第46話 時間稼ぎと逃走

 他の皆を安全に逃がすために残ったわけだが、俺が捕まったら意味がない。

 ある程度は時間稼ぎをするけど、最終的には俺もしっかり逃げないと。

 下手したらアウロラさん達が戻ってくる可能性もあるからな。


 そのためにも領域展開系の魔法であるメタトロンを解除しなければならない。

 狙うのはオリファスだ。

 でも、向こうもそれは分かっているようで、オリファスを守るようにしている。


 周囲には教会関係者がいるが、問題となるのは数人だ。

 大司祭マルガット、異端審問長官ガリオ、そして教皇オリファス本人。

 聖騎士アドニアもいるけど、あれはそこまで問題じゃない。


 強いけど俺にはゲーム知識がある。

 女性キャラやURの男キャラなら大体のことは知っている。その弱点も。

 この知識をフルに活用して、時間稼ぎをしつつ逃走をしよう。


 まずは軽くジャブ。


「マルガット! 助けてくれ!」

「……何を言っておる?」

「女王派だろ? 今回のことはそっちと手を組んだことなんだから見逃してくれよ」


 聖国の女王コルネリアを支持しているマルガット。

 これはオリファスも知らないはずだ。

 そしてしれっと嘘をつく。俺って役者だね。でもまだまだ。


「勇者を怒らせて教会を襲わせるようにと魔族と手を組んだんじゃないか。それでオリファスの権威を落とそうとしただろ?」

「そんなことするわけないだろうが!」

「でもなぁ、土壇場でヴァーミリオン様を裏切るのはいただけないな」

「なんじゃと?」

「だから宝物庫を襲ったよ。でも、女王にとってはその方が良かったろ? これでお互い様だから見逃してくれ」


 冷静に考えれば全くスジが通っていない内容だ。

 命乞いしているのに本気で襲ったとか言っちゃうしな。

 だが、この混乱状況なら何とでも言える。スジなんか通ってなくていい。


「うわぁ、私って裏切られてる……死にたい」

「教皇様、魔族の言葉を信じてどうするのです。これは相手の策略ですぞ」

「なんだ、女王派じゃなかったのか? ならオリファスが言いなりの振りをして仲間を集めている情報も価値がないな。高く売れると思ったんだが」


 新たな火種を送る。

 これはオリファスと数人しか知らないことだ。マルガットも知らないはず。


 オリファスは舌打ちして、マルガットは驚きの表情になった。

 アドニアは状況が分かっていないのか、はてなマークが浮かんだ顔をしているが。


「バルバロッサとスコールは教皇派だってことも高く売れそうだったんだけどな」


 これには全員が驚いたようだ。

 だが、ガリオが表情を変えずに飛びかかってきた。

 さすがクールビューティ。だが、お前の弱点も知ってるよ。


 鋭い鞭の攻撃が俺を襲うが、移動速度向上の魔法中なら躱せる。

 鞭の攻撃を躱しながらガリオに接近。

 人気があるキャラだが服装以外でも理由がある。


「ぬいぐるみのコレクションは増えたかい?」


 表情は変わらないが、顔が一瞬で真っ赤になった。

 クールビューティなのに可愛いものが好きというアレだ。

 部屋を埋め尽くすほどのぬいぐるみがあり、誰も入れないようにしているはず。

 さらにはフリル付きの服が大量にあるが、それは知らないことにしておこう。


 明らかに動きが鈍くなったところへ木刀の一撃。

 メタトロンで俺の攻撃力は落ちているだろうが、少しだけ動けなくすればいい。


 ガリオを吹き飛ばして、加速状態のままオリファスに接近する。

 だが、アドニアが前に出てきた。


「よく分からんが、三度目の正直だ! いざ尋常に勝負しろ!」

「二度あることは三度あるとも言うぞ」

「へぇ、そんな言葉が――うるさい! ホーリースラッシュ!」


 技名を言いながら攻撃を放つ、それが技の発動キーになっていることもあるけど、大体は意味がない掛け声だ。


 斜め下に向かって左から右に斬る攻撃を下がって躱す。

 構えを戻す前に接近し、剣を持つ両手を木刀で上から強めに叩きつけた。


 アドニアは衝撃で剣を落としたが、それで終わりじゃない。

 そのままアドニアの横を走り抜けるが、腕の上を滑らせるように木刀を動かす。

 木刀がアドニアの首元にヒット。


 アドニアは「クピョ!」とちょっとかわいい声を出し、そのまま仰向けに倒れた。


 意識はあるようだが涙目でむせている。

 可哀想だけど仕方あるまい。

 それを放っておいてオリファスへ近づく。


 オリファスとマルガットは何か言い争いをしていたようだが、俺に気付いてそれを止めた。その二人がこちらに手をかざす。

 おそらく魔法だ。


『無効化できるか?』

『余裕です。やっておきます』

「ライトニングアロー!」

「ホーリーウェーブ!」


 マルガットが電撃の矢、オリファスが聖なる波動的な魔法攻撃だが、どちらも無効化されて俺には効かない。ちょっとまぶしいだけだ。

 ライトニングアローはともかく、魔族の俺にホーリーウェーブが効かなかったのは驚きだろう。だが、もっと驚け。


 オリファスに接近してから重要なことを伝える。


「堕天使ディエスは俺が食った。お前に味方する天使はもういないぞ」


