第179話 他国の勇者
予想通りというか予定通りというか、フランさん達は不死者の軍団に勝った。
カロアティナ王国は魔国や元エンデロアの領地とそれなりに広く隣接している。フランさん達が戦っていた場所だけで戦闘が起きていたわけではなく、多くの場所で戦闘があったのだが、他の場所でも快勝したらしい。
派遣されているパンドラが頑張ってくれているようで、以前よりも被害はかなり減っているそうだ。特に夜間の対応はパンドラたちがやっているので助かるのだろう。
そんな事情もあって、今は夜だが見張りは最低限で済む。それに全員ではないが簡単な祝勝会ができるほどだ。平地に陣を張っただけの場所だが、食事に酒があれば十分だと女騎士の皆さんは男顔負けに騒いでいる。
うすうす思っていたが、ここは男子禁制だよな。基本的に女性しかいないから、居たたまれない。メイガスさん達と一緒にいたときも辛かったが、今はさらに辛い。
ありがたいことにフランさんが使っている家のような大きなテントに匿ってもらえたから安心だが、ここへくるまで質問攻めで大変だった。俺をヴォルトと勘違いしているような人たちもいたし。ミリアムさんとの関係も聞かれた。あとパンドラとの関係も。
どんなにつらい戦いでも、恋バナさえあれば女性は戦えるとは誰の言葉なのだろうか。それにフランさんとはどんな関係なのかを根掘り葉掘り聞かれた。場を和ませるためとはいえ、カラアゲを作っては言い過ぎたか。
それにヴォルトじゃないと分かったら分かったで、フランさん、ヴォルト、俺の三角関係に話が発展した。俺から言わせれば話が悪化しただけなのだが、それを否定しても信じてくれないのが辛い。
それが皆の活気に繋がるなら別にいいんだけど、なぜか俺が振られる展開になっていて、知らない人から「頑張って」とか「生きて」って言われるのはなんでだ。ヴォルトがイケメンだからか。俺、普通だし。
「まあまあ、クロスさん。他人の恋愛なら三角関係は必須なんだって」
「その通りですわ。自分に被害が及ばない三角関係は我々の活力」
「三角関係は恋愛のスパイス……派手に散るまでが様式美……!」
「君ら、三年経っても変わらないね」
ルビィ、サフィア、シトリーの三人娘は今やフランさんに負けず劣らずの人気を誇る女騎士だ。それぞれ性格が違うというか色々とジャンルが違うので、それぞれにファンがいるらしい。
フランさんほどじゃないが、三人も強く美人さんだ。それが人気に拍車をかけているのだろう。以前聞いたが、色々なところからお見合いの話が舞い込んでくるそうで、嬉しそうに困ったと言っていた。ただの自慢だよな。
「そんなことよりも今ならクロス殿にも勝てるような気がする。ちょっと戦おう。私もミリアム殿のように汚名をそそぎたい。いや、そそがせろ」
「アドニアも変わらないね。戦わないから服を引っ張らないで」
エルセンに来ていた時点でアドニアは教会を辞めていた。というよりもオリファスについてきた。その後、闇百合に加入したわけだが、これは俺が推薦した感じだ。スキルのホーリースラッシュを活かすにはそれしかないからだ。
俺の意見ではあったが、アドニアは特に疑うこともなくフランさん達と行動を共にするようになって、今では三人娘と同じように人気があるらしい。ちょっとお馬鹿なところが可愛いという評価だ。
三年前、アマリリスさん達と一緒に聖国へ行くと言う話もあったのだが、信仰よりも友情を取ったのだろう。三人娘たちとは年齢が近いためか、結構仲が良く、何をするにも一緒らしい。
フランさんが作ったカラアゲを取り合っているところを見ると確かに仲はよさそうだ。スキル目的で一緒にいてもらうことにしたんだけど、いい感じになってよかった。
「私がカラアゲを作ってるのに、アンタらは食べるばっかりかい?」
「フランさんが作るカラアゲが一番美味いからね」
女性の前でそんなことを言っちゃいけないことを学習した。皆が「目にもの見せてやる!」とか言いながら席を立って料理を始めた。代わりにフランさんが楽になったから、まあいいかな。
「お疲れ様。ご要望のビールもいくつか買ってきたし、村長からも渡してやってくれって持ってきたよ。何をしているかは知らないみたいだけど」
「村長か、懐かしいな。あれから三年、早いもんだ」
「ヴォルトとの結婚式を準備してやってたのに肩透かしを食らったって怒ってたよ」
「……そういうのはまず本人に許可を取るもんだろうに」
「お年寄りは騒ぐネタを探すのが趣味みたいなところがあるから」
