第51話 温泉と戦力増強

 体を洗ってから、タオルを頭にのせて、お湯に肩までつかる。

 意識していないのに「あ」の濁音のような声が出た。

 湯気に囲まれながら、星の輝く夜空を見るのは乙なもんだ。


 温泉はいいねぇ。

 体の芯から疲れが洗い流されるような感じがする。

 これで雪を見ながら日本酒をちょいと一杯というのが最高なんだが。

 さすがにそこまでは無理か。


 この世界、日本酒はないんだよな。中途半端な異世界め。

 でも、俺が知らないだけで、東国にはあるのかも。

 もし行く機会があれば探したいところだ。


「よお、クロス、俺もそこいいか?」


 黒髪を濡らしてオールバックにしているヴォルトがやってきた。

 ものすごい筋肉だが傷も多い。

 小さな頃から妹さんのために無茶をしてたんだろう。


 そんな妹さんが元気になったからなのか、最近はヴォルトの笑顔が増えた。

 代わりに聖剣の小言が増えたのには辟易しているようだが。


 おっと、まずは返事をしないと。


「公共の風呂で良いも悪いもねぇよ。入れ入れ」

「おう、悪いな」


 ヴォルトが俺から少し離れた場所に同じ向きで座った。

 まあ、近すぎるのもアレだし、正面も困る。いい位置に座ったと言える。


「クロス、ありがとな」

「それ何度目だ。もうお腹いっぱいだし、言葉よりも酒を出せ」

「何度言っても言い足りねぇよ。酒は冒険者ギルドで用意してもらってるから期待していいぜ」


 そいつはありがたい。

 ようやく帰ってきたわけだが、ずっと禁酒してたんだ。

 カラアゲはフランさん達が作ってくれたけど酒はなかったからな。


 今日の夜に宴会があるくらいでそれ以外は自由だ。

 俺はさっそく温泉に入った。普段なら使わないけど、今日くらいはいいだろう。


「それよりも本当に金は要らないのか? 高くはないが払えるだけ払うぞ?」

「いらねぇって。高い酒を奢れ。それでチャラだ」

「でもよぉ……」

「これからは妹さんと暮らすんだろ? 教会への寄付金は無くなっただろうが、生活費はかかる。しばらくは宿生活になるだろうし、無駄な出費は控えとけって」

「クロスに渡す金は無駄な出費じゃねぇよ」

「気持ちだけで十分だ。それにこれからは四天王としてバリバリ働いてもらうから、それで返してくれ」


 とりあえずだが、教会との揉め事は無くなった。

 そもそも妹さんのためだけに襲撃しただけだからな。敵対したいわけじゃない。

 こちらのことがバレなければ魔族のせいってことで終わるはずだ。

 できればヴァーミリオンのせいってことになってくれ。


 勇者であるヴォルトが一緒だったことはバレているだろうが、牢屋の人達が逃げたことで教会の悪行も知れ渡った。この状態でヴォルトがどうこうなんて言えば妹うさんへの所業もバレる。それは教会も避けたいだろうから大丈夫なはずだ。


 残る問題はアマリリスさんが体に封印している悪魔のことだけど、あれはほとぼりがさめるまでダメだな。今接触したら怪しまれる。

 教皇のこともあるが、追放されたって言うし大丈夫だと思う。できれば捕まえてほしかったけど、なんで追放なのだろうか。


 教会関係はともかく、まだやることがいっぱいだ。

 まずは魔国にいる四天王。この誰かを倒さないとな。

 とはいえ、四天王最強のヴァーミリオンはない。

 あそこはアンデッド系が多いから戦力がなかなか減らないんだよな。

 総力戦に持ち込まないと勝てないだろう。


 となると攻め込むのは東の砂漠か南の森。

 獣人たちをまとめているライカンスロープのアギか、それとも亜人たちをまとめているダークエルフのシェラか。どっちも面倒そうだ。


 ……こういうのはアウロラさんに任せよう。

 考えても俺の頭じゃ意味ないしな。

 ただ、どちらにせよ、勇者であるヴォルトの力が必要になってくる。

 とくに相手をできるだけ殺さないというなら圧倒的な力が必要だ。


「その、四天王の件なんだけどよ……」


 ヴォルトはばつが悪そうにしている。

 まさかとは思うが、もう戦わないって話か?

