第83話 まがい物
助走をつけてからジャンプして千輪の上空を飛ぶ。
空ではアルファたちが踊っているが、獣人たちにはそれが心強いのだろう。
スキルの効果もあるが、テンションも上がって鬼たちを圧倒している。
これならバサラが降伏を宣言する前に終わりそうだ。
でも、絶対に終わらない戦いもある。
テンジクは――神の残滓は一人でも神刀を手に入れようとするだろう。
ここで失敗してもテンジクという体を失うだけ。
凶刀に戻る、もしくは別の誰かに憑りついてまた手に入れようとするはず。
ここで残滓を食っておかないともっと面倒なことになるに決まってる。
『その通りです。食べておきましょう』
『ずいぶんとやる気だな?』
『ひっそり暮らしているなら見逃しますが、神になろうとしているなら消します』
ずいぶんと過激だが、残滓同士でも色々あるんだろうな。
巻き込まれそうだから詳しくは聞かないけど。
……いや、もう巻き込まれているのか?
まあ、いいや。早くアランたちに加勢しよう。
着地してからテンジクがいる方をスキルに聞いて確認。
こっちから行こうと思ったけど、どうやら向かってきているらしい。
俺が神刀を持っているからだろうな。
なら戦いやすい場所へ移動だ。
テンジクが使うスキル「諸行無常」。
あれは食らったらヤバイ。無効化してもいいけど金がかかるから却下だ。
それにあれには弱点がある。
それがテンジクが最強キャラになれなかった理由。
ゲーム通りなら対策も同じ方法でできるはずだ。
どこか適当に広い場所はないか。
広すぎても駄目だ。十メートル四方くらいの広場がいいんだけど。
……あった。ここは虚空院の訓練場か?
ここなら大丈夫だろう。
しばらく待っていると、武器を打ち合うような音が聞こえてきた。
直後に訓練場の壁を越えて、三人が飛び込んでくる。
アランにコクウ、そしてテンジクだ。
アランは黒鷹を発動させていて、両手の剣が黒く染まっている。
コクウの方はよく分からないが、刀に龍のような物がまとわりついていた。
どちらも相当な速さで攻撃しているが、テンジクはその全てを刀で受けている。
余裕というほどではないけど、受けるのに必死さは感じないな。
この場に俺がいることを三人が認識すると、攻撃を止めてお互いに距離を取った。
アランとコクウは肩で息をしているが、テンジクは余裕そのものだ。
「二人とも引いてくれ。ここは俺がやる」
アランとコクウは頷くと壁を越えて出て行った。
よし、ここまでは作戦通り。
皆は強いが残滓が相手なら一人で戦う方が楽だ。
出し惜しみなしでテンジクを倒す。
そのテンジクは俺を見下すような笑みを浮かべている。
表情が豊かすぎるくらいでゲーム上の姿と変わらないな。
コクウと同じように着流しを着ているし、鼠の耳がある茶髪で右目を隠しているのもそのままだ。すらっとした感じのクールビューティーなんだけど、表情がその全てを台無しにしている。
そんなテンジクが俺の方へ刀の剣先を向けた。
「色々と小細工をしているようだが、弱い奴は大変だな?」
「バサラに精神支配をかけるのは小細工じゃないのか?」
「……この体になじむまで時間がかかったのでな」
「何とでも言えるよね。でも、言い訳ってカッコ悪いぞ」
「……たかが人が神を馬鹿にしているのか?」
「お前は残滓であって神じゃないだろ。ただ、馬鹿にはしていない。俺の中にいる残滓よりも下だとは思ったけど」
いきなり突っ込んできた。
なんとか攻撃を受けたがかなりきつい。
しかも鍔迫り合いで押し込んできた。
こんだけバフを盛ってるのに負けそうだ。
「神刀を取り込んでおらんではないか。つまり、その程度の残滓なのだろう?」
「これは怒られるから取り込んでないんだよ」
「ハッ、何とでも言えるな」
してやったり見たいな顔をしているけど、本当のことだぞ。
それじゃこっちも反撃しようかね。
身体強化の魔法を再起動。
周囲の動きがスローモーションになる。
ただ、バサラと同じようにテンジクにもあまり効果がない。
刀の使い方としてはテンジクの方が上だ。
だが、パワーとスピードは俺の方が上になった。
たとえ攻撃を刀で受けてもダメージは蓄積される。
しびれを切らして「諸行無常」を放とうとした時がチャンスだ。
神刀と凶刀の打ち合いが続く。
テンジクも攻撃を何度か受けて、俺を忌々しく睨んでいる。
テンジクはもっとクールに戦うんだぞ。分かってないな。
「俺に勝てそうかい?」
「黙れ!」
どうも煽られなれていない気がする。
それに下に見ていた相手に押されていて怒っているようだ。
でも、怒っているのは俺もだよ。
酒も刺身もお預けのままなんだぞ。余計なことしやがって。
そんな気持ちを込めて、左足で思いきり踏み込みながらフルスイング。
……ずいぶんと手ごたえがないと思ったら自分で後方に飛んだか。
これならかなり距離を取れる。おそらく来るな。
壁の近くまで吹っ飛んだテンジクは飛ばされた瞬間から刀を肩に乗せていた。
溜め中は構えてから動けないが、空中で「諸行無常」の溜めを作ったか。
「あの時のようには受けられんぞ!」
刀が光りだした。前に受けた時よりも輝きが増している。
ゲームなら5ターンくらい溜めた感じか?
