第48話 勇者の妹
徹夜で移動して、聖都からかなり離れたところまで来たのだが、さすがにこれ以上移動するのは厳しいので休憩することにした。
まだ聖国内なので安心はできないが寝ないわけにもいかない。
一日二日寝なくても大丈夫なくらい若いが、思考力が落ちるのは問題だ。
追手がいないなら休憩するべき。
そこで役に立つというか、力を発揮してくれたのが大賢者メイガスだ。
広範囲認識阻害の魔法を使って安全に休めるようにしてくれた。
「助けてくれたし、アルファちゃんのこともあるし、これくらいはお任せよ」
「助かります。メイガスさんもゆっくり寝てくださいね」
「お姉さんは大丈夫よ? エルフだし」
「……いえ、先に寝てください。俺が寝てる間に何かする気でしょう?」
「ちょっとしかしないから大丈夫よ?」
「ちょっとでも嫌です」
どうやらメイガスさんは俺に興味津々のようだ。
長く生きているエルフから見ても俺はかなり特殊なんだろう。
神の残滓とも言えるスキルを持っているわけだし当然だけどな。
「メイガス様、クロスお兄ちゃんは恩人だからそういうことしちゃダメ」
「アルファちゃん、しばらく会わないうちに大人になったのね……!」
「うん。今やクロス魔王軍マスコット部隊のリーダー。あと四天王もやってる」
「あらまあ。なら私もクロス魔王軍の魔導部隊を作って四天王にならないと」
「それはいい考え」
「これ以上四天王を増やしたくないんですけど」
そこまで増えたら四天王じゃなくて、もっと別の名前にした方がいい。
でも、俺がボスらしいのに誰も俺の提案を聞いてくれない。
まあいいや。少し寝よう。さすがにきつい。
いい香りがすると思ったら、食事の準備中だったようだ。
今は昼くらいかな。五時間くらいは寝れたと思う。
どうやら俺が一番最後に目を覚ましたようだ。
色々と気を使ってくれたんだろう。
「クロスさん、起きられましたか。おはようございます」
「アウロラさん、おはようございます。特に問題はなさそうですか?」
「はい、皆さんの体調なども確認しましたが、特に問題ないようです」
ありがたいことに俺が寝ている間に色々してくれたようだ。
こういうとき軍師って頼りになるね。
あとは俺を魔王にしようとしなければ最高なんだが。
「それとメイガスさんが千里眼の魔法で聖都の情報を見てくれました」
「千里眼……遠隔地を見る魔法ですね。どんな状況ですか?」
「かなり荒れているようですね。女王が教会に責任を取らせようとしています」
「まあ、そうなるでしょうね」
「ただ、今回の襲撃は女王の手引きだと教会側からも反論しているようです」
それは俺のせいかな。
時間稼ぎのために本当っぽい嘘を言いふらしたし。
とはいえ、スジが通らない嘘ばかりだ。ばれるのも時間の問題だろう。
ヴァーミリオンと揉めてくれたらよかったんだけど、女王と教皇が争う感じか?
まあ、どっちにしてもこっちは大丈夫か。
向こうにはアマリリスさんとグレッグがいるしな。
考え込んでいたら、アウロラさんが顔を覗き込んできた。
いきなり覗き込まれると心臓に悪いんだけど。
「クロスさんがやったんですか?」
「ええ、まあ」
「一人でですか?」
「かく乱は得意な方です。ですが、一時的なので嘘がばれる前に聖国を出ましょう」
「貴方という人は……総大将が一人で殿をしないでください」
「適材適所ですよ」
お金さえあれば俺はなんでもできる。
頼りすぎるのはいけないが、これくらいなら別に問題ないだろう。
とはいえ、最近は使いまくってるからそろそろ自重しないと。
『もっとバンバン使ってくれていいんですよ?』
『いざというときにために節約してんだよ。簡単なことで頼りたくないし』
教会本部の地下にあった牢屋の鍵とかスキルで開けたからな。
面倒だからって金貨十枚も使ってやることじゃない。
お金の使い方が荒くなっているから注意しないと。
それでなくともスキルのせいで色々な人から好奇の目で見られてるし。
その後、フランさん達が作ってくれた煮込みスープを食べた。
さすがは騎士団所属というか、野営の料理は手慣れたものなのだろう。
味が大雑把な気もするけど、栄養がすぐに体へ行き渡るような感じだ。
そういや、この食材、冒険者ギルドの物なんだよな。
