中ボスはラスボスを目指さない ~ソシャゲの世界に転生したけど平凡な人生のために課金スキルでトラブルを回避します~

ぺんぎん

第1話 中ボスは平凡に生きたい


 熱々のカラアゲを味わってからビールで流し込むと幸せだ。


 休みの前日だけは自分へのご褒美としてちょっといい肉を使った料理を食べながら、酒も値段が高いものを飲んだ。それらを楽しみながら明日は何するかなと考えている時は至福といえるだろう。


 結局休日は昼まで寝てしまい、決めた予定なんかなんにもできないわけだが。


 溜まった洗濯物を洗って部屋の掃除をしてネットの情報を見ながらダラダラしてたらもう夕方。週休二日制に完全とついていない求人を恨みつつ、明日も仕事かと適当に作った飯を食い、風呂に入って後は寝る。


 山も谷もない。そんな代わり映えのない人生は最高だ。


 でも、そんな人生はいきなり終わる。


 高望みをせず、ほどほどの生活を送れることに満足していたが、若い頃の不摂生が祟ったのか分かった時にはもう手遅れの状態だった。


 両親もいなければ彼女もいない。知り合いはいても病院に見舞いに来るような友達はいない。老後のために贅沢もせず、まじめにコツコツ貯めたお金も入院費でなくなり、そりゃないよ神様と思っていた。


 そんな俺が異世界転生なんて人生は分からんね。

 しかも転生先は俺が無課金でやってたソシャゲだ。


 最初は気付かなかったけど派遣されたダンジョンで聖剣を見つけたら思い出した。

 チュートリアルで勇者に負ける中ボスじゃねぇか。リセマラで何度も倒したよ。

 でも、無課金だったからってこれは酷い。


 チートっぽいスキルはもらえたけどスキル「課金」ってなんだよ。金とんのかよ。

 死んだのに絶対に課金させようという意思が怖いよ。


 まあ、これのおかげで何回かは死を回避したから一応感謝はしてるけど。


 しかしね、もっと分かりやすいキャラに転生させてくれてもいいじゃないか。最高レアのURキャラとは言わない。せめてちょっとレアなR。今の俺って名前もない中ボスでガチャでも出ないキャラじゃないか。


 最初、そんなキャラに転生したとは思わずに、今度の人生はちょっとだけ積極的になろうと頑張ったんだが限界ってある。そもそも性格が変わったわけでもないし上昇志向も低い。


 それがまずかったのか、つまらない権力争いに巻き込まれて辺境に左遷だよ。

 これが物語の強制力ってやつか。


 やだねぇ、なんだか前世と変わらない状況になってきている。

 まあ、ほどほどでいいと思えば悪くない人生だ。

 辺境のダンジョンで悠々自適な中ボス生活も悪くない。


 それなのにまた人生が大きく変わろうとしている――ええ加減にせえよ、神様。


「クロスさん、聞いていますか?」

「あ、すみません。ちょっと考え事を。もう一度言ってくれますか?」

「魔王様が勇者に封印されました」

「冗談ですよね?」

「センスがないと言われてから冗談は言わないようにしています」


 ダンジョン内の俺の部屋、目の前にある等身大の鏡に映っている女性は俺の上司でアウロラさん。黒い軍服と軍帽、まさに軍人という感じでカッコいい。サラサラの黒いロングヘアで見た目もいいから十人中十人が美人さんだというだろう。


 そのアウロラさんが眼鏡の位置をクイッと調整しながら「魔王様が勇者に封印された」と言った。


 確かに魔族の中で氷の女帝と言われている物理最強アタッカーのアウロラさんが冗談を言うわけがない。面と向かってセンスがないって言ったやつすげぇな。


 だが、そんなことよりも色々とおかしい。


 魔王様はいわばラスボス。中ボスの俺がまだいるのになんでラスボスの方へ行くかな。縛りプレイとかタイムアタックでもしてんの?


 そもそも勇者は近くの村で冒険者業をしてるわけで。


 それにダンジョンにある聖剣を使わなければ魔王様には勝てないはずなんだけど――ああ、そうか。倒されたんじゃない。封印されたんだ。


 俺が聖剣を見つけても言わなかったことが原因かも。

 よし、この秘密は墓までもっていこう。


「封印はどれくらいで解けそうですか?」

「解析班の話では千年ほどらしいです」

「なら、魔王軍は解散ですね」


 魔王軍は公務員みたいなものだから手堅いと思ったのに倒産しちゃったよ。やっぱりワンマンはダメだね。退職金でるかな。

 一応貯金はあるし、しばらくはのんびりスローライフでもしよう。近くに温泉もあるし、酒を嗜みながら楽しむのもありだ。

 そうだ、旅行へ行くのも悪くない。美味しいものを探しに世界を旅するというのは昔からの夢だったし。魔族だけど、ばれなきゃ平気だろ。


「――聞いていますか?」

「あ、すみません、ちょっと考え事をしてました。なんでしょう?」

「千年の間に人間達を弱体化しておけと魔王様は遺言を残されました。なので魔王軍は解散しません。頑張っていきましょう」


 封印される瞬間に遺言を残したの?


