第180話 聖騎士との共闘

 勇者が聞いて呆れる。教会や他国への牽制のために勇者という称号があるのだろうが、結果的に自国の無様さを証明するとは。顔で選んだというか、有名になった闇百合騎士団に対してイケメンならどうにでもなると思ったか。


 正式な抗議とかはフランさん達にお願いするとして、俺はこの場で吸血鬼を退治するべきだろう。ヴィルヘルムとかいう男の方はフランさんに任せて、俺は女性の吸血鬼をやる。


 念のためスキルに確認しておくか。


『魔眼で見た限りは吸血鬼なんだけど間違いないよな?』

『間違いありません。魅了の強さも物理的な強さもローズマリーよりも落ちますので、クロス様だけでも勝てるはずです』

『男の方はフランさんでも勝てるよな?』

『アレは顔だけです。その顔も二流クラスですが』


 男に対するスキルの評価が低い。顔だけでも人生はそれなりに優遇されるだろうが、それに胡坐をかいた上に欲望に忠実なら意味はないな。それにさっきからこの男は言い訳ばかりしてる。


「貴様! このヴィルヘルム様に向かって――」

「自分を様付で呼ぶ奴に碌な奴はいないな」

「なんだと!」

「だいたい、俺のことを知らないんだろ、お前」

「ハッ、貴様が何だと言うのだ! どこにでもいる価値のない男だろう!」

「俺の名はクロス。クロス魔王軍のトップで、魔王アウロラ様の代理だ」

「クロス、魔王、軍……?」

「吸血鬼に何を言われたのかは知らないが、それすらも知らないんじゃ、本当に使い捨ての駒だな。ご愁傷様」


 こっちはフランさんに任せる。ここには三人娘やアドニアもいるから問題ない。俺がやるべきは後ろにいる女吸血鬼二人。


 身体強化の魔法を起動して、一瞬で間合いを詰める。そのままの勢いで吸血鬼の一人の腹を殴ってテントの外へ吹き飛ばした。もう一人が外に来るか分からないが、まずは一体を確実に仕留めよう。


 いきなり外へ飛び出してきた吸血鬼に周囲の女騎士の皆は驚いているようだ。もしかしたら俺が乱心したとか思われているかもしれないが、それに構っている場合じゃない。止められる前に仕留めて吸血鬼だと証明しないと。


 吸血鬼の方は誤解させることを狙っているのか、テントの入り口から吹き飛んだ後に、か弱い女性を演じている。


「な、何をするんです! わ、私はヴィルヘルム様の従者で――」

「殺す気で殴ったんだけど、その程度か」

「おやめなさい! これは国家間の問題に――」

「俺は魔族だ。人間の国同士のことなんてどうでもいい。あと、俺に魅了は効かない。さっきから魔力を込めているようだけど、ローズマリー以下なら意味はないぞ」


 この言葉にはさすがの吸血鬼も驚いたのか、驚愕の目で俺を見ている。勇者といい、この吸血鬼といい、俺のことを知らないということはヴァーミリオン軍の中ではかなり下なのだろう。というか、俺ってそんなに有名じゃないのか?


「皆さん、助けてください! この男に殺されてしまいます! 助けて!」

「吸血鬼の魅了は異性には効かないだろ。諦めろ」


 亜空間から木刀を取り出す。そして身体強化で引き上げた腕力で木刀を振る。吸血鬼は両腕でガードしたが、この攻撃を防げるほどじゃない。悲鳴を上げながら地面を転がった。


「ク、クロス殿! さすがにこれは――!」

「吸血鬼だという証拠がどこにも――」

「ヴィルヘルム様の従者ですよ!」


 周囲にいる女騎士の皆さんが我に返ったというか、慌てて俺たちの戦いを止めようとしている。人間か吸血鬼か、普通の人には分からないよな。こうなる前に仕留めたかったんだけど、ちょっと遅かったか。


「ホーリースラッシュ!」


 アドニアの声が聞こえると、もう一人の女吸血鬼がテントの中から吹き飛んできた。吸血鬼が血まみれな上に、かなり痛がって地面を転がっている。


「前から嫌な感じがしていたが吸血鬼だったのか! 聖騎士である私の目はごまかせんぞ!」


 ごまかされてんじゃん。嫌な感じがしていたなら何とかしておいてくれよ。というか、アドニアって味方が言ったことを盲目的に信じるタイプだからな。いや、敵もか? ちょっと心配なところはあるが、今はありがたい。


 でも、アドニアだけが出てきた? テントの中は大丈夫なのだろうか。


「フランさん達は?」

「勇者と戦っている。狭いから大変そうだが、すぐに勝負はつくだろう。大体、あの勇者も前から嫌な感じがしていた。吸血鬼ではなさそうだが、魅了の魔眼を使っていたようだな。男の風上にも置けん奴だ!」


