第47話 精霊憑き

 聖都を離れると、ありがたいことに月が出た。


 これなら逃げた人たちもある程度は遠くへ行けるだろう。

 それに捕まっていた人たちはなんらかのスキル持ちだ。

 スキルにもよるけど、それなりの生存能力はあるはず。

 単独で逃げるのは厳しいかもしれないが、アラン達も助けているみたいだし皆で逃げればなんとかなるはずだ。


 さて、他人の心配はここまでにして、俺も皆と合流しないと。


 合流地点まではあと少し。

 追ってくる奴はいないようなので魔法を使ってさらに加速した。


 しばらく進むと合流地点付近に小さな灯りが見えた。

 周辺に民家がなく、近くを川が流れる三差路近くの林。

 東の道へ行けばカロアティナ王国方面ということでそこを合流地点にしている。


 灯りが見えた場所まで行くと、ヴォルトたちが待っていた。


 皆が俺を見て安心したようだ。

 俺も皆を一通り見渡して全員いることを確認してから息を吐く。


「悪い、遅くなった」


 そう言うと、ヴォルトが何も言わずに近づいてきた。

 そして勢いよく抱き着く。

 女性でも困るが男性はもっと困る。


「勇者の力で抱き着くなって。いてぇよ」

「あ、悪い、大丈夫か?」


 ヴォルトは慌てて離れて、心配そうな顔をした。

 冗談だと笑いながら言って、右手でヴォルトの二の腕を叩く。

 すると、ヴォルトは頭を下げた。


「クロス、ありがとうな、本当に感謝してる」

「村に帰ったら酒を奢れよ? 一番高いやつな」

「……ああ、いくらでも奢るぜ!」

「それで契約は破棄してきたが、妹さんは大丈夫か?」

「さっきまで目を覚ましてたんだが話もできたし、大丈夫そうだったぞ」


 とはいえ、心配のようで妹さんを見て欲しいと言われた。

 馬車へと近づくと、護衛のフランさん達から笑顔で腕を小突かれた。

 よくやったという意味だろう。


 フランさんが馬車の扉を開けると中は寝室のようになっている。

 そのベッドの上に妹さんが仰向けて寝ていた。

 かなり豪華な掛け布団だが、アマリリスさんが用意したとか言ってた。

 相当お金をかけたんだろう。


 妹さんを見ると以前見た時よりも顔色はいいような気はするが……。

 ヴォルトにまた触る許可を得てから妹さんの手を握った。


『妹さんの状況を調べてくれ。金はいくら使ってもいいから』

『これくらいはサービスしておきます。体の崩壊はもう大丈夫ですね』

『とりあえずは良かった。ちなみに病気の方は?』

『勇者の力がなくなったので再発といいますか、元に戻ったようです』

『ところでなんの病気なんだ? 治せるよな?』

『強いて言うなら精霊病ですね』

『精霊病? なんだそれ?』

『妹さんには精霊が憑いています。それが妹さんの生命力を奪っているのです』

『……天使も悪魔も精霊も余計なことしかしないな』

『まったくですね』


 詳しく聞くと、精霊が妹さんを気に入りすぎているとのこと。

 本来ならちょっと生命力を貰う程度だが、気に入りすぎて奪いすぎているということらしい。しかも子供のころから奪っていて精霊自体も強力になっているとか。


 症状としては衰弱なので、体力を回復させればいい。

 ただ、アマリリスさんクラスの治癒魔法でないと効果はないとのこと。

 回復よりも精霊が奪う方が多いということだ。


 普通の人には原因が分からないので病気のように思われるらしい。

 なので病名もなく原因不明の病気として扱われやすい。

 東国の祈祷師や巫女なら原因が分かっただろうが、あそこは閉鎖的だからな。


 なお、精霊には悪気がないらしい。

 というよりも動物並みの思考しかないとか。

 人の生死に関してもあまりよく分かっておらず、吸い過ぎるとどうなるのかも分かっていないとのこと。好きだからそばにいて生命力を吸う、というだけらしい。


 ディエスが妹さんに勇者の力を与えたのは、精霊のせいだとスキルは言っている。

 いずれ成長した精霊を食うつもりだったのでは、という話だ。

 精霊憑きの人間にスキルを付与して精霊がどうなるか見ようとしたというのもありえるらしい。実験好きのディエスならやりかねないという推測だ。


 とりあえず事情は分かった。


『つまり精霊を食ってしまえば治る?』

『治ります』