「やれやれ、困ったもんだ。こっちは名前が売れすぎて、お嬢様からは戻ってこいと言われているし、家族はいい縁談を紹介するとか言ってくるし、さらにはエルセンでヴォルトと結婚式を挙げろか。人気者はつらいねぇ」
そんなことを言いながらもフランさんは笑っている。少し前までは冒険者ギルドの受付嬢として毎日本を読んでいただけだからな。どちらかというとこっちの方が性に合っているんだろう。
残念だけど村には帰ってこないかもしれない。エンデロアもなくなっているし、もう罰という名前の何かを与える必要もない。葬式までして死んだことにしているようだけど、もう撤回しても問題ないしな。
「フランさんはこっちに残る――」
「早くギルドに帰って恋愛小説を読みたいよ。こんなご時世でも新刊が出てるんだ」
「……エルセンに戻るんだ?」
「そりゃそうだろ。だからパンドラにお願いしてギルドの掃除をしてもらっているんじゃないか」
「そういえばそうだったね」
「それにクロスも早くアウロラを治しなよ。アウロラは私と波長が合う大事な小説仲間なんだ。一晩中でも語り合いたいからね」
そういえばエルセンでそんな話をしていたな。アウロラさんも恋愛小説好きだった気がする。アウロラさんが変な恋愛知識を持っているのはフランさん達のせいでもあるんだが。
「まだまだお金は必要だけど、目途は立っているから――なんだ?」
テントの外が騒がしい。敵が襲ってきたというわけじゃなく、どちらかといえば歓声に近いようなきがするが。
でも、なんだ?
フランさんの顔が露骨に歪んでいる。
「どうかしたの? この騒ぎのこと?」
「嫌な奴が来たね。ヴォルトにアイツの相手をしておいてくれって頼んだのにな」
「え? 嫌な奴?」
そう言った直後にテントの入り口が開く。
そこには金色の長髪、さらには金色の鎧で身を固めた男がいた。ヴォルト並みにイケメンだ。そして男の後ろには女性が二人いる。俺の基準でしかないが、結構な美人さんだ……どれだけ美人でも俺は御免だけど。
「やあ、フランチェスカ、今日の勝利を祝いに来たよ」
「……ありがとうございます、ヴィルヘルム様」
ヴィルヘルム? 誰だ?
フランさんは敬意を払うというほどではなさそうだが、非礼にならないようにはしているようだ。王族とか公爵家の人ではなさそうだが貴族なのだろうか。
そんなことよりも、フランチェスカって呼び捨てか? さんをつけろ、この野郎。ヴォルトや俺だって呼び捨てにしたことなんてないんだぞ……怖いから。
そのヴィルヘルムとやらがこっちに視線を向けた。敵意があるというよりは虫を見るような目だな。
「君は邪魔だからどこかへ行ってくれ。ああ、その貧相な料理と酒は持って行って構わないよ。フランチェスカ、いい料理と最高級のワインを持ってきた。二人きりで祝おうじゃないか」
全ての地雷を踏みぬく奴っているんだな。残念なイケメンじゃなくて、ただの残念な奴だとは恐れ入る。とはいえ、俺ってその命令を聞かないといけない立場なのだろうか。そもそも誰だか知らないんだよな。
フランさんが暴れていない以上、俺も暴れられないが、後ろの女性を見てもこいつは俺の敵なんだが……一応誰なのか確認しておくか。
「コイツ、誰?」
「ダムルド王国の勇者様だね」
「ああ、なんだ。自称勇者か」
テントの中の気温が急激に下がった。
でもね、俺は事実を言っただけだ。それにコイツ、魅了の魔眼を使ってる。帝国にいた吸血鬼のローズマリーほどの強力なやつじゃないが、抵抗値が低い人たちには効果的だな。フランさん達はともかく、テントの周囲にいた女性たちはアウトか。
思いのほかアドニアが嫌そうな顔をしているので、魅了の魔眼は全く効いていないのだろう。さすがは聖騎士か。おっと、そんなことよりも、この国お偉いさんじゃなくてよかった。遠慮なくぶっ飛ばせる。
「貴様……!」
「その魅了の魔眼は吸血鬼からもらったものかい?」
「な、何を……」
フランさん達も驚いているけど、この程度の揺さぶりで動揺するなんてこの男は使い捨ての駒でしかないな。それに俺のことを知らないみたいだし、人間の国で色々引っ掻き回すだけの奴か。
「フランさん、そっちの二人は吸血鬼だ。自称勇者ごとまとめて倒しちまおう」
「本当かい!? 実は前からぶん殴りたいと思ってたんだよ! 私にはね、ヴォルトって婚約者がいるんだ。アンタの相手なんか御免だよ!」
いつの間にか婚約者になってたことに驚きだよ。返事はこの戦いが終わってからじゃないのか。まあいい、まずはこの三人を倒しちまおう。
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