フランさんが冒険者ギルドの食料を全部持ってきたと言った時は驚いたけど「魔王軍ならそれくらいするだろ」と悪びれることなく言ったことにも驚きだったな。ずいぶんワイルドになってしまった。
さて、腹も膨れたし、そろそろ妹さんがいる馬車へ行くか。
「アウロラさん、妹さんは起きているんですよね?」
「はい、今はヴォルトさんが一緒にいるはずです」
俺の食事が終わったら呼んで欲しいと頼まれていたようだ。
アウロラさんと一緒に馬車の方へ向かう。
そしてノックをした。
「クロスだけど」
「ああ、今開ける」
ヴォルトの声が聞こえると、馬車の扉が開いた。
中にはヴォルトと上半身だけ起こした妹さんがいる。
妹さんはヴォルトと同じ黒髪だが、肩までの長さでちょっとパーマが入っている。
ヴォルトがイケメンだからなのか、妹さんは美少女だな。
ほんわかした感じの守ってあげたいオーラが出ていて深窓の令嬢って感じだ。
前世でも今世でも、深窓の令嬢を見たことはないけど。
その妹さんが儚げに微笑む。
「クロスさんですよね?」
「はい、初めまして」
「初めまして。私はヴォルト兄さんの妹でサンディアと言います」
ちゃんとした子だな……なんだ?
ヴォルトとアウロラさんが顔をしかめている?
いきなり妹さんが俺の手を握ってきた。
「クロスさんのおかげで私は助かったとか。なんとお礼を言ったらいいか……」
「気にしなくていいですよ。ヴォルトに頼まれただけですから」
「ありがとう、ヴォルト兄さん」
「お、おう……」
さっきからなんだ?
ずいぶんとヴォルトは困った顔をしているが。
それに昨日から聖剣も大人しくないか?
あれだけ妹さんのことを大事そうにしてたのに。
……まあ、いいか。
まずはやることをやろう。
「ヴォルト、話しはしてあるのか?」
「あ? ああ、あの件ならちゃんとしてあるぞ」
「兄さんから聞いています。精霊憑きの件ですね?」
「その件です。どうするか決まってますか?」
「可能なら精霊と共にいたいと思います。子供のころから大変でしたし、精霊を見たこともありませんが、ずっとそばにいてくれたのならこれからも一緒にいたいです」
「分かりました。なら手を握っても?」
「はい、お願いします」
妹さんはそう言って右手を差し出してきた。
手を握ってからスキルに話しかける。
『昨日の提案どおり、妹さんを精霊魔導士にしてもらえるか?』
『金貨十枚いただきます』
『分かった、やってくれ』
『やりました』
『妹さんはどうすればいいんだ?』
『特に説明しなくても感覚で分かると思います』
そういうものか。ならもういいかな。
妹さんから手を放す。
「終わりました。感覚で分かると思いますが、どうです?」
「体に力が戻ってくるような感じです。それに――あ」
妹さんが馬車の入り口から外へ視線を向けた。
ヴォルトとアウロラさんも驚いた表情をしているので、そちらへ視線を向ける。
そこには全長三メートルくらいの犬……シベリアンハスキーみたいなのがいた。
前世だと白と黒ってイメージだけど、この子は銀と黒って感じか。
犬と言うよりも狼っぽいけど、とてもモフモフだ。
『これが妹さんの精霊ですね。支配による契約で見えるようになりました』
『ああ、そういう。少し大きいが可愛いな』
『もっと大きくなりますよ』
『そうなってくると怖いけど』
『逆に小さくもなりますよ。妹さんが念じればいいだけです』
『そうなのか。さすがに目立つから村に戻るまでは小さくなってもらおう』
驚いている妹さんに声をかける。
「あれが精霊です。念じれば小さくもなりますよ」
「うっそ、マジで……いえ、本当ですか?」
うっそ? マジ?
……聞き間違かな?
妹さんが眉間にしわを寄せる。
小さくなるように念じているのだろう。
三メートルくらいのシベリアンハスキーが縮んで子犬くらいになった。
すると、精霊はトコトコと歩いて馬車へ飛び乗り、妹さんの胸元に飛びつく。
「ギャー! かわいい! 兄貴、やべぇよ、この子! ……あ」
理解した。さすがヴォルトの妹さんだ。
猫被ってたんだな。なんですぐばれることをするかな。
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