『じゃあ、やってくれ。お金は足りるだろ?』

『それでもいいのですが、それよりも妹さんを精霊魔導士にしませんか?』

『精霊魔導士って……』


 たしかゲームでそんな職業のキャラがいた気がする。

 天使や悪魔はそれぞれ容姿があってガチャでも出るけど精霊は出ない。

 精霊使いとかシャーマン、祈祷師、巫女などが使っているだけだ。

 精霊魔導士もそういう職業の一つだけど、確か強い奴がいたような気がする。


 それはともかく、妹さんを精霊魔導士にする、か。


『精霊魔導士になる生命力を奪われなくなるのか?』

『精霊を支配する立場になるので、許可なく生命力が奪われることはないです』

『ちなみにおいくら?』

『金貨十枚といったところですね。妹さんは長いこと精霊に生命力を奪われていたので親和性が高いです。それに好かれてますから簡単に精霊魔導士になれます』


 なんの問題もないような気がする。

 問題があるとするなら本人の意志か。

 とりあえず本人に話さないといけないから、起きてからの方がいいな。


『精霊をすぐに対処しなくても大丈夫か?』

『一週間くらいは問題ありません』


 それじゃ状況をヴォルトにも伝えておくか。


「ヴォルト」

「ど、どうだ? 妹は治りそうか?」

「譲渡されたスキルは無くなって体の崩壊は止まった。そっちは問題ない」


 周囲から大きく息を吐く声が聞こえた。

 全員が心配していたんだろう。

 それにこのために教会へ乗り込んだんだから成否は確認しておきたいよな。


「『そっちは』ということは別の問題があるのですか?」


 アウロラさんがそう言うと、皆が俺の方を見る。


「前の症状に戻ったといえばいいですかね。ヴォルトの勇者の力で抑えていたのですが、それがなくなったので衰弱していく状態に戻りました」

「そういうことですか」


 アウロラさんが頷くと、ヴォルトは申し訳なさそうに俺を見る。


「その、クロス、それを治せるってことだったが、今もできるのか?」

「治せるが妹さんの許可というか、どうするか確認しておきたいことがある」

「どういうことだ?」

「妹さんには精霊が憑いている。それが衰弱の原因だ」

「精霊……?」

「精霊が妹さんを気に入りすぎて生命力を取りすぎてる。だから身体虚弱なんだ」

「なら、その精霊をなんとかすればいいのか?」

「その通り。俺が精霊を消すか、もしくは妹さんが精霊を支配できるようにする。その判断を本人にしてもらおうかと思ってな。だから妹さんが起きたら確認しようかと思ってる。ああ、衰弱は今すぐにどうこうって話ではないから大丈夫だ」


 俺の言葉を近くで聞いていた何人かが首を傾げた。

 なんで首を傾げるのか分からないので俺も首を傾げる。


 アウロラさんが手を上げた。


「妹さんが精霊を支配できるようになるのですか?」

「ええ、そうですけど……?」

「精霊とは神に近い存在なのでは?」

「……そうなの?」

「精霊学ではそう言われてますが……」


 精霊学というのは聞いたことがある。

 でも、内容は知らない。習ったことないし。


『どういうこと?』

『この世界ではそういう認識なので精霊を支配するなんて普通はありえません』

『でも、精霊使いとかシャーマンとかいるよな?』

『あれは精霊の力を借りているだけです。ギブアンドテイクの関係で支配しているわけではありません。祈祷師や巫女も同じです』

『……じゃあ、なんで妹さんは精霊を支配できるようになるわけ?』

『私がすごいからです』


 この野郎。そういうことは先に言えよ。

 俺が変な人みたくなってるじゃないか。

 でも、言ったことを撤回しても更なる嘘を重ねるだけだ。

 このままいくしかない。


「とにかく精霊を支配することもできる。なので明日妹さんに確認する。以上」


 皆の目が半眼になっている。

 特に精霊のことを知っていそうな人たちは疑い半分、興味半分で俺を見ている。

 いつの間にかここになじんでいるメイガスは興味津々な顔をしているが。


「ほらほら、ここはまだ聖都に近い。すぐに離れよう」


 本当は寝たいけど、今日は徹夜で移動して少しでも離れよう。

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