第82話 千輪の戦い

 雲一つない空で月と星が輝いている。

 静かな夜とは裏腹に、獣人たちはかなりやる気になっているようだ。


 千輪の防衛準備はすでに整っている。

 これらは全部アウロラさんが手配してくれた。

 ホクトさんともすでに意識を合わせており、いつでも来いという状況だ。


 鬼たちを千輪に誘い込むということで、普通の住人は南の方へと避難させた。

 基本的に鬼は虚空院にある神刀を狙う。

 最短ルートは北東や北西の入り口からなので、南側は比較的安全という考えだ。

 また、戦いやすいように北東と北西の門の近くは整地して迎撃しやすくしている。

 テンジクやバサラはともかく、他の鬼たちはなんとかなるだろう。


 テンジク――というか神の残滓はこっちを甘く見ている。

 バサラを完全に支配している状態で、さらには俺がそこまで強くない。

 それを考えると今日で決めに来ると思う。

 前回もそうだったのだろうが、メイガスさんの魔法で当てがはずれたのだろう。


 最初は負ける形で千輪に鬼たちを誘い込む。

 もちろん、テンジクとバサラも。

 その後、メイガスさんとカガミさんのタッグによる結界を張る。

 直後にアルファたちの踊りによって皆を強化。

 鬼を一網打尽にするという作戦だ。


 俺はバサラの精神支配を解く。

 その後にテンジクとの戦いに専念するという流れだ。


『ここまで準備したんだから行けるよな?』

『大丈夫ですよ。まずバサラの精神支配を解くことが先ですね?』

『ああ、あの二人が一緒に来られたら危険だ。一人一人対処するが弱い方からだ』


 バサラが弱いわけじゃないんだけど、テンジクよりは弱い。

 アラン、カゲツ、コクウの三人がいれば、オメガブーストもあるしテンジク相手でも時間は稼げるはず。その間にバサラの精神支配を解けばいい。


 娘さんのヤケドという情報はもう使えないだろう。

 隙を作ることが難しいなら実力で相手の上に行かないと。

 実力とは言ってもバフを盛るだけの話なんだけどな。


『魔法もスキルも実力の内です。正々堂々なんてその辺の魔物に食わせましょう』

『言うね。それに俺は魔族だ。どんな手を使っても勝つ』

『そうですね。それに私がクロス様を勝たせます』


 ……いきなりなんだろう?

 ずいぶんと気持ちを込めて言ったような?


『そろそろ来ます』

『分かるのか?』

『ええ、私に食われる残滓ががそこまで来ているのがよく分かりますよ』


 スキルも何やらやる気になっている。

 これは頼もしいな。


 そう思ったと同時に法螺貝の音が鳴った。

 鬼たちが攻撃する合図だ。

 そして北東と北西の門への攻撃が始まった。


 獣人たちはいつも通りにホクトさんの命令に従って防衛している。

 だが、今日はすぐに門を破壊できるように手を抜いてもらっている。

 ないとは思うが撤退されても困る。面倒だし今日で決着をつけないと。


『テンジクが中に入ったら教えてくれ。金は払う』

『いえ、それはサービスしますよ』

『それは助かるけどいいのか?』

『問題ありません。ただ、あの残滓を食べるにはそれなりのお金をもらいますよ』

『ちなみにおいくら?』

『テンジクに接触で七千万枚。弱らせれば減ります』

『一千万枚を切ったら言ってくれ』

『五千万くらいでいきませんか?』

『いかない』

『ならボコボコにしてください。残滓に直接ダメージが行くようにしておきます』

『それはありがたいね』


 テンジク本人にダメージがいかないのはありがたい。

 特に悪いことはしていないはずだからな。

 あるとすれば洞窟で凶刀を見つけたことくらいか。

 全て解決したあと、テンジクはどうなるのか……それは後にするか。

 今は残滓を倒すことだけ考えよう。


 しばらくすると門が破られたと伝令があった。


 俺がいるのは虚空院の神社の本堂、神刀が納められていた場所だ。

 さすがにテンジクだけがここへ来るとは思えないが、念のためここにいる。

 それにここにはアルファたちがいる。いつでも踊れるように待機中だ。


「アラクネ。もしアルファたちの踊りを邪魔するような奴がいたらぶちのめせ」

「うん。マスコット部隊の晴れ舞台を邪魔をする人はグルグルのメキメキのグシャグシャでポイする」


 不穏な擬音が聞こえたけど、それくらい許可する。

 アルファたちはメイガスさんプロデュースでおめかし中だ。

 ガンマにあやかって皆が巫女服を着ていて、さらには猫耳と狐耳までつけている。

 これを邪魔したらメイガスさんが何するか分からん。


 しかもパンドラの魔法による立体投射によって千輪の上空に投影される。

 やりすぎのような気もするが、獣人たちの士気はかなり上げるはずだ。


「パンドラも大丈夫だな? メリルの護衛も手を抜かないでほしいんだけど」

「問題ありません。問題はアルファさん達がメイド服でないことです。やり直しを要求します。いくら払えばやってくれますか?」

「……また今度な。メリルは大丈夫か?」

「大丈夫です。むしろ足手まといになっているので申し訳ないのですが」

「戦闘で活躍してほしいなんて思ってないよ。今後の復興で活躍してくれ」

「それはお任せください。ベルスキア商会の商人として戦い前の状況以上に発展させます。もちろん、お金も稼ぎますけど」


 頼もしいね。なんだかお金になりそうなことを調べているようだし、伝書鳩を使ってベルスキアと連絡を取っているようだ。何をするのかは分からないけどお金稼ぎならメリル以上はいないだろう。


