第4話 口止めの重要性


 俺が管理を任されている辺境のダンジョン「ゴブリンのねぐら」。

 そこへアウロラさんと一緒に帰ってきた。

 もう寝たいんだけど、このまま終わるわけがない。


 ダンジョンに入ったらアルバイトのゴブリン達がなぜか武器を構えてアウロラさんを威嚇していたけど、俺の上司と言ったら威嚇を止めてくれた。


 アウロラさんには「さすがですね」と言われたけど、一応雇い主だし当然のことだと思う。それとも俺って部下に慕われていないと思われているのだろうか。


 俺の部屋に招き、木製の丸テーブルをはさんで正面に座ってもらった。

 歓迎していない意味を込めてお茶は出さない。

 ギルドでの説明でかなり疲れたが、追い返すためにもうひと踏ん張りだ。


「魔王になって欲しいという冗談はともかく、本当は何しに来たんですか?」

「いえ、最初から最後まで本気です。冗談は一切入ってません」


 アウロラさんは真面目な顔でそう言い切った。


 たとえ本気でもそんな荒唐無稽な話はない。

 ここはなんとか正論で追い返そう。

 感情的になっちゃだめだ。


「今、魔王軍は魔王様が封印されて大変ですよね?」

「そうですね」

「それにアウロラさんは魔王軍No2」

「その通りです」

「そのアウロラさんがこんなところにいたら魔国は混乱するでしょう?」

「間違いなく」

「ならすぐに帰りましょう」

「嫌です」


 完璧な正論を感情でねじ伏せてきた。

 嫌なものは嫌という理論は無敵だな。

 でも、それは俺もだ。


 攻め方を変えよう。


「なぜ帰りたくないんですか?」

「なぜ帰そうとするんです?」


 質問を質問で返された。

 それは無粋と言いたいけど上司に言えるわけがない。


 落ち着こう。

 ちゃんとした理由があるならそれを解決して帰らせればいい。


「帰そうとする理由は魔国が混乱するからですね。それにこんな辺境に来る理由も分かりません。視察に来たというなら分かりますが、魔王になってほしいとか、部下として来たと言われてはふざけているのかと思いまして」


 そう言うとアウロラさんは腕を組んで考える仕草をする。


「クロスさんは今の魔国の状況をご存じですか?」

「状況ですか? 魔王様が封印されたので混乱しているとは思いますが」

「そうですね。もう少し細かく言うと四天王達の間で戦いが始まりました」

「oh……」

「魔王代理を決める戦いと言えばいいでしょうか。今の魔国は四つの派閥に分かれて争っています。少し落ち着きましたが、このままだと大きな戦いになるでしょう」


 魔王軍どころか魔族を辞めたい。

 確かにあり得ない話ではない。

 俺も予想はしてた。


 でも、四つの派閥か。

 俺の予想ではもう一つの派閥ができると思ってたんだけど。


「アウロラさんが魔王代理になるという話はなかったんですか?」

「ありましたね」

「なんでやらないんです?」


 一対一なら四天王全員を粉砕できるはず。

 それにアウロラさんは大半の魔族に慕われている。

 確かに他の四天王たちの派閥よりは小さいが少数精鋭とも言えるはずだ。


「実は私が魔王代理のお嫁さんになるという話が出て除外されました」

「へぇ……はぁ?」

「売り言葉に買い言葉って怖いですね。気づいたらそうなってました」

「もう軍師という肩書はやめた方がいいですよ。というか、魔国の混乱ってアウロラさんのせいなんじゃ……」

「いえ、あくまでも戦いが始まった後の話です。魔族同士が血で血を洗うような状況になりそうでしたので、争いをやめる条件を出してもらったのですが、私が誰かのお嫁さんになるという条件を突きつけられまして。とりあえず了承しました」


 了承する前に殴れば終わったのに。大体四天王の一人は女性じゃないか。

 でも気になる。


「状況は分かりましたけど、ここまで来た理由が分かりませんよ? 本気で俺に魔王になって欲しいなんて思ってないですよね?」

「魔王の件は一旦置いときまして、実はこちらからも四天王側に条件を出しました」

「条件?」

「私がいるダンジョンを見つけ出して、そのダンジョンを攻略しろと。それがお嫁さんになる条件だと言いました」


 アウロラさんがいるダンジョン?


