第176話 異世界の魂
久々にエルセンに戻ってきたので、管理していたダンジョンに足を運んだ。
三年ほど誰もいなかったから中はボロボロだ。なんか埃っぽいし、今日は掃除でもしておこう。また出かけてしばらくはいなくなるけど、住んでいた部屋が蜘蛛の巣だらけだとちょっと悲しいし。
ミリアムさん達は宿に泊まってお別れの晩餐をするとか言っていた。そこに俺が行くと気まずいかもしれないし、俺はこっちで寝る。そう思って掃除を始めたのだが、いきなりパンドラたちが乱入してきた。
「どうかした?」
「掃除と言えばメイド、メイドと言えばパンドラです」
「前半はともかく、後半はおかしいぞ」
護衛としてついてきたパンドラたちだが、なぜか掃除を始めた。自分がすると言ったのだが、ホウキもチリトリも取られてしまった。武器をちらつかせて俺を脅すほど掃除がしたいのか。
詳しく聞くと、これは依頼でもあるらしい。どうやらバウルと聖剣がダンジョンの掃除を、フランさんが冒険者ギルドの掃除を、各地にいるパンドラを通して依頼したそうだ。
しかも、パンドラの内、二人はダンジョンと冒険者ギルドで待機するとか。掃除もするが、村の護衛としても配置しておくという考えに至ったらしい。パンドラって何人見つかったんだ?
それはそれとして、掃除の邪魔だと言って追い出された。別にいいんだけど、パンドラたちは全員あのパンドラの影響を受けているのが怖い。こういうことをしそうだったから、古代迷宮に一人で置かれていたのではないだろうか。
そんな状況もあって掃除の必要がない聖剣があった部屋に移動した。ここはなぜか神聖な感じがする。おそらく二番目の神がそういう設定にしたのだろうが、聖剣が戻ってこないならここを俺の部屋にしようかな。掃除が必要ないって助かる。
『ここは二番目の神が設定したわけではありませんよ』
『そうなのか?』
『初代勇者がここに聖剣を置いただけです』
『聖剣に空間を神聖にするような機能が付いているのか』
『いえ、初代勇者が魔力を込めて空間を作ったので聖剣は関係ないです』
『聖なる剣なのになぁ』
ということは聖剣は所有者のステータスを上げることと、魔王を倒せるだけの剣ってことか。十分だけども。
あれ、よく考えたら初代勇者ってイケメンだったのか?
『初代勇者って転生者だよな? 聖剣を使えるなんてイケメンだったんだな』
『当時は聖剣に意思なんてありませんでしたので、勇者なら誰でもつかえましたよ』
『え? そうなのか?』
『聖剣が意思を持った、つまり転生者の魂が入り込んだのは千年くらい前です。二万年前からある聖剣に意思はありませんよ』
エンデロアの貴族をぶっ飛ばしに行った時、魔王の顔になったんだけど、聖剣は生まれて千年、こんなイケメンを見たことがないと言っていたはずだ。それに千年近く動けないのによく精神が持ったなと感心した覚えがある。
『いつだったか聞いたことがあるよ、千年くらい前に生まれたとか』
『感覚的にはそうでしょうね。ですが、聖剣自体は世界が始まった時からありますよ。でも、不思議なんですよね』
『不思議?』
『時間を戻す前の世界では聖剣に意思なんかなかったと思います。前の世界では詳しく調べていませんので何とも言えないのですが、世界が終わる日まで意思のないただの聖剣だったはずなんですが』
ただの聖剣っていうのもあれだが、二度目の世界で初めて意思を持った――転生者の魂が乗り移ったってことか。
前回の俺はエルセンに派遣されることもなかったから、スキルは聖剣を調べていないのだろう。別に魔王を倒す感じでもなかったし、アウロラさんが倒してしまったらしいからな。
『そもそも転生のシステムってどうなってるんだ?』
『それは私が創った世界の理とは全く違うシステムなのでなんとも』
『上位の世界の輪廻から外れて落ちてくる、だったか?』
『そうです。こちらの世界に魂が落ちてきてしまえばどうとでもなるのですが、落ちるてくるまでは私の管轄外でして』
お役所仕事と言えばいいのだろうか。イメージでしかないが、神様もそんな風に仕事を回しているのかもしれないな。しかも魂を戻さないところを見ると、魂のいくつかはどうでもいいように思っているのかも。
『ちなみに、これまでにどれくらいの転生者がいるんだ?』
『結構いますが、百人には満たないと思います』
『へぇ、有名どころだと誰? 俺が知っている人かな?』
なぜかスキルが黙ってしまった。なにかまずいことを聞いてしまったのだろうか。それとも調べている?
