第3話 上司と部下
アウロラさんから報告があって一週間、平和な日々が続いている。
こういう日がずっと続けばいい。
穏やかで何の不安もなく、ただただ平和に生きる喜びを噛みしめる。
そこそこ働いて、そこそこ遊んで、そこそこ美味い物を食う。
たまには刺激があってもいいけれど、笑って対処できる程度の刺激だ。
余計なことはしたくない。
そんな人生のためにも、まずは仕事だ。
ほどほどの仕事なので稼ぎもほどほどだけど、別に高い金を出して買いたいものがあるわけでもない。余裕ができたらちょっといい酒を飲むだけで十分だ。
村の近くにある森の中、今日も今日とて薬草採取。
危険な魔物がいないわけではないが、それは森の奥の方だ。魔物だって馬鹿じゃない。村に近づきすぎると逆に討伐されるのを学んでからよほどのことがない限り襲ってこない。
それにこの辺で仕事をする冒険者なんていないから取り放題だ。一束銅貨五枚で買い取ってくれるから三時間で銅貨三十枚は固い。時給千円くらいの仕事だ。たまにレアな薬草とか毒草も手に入るから最高だ。
今度、薬草を栽培できないか研究しないとな。それができれば、森の中に入らなくてもそこそこ稼げるようになるはずだ。でも、そうなると臨時ボーナス的なものがなくなる。
この森だと鹿とか猪をたまに見かける。
高額で買い取ってくれるから重宝してるんだけど。
そう思った直後、茂みがガサガサと鳴った。
おいおい、おいでなすったよ。こういうフラグなら大歓迎だ。
今日は肉を食おう。
そう思ったんだけど、茂みから出てきたのはゴブリンだった。
しかもうちのダンジョンのアルバイトだ。
「ボスじゃないですか。お仕事中ですか?」
「まあな。そっちも仕事?」
「うっす。周囲の偵察と狩りを少し」
「……とれた?」
「角ウサギを三羽捕まえました」
角ウサギは額から角が出ているちょっと大きめなウサギ。
結構強い魔物だけど、肉に塩と胡椒をまぶして焼くと美味い。
さらに角も売れるという最高のウサギだ。
「あの、一羽でよければ――」
しまった。見すぎたか。
確かに喉から手が出るほど欲しい。でも、ゴブリン達は人数が多いからなぁ。俺が一羽貰ったら皆の食べる量が減るだろう。それにアルバイトから肉を巻き上げたとなったらパワハラだ。部下の手柄を横取りする上司にはならないと心に決めてるんだ。
「いや、俺が持ち帰ると怪しまれる。角ウサギを倒せるほどの強さがないからな」
すごく不思議そうな顔をしている。
その表情を言葉にすると「なに言ってんのこの人?」だな。
角ウサギを倒せないほど弱いってことに疑問を持っているんだろうが、俺はスキルを使わないとそんなもんなのよ。魔物じゃない鹿とか猪なら魔族としてのスペックでなんとかなるんだけど。
ゴブリンは何かに気付いた表情をしてから頭を下げた。
「あざっす。ボスはいい人ですね」
「俺がいい人なら世界中の人が聖人になっちまうよ。それじゃダンジョンの方は任せた。お前たちがいてくれて助かってるよ。あとで酒を差し入れするから」
ゴブリンが三十体いることで、ダンジョンの必要経費が掛かるからノルマからその分引ける。これは結構でかい。
ゴブリンは深く頭を下げると、嬉しそうに角ウサギを持ってダンジョンの方へ向かった。
肉は逃したが俺のお腹はすでに肉を食べたい気持ちになっている。
うん。今日は肉にしよう。カラアゲばかりじゃなくて牛とか豚も食べないとな。
バランスが大切だ。
急いで村へ戻って冒険者ギルドに入ると、フランさんが誰かと話をしていた。
珍しいこともあるもんだ。
こんな辺境の村までやってきて冒険者ギルドに足を運ぶなんて。
……あれ? なんか知ってる人に似てる?
