第84話 お祭りと絶対安静

 千輪では朝からお祭りが開催されている。


 昨日、バサラがこれまでのことを謝罪した。

 はいそうですかで済むわけではないが、ホクトさんが鬼たちに対して、これから数年間は千輪の復興に貢献しろと宣言したことで鬼たちは許された。

 全く禍根がないとは言わないだろうが、過去は過去という考えなのだろう。


 そもそも鬼を扇動したのがテンジクというカピバラの獣人。

 獣人に罪はないが、テンジクという獣人が引き起こしたこととも言える。

 それに残滓の件は伏せているが、本当の原因は凶刀だと説明した。


 とくに昨日の戦いを見ていた者達にはそれっぽく見えたので信じてくれたようだ。


 アウロラさんの神魔滅殺で吹き飛ばされたテンジクは刀を手放した。その後、立ち上がろうとしたが、スキルが神の残滓を食べるとテンジクはそのまま倒れた。

 意図せずとも凶刀に操られていたという演出が出来上がっていたので、全力でそれに乗っかった。


 凶刀は残滓がないので安全な刀になったが、人を惑わす危険な刀ということで火山の火口に捨てられることになるらしい。そのあたりはホクトさんやカガミさんが適当な儀式をでっち上げるとのことだ。


 凶刀は結構なお金になりそうだが、そういうのも大事だろうということで神刀を返すとともに凶刀も渡した。


 そんなわけで今日は朝からお祭りが開催されている。

 鬼たちも参加しているようで、かなりの賑わいだ。


 そんな楽し気な雰囲気の中、俺は布団の上だけど。


 体中が痛い。めっちゃ痛い。

 筋肉痛なのか、それとももっと酷い状況なのか分からないが、超絶強化しすぎて体の方が耐えられなかったのだろう。他の人もオメガブーストで筋肉痛があるはずだが、そんなのは関係ないと言わんばかりに騒いでいるようだ。


 さらに俺はバサラの炎のパンチを受けて左の手のひらがヤケド中だ。

 痛くないからと言って放置したのがまずかった。

 痛覚無効あるあるだね。


 獣人たちの治癒魔法で治してもらったけど、すぐには治らない。

 お金を払ってスキルで治すのもなんだし、今は包帯でぐるぐる巻きだ。


 しかもしばらくは酒も駄目ときた。

 結構散財したのにタダ働きした上に酒も刺身もない。ちょっと泣きそう。

 ガンマを取り戻せたし、結果的には悪くないけど。


『私がパワーアップしたのでタダ働きというわけではありませんよ』

『それは俺に恩恵があるの』

『かなりありますね。お願いを叶えるお金が安くなります』

『なら、エルセンに帰ったらアマリリスさんの悪魔をタダで食べてくれよ』

『それはそれ、これはこれです』

『あっそう』


 課金スキルは俺のスキルというよりは独立した何かだよな。

 昨日も意味が分からない話をしていたし。

 まがい物とか言われてたけど、どういう意味なんだろうか。


『クロス様が気にする必要はありませんよ』

『それは難しいな。ところでスキルは何かやりたいことがあるのか?』

『なぜそんな質問を?』

『いや、なんとなくそう思ったんだが』

『私の目的はクロス様と一緒にいることですよ』

『嘘くさい』

『これまで何度も命を救ってあげたのにまだ信じられないと?』

『それは感謝しているけど、俺は無償の奉仕なんて信じてないの』


 全てがギブアンドテイクだとは思っていないが、対価は必要だと思う。

 願いを叶えるためにお金が必要なのは分かるが、スキルは金がなくても俺の味方をしてくれている気がする。でも、何のために?