 どうでもいいけど、千年後じゃ俺が生きてない。魔王様は長生きらしいけど、普通の魔族の平均年齢は人間と変わりがないくらいだ。

 そんな先のことを考えて仕事なんてできるわけない。今年最初の目標だって二月には忘れているのに。だいたい、俺が貰っている給金はノルマとして納めているお金の半分以下だ。魔王軍でない方がよほど稼げる。


「一身上の都合で魔王軍を退職したいんですけど」

「その場合、人間弱体化計画の秘密保持のために暗殺者を送ります。ちなみに上司として私が行きます。死闘になると思いますが頑張ります」

「……辞められないように先手を打ったわけですか」

「これが『後出しの計』です。軍師っぽいでしょう?」


 魔王軍物理最強アタッカーの脳筋軍師が何を言っているんだろう。それに計略でもなんでもなく、ただの後出しだ。


「どうしますか? そちらには温泉もあると聞いてるのでむしろ行きたいのですが」

「もちろん冗談です。魔王軍最高」

「おもしろい冗談でした。センスがあって羨ましいです」


 顔が笑ってないのに笑い声だけ出すのはホラーなんだけど。


 魔王軍所属は変わらずか。いきなり夢が儚くなった。

 それにしてもブラックすぎる。ラスボスである魔王様は封印されて長期休暇なのにこっちは仕事か。まあ、適度にサボればいい。息抜きの合間に仕事しよう。


「それで人間の弱体化計画ですが何をすれば?」

「それも考えてもらう形です。効果がありそうと採用されればボーナスが出るので頑張ってください。いい計画があれば四天王になれるかもしれませんよ?」

「……いえ、結構です。ところでその四天王の人達は何をしているんですか?」

「魔王様の代理を選ぼうとしていますね。あわよくば封印中の魔王様を倒して自分が魔王になろうとしているようです」

「上昇志向の高い人達ですね」


 四天王同士の仲が悪い。直属の部下じゃないから影響はないけど。

 それにしても魔王様は人望がないな。


 ん? なんだろう? アウロラさんが俺を見つめている。


「あの、なんでしょう?」

「クロスさんは魔王を目指さないのですか?」

「微塵も考えたことがないですね」


 目指してなれるようなものでもない。そんな器じゃないし、辺境ダンジョンの中ボスでも分不相応だと思ってるくらいだ。


 でも、中ボスって役職は誰が作ったんだろう?


 ソシャゲがベースになっている異世界だ。日本語や漢字があるし、昔の転生者がなんかしたんだろうな。たぶん、俺と同じかそれに似たスキルを持っていたんだろう。金さえ払えばなんでもできるスキルってチートだよね。


「そうですか。貴方が魔王を目指せば面白くなると思ったのですが」

「自分は嫌ですね」

「無理ではなく嫌ですか。なら仕方ありません。では引き続きダンジョンで中ボス業務をお願いします」

「分かりました」


「ところでそのダンジョンで何か見つかりましたか? しばらく誰も管理していなかったダンジョンなので何かあれば報告をお願いします」

「いえ、特に何も」


 聖剣があるけど絶対に言わない。ここは俺と長期アルバイトのゴブリン達だけで十分だ。いつか聖剣もどこかに捨てて普通のダンジョンにしよう。


「そうですか。では、今月のノルマもいつも通りお願いします」

「それはもうちょっとなんとかなりませんかね? 毎月キツイんですけど」

「クロスさんのところはいつもノルマを達成してくれているので重宝しているんですよ。そこ以外は全くノルマをこなしてくれないので」

「うち以外のダンジョンはノルマをこなしてない……?」

「はい、いつも謝りながら来月まで待ってほしいと言いますね。待っていてもまったく持ってくる様子はありませんが」


 なんだろう。真面目にノルマをこなしていた俺が馬鹿みたいだ。でも、しないと危ないからな。主に俺の命が。直属の上司が最強の武闘派って嫌だ。


「そうそう、そちらへ部下を送りますので多少は楽になると思います。優秀ですので期待していてください」

「嫌です」

「期待はしたくないという意味でしょうか?」

「いえ、送らないでください。前途ある若者がこんな辺境のダンジョンで仕事なんてかわいそうです。ダメ、絶対」

「貴方も若いと思いますが」

「私は好きでここにいますので。だから送らないでくださいね」


 部下ができたらサボれない。それにトラブルは他人が持ってくる。山も谷もない平凡な人生を送るためにも人との関わりを極力減らす。それが平凡な人生の極意。


「送るのは決定事項です。優しくしてあげてください。これは命令です」

「えぇ……」

「嫌なんですか? これから説得に向かいますか?」


 説得と書いて暴力と読むような人とは会いたくない。


「いえ、大丈夫です。ですが、この場所はかなり特殊ですから帰りたいと言ったらすぐにそっちへ送り返しますよ」

「言わないと思いますが、それで構いません。では、よろしくお願いしますね」


 アウロラさんがそう言うと遠隔会話の鏡は普通の鏡に戻った。


 そこには自分の顔が映っている。

 赤黒い髪に黒い目。イケメンじゃないが確かに若い。

 服装も若い方だ。白いシャツに茶色の革ズボンだけど、黒いハーネスをつけてるし。俺のおしゃれポイントなのに受けはいまいちだけど。


 二十歳なんてなんでもやれるという万能感にあふれる年齢だ。でも、俺は二度目の二十歳。正直、野心なんてものはない。平和に楽しく暮らしたいだけだ。あとあまり働きたくない。俺の悠々自適プランのためにもここは心を鬼にして来る奴を追い返そう。いびって追放しないと。


 さて、それはともかくまずは情報収集だな。

 トラブルを回避するためにも情報は重要だ。

 勇者の奴に話を聞くか。

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