなら向かってもらえないだろうか?」


 ミリアムさんの言うことはもっともなんだけど、今のところ問題しかないんだよな……いや、ここは移動しながらパンドラと話をするべきだ。


「パンドラ、向かってくれ。言いたいことは色々あるが、まずは一刻も早く向こうへ着くことが優先だ」

「承知しました。一応、人にも耐えられる程度の速度しか出しませんが、シートベルトは着用しておいてください」


 本気を出したらどんな速度になるのかは分からないけど、それだけでもう兵器のような気がする。いざとなったら、これでヴァーミリオンがいるところへ特攻してもらおうかな。


 そんなことを考えていると、乗り物が動き出した。ヘリコプターのように上がるのではなく、助走をつけて飛ぶようなタイプなので、道沿いに走ってから広い場所で飛ぶのだろう。


「お、おお、動いた。さっき見たのだが、本当に乗せて動くとは……」


 ミリアムさんがおっかなびっくりの状態でキョロキョロしている。俺は何度か乗ったことがあるし、車みたいなものだからそこまでじゃない。でも、こんな速度じゃないよな?


「大丈夫そうですね。では、行きますよ。加速中はしゃべらない方がいいです。舌を噛むので」


 パンドラがそう言うと、乗り物が加速した。その加速が徐々に上がっていく。


「え、ちょ、ま、きゃあぁあああぁあぁあぁぁぁ!」


 凛々しいミリアムさんが、女の子のような叫び声を出している。女性は間違いないんだけど、これがギャップ萌えか。とはいっても、俺もこれはちょっと怖い。


 パンドラのことだから木に当たるようなことはないだろうが、明らかに制限速度をオーバーしている。そもそも制限速度なんてないけど、少なくとも馬の数倍は早い。


 そしてエルセンを囲むような森を抜けると平原に出た。


「上昇しますので、怖い場合は下を見ないでください。むしろ下を見て気絶してくれた方が早く着きます」

「人に耐えられる速度って言ったよな?」

「肉体的には大丈夫です。でも、精神面は考慮してません」

「き、騎士として負けません!」

「その言葉が聞きたかった……飛ばすぜ!」


 なんでミリアムさんは対抗しているのだろう。そしてパンドラは言質を得たとばかりに速度をさらに上げる。早く着くだろうけど、大丈夫かね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る