 妹さんが元気になったから無理をしたくないという気持ちがあるのかもしれない。


 俺には親もいないし兄弟姉妹もいない。

 気持ちが分かるとは言えないが想像はできる。

 戦いたくないというのも当然のことだろう。


「ヴォルト、無理に戦わなくても――」

「妹が四天王になりたいって言ってるんだが……」

「兄としてやめさせろ。何言ってんだ」

「だよなぁ……でも、あの精霊の犬ってすげぇ強いんだよ。それで妹も戦うとか言い出してなぁ」


 想像と真逆のことを言われた俺の身にもなれ。

 バレてはいないけど恥ずかしいだろうが。


 そしてタイミングが良いというか悪いというか、木製の仕切りの向こうから妹さんの声が聞こえた。


「うおー! 広い! 一番乗りだ! うらぁー!」

「だー! 妹ちゃん! 走っちゃダメだってば! それに体を洗ってから! あと前を隠して!」


 とても元気な妹さんの声と聖剣の声が聞こえる。

 というか、聖剣を持って温泉に入らないで欲しい。

 勇者の力を譲渡した影響なのか、妹さんも聖剣を扱えるようになったらしいが、なんというか、やばい子にやばい物を預けた気分だ。ステータスが上がった状態で暴れられたら困るぞ。


 そんな状況なのに、ヴォルトは「仕方ないな」くらいの顔で微笑んでいる。

 コイツ、実は妹に甘々だな?


 しかし、四天王になりたいか。

 メイガスさんもそんなことを言って四天王になったけど、そんなになりたいか?


 メイガスさんは大賢者なのにちょっとお馬鹿さんなのかもしれない。

 ただ、協力するから、ベータとガンマも見つけて欲しいとも言われた。

 契約自体はすでに破棄されているが、二人は精神支配をされているようで、それは解けていない可能性が高いとのことだ。

 なので探してもらう代わりに四天王になって働くらしい。


 すでに魔導部隊を作ったらしく、はらぺこ魔女のスカーレットを部下にしたとか。

 メイガスさんに限らないが、俺が許可する前に色々するのはなんでなんだろう? 

 俺っていらない子なんじゃ?


 そういえばマスコット部隊も引き入れようとしたが、アルファは断ったらしい。

 なんでもマスコット部隊は遊撃部隊のように色々な部隊と連携するとか。

 これはアウロラさんが教えてくれたらしい。

 そういうのをボスに報告しない上に仕事が早い軍師ってどうなの?


 まあ、メイガスさんに関してはそこまで拒否する理由もない。

 なんせ大賢者だ。言動はともかく、強さなら向こうの四天王に匹敵する。

 純粋な魔法勝負なら、少なくともウォルバッグより上のはずだ。


 戦力が増えるのは悪いことじゃないんだけど、妹さんはどうなんだろうな。

 聖剣を持っている状態で精霊を支配しているならそこまで心配しなくても大丈夫だとは思うけど。でも、四天王じゃなくていいと思う。ヴォルトと一緒にいて欲しい。


「なあ、クロス……」

「ん? どうした?」

「妹はやらんぞ」

「何言ってんだ?」

「いや、なんかすごく考えていたから妹と結婚でもしたいのかと」

「俺、そんな奴に思われてんのか……」

「正直なところ、クロスになら妹を任せてもいいとは思ってはいるが……」

「思うなって」

「でも、そんなことしたら、妹がアウロラに狙われそうでなぁ……」

「それに対して俺はなんて答えればいいんだよ」


 言いたいことはなんとなく分かる。

 でもなぁ、アウロラさんのアレって俺が好きとかそう言うんじゃないと思う。


 とはいえ、俺が死にそうなときに泣いてくれたのはちょっとぐっと来た。

 アウロラさんはあまり感情を見せない人だし、本気で悲しんでくれたんだろう。

 前世でもそんなことはなかったから嬉しいと言えば嬉しい。

 おれもちょろい奴だな。


「なあなあ、フランさんって兄貴の彼女なのか?」

「さあ、知らないけど、たまにいい雰囲気になっている気がする。くぅ、ヴォルトがあんなイケメンだったとは。ちゃんと髭を剃っとけと言いたい」

「あー、それは俺も思う。最初、この男だれって思ったし。目が覚めて一番驚いたのがそれだった」


 いきなり妹さんと聖剣の声が聞こえた。

 しかもフランさんとヴォルトの話のようだ。

 ヴォルトがこっちにいるって知らないのか?


「それはともかく、フランさんが義姉さんになってくれたら嬉しいんだけどなー」

「可能性はあるんじゃないの……それだ!」

「え? 何が?」

「フランは元貴族だ! 妹ちゃんはフランから特訓を受けて!」

「まさか貴族のしゃべり方とか特訓すんのか? やだよ、面倒くさい。あれだろ、本を頭に載せて走るとか」

「歩くだけだってば! うっわ、私って天才! 早速依頼しに――あ、コラ、置いてかないで! 私は自分で歩けないんだってば!」


 聖剣を温泉に捨てていかないでくれ。すごく迷惑がかかるから。


「俺とフランさんってたまにいい感じなのか?」

「知らん。それと俺は男と恋バナはしないと決めてるから話題を変えてくれ。というか、妹さんに聖剣を取ってくるように言うのが先だ。温泉が台無しになったら村長に怒られるぞ」


 なんだか別の意味で疲れるな。温泉に入ってるのになぜ疲れるのか。不思議だ。


 まあ、いいか。今日は英気を養うためにも、カラアゲ食って、酒を飲んで、たっぷり寝よう。

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