第181話 懐かしい状況

 吸血鬼二人と自称勇者をぶちのめして、野営地に平和が戻った。


 というよりも、そこまで危険な状態ではなかったと言うのが正しいか。そもそも戦闘で引っ掻き回す感じではなく、顔のいい奴を使ってかく乱するのが目的だったようだ。


 勇者はともかく吸血鬼達がかく乱の作戦をとるなんて、向こうはかなり追い詰められているのだろう。それとも、あまりにも戦況が変わらないのでしびれを切らしたのだろうか。


 戦力を温存しているという可能性もあるな。自称勇者は普通の人よりも強いが、フランさんたちほどじゃない。吸血鬼の方は人よりも相当強いが、不死者に対して特攻性能を持つアドニアがいる。魔族の俺に対しても特攻性能があるけど。


 普通に戦っても負けるしかない奴らはあの手この手でこちらを攻撃しているわけだ。ただ、ヴァーミリオンの奴が引きこもっているからなのか、どうも統一性がないというか、個別に対応しているような気もする。


 吸血鬼の一人は俺のことを知らなかったみたいだし、全体的な情報の共有がなっていない。ヴァーミリオンがやっているわけではないから、幹部たちがそれぞれ勝手に動いているのかもしれないな。


 幹部の一人であるローズマリーは倒したけど、大幹部と言われている奴があと三人くらいはいたはずだ。それが協力せずにバラバラで戦っているなら一人一人仕留めていく方がいいだろう。


 もしかしたらアドニアに協力してもらう必要があるかもしれない。ただ、本人がちょっと純粋というか人を疑う感じが足りないから怖い。それが騎士団では人気なんだろうけど。


 今も周囲から褒められて本人はご満悦だ。「アドニア様かわいい!」「ドヤ顔素敵!」「さすアド!」とか言われていて嬉しそうだ。もっと容姿的なところじゃなくて強さを褒めてあげてと思わんでもないが。


 まあ、本人が良いならいいか。そっちは任せて俺はこっちに集中しようかね。吸血鬼達を倒したら、どこにいたのかヴォルトたちがやってきたからな。


 ヴォルトたちは暗躍している吸血鬼を倒すためにこの国に来ていた。でも、自称勇者の近くにはいなかった。そのことについて説明してくれたあと、俺やフランさんに頭を下げた。


「すまん。アイツらこっちに来てたのか。クロスがいてくれて助かった」

「事情を聞いたけど、こいつ等の上司的な奴を倒してたんだろ。なら問題ないぞ」

「なんだか二流の匂いがしたのよね! 一流のイケメンは匂いからよ!」

「聖剣ちゃん、たまに変なこと言うよね。大体、匂いが分かるの? 精霊ちゃんでも分かんないのに」

「くぅん……」

「イケメンの匂いってのはね、嗅ぐんじゃないの、感じるのよ……!」

「大事な話をしてるから、聖剣はサンディアとちょっとあっちに行ってくれるか?」


 ヴォルトたちはどうやら俺とアドニアが倒した吸血鬼は兵隊みたいなもので隊長クラスが他にいたらしい。そっちで戦闘をしていたようで、倒した後に慌ててこっちに戻ってきたようだ。吸血鬼でも下の方なら情報共有はしてないか。


 それはともかく、できるだけ騒ぎを起こさずに吸血鬼をやろうとしていたようだが、それが仇となったわけだ。俺は魔族だからどう思われてもいいし、スキルのおかげで吸血鬼なのはすぐ分かったから行動も派手になるが、ヴォルトたちはまたちょっと違うから後手に回ってしまったのだろう。


 それに結果的には大した被害もなく吸血鬼達を倒せた。それにヴィルヘルムとかいう勇者の魅了の魔眼も無効化した。スキルでお金を使ってしまったが、これは必要経費みたいなものと考えよう。


 これからヴィルヘルムを引き渡す必要があるのだが、それが終わるまでは俺も待機だ。ありがたいことにフランさんが作ってくれたカラアゲはまだある。ちょっと冷めても美味しい。食べながら待とう。


「おいおい、クロス、なんで俺より先にフランさんのカラアゲを食べてんだよ」

「順番は関係ないだろ。あのヴィルヘルムって奴のせいで少ししか食べてないんだ」

「ヴォルトには新しく作ってやるからちょっと待ってな。というか、私もお酒を飲めてないんだ。カラアゲができるまで先に飲むんじゃないよ」


 ……なんだか懐かしいな。ギルドではいつもこんな感じで飲み食いしてた。あの時はあの時で、ヴォルトにもフランさんにも色々問題はあったのだろうが、飯を食う時くらいは素で笑っていたような気がする。フランさんはたまに塩対応だったけど。


 そんな色々あった問題もほとんどは解決した。フランさんはエンデロアの貴族を気にする必要はなくたったし、ヴォルトは病弱だったサンディアが元気になって教会から解放された。


 あとはアウロラさんを治して、ヴァーミリオンの件を片付けたら憂いはなくなる。魔王のことが残っているけど、とりあえずはそれでいったんは解決だ。


 何の憂いもなくなったら、またエルセンでゆるい生活ができるかもしれない。それを思うだけで、結構頑張れるような気がする。道はまだまだ途中だが、少しずつ進んでいる。いつかは俺が望むような生活ができそうだ。


