第7話 黒百合騎士団
UR黒百合の騎士団長フランチェスカ。
俺がやっていたソシャゲ「放棄世界の英雄譚」に出てくるキャラの一人。
ゲーム開始半年後くらいに実装されたキャラだが、かなりの物議を醸した。
それまで女騎士属性のキャラは弱すぎて、まともに戦えなかった。
女騎士のみのパーティはスキルによる相乗効果はあるものの、ほぼ負ける。
なので、「くっころパーティ」という悲しい名前で呼ばれていたが、フランチェスカ実装で状況が一変する。
フランチェスカは「黒百合の誓い」という同じパーティの女騎士属性キャラの全ステータスを五倍にするという、やけくそと言ってもいいほどのスキルを持っていたからだ。しかも自分を含む。
そして「くっころパーティ」は、フランチェスカをパーティに入れることで必ず敵を倒すようになったことから「ぶっころパーティ」と呼ばれるようになった。
俺も欲しかったけどピックアップガチャで全部すり抜けた。
無課金だから悔しくはないが、課金しようかと思ったキャラの一人ではある。
諦めるのはなかなかの苦行だった。
そんな苦い思い出があるフランチェスカさん。
髪型が違うから分からなかった。
ゲーム上では少しウェーブがかかったロングヘアだったはずだ。
微妙に物語とかキャラが変わっているんだろう。
それにフランさんに会いに来た三人の女騎士。
よくよく思い出すと全員レア度がURよりも一つ下のSSRキャラだったはず。
髪の毛の色が赤、青、黄の三色なので信号騎士とか呼ばれていた。
フランチェスカさん実装後はURに引けを取らない強さを手に入れていたけど。
それはいいとして、余計なことを口走ってしまった。
フランさんと三人の女騎士、さらにはアウロラさんにものすごく見られている。
多くの女性に見つめられるという一度は夢見る状況だが、経験したくなかった。
テーブルは女性だらけだが、ヴォルトがいてくれるのが唯一の救いだ。
何かあったら全力で助けてもらおう。
そんなことを考えていたら、フランさんがため息をついた。
「クロスは私のことを知ってたのか?」
「名前だけは。フランさんがそうだとは思ってなかったけど騎士団長と言ってたから思い出したんだよ」
これは嘘じゃない。
ついさっきまでフランさんのことをフランチェスカだとは思ってなかった。
なのに、疑いの目で見られている。
迂闊すぎた。
驚きの方が勝って口に出して言ってしまった。
面倒ごとに巻き込まれないといいんだけど。
状況についてこれていないヴォルトが不思議そうな顔でフランさんを見ている。
「フランさんの本名はフランチェスカなのか?」
「ああ、そうだよ。でも、私は家から勘当された身でね、名前を略して冒険者ギルドの受付嬢としてここへ来たんだよ」
「勘当なんて穏やかじゃねぇな。なんでまたそんなことに?」
常に空気を読まない奴ってすごいな。
ヴォルトは聞きにくいことをズバズバ聞いてくれる。
俺も気になると言えば気になるけど。
フランさんが答える前に赤い髪をショートカットにしている女騎士がテーブルにこぶしを叩きつけた。
「全部あの男が悪いんです!」
女騎士はそのまま話を続けようとしたが、フランさんがそれを止める。
そしてまたため息をついた後、話をしてくれた。
フランさんは公爵家に仕える女性だけで編成された黒百合騎士団の団長だった。
侯爵家の次女で、自身も騎士の爵位を持っていたそうだ。
そして一年ほど前、騎士団が仕えている公爵家のお嬢様が他国へ嫁ぐということで護衛として騎士団と共に向かった。
これはあくまでも政略結婚。
同盟をより強固にするためのもの。
お嬢様とやらはその覚悟があり、公爵家の娘として立派に役目を果たそうとした。
ただ、相手側はそうでなかったらしい。
相手は向こうの国が用意した男だったのだが、これが相当なクズだった。
これから結婚するという状況なのにお嬢様の前でフランさんを口説いたそうだ。
あまりにも無礼な行為だが、この婚姻には重要な意味があるということで、お嬢様も騎士団も耐えていた。だが、何日か経っても態度を改めず、他の女騎士にも言い寄り、さらにはお嬢様の前でフランさんの肩を抱くという行為にまで及び、側室に迎えるとまで言いだした。
我慢の限界だったようで、フランさんは男の顔面にパンチを叩き込んだという。
もちろん、セクハラまがいのことに怒ったのではなく、お嬢様を侮辱したからだ。
破談になるのは当然だが、相手側が文句をつけてきた。
