第6話 女騎士

 あれから数日、俺はアウロラさんと行動を共にすることが多くなった。

 というよりもどこへ行くにも一緒だ。


 そもそもアウロラさんは魔国から出たのが初めてだという。

 なので人間に関する常識などを教えている。

 基本的には魔族も人族も文化的にそう違いはない。

 教えるのは楽なのだが、魔族的思考が問題だ。


「気に入らない相手がいても殴ってはいけません。これが人間の常識」

「気に入らない相手がいたときはどうすれば?」

「会話でなんとかします」

「話が通じない場合は?」

「そんな奴とは関わらないようにすることが大事です」


 第一印象では分からないこともあるが少し会話をすれば大体分かる。

 怪しげな奴とは付き合わないし取引もしない。そして期待もしない。

 あの邪剣がいい例だ。


 それにアウロラさんが人間を殴ったら経験値になってしまう。

 目立たないためにも我慢を覚えてもらわないと。


 そのアウロラさん、最近、冒険者ギルドのフランさんと仲がいい。

 なんでも愛読書が一緒だったとか。

 すごいコアな話をしていた。


 どこどこのページのあのセリフはこういう意味だとか、ページとセリフを全部覚えているってどうなの?

 それを聞いたら二人に不思議そうな顔をされたけど俺がおかしいのか?


 仲が良くなったということもあって、アウロラさんも冒険者ギルドに登録した。

 魔族でも簡単に登録できるのはどうかと思うが、お金稼ぎは重要だ。

 働かざる者、食うべからず。

 俺と違って普通に魔物を狩れるからそれには期待だ。

 ぜひ角ウサギを狩って欲しい。できれば三つ目クマも。


 最近はビールの味も覚えたようで、魔国でも大量生産しましょうと言い出した。

 それは全面的に応援したい。


 心配していたジョルトとの関係は特に問題なかった。

 お互いの立場を分かっている状態だけど、干渉しないということで決着した。

 皆で酒を飲んだことが効いたんだろう。俺は散財だったが、まあ良し。


 でも、根本的な問題が解決していない。


 あれ以来、アウロラさんは答えを急かすようなことはしていない。

 ただ、その視線はいつでも俺の答えを待っている感じだ。

 助けてあげたいという気持ちはあるが、アウロラさんの期待が重い。


 日々、ちょっとずつ働いて老後の資金を溜めているような俺だ。

 争いごとはしたくないし、魔族の高みを目指しているわけでもない。

 そんな相手に何を期待されても困るんだが。


「今日のお仕事は終わりですか?」

「え? ああ、そうですね。根こそぎ薬草を取ってしまうと生えてこなくなりますから、今日はここまでです」

「なるほど、そんな深い理由が」

「いえ、すごく浅いです」


 考え事をしていたら動きを止めていたようだ。


 悩んでも仕方ないことってある。

 仕事も考え事もここまでにして、ギルドで薬草を買い取ってもらおう。

 明日は休みだし、ちょっといいものでも食べようかな。

 ミノタウロスステーキとビールをいっとくか……!


 そんな思いで冒険者ギルドに戻ると、なぜか中が騒がしい。

 ヴォルトの奴がフランさんを口説いているのかと思ったが女性の声しかしない。

 村の誰かが来ているのだろうか。


「皆、フラン――さんのお戻りを待っているんです!」


 ギルドの外にも聞こえるほどの大きな声だ。


 入り口から中を覗くと、フランさんに三人の女性が詰め寄っていた。

 三人とも鎧で身を固めた騎士のような格好だ。

 というよりも騎士なのだろう。


 マントに描かれている模様はたしかこの国の貴族が使っている紋章だ。

 そこに所属している騎士団ということだろうな。

 でも、なんでこんなところに?


