第5話 聖剣という名の邪剣

 聖剣。それは魔王を倒せる唯一の武器。

 そんなことよりも問題は口がないのに話すことができる。

 そしてうるさい。誰だ作った奴。


 だが、今はそれよりもアウロラさんの視線が痛い。

 胃に穴が開きそう。物理的に。


「もう一度聞きますが聖剣とはなんですか、クロスさん」

「……自分も初耳ですね」


 アウロラさんの目力が強くなった。


 蛇に睨まれたカエルというか、メデューサに睨まれた魔族。

 このまま石になりそう。

 警察に尋問される犯人とはこんな気持ちなのだろうか。


 白状するしかない。


「ここに派遣されたときに見つけました……」

「そういう報告は受けていませんが?」

「聖剣とは思えないほどの俗物だったので呪いの武器かと思ってました」


 これは嘘じゃない。

 ヴォルトの奴がここに来るまで本当に邪剣だと思ってた。

 だいたい勇者が抜くのを拒否するほどなんだ。

 絶対に邪剣に決まってる。


「つまり、クロスさんが剣を隠したから魔王様は封印されたと?」

「殺されるよりはマシかと」

「なら、四天王達が争っている原因はクロスさんですね?」

「その理論はおかしいと思います。原因は封印した勇者です」


 やばい、立場が逆転している気がする。

 だが、絶対に認めんぞ。


「あの、ボス、お話し中に申し訳ないんですけど、聖剣のご機嫌を取ってもらえますか……? 力を見せちゃうよ、とか言って脅してくるので……」

「ああ、そうだね。アウロラさん、この話は一旦終わりということで……」

「いいでしょう。私も行きます。聖剣とやらを見てみたいので」

「それはいいですけど、めっちゃくちゃむかつきますよ?」

「相手は聖剣ですからね。私は魔族ですから仕方ないかと」

「そういう意味じゃないんですけど」


 俺としては疑いの気持ちもあるが、正真正銘の聖剣だ。

 俺が勇者なら引き抜いて火山の火口へ放り込みたい。

 スキルを使えばなんとかなるかもしれないが、どれだけ金がかかるか分からないから使いたくないんだよな。


 とりあえず部屋を出て聖剣がいる場所へ向かう。

 アウロラさんは黙って俺の後ろを歩いているが、なんとなく怖い。

 もうスキルで死を回避できないから殴らないで欲しい。

 次の蘇生は金貨一億枚とか言われたし。


 びくびくしながら通路を歩き、最奥の部屋にある隠し扉を開けて中に入る。

 見つけたのは偶然だったんだけど見つけたくなかった。


 この部屋だけはダンジョン内でもちょっと違う。

 何かの祭壇のようで神秘的な場所だ。

 ドーム形の広間の中央には白色の台座があり一本の剣が突き刺さってる。

 天井から太陽ではない魔法的な光が降り注いでいて意外と幻想的だ。


「ちょっとー、クロスったらいつになったらイケメンの勇者を連れてくるの? もうそろそろ我慢の限界なんだけどー」


 幻想が一瞬でなくなる。

 思春期の娘さんを持つ父親のような気分になった。

 娘がいたことはないけど。


「今の勇者だって悪くないだろ」

「無精ひげが無理」

「それくらいいいだろうに」

「これだからもてない男は! まずは清潔感出してよ! 大体、アイツじゃ私を扱えないね! 私ってば繊細だから、こう優しく振ってくれるような感じじゃないと! あと、夜には『今日も頑張ったね』って耳元で優しく囁いてくれるような!」


 口も耳もないはずなんだけどな。

 こんなのに倒される魔王様が不憫でならない。

 そして使わなくちゃいけない勇者にも。


「あ、でも、たまには乱暴に振り回されるのも悪くないかも……いやいや、何も知らない無垢な男の子を私が育てる感じで……ん?」


 邪剣すぎる。

 やっぱり火口に投げ捨てるしかないか。

 ……なんだ? いきなり黙ったぞ?


「待って。ちょっと待って」

「どうした?」

「まさかアンタ、私に彼女を見せびらかしに来たワケ!?」

「お前もか。そんなんじゃ――」

「子供のころ、屋台で買ってもらった指輪を今も大事にしています」


 アウロラさんがまたセンスのない冗談を言っている。

 大体、俺の生まれは魔都じゃないから子供のころに会うわけがない。


「幼馴染でマウント取るつもり!?」

「この人はアウロラさんで俺の上司――元上司で今は部下だ。さっきのはセンス皆無の冗談だから本気にするな」

「あー、だよねー。よく考えたらクロスにそんな甲斐性ないよねー」

「ぶん殴るぞ」

「やったところで私は壊せませんー」


 確かに。でもむかつく。

 あまり会いたくないんだけど、こいつ本気出すとダンジョンがちょっと壊れるからな。修復に金を使いたくないし、ご機嫌取りをしないといけないのがつらい。


 でも、これなら聖剣だと思ってもらえない可能性が――なんでアウロラさんは構えてんだ? 殴るの?