 これまで聞いた話から考えれば、俺が死んでも別の人に憑りつくというか他人のスキルになるんだろう。それを考えれば、俺を無理に守る必要はない。


『別の人が面白いとは思えませんので』

『俺は面白いか?』

『かなり。それに対価はありますよ』

『対価? 俺の命とか言わないでくれよ?』

『そんなものではありません。私の望みを叶えてもらっていると言うことです』

『……それって何?』

『知りたければ金貨百兆枚で答えます』

『それも言いたくないのか』

『はい。でも、安心してください。いつ、どんな時も私はクロス様の味方です』

『……お金がなくても?』

『間違えましたね。お金さえがあれば、いつ、どんな時でも味方です』


 やっぱりお金がなくちゃだめじゃないか。

 まあ、疑ったところでどうしようもないよな。


 上半身を起こしてから伸びをして外を見た。

 屋敷の外からは太鼓の音や花火の音、それに楽し気な声が聞こえる。

 アルファたちの踊りが良かったようで、皆で同じ踊りをするとか言ってたな。


 今日は絶対安静と言われて朝から一人だ。

 しかもアウロラさんが面会謝絶にしているから誰も見舞いに来ない。

 以前は一人の方がいいとか思ってたけど、最近は色々と関わる人が多いからかな、誰もいないとなんとなく寂しさを感じる。お祭り中なのに。


 そんなときはふと思う。

 いつかアウロラさんを魔王にした後、俺はどうするんだろう。

 そのままアウロラさんの補佐をするような感じになるのだろうか。

 それともエルセンで中ボスをやる?

 もしかしたらどこか別の場所へ行くかもしれないな。


 居心地がいい場所だったとしても永遠には続かない。

 いつかなくなるなら最初からない方がいいという考えもある。

 ささやかな幸せだけで高望みはしない方がいいはずだ。


 でもなぁ。

 以前ならすぐにでも捨てられたものが捨てられなくなってきている。

 今の俺にクロス魔王軍の皆と縁を切れと言われても無理だろう。

 厄介な状況になったもんだ。


 ……なんだ?

 足音が聞こえるけど、忍び足というか、できるだけ音を立てないように誰かが近づいてきている。敵意とか殺気のようなものはなさそうだけど……?


 ふすまがゆっくり開くとアウロラさんが部屋を覗き込んできた。


「何してるんですか?」

「お目覚めでしたか」

「ああ、起こさないように静かに来てくれたんですね」


 アウロラさんはどうやら食事を持ってきてくれたようだ。

 お膳の上に色々載っている。

 ……すごくヘルシーな感じだ。肉類が見えない。


「食事を作ってもらいました」

「魚や肉や酒はないんですかね?」

「ありません」


 一刀両断。テンジクの凶刀よりも切れ味がいい。

 そこまで酷くないんだけど、過保護すぎないか?

 昨日、色々と説明した後、ぶっ倒れたけどさ。

 バフを盛りすぎた結果だな。


「その手では食べられませんね。私が補助しましょう」

「右手は無事なので大丈夫ですけど……?」

「軍師の意見は聞くものです」

「軍師って関係あります?」


 もしかして「あーん」をされるのか?

 アレって都市伝説では?

 やばい、ちょっとドキドキしてきた。


 ……ドキドキが無くなった。


「あの、アウロラさん」

「……はい」

「お箸を使えないのでは?」

「そういう見方もありますね」

「見方というか、それしかないと思いますが」


 さっきから箸で掴もうとしているが上手くいかないようだ。

 不器用というよりは、使い慣れていないんだろう。

 強く握りすぎて箸が折れそう。


「仕方ありません。素手で良いですか?」

「良くありません。自分で食べますから」


 おにぎりとかでなくてよかった。

 あれなら素手でもいけただろうが、さすがに照れ臭い。


 右手で箸を持ち、茶碗には包帯だらけの左手を添えるだけ。

 そしてふっくらご飯を持ち上げて口へ運ぶ。

 久々に食べたけど美味いな。

 さすがに前世ほどの味じゃないが懐かしい味と食感だ。


 梅干し、お漬物、あとは里芋とか野菜の煮物か。

 美味しいけど健康的過ぎて泣けてくる。

 カラアゲと卵の親子丼を食べながら酒を飲みたい。


「クロスさんはずいぶんと箸の使い方がうまいですね」

「昔から東国に興味があったので練習してたんですよね」


 嘘だけど、そういうことにしておく。

 前世で使ってたとか言っても信じられないだろうし。

 あ、漬物がいい塩梅で美味い。


 しかし、食事をずっと見てられるのって困るんだが。


「あの、一人で食べられますので、ここはもういいですよ?」

「いえ、食べ終わったらお膳をさげないといけませんので」

「それは後でもいいんじゃ――」

「さげないといけませんので」


 離れるつもりがないというのは分かった。

 ならせめて報告でもしてもらうか。


「俺が寝ている間に何か進展はありましたか?」

「なら食べながらでいいので聞いてください」


 アウロラさんはそう言うとメモ帳を取り出した。

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