第178話 空気を読まない登場

 カロアティナ王国でフランさん達がいる公爵領は国の西の方。エルセンは逆に東の方なので、国を東から西へ横断するような形で移動している。


 国の北側には魔国と元エンデロア王国があり、南側は商業都市がある荒野だ。エンデロアが滅んでしまったので、北は魔国だけになるが、魔国と戦う最前線ということで色々な国から支援を受けている。


 魔国の南側にある森林地帯から攻撃を受けることはないが、ヴァーミリオンがいる湿地帯や元エンデロアの領地から攻撃をうけてはいるが、それに抵抗しているのがフランさん率いる闇百合の騎士団だ。


 正式名称は闇百合近衛騎士隊なのだが、黒百合騎士団と合わせるために闇百合騎士団に改名しているらしい。今、男性も女性も注目の騎士団で、カロアティアの女性の多くがどちらの騎士団を推すか論争が沸き起こっているという。


 そんな平和な論争が起きるのはフランさん達のおかげだろう。実力もさることながら見た目も良く多種多様、凛々しいとか可愛いとかクールとかフランさん達の絵が売れるほどらしい。まあ、メリルの商会が売っているのだが。


 フランさんが言うには魔国側が本気じゃない、とのことだ。どちらかといえば、聖国への攻撃が激しく、カロアティナへの攻撃はそこまでではないと言っている。


 帝国と共にまずは聖国を潰そうという戦略だったのだろう。全方位への攻撃を開始したと言っても、落ちやすいところに戦力を増やすのは間違いじゃない。不死者たちからすれば、倒した敵は味方にできるわけだし、人が多い方を狙う戦略は正しい。


 だが、帝国は皇帝が倒されてヴィクターが皇帝になった。帝国で暗躍していた吸血鬼たちを狩るようになって、ヴァーミリオンとは完全に手を切る形になっている。


 古代竜のウィーグラプセンがいることも影響しているのか、それに逆らうような帝国人はいないようだ。ほんの一ヶ月程度で、帝国は物価も落ちて国民も歓迎しているとか。


 アランの奴も帝国の中で「黒の将軍」という地位に就いたようだ。そろそろ軍隊を率いて聖国へ向かうと言っていたが、俺は将軍なんて柄じゃねぇとも言っていた。後でカラアゲとビールを奢ってやろう。


 そんな事情もあってカロアティア王国はそれほど激しい戦闘は行われていない。問題はカロアティアの高位貴族たちが吸血鬼達の甘言に惑わされていることだ。


 今のところ戦況に影響を与えているほどではないが、足の引っ張り合いが加速すると面倒なことになる。ヴォルトたちが対応してくれているが、どうなったのかの連絡はない。いざとなったら俺も対応するしかないな。


「そろそろ到着します。ミリアムさんを起こしてください」

「着陸するまで待とう。起こしてもすぐに気絶するだろうし」

「ギリギリを攻めすぎましたね。今後はこれで配達事業も視野にいれているので張り切ってしまいました」

「あまり無茶するなよ」

「労いの言葉を頂けるとは……パンドラの好感度が上がった!」

「労いの言葉じゃなくて、もう少し大人しくしてろと言ってる」

「……パンドラの好感度が下がった!」


 コイツ、転生者とかじゃないよな?

 なんで恋愛ゲームみたいなことを言ってんだ?


『安心してください。パンドラは違います』

『そう言ってくれて本当に安心したよ』


 アウロラさんよりもパンドラの方が転生者と聞いたほうが納得できる部分は多いが、スキルが言うなら間違いないだろう。


 さて、そんなパンドラの頑張りによって、夜に着くと思ったら、今は午後三時くらいだ。もしかするとフランさん達はまだ戦っている可能性がある。


「見えてきました――どうやら押されているようですね」

「嘘だろ?」


 目を凝らすと、平原に陣を張っている軍隊が見える。それに襲い掛かっている大量のゾンビたちが見えた。少しずつではあるが、前線が後退しているように見える。


「あれは作戦とかじゃないんだな?」

「おそらく違います。たぶん、敵の前線にいるあの不死者がかなりの強さを持っているんでしょう。あのフラン様が押されていて、それがすべてに影響しています」

「フランさんが?」


 パンドラの目はほどではないが、俺も魔族として目はいい。かなり遠くなのだが、辛うじて見える。どうやら、派手な鎧を身に着けた不死者――ゾンビと戦っているようだが、かなり強いようだ。