冗談を本気にとる方が悪い、全治一ヶ月以上の怪我を負ったなど、因果関係という言葉を知らないのかと言えるほどの厚顔無恥な抗議だったという。
当然こちらの国も抗議をしたが、国力の差がそれを許さない。
結局、殴ったフランさんが騎士団を辞めて、さらに騎士の地位をはく奪するということで対外的に決着をつけた。
フランさんが説明すると、三人の女騎士たちは改めて怒りが湧いてきたようだ。
怒りで顔が少し赤くなり、体が小刻みに震えている。
逆に冷静なのがフランさんだ。
「あの国とウチは魔国と隣接してるんだ。なにかあった時のためにも同盟を結んでおくことは重要なことなんだよ」
「で、ですが、私は――私達は納得できません!」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、個人の納得なんて必要ないよ。国力的にウチの方が弱いんだ。むしろ私一人の処罰で済んだんだから悪くない結果だよ。それにお嬢様があんな奴と結婚せずに済んだんだからね」
フランさんはそう言ったが、女騎士たちは奥歯を噛みしめて耐えているようだ。
なるほど。
フランさんが犠牲になることで一応の決着をつけたわけだ。
でも、どう考えても……。
「フランは立派ですね」
「アウロラ? なんだい、いきなり。お世辞を言ったって食事は奢らないよ?」
「お世辞ではありません。フランは騎士として立派に仕事を全うしたのですから」
「話を聞いてなかったのかい? 騎士らしいことなんかしてないよ。気に入らない奴を怒りに任せてぶん殴っちまったんだからね」
「いえ、フランは騎士として、ちゃんとお嬢様を、それに国を守りましたよ」
不思議そうな顔をするフランさんと三人の女騎士。
推測でしかないけど俺もアウロラさんの言葉通りだと思う。
同盟を大事だと思っているなら、そんな女癖の悪い男を選ぶわけがない。
つまり、最初から結婚がこじれるように男を用意した。
あわよくばこちらの国のせいにして同盟も破棄するつもりなのだろう。
もしくはこちらの国から破棄させる。
結局、男の行動が馬鹿すぎて、フランさんが騎士団を辞めることで決着がついてしまったわけだ。
本来なら相手がいちゃもんをつけるのはお嬢様だったはず。
公爵家からお嬢様を追放とかはあり得ないから、その場合は国も引かないだろう。
そうなれば同盟破棄になっていた可能性が高い。下手をすれば戦争だ。
だが、フランさんが代わりにその全てを引き受けた。
勘当という形でお嬢様と同盟を守ったということだ。
アウロラさんも同じ考えだったようで、それをフランさんたちに説明した。
「フランは騎士として立派に仕事を果たされました。尊敬に値します」
「……そんな格好いいもんじゃないよ」
フランさんはそう言って顔をそむけた。
照れ臭いのか、涙目なのを隠したのかは分からないが、悪い感情ではないだろう。
女騎士たちもその推測が正しいと思ったのか、立ち上がってアウロラさんに敬礼のポーズをとった。フランさんの行為を認めてくれたことが嬉しかったんだろうな。
この事情は国も分かっているだろう。
だからフランさん一人だけに責任を取らせることで対処した。
それが一番傷が浅いからだ。
本人や騎士団に言わなかったのは、余計なことをさせないためかな。
それとも騎士団の暴走を恐れて?
国としては事務的な対処だったのか、それとも泣く泣くの対処だったのか、さて、どっちだろう。魔族の脅威とフランさん一人を天秤にかけたなら仕方ないかもしれないけど。
それよりも問題は、どうして相手国は同盟を破棄しようとしているか、だろう。
魔国に対抗する戦力を減らす、その理由はそう多くない。
たぶん、魔国と手を組んだ、かな。
「フランの騎士としての話、大変感動しました。今日は私にビールを奢らせてください。よろしければフランの部下だった皆さんも」
「奢ってくれるというならありがたくいただくよ」
「ゴチになります!」
雰囲気が軽くなった。
こういうところはさすが軍師というべきか。それとも素かね。
とにかく今のやり取りで女性陣は落ち着いただろう。
これを知った女騎士たちが今後どう出るかは分からないけど。
でも、問題はこっちだよな。
ヴォルトの奴は笑顔だけど殺気を抑えきれてない。
注意しておかないとやばいことになりそうだ。
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