「神魔滅殺」


 アウロラさんの神も悪魔も殺すという渾身の右ストレート。

 防御力無視の物理属性攻撃。

 物理無効スキルを持っていても貫通するただの一撃必殺。


 ちょっと地面が揺れるくらいの踏み込みから聖剣にパンチを放つ。

 それが聖剣に当たった衝撃で天井からパラパラと石が落ちてきた。

 聖剣は無事だけど小刻みに震えているのか振動の音が部屋に響く。


「ちょ、やば! マジやば! なに!? やる気!? 殺る気なの!?」

「いえ、壊せないと言っていたので試してみようかと。さすがは聖剣ですね。もう二、三発いいですか? なにか掴めそうですので」

「ありえなくない? 聖剣だと分かってるのに殴るとか。超ないわー……ちょ! もしかして抜く気!?」


 今度は聖剣の柄を両手で持ち、引き抜こうとしている。

 アウロラさんの何がそこまでさせるのか、はなはだ疑問だ。

 とはいえ、勇者ではないアウロラさんにその剣は引き抜けない。


「どうやら駄目みたいですね」

「魔族って怖いわー。クロスってもしかして常識人だった?」


 俺ほど常識をわきまえている魔族はいないと自負してる。

 大体の魔族は大雑把で乱暴だし。あと、老後の備えをしない。


「とりあえず聖剣であることは分かりました。問題はクロスさんの処遇ですね」

「意義あり。これはどう見ても聖剣に見えません。自称に決まってます」

「聖剣だから! 生まれたときから聖剣だから!」

「なら、ぼっちをこじらせて邪剣になったんですって。そういう創作物は良くあります。こう闇に染まった的な」

「まだ聖剣ですー。それに闇に染まったときは魔剣ですー」

「二人の言い分は分かりました」


 アウロラさんがそう言うと、俺と聖剣は黙る。

 そしてアウロラさんは聖剣の方に手を挙げた。


「これは聖剣です」

「よっしゃー! うぇーい、勝訴! イケメンつれてこーい!」

「そんな馬鹿な……!」


 絶対に邪剣なはずだ。

 今だって俺に害をなす邪剣――いや、俺は魔族だから聖剣でいいのか。


「このことからクロスさんは魔王様に対して背信行為があったということに――」

「弁護士もびっくりの冤罪ですよ!」


 確かに聖剣だとは分かっていて報告はしなかった。

 でも勇者であるヴォルトが抜かなかったんだからいいじゃないか。


「クロスさん」

「え、あ、はい」


 なぜかアウロラさんは真面目な顔でこっちを見ている。


「少々悪ふざけが過ぎました。ギルドでもそうでしたが、久しぶりに気の置けない会話ができてテンションが上がってしまったようです。もちろん背信行為などとは思っていません」

「はぁ」

「あわよくばこの件を問題にして手伝ってもらおうと思いましたが、先にやるべきことがありますね」


 正直すぎるけど、先にやるべきこととはなんだろう?


 そう思っていたら、アウロラさんは床に片膝をついた。

 さらに頭も下げる。


「クロスさん、魔国の混乱を収めるためにも力を貸してもらえないでしょうか。手伝ってくださったら、必ず満足できるだけの褒賞を用意すると約束します」


 なぜここで、とは思ったけど、俺の後ろめたい部分を刺激しているわけだ。

 今なら完全に否定するのが難しい状態だし、さすが軍師といったところか。


 しかし、なんで俺に期待するのかね。

 課金スキルがなければそこら辺の魔族よりも弱いのに。

 だから答えはこうだ。


「考える時間をください」


 必殺、先延ばし。

 前向きに検討とか、行けたら行くみたいな言葉と同じだ。

 明確な答えは出さずに時間経過で諦めてもらう。


 さすがの四天王もこんな辺境にアウロラさんがいるとは思わないだろう。

 少なくとも半年くらいは時間が稼げるはずだ。

 その間に逃げる準備でもしておこう。


 ……そんな風に思ったんだけどなぁ。


 完全に断られなかったというだけでも嬉しかったんだろう。

 顔を上げて笑顔を向けるアウロラさんにちょっとクラッと来た。

 普段笑わない女性の笑顔。ギャップ萌えって反則だろう。男って馬鹿だよね。


「うっわ、クロスってば、女の子が頭下げて頼んでるのに肝っ玉が小さいわねー。よくわかんないけど、俺に任せとけー、くらい言えばいいのに」

「うるさいぞ、邪剣」

「魔族も認めた聖剣ですぅー」


 やっぱりむかつく奴だ。

 しかし、どうしたものかね。

 助けてあげるべきなんだろうけど、必要以上に期待されている気がする。


 まあ、しばらく場所を提供するくらいなら問題はないかな。

 でも、なんかこのままずるずる巻き込まれる気がする。

 平凡に生きたいだけなんだけどな。

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