第113話 医療施設の古代迷宮
南のオアシスを制圧した翌日、北東にあるという古代迷宮へとやってきた。
ありがたいことに昨日の夜はアギもヴァーミリオンも襲ってこなかった。
さすがにこの辺りは遠すぎてすぐには襲ってこれないのだろう。
安心はできないので、すぐにでも守りに適した拠点を手に入れよう。
ここへ来たメンバーは俺、アウロラさん、パンドラだ。
他のメンバーはオアシスでの防衛や食料調達のための狩りをしている。
こっちが手薄になるのは仕方ない。
問題がなければすぐに呼び寄せるし、少しの時間なら大丈夫だろう。
他のオアシスを制圧しようという提案もあったが、それは止めることになった。
制圧したところで維持できないからだ。
捕虜の食料をこちらで用意しないとまずいということで放っておくことになった。
しばらくすれば東の海岸に東国のバサラやその娘のミナツキがやってくる。
ミナツキの話によれば、大量の食料――主に魚を持ってきているという。
一時的ではあるが、それが到着すればしばらくは大丈夫かもしれない。
アギたちも海から攻めてくるとは思っていないだろう。
千里眼も東国までは見えないだろうし、これは誰も話さないようにしている。
それに設置してある「目」をメイガスさんやオリファスが解除している。
この辺りはほとんどなくなったと言ってたな。
北側にいるジェラルドさん達は制圧したオアシスで待機中だ。
向こうは北の山岳地帯から食料を持ってくることができる。
現在はそのルートを安定させようとしているらしい。
魔都からの流通が無くなったと聞いたときは驚いたけど、何とかなりそうだ。
むしろアギたちは大丈夫なのかと心配になる。
向こうは向こうで魔物を狩って食料にしているんだろうけど。
とっととアギに勝ってやることが一番いいのかもしれないな。
この砂漠地帯で生きるのはかなり厳しい。
アギは強い魔物と戦えるからと言ってこの領地を選んだようだが。
アギに勝ったら少しの間は砂漠地帯を放棄しよう。
基本的に何もないから支配してもあまり意味がない。
全員で魔都へ向かう方がいいかもしれないな。
「ここです。何もありませんがここです」
パンドラが何もない場所で止まった。
「そうなのか?」
「ばれないように幻惑魔法が使われています。見えるようにしますけど、心の準備はいいですか?」
「近くには誰もいないよな? 千里眼の目も置かれてないか?」
「大丈夫です。ではいきます」
パンドラが右手をかざすと急に視界がぐにゃりと曲がった。
そして渦巻のように景色が回転しながら吸い込まれると、そこに建物が現れた。
扉が付いている黒い建物。
大きさは十メートル四方で高さは五メートルくらい。
シンプルで模様も何もなく、ただの箱と言ってもいいくらいだ。
「エレベーターの入り口です。乗ってください」
パンドラが建物に近づくと、電子音のような音が短く鳴った。
そして扉が中央から分かれて左右にスライドして開く。
パンドラは警戒するそぶりも見せずに中に入る。
俺とアウロラさんもその後についていった。
扉が閉まるとパンドラが「下に参ります」と言いながら何かのボタンを押した。
ガコンと音がすると、部屋が下がっていく。
古代迷宮ではこの仕組みが多い。
壁の材質とかはともかく、前世にあったエレベーターにそっくりだ。
その頃にも転生者がいたのかもしれない。
それはさておき、すぐに到着したようだ。
扉が開くと、いきなり結構な大きさの広間に出た。
これなら捕虜全員を入れることも可能か。
ただ、外の暑い場所にいたからか、かなり寒く感じる。
「パンドラ、施設の温度を上げてもらえるか? ちょっと寒い」
なんだ? パンドラとアウロラさんが俺の方を見ているけど?
