第2話 勇者と受付嬢


 俺が中ボスをやってるダンジョンに一番近い村エルセン。

 人口は二百人ちょっとだが、温泉が近くにあるので観光や湯治目的で来る人が多い。意外と世間の情報収集できるのがこの村のいいところだ。


 魔王軍所属の俺は魔族だけど姿形は人間と変わらない。ここに溶け込んでいるとは神様でも気づくまい。勇者の奴には速攻でバレたけど。


 あの馬鹿、いきなり襲ってくるんだもんな。仕方ないから課金スキル使って生き延びた。俺の老後の資金を返して欲しい。


 そんな勇者だがなんとなく気が合う。悪い奴じゃないしお互いに素性をばらさないと約束した。アイツが魔王様を封印するわけないし、勇者ってのが誰なのかを確認しておかないと。


 それはそれとして、俺が生き延びたことでソシャゲのストーリーは色々変わっただろうか。ストーリースキップ勢だからよく知らんけど。普通のストーリーでも魔王様は封印されるのかね?


 そもそもアイツ、聖剣に認められなかったというか、認めて欲しくないという感じで受け取るの拒否してた。ゲームのチュートリアルなら普通に聖剣を取ってたけど、こっちの世界じゃ俺がいなくても聖剣を取らなかったと思うんだが。


 まあ、勇者だからなにか知ってるだろ。


 ダンジョンから十分ほど歩いて村にある冒険者ギルドへやってきた。


 ファンタジーの定番、冒険者ギルド。

 なんでも屋だけど魔物退治が主流だ。


 命を懸ける必要はあるけど、時間単位にしたら稼ぎはいい。安定した職ではないけど、特別な資格は必要ないし、腕っぷしや魔法に自信があるならそりゃやるよね。前世換算で時給一万円とかになる場合もあるし。


 俺も冒険者の登録はしてある。ほとんど薬草採取の仕事だけどノルマをこなすために頑張ったら結構ランクが上がってしまった。ランクによってギルドでの飲食代が割引になるから嬉しい。


 中に入ると、いつも通り冒険者はいなかった。

 受付兼食堂になっているのでテーブルと椅子だけは多いが、それが逆に寂しさを醸し出している。観光や療養で来る人が多いから冒険者は仕事なんかしないよな。


 一人しかいない受付嬢のフランさんも普段からカウンターの内側で座ったまま本を読んでいるだけだ。言えば仕事をしてくれるけど、言わないとずっと本を読んでいる。


 カウンターに近づいて声をかけた。


「フランさん、ビールを瓶で頼むよ」


 フランさんは俺と同じ二十歳くらいの女性。金髪碧眼でショートカットにしているが、髪を長くして微笑んでいれば貴族と言われてもおかしくないくらいの美人さんだ。でも、ソシャゲのガチャで出てこないから俺と同じで普通の人なんだろう。


 ちょっと気が強い感じではあるけど、勇者の奴は「それがいいんじゃねぇか!」と言ってたな。分からんでもない。


 そのフランさんが本から視線を上げてこちらを見る。

 そして溜息をついた。


「こんな昼間から酒なんて、いいご身分だね」

「たまにはね」

「昨日も昼からアイツと一緒に飲んでただろ? この村で仕事する冒険者と言ったらアンタとアイツしかいないんだから、日が出ている間くらいは働けばいいのに」

「固い事いわないでよ。酒でも飲まないとやってられない日ってあるんだからさ」

「毎日じゃないか。まあいいよ、ほらもってきな。銅貨十枚――じゃなくて割り引いて銅貨八枚だよ」

「ありがとさん」


 フランさんがカウンターの中にある棚からビールが入った瓶を取り出してカウンターに置く。銅貨八枚をカウンターに置いて瓶を受け取った。


 この店で一番安いビールだけど俺は好きだ。

 つまみを食べながらこいつを飲むのがいいんだよね。


 おっと、酒を飲むことが目的じゃない。これは情報を提供してもらうための必要経費だ。経費で落ちないけど。


「ところでアイツは?」

「仕事中。そろそろ帰って来ると思うよ」

「今日は何の仕事?」

「屋根の修理。村長の家が雨漏りするんだってさ」


 フランさんはアイツが勇者って知らないだろうけど、勇者に屋根の修繕をさせるってよく考えたらすげぇな。この村で一番強いのはフランさんで決まりだ。


 そんじゃ、帰ってくるまで適当に飲んでるか。つまみはあと。今頼んだらつまみと一緒に全部飲んじまう。


 ビールが入った瓶と木製のコップを持っていつものテーブルに座る。

 そしてコップに注いだ。


 このトクトクトクって音がたまらない。泡のしゅわわってのも最高だ。

 ビールの香りを楽しんでから、少しだけ飲む。


 うん、やはりビールは一口目が最高だ。

 それにしても魔法でビールが作れるってすごいね。昔の転生者が何かしたんだろうな。ま、楽しめればなんでもいいけど。


 さて、ちびちび楽しみながらアイツを待つか――と思ったらすぐに入ってきた。


「うーい、終わったぜー」


 おっさんくさい声と風貌だけど間違いなく勇者だ。

 勇者ヴォルト。見た目は悪くないんだが、ぼさぼさの黒髪と無精ひげ、着ている服が普通すぎるので勇者に見えない。俺と同い年なのに五歳は上に見える。苦労してるんだろうな。