『テンジク、バサラが千輪へ入ったのを確認しました』

『了解』


 本堂の外に出て合図用の魔道具を使う。

 すると、高い音をだしながら光の玉が飛んでいき、空で破裂した。

 メイガスさんが改良した花火の魔道具だ。


 直後に千輪全体を覆うような結界が張られる。

 メイガスさんの魔力を帯びたカガミさんの結界術。

 さすがにこれにはテンジクも破れないだろう。


 その後、本堂から「ハー、ヨイヨイ」と声が聞こえた。

 アルファたちが神刀が置いてあった刀置きの周囲を回りながら踊る。

 そしてパンドラが「空に投射します。ミュージックスタート」と言った。


 音楽なんかないのだが、空にアルファたちが現れる。しかもかなり大きめに。

 獣人たちの方から「巫女様だ!」「三人も!」「踊ってる!」との声が聞こえる。


「皆の者! 我々には巫女様の加護がある! 鬼を殲滅せよ! でも、殺すな!」


 あの声はホクトさんか。最前線からここまで聞こえるとは驚きだ。

 だが、鬼を殺さないという約束を守ってくれるようだ。

 そもそも、ホクトさんもそのつもりだったらしいけど。


 アルファたちのオメガブーストで獣人たちも強くなっているはず。

 圧倒的な強さになるはずだから、殺さない戦いもできるだろう。

 ここまでは予定通り。あとは俺が上手くやればいいだけだ。


『バサラとテンジクは?』

『まだ一緒です。現在、その二人にアラン、カゲツ、コクウが襲い掛かっています』

『行けそうか?』

『オメガブーストにより、三人も強化されていますので、かなり押してますね』


 詳しく話を聞くと、カゲツが一人でバサラと戦っているようだ。

 そしてアランとコクウがテンジクが戦っている。


 三人にはできるだけ二人を遠ざけてくれと言ってあるけど、そういう形か。

 カゲツはバサラに勝つ必要はないけど、一度斬られているからな。

 逆に汚名返上だと張り切っているとも聞いたけど。


『カゲツが金棒でバサラを吹き飛ばしました。私達が休んでいた屋敷の近くです』

『テンジクと離れたんだな?』

『はい、離れました。すぐには駆けつけられないでしょう』

『良し、行くか。一時間の超絶強化を』

『金貨六十枚です』

『もちろん払う』

『いつでもどうぞ』


 この状態で身体強化の魔法を起動した。

 そして神刀を腰に差して走り出す。

 一瞬で神社を飛び出してから、大きく跳躍した。


 踏み込みで地面をえぐってしまったが、あとで謝ろう。

 空から千輪を見ると、獣人たちが鬼を倒している。

 圧倒的だな。さすがはオメガブースト。


 これなら魔国にいる四天王を倒すときもかなり有利に戦えると思う。

 まあ、それだけで勝てるわけじゃないんだけど。

 いかんいかん、まずはこっちだ。


 ……見えた。バサラとカゲツが屋敷の近くで戦っている。

 カゲツはかなり調子がよさそうだが、勝てるという感じじゃないな。


 屋敷の近くに着地すると、バサラとカゲツが同時に俺の方を見た。

 周囲は暗いがいたるところに提灯があるのでこっちからもはっきり見える。


「クロス! 後は任せたぞ!」

「任せろ。カゲツも汚名返上したな」


 そんな軽口を叩いてから超高速でバサラに近づく。

 そんな速度にバサラはついてくる。的確に俺に対して刀を振った。

 思考の引き延ばしを行っても、たいしてスローモーションにならないのはさすがだ。でも、今の俺はチート級のバフを盛ってる。


 思いきりその刀を神刀で迎え撃った。

 鈍い音がすると、バサラは上半身をのけぞるほどバランスを崩した。

 だが、すぐに姿勢を戻す。


 よし、力負けしていない。

 あとは触れるほどの状態に――いや、あの刀を壊そう。

 バサラの得意技は刀じゃない。あれを壊せば向こうから俺に触ってくるはず。


 それにバサラの刀は刃こぼれしている。

 カゲツの金棒による攻撃をまともに受けたのだろう。すでにボロボロだ。


 強く踏み込んで神刀をフルスイング。

 普通の相手ならこれで一刀両断だろうが、バサラなら受けきるはずだ。


 また鈍い音がしたが、バサラはバランスを崩しながらも俺の攻撃を受けた。

 だが、見えた。刀にひびが入った。


 バサラがよろけたところで、もう一度フルスイング。

 同じように受けたようだが、刀の方はもう限界だったようだ。

 根本に近い方で刀が折れ、それが宙を舞う。


 バサラはすぐに折れた刀を投げ捨てると殴りかかってきた。

 敵意あるやつに襲い掛かる精神支配の影響だろう。

 他に武器を持っていなくてよかったよ。


 でも、さすがは炎鬼と呼ばれるだけはある。

 その拳が炎に包まれて、刀よりもはるかに攻撃力が高そうだ。


『痛覚と温覚の無効を』

『一時間金貨二枚で』

『払う』

『しました』


 炎の拳を左の手のひらで受けた。

 通常なら力負けして受けられないが、今の俺なら受けられる。

 熱くも痛くもないが、炎無効じゃないからヤケドは確実だな。

 あれはお値段が高いからダメだ。それに一瞬で終わる。


『精神支配を解いてくれ』

『金貨千枚です』

『払う』

『解除しました』


 俺にパンチを繰り出した状態のバサラの目に生気が戻り始める。


「お、俺は……それにお前は……」

「事情はカゲツに聞いてくれ。カゲツ、あとは頼む」

「おう! バサラに降伏の指示を出させるんだな?」

「ああ、上手くやってくれよ」


 さあ、次は本命のテンジクだ。

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