「できますけど、なぜできると思ったんですか?」
「クロスさんはこういう施設を他にも知っているんですか?」
いかん。久しぶりに前世の知識で言ってしまった。
医療施設だとは聞いてたけど、古代迷宮でそんなことができるかどうかはまた別の話だ。ここはなんとなくで押し切るしかない。
「いや、なんとなく。医療施設だって聞いたから、そういうのもできるのかなって。シェラがいた古代迷宮でも換気ができたし、色々やれると思ったんだよ。それにほら、パンドラって優秀だし?」
苦しい。答えとしてはかなり苦しいけど仕方ない。
「なるほど。それは盲点。私が優秀だからできると。そう、できます。優秀なので。制御室へ行きましょう。そこでなら温度調整もできます」
パンドラは嬉しそうにそう言うと、派手にスキップをして先に進んだ。
アウロラさんは俺の顔を覗き込んでいるけど、それ以上は追及してこないようだ。
アウトじゃないけどセーフでもないな。
前世の記憶があるとばれてもいいけど、どう考えても信じてくれないよな。
転生者が常識的な話になっていない以上、頭がおかしい奴としか思われない。
言わなくていいことは言わない。余計なトラブルを回避するためにも必要だ。
……何度そう思ってもやっちゃんだよな……学習能力が欲しいよ。
パンドラの案内で施設内を色々と見て回った。
医療施設とのことで当然ながら治療に関する設備が多い。
ただ、どれもこれも古代人専用というべきか、自身の膨大な魔力を消費して傷を治すような物ばかりで、まともに使えるのはメイガスさんかオリファスくらいだ。
ベッドが多く、魔力を消費するが綺麗な水も使える。さらには個室もある。
空っぽではあるが、食料貯蔵庫もあって拠点とするにはもってこいの場所だ。
金目のものは全くなかったけど。
この施設を十全に使うためにはパンドラの補助が必要であり、基本的に魔力がないとほとんど動かない。それらは悪い点だが、獣人や亜人たちをこの場に閉じ込めておけるという面もある。それは悪くないな。
「パンドラはメリルとここで待機してもらおうか。俺たちじゃ動かせないし」
「了解です。すごく頼るといい」
「アウロラさんはなにか意見はありますか?」
アウロラさんが首を横に振った。
「いえ、ありません。こういう場所があって助かりました。色々と想定外のことが起きていましたが、これでずいぶんと楽になったと思います」
「それは良かった。それじゃ、南のオアシスは放棄して皆を呼びますか」
「そうですね。ここの環境を整えてから各地のオアシスにいる獣人や亜人たちを捕らえましょう。パンドラさん、ここ以外にも古代迷宮はありますか?」
「あると言えばありますが、ほとんど壊れていて使えません」
「それは残念ですね。なら北と東はジェラルドさんとバサラさんに任せましょう」
おそらくアギは南側、つまり俺がいる方へ来る。
それなら北と東は特に問題ないだろう。
アギを守るやつらを少しずつ削って、最終的にはアギと昼間に一騎討ち。
これが大雑把な作戦だけど、ここのおかげで結構楽ができそうだ。
『ここを見つけてしまいましたか』
いきなりスキルが話しかけてきた。
話しかけてきたというよりは独り言っぽいが。
『いきなりどうした?』
『いえ、ここはあまりいい思い出がないので』
『そうなのか? 昔、憑りついていた人のことか――いや、言う必要はないけど』
気になると言えば気になるが、言いたくないことを無理に聞くつもりもない。
『一つだけアドバイスを』
『え、珍しいな。でも、助言があるなら教えてくれ』
『諦めも大事です』
『……はい?』
『諦めなければ何かを成せるかもしれませんが、それが自分が思い描いた未来になるとは限りません。諦めた方が望んだ人生を送れる可能性が高いときもあります』
『どういう意味だ? いや、言葉の意味は分かるけど』
『そのままの意味です。苦労したところで思い通りにはならないかもしれない、という一般的な助言です』
それって一般的だろうか。
そういうのって諦めるなっていうところだと思うけど。
『なら、俺が望んだとおりの未来になるように手を貸してくれよ』
『それは前からやってます。ですが、今の状況がクロス様が望んだ状況かというと、首を傾げますね』
『俺が望んでいる状況はもっと先だよ。平和でのんびり暮らせる人生が欲しい』
『そうなるといいですね』
『そういう含みのある言い方やめてくれるかな?』
アウロラさんと同じように、最近のスキルもちょっと不安定だな。
お金が減ったからかな……?
『人を守銭奴みたいに言わないでください。願いを叶えるために必要なだけです』
『悪かったよ。でも、頼りにしてるんだ。なんとか平和に暮らせる人生を手に入れるためにも協力してくれよ』
『……分かりました。そこまで言われたらやるしかないですね。でも、お金は稼いでください。お金がないと何もできないので。いざとなったら聖槍もお金に変えましょう。もったいないですけど』
預けている聖槍もお金にできるのか。それなら思ってたよりも余裕があるのかね。
でも、聖剣並みのステータス向上がある武器をお金に変えるのも……難しいな。
そうならないように節約しつつ頑張るか。
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