確かにそれならかなりの威力だ。
おそらく俺が近づくギリギリまで溜めるつもりだろう。
でも、残念。それは解除可能だ。
『ファイアサークルの魔法を使いたい』
『金貨一枚で十回です』
『それで頼む』
『いつでもどうぞ』
「ファイアサークル」
魔法が発動するとテンジクの立っている地面に炎の円が作られ、燃え始めた。
炎系の魔法だが、初歩の魔法で大した効果はない。
固定ダメージが数ターン継続するという嫌がらせ的な魔法だ。
メイガスさんがやるならともかく、俺の魔力じゃちょっと熱いくらいだろう。
とはいえ、これが使えるキャラはそれなりに重宝される。
溜め系スキルの共通した弱点。
それはダメージを受けると溜めが解除されること。
継続してダメージを与える攻撃はスリップダメージなんて言われているが、これには特殊な仕様が施されている。炎無効状態だったとしても、スリップダメージは「0」で入るのだ。そしてダメージが「0」でも溜め系スキルは解除できる。
通常の攻撃方法ならダメージ「0」すら受けずに無効化する手段があるが、スリップダメージは回避できないという仕様だ。
その仕様を知った時、俺はテンジクさんが不憫で泣いたよ。
そんな状況でも、ずっと使ったけど。
「なんの真似だ? こんな炎など俺には効かん――なんだと!?」
テンジクが持っていた刀の輝きが無くなった。
驚きを隠せないようで隙だらけだ。
テンジクに高速で接近してフルスイング。
向こうも俺の接近に気付いたが遅い。
テンジクの腹に神刀をぶち当てた。当然みねうちじゃない。刃のほうだ。
今度は手ごたえあり。
テンジクはそのまま後ろにある壁に直撃する。
テンジクはうめき声を上げているがここで止めるわけにはいかない。
さらに接近して攻撃。
テンジクは刀で受けたが、体勢を崩している。
しかも残滓はかなりの痛みがあるようだ。
「き、貴様! 俺に直接攻撃だと! なぜそんなことが!」
「こっちの残滓の方が格上ってことだよ」
『その通りです』
自慢げな同意が聞こえた。
金さえあればどんな望みも叶えるスキルが弱いわけない。
明らかに動きが鈍ったテンジクに追撃。
今度は左腕にヒットした。
テンジクは叫ぶような顔をしたが声は出さずに耐えた。
そして俺を睨んだまま距離を取ると、懐から札を五枚出す。
それをこちらに放り投げると、それが紙でできた人形になった。
「行け!」
式神か。
そういえば、テンジクも陰陽道を使えたっけ。
でも、それは脅威にならない。
『ジェットウォーターの魔法を』
『先ほどと同じで十回で金貨一枚です』
『ならそれで』
『準備OKです』
「ジェットウォーター」
水の魔法が式神を襲う。
たったそれだけで式神が動かなくなった。
式神を作るのも操るのも文字が必要だ。
それは特殊な墨で書かれているわけだが、特殊な墨でも墨は墨。
紙が水を吸収してにじんだりするから文字が形を保てない。
紙だから火も弱点だが、燃え尽きるまで数ターンかかるからな。
式神を無効化したが、テンジクはすでに背を向けて逃げ出していた。
不利だと思ったらすぐに逃げる。
俺と同じタイプか。でも、逃がさん。
壁を越えて行ったのでその後を追う。
結界のおかげで千輪の外へは逃げられないだろうが、被害が増えるのは困る。
走りながら遠隔通話の鏡を取り出した。
「アウロラさん」
「クロスさん、どうしました?」
「テンジクが北の広場へ向かって逃げています。皆の避難を」
「怪我人が多いのでそれは難しいです。なので私がなんとかします」
「え?」
「テンジクを足止めするので、クロスさんがとどめを」
「ええと、はい、よろしくお願いします」
そのまま倒してくれてもいいけど、さすがにそれは無理か。
『神魔滅殺なら残滓に対して相当なダメージを与えますよ』