 オリファスは何も言わなかったが、髪で半分は隠れている目が見開く。

 驚いたところでオリファスの右腕を左手でつかんだ。


『魔法を使えなくしてくれ』

『しました。一時間は魔法を使えません。逃げるには十分でしょう』

『助かる』


 次の瞬間に地面に展開されていた白く光る模様が消えた。

 よし、これなら逃げられる。


「え……? どうして魔法が……貴方……まさか……」


 オリファスは思考が追い付いていないのか呆けた感じに俺を見ている。


「俺はヴァーミリオン様の配下の魔族だ。あの方は教会にご立腹だぞ」


 嘘は大事。

 聖国や教会とヴァーミリオンがお互いに牽制してくれればありがたい。


 よし、火種は残したし、時間稼ぎになったはず。

 すぐに追ってこれる状態にはならないだろう。

 他の皆もすでに聖都を離れただろうから俺も逃げないと。


 すぐに背中を向けて走り出した。

 そしてジャンプ。


 教会本部の敷地を飛び出し、聖都にある大きな道に着地。

 そのままの勢いで東門の方へ走る。

 後ろから声が聞こえるが、そんなことに構う必要はない。

 とっととずらかろう。


 おっと、確認しておくことがあった。


『教会の寄付金って結構あった?』

『かなりありますよ。全部で金貨一億枚くらいはあります』

『そんなに? あれ? メタトロンの遠隔解除はそれだけあってもかなりのお金がかかるのか?』

『あれは嘘です』

『おい』

『クロス様のために貯めておきました。頑張って魔王になりましょう』

『お前もか。俺はならないって』

『魔王になれば魔国のお金が使い放題なんですけどね』

『それが目的か』

『魔王が嫌なら世界征服をしましょう。覇王クロスとかどうです?』

『他人のことなら笑うけど、自分のことなら笑えないな』


 冗談を言うようになるとは恐れ入った。

 それにしても最近どんどん人っぽくなってきたな。

 創造神の残滓とか言ってたけど、本人には何か目的があるのだろうか。


『もしかして何かやりたいことがあるのか?』

『なんの話です?』

『俺を魔王とか覇王にして、お前自身がやりたいことがあるのかなって』

『いえ、とくには。ただ、クロス様と長くいるためにもお金は必要ですね』

『……喜ぶところか?』

『小躍りするくらい喜んでください』


 本当に人と変わらないな。

 まあいいや。早く皆と合流してエルセンに帰ろう。

 あとはアマリリスさんがなんとかしてくれるはず。

 グレッグもまあ、あの調子なら何かしてくれるだろう。


 東門に近づくと、派手に壊れているのが分かった。

 おそらくゴブリン達がやったんだろう。

 アルファやアラクネがいるから相当な威力だったに違いない。


 だが、拘束されている人たちが壊れた門の近くに何人かいる。

 数人が聖国の兵士に捕まっているようで、ロープで縛られている。

 どうやら逃げ遅れがいたようだ。

 仕方ない。助けよう。


 ……と思ったんだけど、俺よりも先に助けに入った奴がいる。


 隻眼騎士アランがスキル「黒鷹」を発動している。

 アランが両手に持った黒い剣が兵士たちを襲う。

 兵士たちは吹き飛ばされたが、アランの持つ剣が壊れてしまったようだ。


「やれやれ、兵士の剣じゃ耐久力が足りねぇな……お、アンタ、生きてたか」

「なんとかね。逃げられなかった人を助けているのか?」

「一度は見捨てたんだが、あとから追ってきたのが分かっただけさ。アンタだろ、廊下に倒れていた奴らを助けたのは?」

「せっかく助けたのに逃げられないのはかわいそうだろ?」

「魔族なのに面白い奴だな。魔族が助けてるのに俺が助けないわけにはいかないと思って手を貸しただけさ」


 アランは騎士と言っても騎士を辞めた身だ。人を助けるような奴じゃないが、俺に対する義理みたいなもんだろう。なら俺もそれに応えるか。


『アランの武器を出してもらってもいいか?』

『返すんですか? 言わなきゃバレませんよ?』

『バレないだろうけど、カッコ悪いだろ?』

『仕方ないですね。けっこうお高い装備なのですが返します』


 何もない空間から二振りの剣が地面に落ちた。


「教会の宝物庫――寄付金がある場所にあった。アンタのだろ?」

「おいおい、どうやって出したんだ? それに俺の武器だってよく分かったな」

「それは秘密だ。いらないなら持ち帰るけど、どうする?」

「ありがたく返してもらうよ。やっぱりこいつらじゃないとしっくりこないしな!」


 アランは二つの剣を腰に差すと、満足そうに頷いた。


「酒でも奢りたいところだが、急ぐんだろ?」

「あとは頼んでいいか?」

「ああ、何人かは俺に賛同してくれて、逃げ遅れた人たちを助けてる。こっちは俺らに任せてくれ」

「分かった。なら頼む。せっかく助けたんだから、お前もちゃんと逃げろよ」

「もちろんさ。それじゃ、いつか酒を奢らせてくれよ!」


 名前も聞かずにそう言うだけ。

 実際にはないだろうが、そういう気持ちがあるってだけでも嬉しいもんだ。 

 さて、俺も本格的に逃げてヴォルトたちと合流しよう。

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