 そこにアウロラさんがいるかどうかは……ちょっと分からないけど。


「あいよ、カラアゲ。味わって食いなよ」

「おー、久々だな、いままでおあずけだったから、今日の酒は絶対に美味いぜ!」

「あの自称勇者が持ってきたワインでも飲むかい? もったいないし」

「フランさん、そのワインには変な成分が含まれているから捨てた方がいいよ」

「……お酒に対しての冒涜だね。もう一発ぶん殴っておこうか」

「すでに瀕死だから勘弁してあげて。それにあの男を使ってダムルド王国に賠償を請求するんでしょ? 殺しちゃまずいから」

「まったく貴族ってのは面倒くさいよ。なんでも政治的に利用しようとする。下手に欲を出したらダメだって何度失敗すれば分かるのかね?」


 元貴族のフランさんが辟易って感じでそんなことを言っている。とはいえ、ダムルド王国の上層部がすでに吸血鬼に支配されている可能性もあるわけだから、対外的にもそれを示して国民や周辺国へ注意を促すんだろう。


 帝国の例もあるし、多くの場所へお前のところは大丈夫かと注意をするわけだ。それはそれとして賠償金や多くの資金を貰うらしいけど、政治的な駆け引きというか、色々あるんだろうな。


 そんな話は適当に済ませ、食事と酒を楽しんだ後、今後どうするかの話になった。


「私はもちろん、ここで不死者たちからの攻撃を防ぐよ」

「それは俺からもお願いしたいかな。ところでミリアムさんはどう?」

「話したんだけど、優秀な騎士は大歓迎さ。それにエンデロアの騎士たちは彼女の下で働いた方が効率的だからね」

「フランさん的には平気?」


 フランさんとエンデロア王国は色々あった。いい印象はないだろう。今は火急の時だから協力しているのであって、口では平気そうに言っているけど、内心は嫌なのかもしれない。


 以前は問題ないと聞いたけど直接会ったら状況が変わると言うのは良くあること。もう一度聞いておこう。


 そんな俺の心配を見抜いたのか、いきなり二の腕を叩かれた。ちょっと痛い。


「やだねぇ、そこそこ付き合いは長いのに、そんな小さなことを気にする奴だと思ってんかい。気に入らないのは貴族の――名前は忘れたけど、ちょっかいをかけてきた男だけだよ。エンデロアの騎士団に思うところはないさ」

「そうだぞクロス。フランさんがそんなことを気にするような肝っ玉が小さい人なわけがねぇだろ」

「あのね、ヴォルト、一応私も女なんだから言い方を考えなよ」

「ん? フランさんは一応じゃなくて、どう見ても女だろ?」


 女性の評価で肝っ玉が大きいは駄目なような気がする。まあ、それすらもフランさんは気にしてないし、笑いを取ろうとしてそう言ったみたいだけど。でも、そうか。気にしていないなら何よりだ。


 フランさんとミリアムさん、それに三人娘とアドニアがいるならすべてを殲滅するぶっころ騎士団になる。なら、この戦場は何の心配もないな。


「ところでヴォルトはどうするんだい? 吸血鬼や自称勇者の心配がなくなったからまた冒険者家業に?」

「それなんだけど――まずはクロスがどうするか聞いていいか?」

「俺? 俺は聖国に行くつもりだよ。帝国との戦争は終わったけど色々と揉めてるみたいでな。よく分からないんだけど、俺に来てくれって連絡があったから」


 もともと行くつもりではあったんだけど、俺が必要な理由がよく分からない。ちらっと聞いた話では、どちらが主導権を握るのかという点で揉めているらしい。


 事情は何となく分かる。帝国と聖国、国力で言えば帝国の方が上だ。だが、吸血鬼にいいようにされていたのは帝国。そのあたりを考えれば聖国が主導権を握って不死者たちと戦うという形であってもおかしくはない。


 政治に疎い俺でもそれはなんとなく分かるのだが、なんでそこに俺が行く必要があるのか、という点だけは分からない。俺は何しに行くのだろうか? その辺りを聞いても教えてくれないし。


「そうか。なら俺やサンディアも聖国に行くから一緒に行こうぜ」

「そうなのか?」

「冒険者ギルドの仕事じゃ金にならねぇからな。吸血鬼どもを倒していた方がまだ役に立てるからよ。そうそう、ヒヒイロカネの報酬で最終的に金貨八億枚は稼いだ。全部渡しておくからアウロラの治療費に当ててくれ」


 俺とフランさんの顔は形容しがたい状況になっていると思う。コイツ、三年で金貨八億枚稼いだのかよ。それくらいの金にはなるとは聞いていたけど、本当にそうなるとはなぁ。


 とはいえ、ありがたい。五年――あと二年という期限はあるけど、ギリギリは嫌だからな。早めに貯めておきたい。これで金貨は約七十八億枚はある。あと二十二億くらいか。


 おっと、それよりもヴォルトたちと一緒に聖国か。あそこは不死者からの攻撃も激しいし、本物の勇者であるヴォルトや聖剣があれば士気も上がるだろう。


「そんじゃ、一緒に行くか」

「おう、頼むぜ」

「やれやれ、ヴォルトは私よりも男の友情を取ろうってのかい?」

「い、いや! そ、そう言うわけじぇねぇって!」


 ヤバイ、イチャイチャが始まりそうだ。カラアゲ持って退散するか。それとも今後のために耐性をつけておくか? なかなか悩ましいところだな。

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