 さすが人気があるアドニア、その言葉だけで女騎士たちをあっという間にこっちの味方につけた。倒れている女吸血鬼を警戒しながら距離を取り始めている。


 吸血鬼二人もこれは無駄だと感じたのか、立ち上がると凶悪そうな顔になって周囲を見た。それに普通の人間に擬態していたのか、肌は白くなり、眼と唇が赤く染まっていく。


「人間どもの真似なんて反吐が出るから助かったわ」

「お礼はアンタらの命でいいよ。ああ、不死者だから命はないのか?」

「ヴァーミリオン様に負けたクズがぁ……!」

「それはお前達の認識違い。アイツは俺に負けて引きこもったんだよ」


 どうやらアドニアに吹き飛ばされた方は俺をちゃんと知っているようだ。そしてさっきとは比べ物にならない速さで襲ってきた。しかも二人掛かり。ならこっちも全力だ。無料の超絶強化で十分以内に片を付ける。


「アドニア! ホーリースラッシュをいつでも出せるようにしておけ!」

「分かった! これが終わったら私とも戦えよ!」


 それは嫌だが、一応頷いておく。


 先に襲ってきた吸血鬼は右手の爪が赤く伸びている。おそらく血を操る吸血鬼特有の攻撃。刺さったら体内に不純な血が混じって死に至る可能性が高い。課金スキルで何とかなるけど、金は使いたくない。


 それに魔力や動きはローズマリーよりも数段落ちる。夜という吸血鬼が力を発揮するのに最高の状況ではあるが、それでも昼間のローズマリーより弱そうだ。


 爪で刺そうとしている吸血鬼の攻撃を躱し、その腕を手に取った。そして背負い投げで思いきり地面に叩きつける。そこへ木刀を突き立てた。


 ローズマリーの時のように空中から地面に叩きつけたわけではないから、心臓に突き刺さるほどじゃない。だが、地面に倒れた状態で動きを封じるくらいには押さえ込めた。それに俺の攻撃が致命傷にならなくても、アドニアのスキルは違う。


「アドニア!」

「任せろ! ホーリースラッシュ!」


 アドニアが剣を振りかぶったとき、倒れている吸血鬼を助けようとしてもう一人が高速で近づいてきたが、倒れている奴を木刀で押さえ込んだまま、裏蹴りを放つ。牽制のつもりだったのだが、見事に吸血鬼の腹部に当たって吹き飛ばした。


 その後、アドニアのホーリースラッシュが倒れている吸血鬼を真っ二つにする。さすがは聖属性攻撃。ちょっと絵面はグロいが不死者属性の相手に絶大だ。


 断末魔と共に吸血鬼が炎に包まれた。不死者にとって聖なる攻撃は浄化の炎かなのか、一瞬で体が灰になって消えてしまった。


「血を寄越せ!」


 遠くで吸血鬼の声が聞こえたと思ったら、蹴りで吹き飛ばされたもう一人の吸血鬼は女騎士たちを襲おうとしている。血を吸って強化するつもりか。だが、さすがにフランさん達のスキルによる恩恵を受けている女騎士。黙って血を吸われるなんてことはない。


「押し返せ!」

「逃がすな!」

「ぶっ殺せ!」


 ちょっとやばい感じの言葉も出ているが、これくらいの元気がなければ不死者たちと三年も戦えないよな。それにさすがは騎士団というべきか、一人で戦おうとはしないし、無理に攻撃しようともせず、力を合わせて吸血鬼を逃がさないようにしているだけだ。


 それじゃ、終わらせようかね。このままだとコウモリになって逃げられる可能性がある。倒すなら躊躇せずにやろう。


 高速で吸血鬼に近づき、襟首をつかむ。


「き、貴様! 離せ!」

「離せと言われて離す奴がいるかよ」


 今度は背負い投げじゃなく、力任せにボールを投げるようにアドニアの方に向かって吸血鬼を放り投げた。これも離すと同じだけど、投げた先に安全はない。


「アドニア!」

「任せろ! ホーリースラッシュ!」


 高速で投げ飛ばした吸血鬼に、アドニアは野球でバットを振るような感じで斬撃を放つ。これまたグロいが真っ二つになった吸血鬼は断末魔と共に炎に包まれた。


 よし、あとはテントの中にいる勇者だけ――と思ったら、イケメンのイの字もない感じに顔をボコボコにされた勇者がテントの中から吹き飛んできた。そして俺の足元に転がる。


「ひ、ひぃ! た、助けてくれ……!」

「フランさんが作ったカラアゲを貧相とかいう奴を俺が助けるわけがないだろ」


 あれは最高のご馳走だろうが。とはいえ、さすがに人間を殺すのはよろしくない感じがする。なので、木刀で男の腹部を思いきり叩きつけた。鎧がへこむほどの衝撃だったので、自称勇者はうめき声をあげて気絶したようだ。


 次の瞬間に女騎士の皆からなぜか黄色い歓声が上がった。でも、それは俺じゃなくて、フランさんとかアドニアの方だろうな。うん、勘違いしちゃいけない。

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