『金がかかるなら別に言わなくてもいいけど』
『そうではなく、言っていないことがあるのですが、言ってもいいですか?』
『言っていないこと?』
『もちろん転生者に関することです。ただ、クロス様がこれを聞いた時の反応がちょっと分からないので言っていいものかどうか分からないんですよね。別に隠していたわけではないのですが、特に言う必要もないかと思いまして』
『そんなこと言われても、それは聞かないと分からないだろ?』
『別に知らなくていいとは思いますし、知っていても何も変わらないとは思いますが、それは私の判断でして――』
『分かった。怒ったりしないから教えてくれ』
『分かりました。では教えます』
スキルはそう言うと、溜めを作る。
『アウロラが転生者です』
『……なんて?』
『アウロラが転生者です』
『……なんでそんな大事なことを今まで黙ってた!?』
『別にどうでもいいかな、と』
それはそうかもしれないけど、今になってそんなことを言うか?
アウロラさんが転生者?
つまり、俺と同郷?
でも、そんな素振りというか、東国でもそんなに反応はなかった。日本人の転生者なら東国はかなりぐっとくるはず。もしかして海外の人だったのか?
『言っておきますが、今のアウロラに前世の記憶はありません。バルムンクとして生まれたときには前世の記憶もあったのですが、その後の暴走――おそらく前世の記憶があったから暴走したのでしょう。その時に記憶も消し飛んだようです。もしかしたら、その後に保護した魔王に消された可能性もありますが』
『そうだったのか……』
『ただ、魂は間違いなく異世界のものです』
『それはそうなんだろうけど、なんでそれを今――おい、スキルが前の世界で取り込んだ魂って』
『異世界の魂で間違いありません。この世界は私が創った世界です。残滓や遺産も元は私の力でしかありません。もちろん、この世界で作られた魂も同様です。取り込んでも力を取り戻すだけで変化はしません。ただ、転生者だったアウロラの魂は私が作ったものではないので、それを取り込んだ私が変化しました』
異世界の魂だから取り込んだ時にイレギュラー的なことが発生したんだろう。それが感情か。
『魂の循環である輪廻のシステムはこの世界にもあります。人間や魔族、獣人や亜人、動物に魔物、それに名もない虫――姿は違えど魂は循環しています。落ちてきた転生者の魂もそのシステムに組み込まれて循環することになりますが、アウロラの魂だけは私が取り込みました』
『アウロラさんの魂だけは循環しない、つまり生まれ変わることはないと?』
『そういうことになります』
『……それを解放することは?』
『できます。私が取り込んだ魂を今のアウロラに与えることは可能でしょう。同じ魂なのでより強い魂になると思いますが』
魂が強くなるというのはよく分からないが、魂を手放すこともできるのか。
『ただ、前のアウロラはそれを望んでいません』
『望んでいない……?』
『世界のすべてと自分の魂を捧げて願った内容は、クロス様が望んだ人生をおくること。その願いは破綻している状況ではありますが、まだ挽回できる。それまでは魂を解放しようとしても無理でしょう。それは私の意思ではどうにもなりません』
『なら、俺が望んだ人生を送ったと思えば魂は解放される?』
『おそらくアウロラの魂はそう考えるでしょうね』
俺が死んだときに、幸せな人生だったと思えばいいのだろうか。いや、三年前にスキルに言ったな。俺の望みは「皆と笑って暮らせる平凡な人生」だ。それを叶えることができれば、前の世界のアウロラさんの魂を解放できる。
そんなにハードルは高くない望みだとは思うんだけど、なかなか難しいね。でも、絶対に叶えないとな。
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