第114話 後先を考えない精神

 医療施設の古代迷宮を拠点にしてから三日後、東の海岸にバサラたちが到着した。


 鬼と獣人たちの連合軍ではあるが、鬼は新たな場所での戦い、獣人は俺やガンマたちへのお礼のためと、かなり士気が高いらしい。砂漠という状況は事前に伝えていたものの、初めて見る景色に驚いているとも言っていた。ただ、砂漠の魔物にも負けることはなく、簡単に倒したという。


 これなら大丈夫ということで、北、東、南の三方向から攻撃が開始された。

 それぞれが近くにあるオアシスを襲撃、亜人や獣人たちを捕らえるという作戦だ。


 北と南はともかく、東からの攻撃にはアギの軍隊もかなり驚いていたという。魔国に鬼はいないが、獣人はいる。初めて見る鬼という亜人が獣人と共に襲ってきたのだから驚きは相当なものだったのだろう。


 最初は裏切り者が出たのかという話だったらしいが、着ている物が違うということでそこまで混乱はしなかったらしい。東国の服は独特だし、海の方から来たということで、東国の獣人だとすぐに分かったとか。


 混乱は一時的でもどう対処するかはまた別の話。

 バサラたちが到着してから三日経ったが、どう対応するかを悩んでいたそうで、アギの軍は行動が遅かったそうだ。


 そんな報告を医療施設の一室でアウロラさんから報告してもらっていたのだが、今日になって状況が変わったらしい。


 しかも、かなり問題のある状況になったという。

 これまでの情報を聞いている限りだと大丈夫なんだけど、何が起きたのだろうか。


「アギの軍隊がすべてのオアシスを放棄して南に集結しようとしています」

「……理由を聞いても?」

「食料もなければ守るべき土地もない。なら戦いたい奴と戦うという精神です」


 作戦じゃなくて精神ときたよ。

 俺と戦いたいがために色々なものを放棄してこっちに向かっているってことだ。

 後先を考えない精神って相手する方はかなり面倒だな。


 でも、気持ちは分かる。籠城しても食料が増えるわけじゃないし周囲の魔物を狩りつくせば食料は減っていくだけ。そんな負け方をするくらいなら派手に散る方を選ぶだろう。


 もしかしてヴァーミリオンが流通を止めた目的はこっちか?

 アギたち全員で俺にけしかけるという遠回しな作戦なのかもしれないな。


「なのでジェラルドさんとバサラさんには放棄されたオアシスを押さえ、アギがいた城も占領してほしいと頼みました。数日でジェラルドさんが城を奪うでしょう」

「それはする必要あります?」

「わずかですが非戦闘員もいますからね。そちらの保護も必要かと」


 なるほど、非戦闘員となれば魔物を狩ることも難しいだろう。

 アギは全ての食料を持ってこっちに向かっているだろうから、残された獣人や亜人は食べ物がないわけだ。

 配下にも自分と同じことを求める奴だからな。

 強くなければ死ぬのは当然という駄目な思想だ。


「ジェラルドさんたちには素早く占拠するように伝えてもらえますか?」

「はい、そう言うと思いましたので、すでに連絡済みです」


 やっぱり俺っていらない子なのでは……?

 でも、そっちは任せて大丈夫だろう。

 問題はこっちか。


「アギとの戦いで作戦はありますか?」

「アギの性格や軍師たちの存在からもっと慎重になるかと思っていたのですが、それが裏目に出ました。考えていた作戦が使えません。それ以外となると昼間に短期決戦しかないかと」


 アギの周辺にいる獣人たちを削って昼間に戦うという作戦か。


 ……よく考えるとあっちは賭博師ワンナの「逆張り戦術」スキルか?