「まさか……」

「察しが良くて助かります」

「察しが良くても俺が助からないでしょうが!」


 嘘だろ。

 ここにアウロラさんがいるってばれたら四天王が襲ってくるってことか?

 攻略しろって俺を倒せってことだよな?


 いかん。詰んだ。前世から今世まで理不尽しかない。


「命の危険を感じるので退職したいんですけど」

「クロスさんは私が命を懸けて守りますから危険はありません。それに四天王が貴方を倒せるとは思えません」

「過大な評価はありがたくないんですよ」

「過大な評価じゃありません。クロスさんは生きてるじゃないですか」


 生きてる?

 見た目はアンデッド系の魔族じゃないけど、どういうこと?


「なんの話です?」

「不可抗力ではありましたが、私はクロスさんを殴りましたよね?」

「あー……」

「間違いなく当たりましたよね?」

「……そうですね」

「一撃必殺の攻撃だったと自負しています」

「少しは申し訳なくしてほしいのですが」


 物理最強キャラの必殺技「神魔滅殺」。


 俺への攻撃じゃなかったけど、さすがに殺すのはやりすぎだと思って部下を突き飛ばして俺が代わりに受けた。アウロラさんなら止めてくれると思ったのに、パンチを振りぬいたんだよな。


 痛いと感じる暇もなく吹き飛ばされて俺は死んだ。


 でも、俺が持つスキル「課金」が助けてくれた。

 不憫に思ったのか、自動で蘇生してくれたわけだ。

 初回スキル使用ボーナスは無料だったのにそれで終わった。

 しかも「初回ボーナスを使う前に死んだ人は初めてです」と笑われた。


 良かったのか悪かったのか、運がないと言うべきか。

 まあ、部下も無事で許されたし、後悔はしてないけど。


「私の攻撃に耐えるなんて驚きました。壁を貫通するほどの威力だったはずですが」

「当たり所が良かったんですよ」


 アウロラさんの表情は変わらないが視線が鋭くなった。

 少し説明しておくか。


「あれはスキルのおかげで助かったんです。言っておきますが、どんなスキルなのかは言いませんよ」

「もちろんです。自分が持つスキルをばらすのは良くありません。ただ、私の一撃を無効化するほどのスキル、それは魔王にふさわしいと思いました」

「思うのは自由ですけど、本人がその気ないんで」

「それは些細なことです」

「一番重要視してください」


 いるよね。本人よりも他人の方がやる気になってるのって。すごく迷惑。


「どうしても駄目ですか?」

「どうしていけると思ったんですか?」


 表情は変わらないが、アウロラさんはちょっとだけしゅんとしている感じだ。


 人生は波風立てずに生きるのが最善だ。身の丈に合った幸せで十分。

 そこそこ美味いものを食べて、そこそこ働いて、そこそこ遊ぶ。

 そこそこの人生が最高なんだ。


 アウロラさんには色々と面倒を見てもらったのでちょっとだけ申し訳ないと思うが、俺にはどうすることもできない。期待をかけられても困る。


 だが、これでアウロラさんも諦めがついただろう。

 少しなら手伝ってもいいが、四天王と事を構えるなんて冗談じゃない。


「ボス、ちょっといいですか?」


 部屋の外からノックする音とゴブリンの声が聞こえた。

 ナイスタイミング。この話を終わらせよう。


「いいよ、何?」

「聖剣の奴がボスを呼べってうるさいんですが……」

「oh……」

「聖剣とは何の話です?」


 口止めしておくの忘れてた。

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