フランさんが俺を指さした。
それと同時にギルドに来ていた誰かが振り向く。
「ああ、クロスさん、ようやく見つけました」
「アウロラさん!?」
魔王城にいるはずのアウロラさんが目の前にいる。
いつもの軍服ではなく、白いシャツに青いデニムのズボン、そこに丈の短い黒いジャケットを羽織るというというすごくラフな感じだ。眼鏡をかけていないから一瞬気付かなかった。
しかし、なんでここにいるんだ。
魔王軍No2、魔王様が封印中なので実質No1が簡単に来ないで欲しい。
「えっと、なんでここに?」
「クロス先輩の下で働くことになったアウロラです。よろしくお願いします」
思考停止……再起動。
一分掛かった。
「冗談ですよね?」
「センスがないので冗談は言いません。部下として来たのは本気です」
「本気でもセンスがありませんよ?」
「それは残念です。ですが、これは人事で決まったことなので」
「その人事を決めているのが貴方ですよね?」
魔王軍で氷の女帝と言われており、四天王も敵わない物理最強のアタッカーなのに、なぜか軍師というポジションにこだわっている変な人でもある。ソシャゲの最高レアであるURキャラでは一番人気だったけど。
そしてさっきからフランさんの視線がうっとうしい。
興味津々という感じでこっちを見ている。
普段なら邪魔そうな視線を向けるのに。
ここでは細かい話ができないな。
ダンジョンへ行くか。
というか追い返さないと。
「ええと、詳しい話を別の場所で――」
「ここで話してくれていいよ」
フランさんがニコニコしながらそんなことを言い出した。
普段見せない素敵な笑顔だが、その下には野次馬根性丸出しの顔がある。
本当にフランさんを口説いていいのかとヴォルトに言いたい。
「いや、ほかの客に迷惑になるし――」
「客なんかいないから」
なんて使えないギルドだ。
しかし、ここで魔王軍の話なんかできるわけがない。まずは薬草をお金に換えてからダンジョンへ行こう。
「うーす、仕事終わったぜー」
入り口からヴォルトが入ってきた。
なんでコイツは厄介な時に来るんだろう。主人公補正か。
「よお、クロス。お前も仕事終わりか? なら一緒に酒でも――」
ヴォルトの視線がアウロラさんに固定される。
やべ。魔王軍ってばれるか?
「クロス、てめぇ! 嘘だと言え!」
「まて、これには事情が――」
「まさか彼女じゃねぇだろうな!?」
「そんなわけあるか」
「幼馴染で結婚の約束をしたことがあるとか言ったら毎日飯代おごりだぞ!」
「今時、恋愛小説でもそんな話はない」
「実はパンを咥えたままぶつかったことがあります」
「ちょっとアウロラさん?」
マジでセンスない冗談をぶっこんできたぞ。
火に油どころかフェニックスを特攻させやがった。
大惨事じゃねぇか。
「なるほど、好きな男に会いに来たってことか。安心しな、応援するよ」
素敵な笑顔でアウロラさんにサムズアップするフランさん。
そしてサムズアップを返すアウロラさん。
こういう時の女性って連帯感があるよね。
しかし、やばいな。それぞれ違うベクトルだが味方がいない。
課金スキルを使うか?
いや、普通にお金を使おう。あれは最後の手段だ。
「分かった。まず、全員にビールをおごってやる。まずは黙って俺の話を聞け」
上司だけど部下という説明を受け入れてくれるまで二時間かかった。
さらには今日の稼ぎがなくなった。
俺が望んでいる人生じゃないな。
ようやく解放されてダンジョンへと向かう俺とアウロラさん。
連れて行きたくないが仕方あるまい。
「こっちです」
「一度この辺りまできたのですが、ダンジョンが見つからなくて迷ってしまいました。なぜ隠すようにしてるのでしょうか?」
「誰も来ないようにするためです」
「では金銭をどうやって得ているのですか? ダンジョンに来る冒険者を倒してお金を巻き上げているのでは?」
「いえ、冒険者ギルドで仕事をして報酬を貰ってます。ノルマに関して方法は問わないという条件だったはずです」
合法的に冒険者ギルドからお金を巻き上げていると言っても間違いじゃない。
対価は俺の労働だけど。
「非難しているわけではないんです。ちょっと不思議に思っただけですので」
「そうですか。ところで本当はなにしに来たんです? しかも部下でなんて」
「それは方便のようなものです。実はクロスさんにお願いがあってきました」
「お願いですか?」
「はい、簡単に言うと、私の上司、つまり魔王になってください」
「嫌です。すごく」
「大丈夫です。これからちゃんとプレゼンしますので。話術には自信があります」
説得と同様に話術と書いても暴力と読む人がなんか変なこと言っているけど、今日はまだ寝れそうにないということだけは分かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます