第8話 人生の潤いと彩り

 遅くまで盛り上がった飲み会がようやくお開きになった。

 この後は明け方まで女子会ってことで、俺とヴォルトが追い出されたとも言うが。


 ギルドを出たヴォルトは宿の方へと向かい、俺はダンジョンへ向かう。

 でも、途中までは同じ道だ。


 月が綺麗な夜を黙って歩く。

 隣にいるのはむさくるしい男だが悪い奴じゃない。

 ここは言っておくべきだろう。


「馬鹿なことすんなよ」

「馬鹿なことってなんだよ?」

「隣の国へ貴族を殴りに行くのは馬鹿なことだな」


 図星か。滅茶苦茶ばつの悪い顔をしてやがる。

 ヴォルトの性格を考えれば簡単に想像できる。

 勇者とか以前に惚れているフランさんがそんな目に遭ったというなら、報復してやりたいと思うだろう。一人でそれをやれるだけの力もある。


 でも、それをやったらもっと面倒なことになる。

 ヴォルトだけじゃない。フランさんにも迷惑がかかるはずだ。


「フランさんの中ではもう終わったことだぞ」

「今重要なのはフランさんの気持ちじゃなくて俺の感情だ」

「まあ、そうだけど」


 どうやって説得したものか。

 どれだけ正論を並べても感情が優先されるだろう。

 とりあえず揺さぶるか。


「フランさんがここにいられなくなるかもしれないぞ?」

「それでフランさんの気が晴れるなら別に構わないさ」

「お前の気が晴れるの間違いだろ?」

「んだよ、クロスはなんとも思わなかったのかよ?」


 もちろん俺だってむかついた。

 偉い奴がやることって大体が責任を他人に押し付けることだからな。

 フランさんに手を出そうとした男もそうだが、フランさん一人に犠牲を負わせて生き残ったこの国のお偉いさんにもなんとなくイラっとする。


 そしてそれを知って何もしない自分自身にも。


 ヴォルトが羨ましいよ。

 感情のままに生きるというのは生物としてある意味、正しい姿なんだろう。

 でも、それをやったらもっと面倒なことになる。

 一時の感情だけで生きちゃいけないのが人だ。


「とにかく落ち着け。フランさんが望んでいるならともかく、そうでないならやるべきじゃない。それにお前は勇者なんだぞ?」

「スラム街に住んで残飯あさってた勇者なんて誰も認めねぇよ。だから教会も俺の力だけを奪いやがったんだ」

「それでもだ。神に唾を吐いても心は勇者だって前に言ってたろ? 気に入らない奴を殴ることが勇者か?」


 そういうのは魔族がやることで勇者がやることじゃない。


 ヴォルトは長いため息をついた。


「分かったよ、何もしねぇから」

「本当だろうな?」

「ああ、男同士の約束だ」


 ヴォルトはそう言ってこぶしを突き出す。

 そこへこぶしを突き合わせた。

 ちょっと恥ずかしいがこういうのも大事だ。


「それによく言うだろ、過去は変えられないが、未来は変えられるって。フランさんはここで幸せになってもらえばいいんだよ」

「そんな言葉があんのか? 学のあるやつはやっぱ違うな!」

「いや、学なんてないぞ。勉強が嫌でたまらないタイプだ」

「俺は勉強したくてもできなかったけどな。じゃ、明日、またギルドで会おうぜ」

「分かった。今日はもう寝ちまえよ」

「そっちもな」


 長話が終わってお互いが岐路に着く。

 やれやれ、なんとかなったか。




 そんな風に思えたのは一晩だけでした。


 朝早く冒険者ギルドへ行ったら、大変なことになっていた。

 この場にいるのはアウロラさんとフランさん、そして女騎士三人。

 そして無残に壊されたテーブルが一つ。


 なんとなくだけど察しがつく。男同士の約束はどうした。


「もしかしてヴォルトがやった?」

「はい、話を聞いていたヴォルトさんがテーブルを叩き壊して冒険者ギルドを出て行きました。ほんの数分前です」

「ついさっきか。アウロラさん、その話とやらを詳しく教えてもらえます?」


 アウロラさんは頷くと、ここで起きたことを話してくれた。


 昨日の話には続きがあった。

 相手は今になってフランさんが騎士団を辞めるだけでは認めないと言ったらしい。

 そしてフランさんを差し出せと要求してきたとのこと。


 これにはこちらの国も激怒。全面戦争をしかけるほどになっているという。

 ただ、フランさんが要望に対してどう思っているのか、それを確認するため、三人の女騎士が派遣されたということらしい。


 その話を聞いたフランさんが言った言葉がこれ。


「私が行けば丸く収まるんだろ? なら行くよ」


 騎士としての矜持なのか、自分が犠牲になることを厭わないフランさん。

 それはそれでカッコいいが、それに対して烈火のごとく怒る奴がいた。


 もちろん、その場で話を聞いていたヴォルトだ。


 ヴォルトは素手でテーブルを叩き壊すと、すぐさま冒険者ギルドを出て行った。

 木製の丈夫なテーブルを一撃で破壊したことに全員が驚いているところへ俺が来たというわけだ。もう少し早く来るべきだったな。


 おそらく、三人娘はその話を昨日する予定だったのだろう。

 途中で俺たちが介入したから今日の朝になって改めて伝えたわけだ。

 でも、そこにはヴォルトがいた。タイミングが悪すぎる。


 こうなったらもう駄目だ。

 俺の説得でヴォルトが止まるとは思えない。

 それにそんな事情があったなら止める理由もない。

 むしろ、どっちの国も滅茶苦茶になれという気持ちの方が大きい。


「クロス……」


 沈痛な面持ちで俺の名を呼ぶフランさん。

 いつもからは考えられないほどの表情だ。

 なんとなく言いたいことは分かるけど、まずは聞こうか。


「なに?」

「ヴォルトの奴を止めて欲しい。多分だけど、アイツ――」

「その推測は合ってるよ。でも、もう無理だって。ああなったら止められないよ」

「だからクロスに頼みたいんだ」

「どういうこと?」

「ヴォルトはいつも言ってたんだ、クロスは俺より強いって」


 勇者なのに節穴だな。

 俺がアイツより強いわけじゃない。

 スキルのおかげで引き分けに持ち込めただけだ。


「買いかぶりすぎだって」

「でも、このままだとアイツが死んじまう。だから頼むよ……」


 自分が犠牲になるのは平気でも他人が犠牲になるのは耐えられないんだろう。

 なんとかしてやりたいのはやまやまなんだけど、アイツが死ぬわけないし、止めたいなら俺よりもフランさんが説得した方が早いと思う。


「フランさんが止めに行くべきじゃないかな?」

「私はこれから実家に行ってやらなきゃいけないことがあるんだ」

「なにする気? ヴォルトを連れ戻しても、フランさんがあの国へ行くって言うんじゃ、アイツはまた出てっちまうよ」

「そうならないようになんとかする。だからヴォルトの奴を止めて欲しい。もちろん、ただでやってくれなんて言わない。私の全財産を渡す」


 フランさんはカウンターの奥から袋を取り出して俺に渡してくれた。

 中には金貨が十枚ある。貴族時代の貯金だろう。

 金貨一枚で半年は遊んで暮らせる。ヴォルトを止めるだけで五年は遊べる金をくれるわけだ。フランさんの中ではそれだけの価値があるのだろう。


 基本的にトラブルは他人が持ってくる。

 だから人とは極力関わらない。

 それが平凡な人生を送るための極意。


 でも、一人だけの人生は無味無臭だ。

 ちょっとくらいは人生に潤いとか彩りが欲しい。

 それは俺にとってカラアゲを作ってくれる人と酒飲み仲間だ。


 それに魔族が絡んでいるなら、あながち無関係とも言えない。


「分かった、なんとか連れ戻してみる。だけどあまり期待しないでくれよ」

「ありがとう。頼むよ」


 そんな顔で感謝されたら面倒ごとが嫌いな俺でも頑張っちゃうね。

 そんじゃ、俺の安寧のためにもとっとと仕事を片付けよう。


 とはいえ、ヴォルトを止めたところで根本を解決しないと意味がない。

 同じことが起きないように、そしてフランさんが犠牲にならないように対処しないとだめだな。


「アウロラさん、ちょっと手伝ってもらえます?」

「もちろんです。何をしましょう?」

「歩きながら話しましょう。色々準備もありますし」


 冒険者ギルドを出ようとするとアウロラさんも一緒についてきてくれた。

 ダンジョンの方へと向かい、誰も見ていないことを確認してからアウロラさんへ視線を向ける。なぜか期待に満ちた顔でこちらを見ている。


「今回の件、魔族が絡んでいると思ったんですけど、どう思いました?」

「まず間違いないでしょうね。フランにちょっかいをかけた国はエンデロア王国。魔国と不可侵条約を結ぶ代わりにこの国を差し出すことにしたのかと。もしくは半分ずつ奪うという形でしょうか。だから同盟を破棄しようとしているのでしょう」

「そんなところですよね」


 同盟中の国を見捨てたとなれば他国から批判される。

 理由もなく一方的に同盟を破棄しても同じだ。

 だから破棄する理由をこちらの国に押し付けたいわけだ。

 もしくはこちらから破棄してもらうための挑発。


 ガバガバな作戦だが、二国間の話なら国力の差でなんとでもなる話だ。

 それにこの国から同盟を破棄すれば、タイミングよく魔族が攻め込んでも対外的にどうとでも言える。


「残念な国ですね。魔族が人間との約束を守る保証なんてありませんのに」

「ですよね。でも、魔国の軍師がそんなこと言っていいんですか?」

「その軍師が知らない話ですから。誰かが勝手にやっていることでしょう」


 だろうなぁ。上昇志向の高い人たちなら勝手にやりかねん。

 つまりこれは独断専行だ。

 しかも魔王様が封印される一年以上前の話。

 それは魔族にとって問題がある行為になる。


「アウロラさんは関わっていないのですね?」

「もちろんです。やるなら策略など使わずに正面から戦います」

「軍師の意味は……?」

「とにかく、私が知らない以上、魔王様も知らない案件です」

「それはまずいですよね?」

「とてもまずいです」


 国内のことならともかく、人間の国へ攻め込む、もしくは罠にかけるならそれなりの作戦報告書を上に提出する必要がある。どこの四天王がやったのかは分からないが、一年以上前に内緒でそんなことをしたというなら魔王様に対する背信行為だ。


 エンデロア王国が何も分かっていない残念な国で魔国と何も関係なくこんなことをしてるなら逆に笑える。自国だけで魔族の攻撃を防げるなら問題ないかもしれないが、それは同盟を破棄する理由にはならないだろうし可能性は低いだろう。


 なら方針は決まった。


「この件、魔国は全く関係ないと思って構いませんね?」

「もちろんです。誰かが魔王様に内緒で勝手にやっていることなので、たとえエンデロア王国と魔国の約束がどうなったとしても誰も気にしません」


 言質は取った。

 なら後は暴れるだけだ。

 魔族としてエンデロア王国に攻め込み、同盟の大切さを教えてやろう。

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