「あと二分くらいで到着しますが、突っ込みますか?」

「そうしてくれ。ミリアムさんも仲間達が危険だと分かれば意識は保てるだろう。すぐに起こす」

「承知しました。派手にぶちかましましょう」


 パンドラはそう言うと速度を上げた。その間にミリアムさんの体をゆする。


「ミリアムさん、起きてください!」

「う、うーん、飛ばない、人は飛ばない……」


 トラウマでも植え付けてしまっただろうか。でも、これを言えば何とかなるはず。


「仲間の皆さんが危険です。すぐに助けないと」


 そう言うと、ミリアムさんの目がクワッと開いた。


「皆はどこに!?」

「もう到着しましたよ。ですが、不死者たちが押しています。すぐに助けましょう」


 状況を理解したのか、ミリアムさんはすぐに身を乗り出して地上を見た。


「すぐに戦闘してもらうことになるので準備を。お仲間にミリアムさんが来たと派手に宣言しますので」

「分かった。すぐに準備する……あの、あまり派手なのは困るのだが。ちょっと恥ずかしい」


 そんなことを言っている場合かとも思うが、俺がやるわけじゃないから何とでも言える。むしろ、こういう場では派手に登場した方が、皆の士気が上がるもんだ。


 それにミリアムさんのスキルで女騎士たちは強くなる。まず間違いなく、今の押されている状況をはねのけるだろう。恥ずかしがっている場合じゃない。


「行きますよ。シートベルトで衝撃に耐えてください」

「何をする気だ?」

「あの大きな奴に体当たりを食らわせます」

「ちょ、おま――」


 派手にぶちかますとは言ってたけど、そういう物理的なことじゃない。派手に登場してくれという意味なんだけど。とはいえ、もう無理だな。俺も覚悟を決めよう。


 大丈夫だとは思うが、ミリアムさんに負担をかけるのは良くないな。


『ミリアムさんへの衝撃を和らげてやってくれ』

『金貨一枚で衝撃を完全になくせますが、しますか?』

『それなら頼む。すぐに戦ってもらうだろうし』


 何人かはこちらに気付いているようで地上から指差している。不死者たちも本能的にこちらを見上げているようだ。


 そしてパンドラが運転するメイド号が高速で戦場に急降下した。フランさんはこちらの意図を理解したのか、全軍に後退を指示している。


 直後にメイド号が派手な鎧の不死者に激突した。映画でしか見たことがないような飛び方で不死者が吹き飛ばされ、それに他の不死者たちが巻き込まれている。


 皆がぽかんとしている中、速度を落としたメイド号が戦場のど真ん中に着陸した。


「お届け物です。エンデロア王国の騎士団長ミリアム様お一人。お納めください」


 パンドラはそう言って、運転席から降りミリアムの近くのドアを開ける。貴族のご令嬢を馬車から降ろすときのようにエスコートしているようだが、ミリアムさんの方は何が何だか分かっていないようだ。ただ、パンドラの完璧な動きが、ミリアムさんを普通に降ろすことに成功している。


 あまりにも空気が読めない登場で、戦場が静まり返っている。ここは俺が何とかしないとだめだな。


「フランさん、あとは任せていいかな。連れてきたミリアムさんは皆を強くしてくれるから勝てると思う」


 俺の言葉にフランさんは呆れた顔になった。でも、少し笑っているような気がする。


「相変わらず緊張感がないというか、温いねぇ。でも、クロスがそう言うなら間違いないんだろうね。後は任せな。さっきまで押されていたが、巻き返してやるから」

「よろしく。それじゃ俺たちはこの辺で。夜はフランさんのカラアゲを期待してる」

「騎士団長の私にカラアゲを作らせるのはアンタだけだよ。でも、そっちも任せな。とびきり美味いのを食わせてやるよ。ところでビールは持ってきたんだろうね?」

「もちろん、たくさん買ってきた。祝勝会の準備をしておくから、できるだけ早めにね。そうしないと俺が全部飲んじまうよ――それじゃパンドラ。後は任せて俺たちは行こうか」

「承知しました。祝勝会の準備はこの完璧メイドに任せるといい」


 パンドラはそういうと運転席に乗り込む。そしてメイド号が発進して空を飛んだ。


 このやり取りに不死者を含めて全員が呆気に取られていたようだが、そこでフランさんが剣を掲げた。


「さあ、仕切り直しだ! エンデロア王国の騎士団長に負けるんじゃないよ!」


 フランさんがミリアムさんを見ながらそう言うと、ミリアムさんも剣を掲げた。


「国を守れなかった汚名をそそがせてもらう! エンデロアの騎士達よ! 我に続け!」


 ミリアムさんは俺やパンドラと違って空気が読めるようだ。それにこういうの好きなのか、女騎士の皆さんはかなり盛り上がってる。不死者の方がその熱気に押されている感じだ。


 パンドラが遠くに吹き飛ばした派手な鎧の不死者はようやく立ち上がったが、誰も怖さを感じていないだろう。立ち上がっても、この後の祝勝会を盛り上げるやられ役でしかないな。

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