 そのヴォルトが俺に気付いた。


「なんだよ、今日はもう酒を飲んでんのか? 俺が仕事してるのによ」

「色々あってな。話したいことがあるから、まずは仕事の完了報告してこいよ。ちなみに今日は俺のおごりだ」

「マジか、ちょっと待ってろ、すぐに終わらせっから!」


 そう言ってヴォルトはカウンターへ向かった。

 相変わらずフランさんを口説いているようだが、全く相手にされてない。


 手続きが終わり、報酬をもらってホクホク顔のヴォルトがやってきた。

 すぐに椅子に座って空のコップをテーブルに置く。


「ゴチになるぜ!」

「まあ、待て。まずはつまみだ。フランさーん、枝豆とカラアゲを二人分頼むよ」


 俺がそう言うと、フランさんは本から顔を上げて嫌そうな顔をした。


「なんで私が?」

「フランさんが店主で俺が客だから」

「痛いところを突くじゃないか」


 フランさんは溜息をつきつつ「ちょっと待ってな」と言ってカウンターの奥にある厨房の方へ向かった。カウンターに誰もいなくなったけど、冒険者が俺たち以外いないからできる芸当だな。


 それを見届けてから、ヴォルトのコップにビールを注いだ。


「そんで、おごりなんてどういう風の吹き回しだよ?」

「ちょっと教えて欲しいことがあってさ」

「いいぜ。フランさんはもう少しで落とせると思う。間違いない」

「そんな話じゃねぇよ。大体、相手にされてないだろうが。真面目な話だ。勇者としてのお前に話を聞きたい」


 そう言うとヴォルトの雰囲気が変わった。

 殺気ではないが、それに近い緊張感が俺の周囲にまとわりつく感じだ。こうなっているときのヴォルトはまさに勇者だな。一瞬で俺を倒せそうだ。しかもこれで力の一部でしかないって言うんだから怖いね。


「珍しいじゃないか。それで聞きたいことってなんだ?」

「魔王様が封印された。やったのは勇者らしい。お前じゃないことは分かっているんだが、心当たりがあれば教えてくれ」

「魔王を封印? それを勇者が?」

「そう聞いてる」


 少なくとも俺の上司であるアウロラさんが嘘をつくとは思えない。そんなことをしても意味がない。ただ、事実なら事実で色々と情報を確認するべきだ。俺の平凡な生活のために。


 腕を組んで考えていたヴォルトが口を開いた。


「可能性があるとしたら他国の勇者だな。国が認めた勇者であって、神が認めた勇者じゃない。どこの国までかは知らねぇが」

「あー、なるほど。ヴォルトは神公認だったか」

「神はともかく、教会がうるせぇからなにもしてないけどな。俺の力もアイツらに大部分奪われちまったし」

「だよな……そうだ、ダンジョンにある聖剣が邪魔なんだけど早く持って行ってくれないか? 部下が来るから見つかるとまずいんだよ」

「やだよ。アレ、うるせーし。大体、俺のこと見て『チェンジで』とか言ってんだぞ。俺がそう言いてぇよ」


 だから俺も嫌なんだけど。

 早く聖剣を勇者に押し付けたい。

 それに部下に見つかったら色々な意味でやばいことになりそう。

 ここは押しの一手だ。


「お前しか引っこ抜けないんだよ」

「あの部屋ごと埋めちまえよ」

「何を埋めるんだい?」


 フランさんが料理を両手に持ってやってきた。


「あいよ、枝豆とカラアゲだ。味は期待すんじゃないよ」

「俺はこれが好きだけどね。あれ? 多いじゃん。おまけしてくれるとは嬉しいね」

「クロスの奢りなんだろ? なら私もゴチになるよ」

「フランさんに奢るとは言ってないけど? というか、仕事中にいいの?」

「アンタらが飲んでて、なんで私が飲めなんだよ」

「さっきも言ったけど、フランさんが店主で俺たちが客だからだね」

「なら覚えておきな。ここでは店主がルールなんだ」


 さっきまでは弱点だったのに克服してきやがった。


「で、なんの奢りなんだい? 良いことでもあったとか?」

「え? えーと……今度部下が来るんだ。追い返すために知恵を貸して――聞けよ」


 すでにヴォルトとフランさんは酒を飲んでいて話を聞いていない。


 魔王様を封印した勇者のことは何となくわかったし、部下を追い出す作戦はまた今度にするか。よく考えたらビール飲んでいる時に仕事の話なんて酒に対する侮辱だよな。仕事の話は飲んでからだ。

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