「もう帰りな。私は勘当された身なんだ、戻ることはないよ」

「あれは……! あの国が悪いんです!」

「だとしてもだ。上手く立ち回れなかった私が馬鹿だったんだよ。お嬢様のことを思えば手を出しちゃいけなかったんだ」

「お嬢様が侮辱されたのです! 団長が殴らなければ私が殴ってました!」

「どちらにしても団長だった私に責任があるということだよ。それに私が勘当されてこの話は終わったんだ。それで上手くいったんだから、問題ないじゃないか」

「でも、私達は団長を失いました! 問題がないなんて言わないでください! それにあいつら今度は――!」


 フランさんがここへ来たのは訳ありみたいだ。

 騎士に団長と言われているってことは騎士団の団長だったわけか。

 人に歴史ありだね。


「フラン、大きな声でどうしたんですか?」


 俺の後ろにいたはずのアウロラさんが、いつの間にか中に入っている。

 空気を読めないというか、この空気の中に行けるってすげぇな。


「昔の友人たちが来てくれただけだよ。ほら、こっちは仕事なんだ、散った散った」


 フランさんは面倒そうに手を振って女騎士たちを追い払う。

 女騎士の一人が悔しそうな顔をしてから「大事な話があるので明日また来ます」と言ってこちらに向かってきた。


 よし、身を隠そう。


「よー、クロス、入口で何やってんだ?」


 ヴォルト……お前も空気を読め。


 ものの見事にギルドを出てきた女騎士たちに見つかった。

 そして嫌悪感を隠そうともしない視線を向けられた。

 話を盗み聞きされたと思ったみたいだな。


「失礼ですが、この村の冒険者ですか?」

「ええ、そうです。仕事の報告をしようと思いまして」

「フラン――さんとはどういう関係でしょうか?」


 なんでいきなり関係を聞くんだ?

 それにさっきからフランさんの名前を変に言おうとしているような?

 いや、言いかけて止めているのか?


 よく分からんが、これは面倒ごとだと俺の勘が言っている。

 一緒に酒を飲む程度の仲だけど、隠した方がいい。


「受付嬢と冒険者という関係でしかないですよ」

「口説いてる。脈はあると思うんだが、なかなかうんと言ってくれねぇ」


 くそう、状況を知らないから普通に答えやがった。

 状況を知っていてもそう答えそうだけど。


 女騎士たちの殺気が膨れ上がると剣を抜いてヴォルトに剣先を突き付けた。

 結構怖いんだが、それに全くひるまないヴォルトも大概だな。


「この痴れ者が!」

「痴れ者? 馬鹿ってことか? 確かに俺は馬鹿だが、好きな女を口説くのは馬鹿なことなのか?」

「あの方はお前のような者が口説いていい方ではない!」


 ヴォルトは勇者だけど、爵位があるわけじゃないし、今の姿は平民そのもの。

 そしてフランさんは恐らく貴族。

 それも騎士団長というなら自身が騎士以上の爵位を持っているはず。

 物語に出てくるような話じゃなければ結ばれるなんてことはないな。


 でも、フランさんは勘当されたと言っていたから正確には元貴族だ。

 勘当されたなら爵位を失ったと思う。

 平民同士なら問題ないだろうけど、感情的に女騎士たちは許せないんだろうな。

 それにフランさんを団長に戻そうとしているみたいだし。

 できるかどうかは別として。


「お前たち、何やってんだい?」

「フラン――さん……」


 ギルドからフランさんが出てくると、女騎士たちの殺気が消えた。

 というよりもフランさんの殺気の方が強い。

 さすがは元団長ってところか。


 でも、おかしいな。

 フランさんは普通の人だと思ってたのに、何やら訳ありの上に強そうだ。

 これならガチャで登場するキャラでもいいような気がするんだけど……?


 あれ……?

 金髪碧眼の女騎士?

 しかも団長?


「あ! 黒百合の騎士団長フランチェスカ!? ……あ」


 皆の視線が痛い。

 どうやら最後の最後で空気を読めなかったのは俺みたいだ。

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