『確かに名前からするとそうだけど、もしかしてあれを受けたら課金スキルでもヤバかったりするわけ?』
『私はそうでもありませんが、クロス様がヤバイです』
『俺というか、あれは全生命体がやばいでしょ』
あれを食らって俺は死んだし。
やだやだ、思い出したくもない。
っと、そんなことを思い出している場合じゃない。そろそろ北の広場につく。
鬼や獣人たちが戦っていた場所は整地されて戦いやすいようになっている。
すでに鬼たちは降伏しているとは思うが、巻き込まれないでくれよ。
広場につくと、アウロラさんとテンジクが戦っていた。
周囲には鬼や獣人もいるが、戦ってはいないようだ。
広場の端まで離れて状況を見ているだけだな。
アウロラさんにもオメガブーストのバフ効果は掛かっているんだろうけど、身体強化や神刀のステータス向上はない。それなのにテンジクと互角かそれ以上なのか。
「邪魔をするな!」
「貴方がクロスさんのお気に入りですか」
「何を言っている!」
「ちょっと本気を出します。死んだら事故です。神魔滅殺――!」
「なんだと――!」
アウロラさんが左アッパーでテンジクの両腕を跳ね上げる。
そして高速の右ストレートががら空きの腹部にクリーンヒットした。
テンジクは地面を派手に転がるように吹っ飛ぶ。
刀を手放し、腹を押さえながらもがいていた。
死なないところはさすが残滓と言ったところかね。
「ば、馬鹿な! なぜあのスキルを――!」
「おかえり」
「貴様! 残滓を持つくせになぜあんな女の近くに――」
「俺の元上司で部下なの。優秀な部下すぎて困るくらいだよ」
かなり驚いているようだが、そんなことは別にどうでもいい。
四つん這いの恰好で腹を押さえながら苦悶の表情を見せるテンジクの頭に触った。
『そろそろ食べられる?』
『一千万を切りましたね』
『さすがアウロラさんだ。ならお願いするよ』
『分かりました。いただきます』
「俺を喰う気か! いや、お前なら俺の方が――」
はて?
テンジクが倒れた。
『先に食って――なんだここは?』
げ。また、俺の中に呼び込んだのか?
あれ、痛いんだけど。
でも、今は痛覚が無効だから大丈夫か?
『いえ、これはそれでは防げません。でも、今回はそんなに痛くありませんよ。かなり弱らせましたので』
『お前がこいつに憑りついている残滓か!』
『そうです』
『なら、俺がお前を……なんだ、お前……?』
驚いているようだけど、どうしたんだ?
『お前、純粋な神の残滓ではないな……?』
『それが何か問題でも?』
『……! まさか人の魂を取り込んだのか!?』
なんだ? 何を言っているんだ?
天使とか悪魔じゃなくて人の魂?
『何を言っているのか分かりませんね。では、さようなら』
『畜生……! お前みたいなまがい物に――』
声が聞こえなくなった。
少しだけ頭痛がしたけど、それ以外は特に何もないな。
ならこれで終わったってことか。あっけないもんだ。
でも、問題がある。あの最後の会話はなんだ?
『なんの話をしてたんだ?』
『知りたければこの世の金貨をすべて持ってきてください』
『教える気がないということは分かった』
『はい、クロス様が知る必要はありませんよ』
気になる。すごい気になる。
……でも、別にいいか。誰にでも秘密くらいあるよな。
はるか昔から存在しているわけだし、色々あるんだろう。
『分かった。なら、言いたくなったら教えてくれ』
『いつかそんな日が来たらいいんですけどね』
来ないような気がするけどな。
まあいい、これで終わった。
まだまだやることはあるだろうが、とりあえず酒を飲みたい。
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