 勝てる確率が低い無謀な作戦を仕掛けてくるってやつ。そして勝つ。

 少なくともアウロラさんには効果的のようだ。相性が悪すぎる。


 アギの特殊能力のせいでどうしてもこっちが受け身になる。

 夜に戦えないとか戦術の幅が狭くなるのは困るな。

 それにこっちはできるだけ死者を出さないようにしているのも厳しい。


 今のところこの拠点に関してはバレていない。

 ここに閉じこもっているだけでアギの軍隊は徐々に疲弊するだろう。

 だが、こっちも外へ出ないと食料が足りない。

 ずっとバレないという状況は続かないはずだ。


 なら打って出るしかないな。

 長い時間をかければお互いに疲弊する。

 それはヴァーミリオンの思うつぼだろう。


「分かりました。昼間にこっちから攻撃をするしかないですね。制限時間ありでアギを倒しきれるかってところが問題ですが」

「アギたちは私達がいる場所を把握していません。その理由から軍隊をいくつかに分けてさがしているようです。分散が多くなったところでアギがいるところを強襲すればなんとかなるかと」


 アギの周辺にいる奴らは結構な精鋭だ。それにテデムやワンナがいる。

 一筋縄ではいかないだろうけど、こっちにもヴォルトたちがいるからな。


「分かりました、それで行きましょう。できるだけ正確な情報が欲しいですね」

「はい、メイガスさんやオリファスさんに頼んで、周辺には多くの『目』が設置されています。サンディアさんやオリガさんも周囲の情報を探ってくれてますので」


 メイガスさん達の千里眼はいいね。妹さんは精霊や聖剣があるから大丈夫だろう。それにオリガも砂漠の迷彩服みたいなものに着替えているし、偵察は問題ないかな。


 そうだ、念のために確認しておくか。


「次の満月はいつになりますか?」

「しばらくは大丈夫です。ですが、たとえ新月でも夜に戦うのは避けてください」

「もちろんです。ヴァーミリオンが襲ってくる可能性もありますからね」

「はい、最大限の注意を。では、皆さんにも作戦というか方向性を伝えましょう」


 アウロラさんの言葉に頷く。

 皆を集めてどういう風にするかの軍議が始まるようだ。


 他にも色々と心配なことはあるが、もうどうしようもないな。

 金が足りるかどうかが心配だけど、増やす当てがない。

 ならこれでやりくりするしかないだろう。


 残り四千万枚とちょっと。

 一応アギたちの情報も調べたが、特に問題があるような情報はなかった。

 事前に知っている情報だけだ。


 問題はヴァーミリオンだな。

 本人が強いのもあるが、相当隠蔽されているようで調べるだけで一億枚近いお金が必要らしい。どこにいるのかすら調べるにはかなりのお金が必要になるとか。


 今までは気にしてなかったけど、それを聞くだけで不気味だ。

 絶対に夜だけは戦いを避けよう。




 それから二日、アギたちがいる場所を発見した。

 ここからさらに北にあるオアシスを拠点にしている。

 向こうは俺たちの拠点を探しているようで、それなりに散らばっているらしい。


 現在、アギがいる部隊は約三千。

 他の部隊と合流されると一万人近くなるが、どこも一日程度はかかる。

 俺をおびき出すための罠ではないかという意見もあったが、状況的には一番いいということでやることになった。


「アギを倒すことが最優先目標です。なので相手を満足させるような戦いは今回ありません。身を守る以外の接近戦はないと思ってください」


 アウロラさんがそういうと、カゲツが文句を言ったが、ヴォルトがアランが「後で戦ってやるから」となだめていた。


 相手の数も多いし、わざわざ突撃して接近戦を仕掛ける理由はない。

 あれは向こうに負けを納得させるための行為だが、今回はアギを倒せば終わり。

 なので、そういう戦いはしないということだ。


 ただ、護衛は必要なので、ヴォルトたち突撃部隊は一緒に来る。

 護衛の対象はメイガスさんたちだ。


「メイガスさんとオリファスさんには苦労を掛けますが、よろしくお願いします」

「お任せよー」

「ふふふ……すべては、神のために……!」


 色々言いたいことはあるが、まあよし。

 俺の出番がないくらいにアギをボコボコにしてくんないかな。


 それはそれとして今回は危険な戦いなので、ここで待機するメンバーも多い。


 外に出るのは、俺、アウロラさん、ヴォルトたちとメイガスさんたちだけ。

 オリファスがいるのでバルバロッサさんも外へ出るが、アマリリスさんやスコールさんはここで待機だ。


 アギを含めた三千人と戦うにはあまりにも少数だが、メイガスさんとオリファスがいれば特に問題はない。それにいざというとき、俺が守り切れない。

 お金がないって言うのは悲しいね。


 さて、さすがに夜まで決着がつかないなんてことはないだろうが、できるだけ早めに戦おう。

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